2018.03.04

メラーノ競馬場前にて

およそ、チロルのイメージとは程遠い、南国で見かけそうなイエローの建物の競馬場。
駅前にあるのだが、宿へ向かう途中に、前を通過。
明日、明後日は、ここで一番大きなレースが行われる。
そんな楽しみをもちつつ、大きな荷物とともに、移動してゆく。
メラーノ競馬場
競馬場入り口の絵は、ここで行われるレースが、障害競走であることと、お帽子をかぶった女性に象徴されるように、おしゃれな社交の場。昨日のワルシャワの競馬場同様、お帽子なんですね、競馬場では。
2018.02.25

メラーノ・マイアB駅にて

メラーノ駅は終点。
その一つ前、川を挟んで手前といえばいいか。
この駅が、宿の最寄り駅ということで、ここで下車。

ここを選んだ理由は、この駅の目の前が、競馬場だからでもある。
メラーノ
9月最終日曜、ここで、大きなレース、メラーノ大障害が行われる。
チロルの中心地だったここは、保養地でもあり、お城もある。
そういう地は、多くの場合、競馬場がついてくる。

ドイツのバーデンバーデンや、チェコのカルロヴィヴァリもそう。
フランスのヴィシーもそうだ。

日本でいえば、草津か、軽井沢か。
ちなみに、カルロヴィヴァリは、草津と、バーデンバーデンの姉妹都市。

駅の雰囲気も、競馬場前駅にはみえませんね、日本的感覚では。
2018.02.18

メラーノ到着

メラーノの町に到着した。
駅は終点一つ前で降りた。
線路わきには、川が流れている。
石灰なのかどうか?ちょっと白っぽいブルーに見える。
メラーノ
この川は、アディジェ川。
小さな川だ。
この川沿いを下ってゆくと、先ほど、この列車に乗り込んだボルツァーノ。
さらには、その前、オーストリア国鉄の列車に乗り込んだ、ロミオとジュリエットの街、ヴェローナ。
その先は、ベネチア南付近で、アドリア海にそそぐ、結構な川である。
なにしろ、日本一の信濃川より長い。
メラーノ
川の源流近くなのだろう、この南チロルが。
家々が、川向うに見えていたが、おそらく、あれらの中には、ホテルも多そうだ。
イタリアですけど、雰囲気は、やっぱりチロルですね。
2018.02.11

コルソ・マジェンタのトラム サンマウリツィオ教会前にて

ミラノの教会周りでもしようかとやってきた、サンマウリツィオ教会。
ところが、この日はお休みのようで。
まあ、なんとかなると調べずにやってくると、こういう結果に。
ミラノ
じゃあ、と、トラムと教会を一枚。
古いような、新しいような、黒と黄色のツートン。
2018.02.04

ボルツァーノからメラーノへ

ボルツァーノの駅で、メラーノ行きを待っていると、カラフルな列車が入ってきた。
ボルツァーノ始発というわけではなさそうで、山側からやってきて、メラーノへ行くようだ。
車内はすでに人が随分と乗っていた。
メラーノ
列車は、カラフルにデザインされている。
上部のそのカラーは、どうやら、この地方、南チロルのマークのカラーのようだ。

列車がボルツァーノからではないのは、おそらく、この南チロル地方を走る列車ということであって、ボルツァーノからメラーノ路線ということではないからなのだろう。

とてつもなく牧歌的というわけでもなく、それでも、山あいの田舎を抜けてゆく感じ。
急峻な山、深い谷ではない。
徐々に徐々に高度は上がっているのだろうが、それすらも、そう感じない。
急ということでは、よほど、日本の山の方が激しい。
2018.01.28

ミラノのトラム1号線 Foro Buonaparte

再びフォーロ・ブオナパルテ通りにてのトラム。
立ち去ろうとしたときに、やってきた、古きミラノのトラム。
いいですね、絵になりますね。
道がカーブですから、余計に絵になるのかもしれません。
ミラノ
まあ、偶然1号線だそうで。
パリのメトロでも、やっぱり1号線は、新しくなったとはいっても、何とも言えない雰囲気を持ってます。
東京の銀座線も同じく。

さて、次は別のところで撮りましょう。
2018.01.22

ボルツァーノ駅にて

この時には何も気が付かなかった
帰国後、この地方で見つかったアイスマンが、博物館にいると知ったのだ。
何度か、テレビで放送された、矢じりで刺された痕とのあるというミイラ。
ボルツァーノ
科学というのは、まったく、人間の本質とは無関係なのだろうか?
精巧に作られた矢じり、想像される、愛憎に満ちた死因・・・。
着飾ったり、薬で苦しさを抑えたり、楽な移動手段をてにはいれたけれど、今も昔も、人が追い求めるものと、人が争う理由に、何の違いもない。

彼が歴史を覆す発見であるとかいうことよりも、その、死因の方が、よほど、人間的である。
そういう人の不変が、なにか、こちらを安堵させてくれる。