2017.06.25

ナヴィリオ運河の橋の上から

運河に何本かの橋が架かる。
そこは、撮影スポットといってもいい。
写真を撮る人は多い。
橋を渡って、目的の店へ向かう人。
橋があるからわたってみたい人。
ミラノ
とにかく人が多い。
ここにも、中国からの団体客もやってきていた。
昔は、どこにでも現れていた日本人観顧客は、今では、中国人観光客に取って代わられた。
いまや世界を席巻中。

日本人旅客は、旅慣れて、団体であっても、世界遺産など、都市以外を目指すようになったこともあるし、地球の歩き方がもはや普通のガイドブックのように存在する今、個人旅行も根付いた。
それでも、田舎の世界遺産とかになると、別に中国人でなくとも、日本人でなくとも、ヨーロッパの人でも、団体でバスでやってきてますね。
2017.06.18

ドゥオーモの扉

遠目に見ていたら、唐草模様の扉のように見えていたが、近くで見てみたたら。
なんですかね、ステンドグラスの彫刻版。
アイコンの連続が扉になっているんですね。
ミラノ
こうした、絵やステンドグラスに見られる題材は、どういう意味合いを持つのかはわかりませんが、教会の扉にそれが存在するということは、仮に教会が閉まっていても、それらを理解することができるということなんでしょうか。

扉に頭をぶつけたら、確実にけがをしてしまうほど、リアルな彫刻になっていますね。
ガウディのドラゴンの門扉を思い出しますが、あの扉では、私は本当にけがしたので、トラウマかもしれません。
2017.06.11

ミラノのピザ屋

ミラノのスポンティーニというピザ屋さんに以前行ったときにおいしかった記憶がある。
再び訪れたミラノの駅前には、そのピザ屋の店舗ができていた。
で、買って、立ち食いしたわけだけども、そんなに、ピザ好きなわけじゃないから、何枚も滞在中に食うことはない。
ミラノ
ナヴィリオ運河にも、ピザ屋さんがあった。
レストランですかね。
ピザ屋にしては、とてもシックな感じの店構えに一枚。

いや、ミラノらしいおしゃれな感じなんですかね。
2017.05.25

ドゥオーモのステンドグラス 新古

一枚のガラス板に何色もの色が使われいて、それの組み合わせになっているものが新しい時代。
一枚一枚、色が違うのが、古い時代。
そう聞いたような気がするのだが、もう、記憶は確かではない。
ただ、その記憶であっているのだろう?と思いつつ、じゃあ、これが、古いステンドグラスなのだと思って撮った一枚。
ドゥオーモ
ゴーギャンが浮世絵をまねて、黒い線でふちどりしたという話もある。
だが、このステンドグラスは、すでに、その縁取りがなされているではないか。
そういう下地の上に、日本の画法は入り込みやすかったのかもしれない。

まあ、この話の根拠部分のステンドグラスの新古について、記憶は定かではないのですけどね。
2017.05.18

ナヴィリオ運河とトラム

ナヴィリオ運河の入り口をトラムが通っているが、運河の途中も、トラムが越えてゆく。
遠くに走る、運河を越えるトラムを入れながら、望遠で撮ってみる。
ミラノ
随分と向こうを走っているはずのトラムが、まるで、少し先を通っているかのような写真になった。
デジカメに、昔のレンズをつけると、1.6倍ほどの焦点距離になってしまうのだが、そのおかげで、300㎜望遠が、480㎜望遠!
以前は異次元だった望遠レンズが、勝手に手に入ったという誤算。

そのかわり、ズームレンズの広角部分は、1.6倍のせいで、広角レンズじゃなくなっちゃうわけだけどね。

運河のちょっと先を、電車が走ってる!という、この界隈で撮った一番のお気に入り写真になった。
2017.05.11

ドゥオーモのステンドグラス2

巨大なステンドグラスばかりみていたら、普通サイズのステンドグラスがすごく新鮮に見えた。
これでも、十分大きなものかもしれないが、ここでは、巨大なものばかり見てきたからね。
ドゥオーモ
あまりに巨大だと、圧倒され、巨大な力や、権力、そういうパワー的なものは感じるが、一個人からは、最も遠く思われる。
人に体のサイズを考えれば、おのずと、適正サイズというものが、この世の中にはあるような気がする。
ヴェルサイユ宮殿でも、同じようなことを思ったりしますね。
2017.05.04

ナヴィリオ運河の線路

馬車が運搬し、鉄道が取って代われれ、それを、再び車が奪い返した。
鉄道と違って、自由に道を行き来できるからね。
これが、トラムの線路なのか?わかりませんが、すぐ近くを、トラムも旧国鉄も通っている。
ミラノ市内とその近所へは鉄道。
運河を通って、海へ。
そんな風だったのだろうか?

パリのイヴリーも、駅からセーヌへ向かって、線路跡があるが、パリ市内では賄いきれない船の荷下ろしとその運搬に使われたのだろうと思われる。
ミラノ
その道も、今や、人の歩くスペースと、カフェのテラス席のために十分な幅を提供している。