2017.12.20

グレーニュ競馬場を遠望

墓地からは、競馬場が一望できる。
Hippodrome du vieux Château
昔はお城があったところなのか?古城競馬場という名なのである。
1945
これが、競馬場のできた年らしいから、戦後すぐということなのだろう。
グレーニュ競馬場
今では、この町は、フランス有数の競馬の町といっていいかもしれない。
鉄道駅からも遠いこの地であるが、開催日数は結構多いのだ。
ま、フランスは鉄道じゃなくて、車社会ですけどね。
2017.12.13

グレーニュの風景 空

鐘楼跡の墓地に入る。
墓地は壁で囲まれているが、教会の壁ではなく、あとで、墓地をかこったのだろうと思われる。

グレーニュ
その壁の向こうに、沼沢の緑と青い空と白い雲が広がる。

プレスキルという地名は、アメリカにもあるようで、ペンシルバニア州に、プレスクアイルという競馬場があることから知った。
プレスクという単語が英語にあるのかどうかは知らないが、ほぼ島ともいうべき、そういう地形につけられている。
2017.12.06

グレーニュの鐘楼址にて

グレーニュで調べると、よく見かける鐘楼の址らしき建物の写真。
それを見るために、ぶらりと歩いてきた。
グレーニュ
少々ゆるい坂道を登ってくると、丘の上に鐘楼址がある。
あ、これだ。
戦争で壊されたのに違いない。
グレーニュ
周りを見ると、看板に往時の説明書きが。
どうやら、ここへ至る道にもあった部隊名の話になるが、6月6日に、グレーニュの沼沢に170人の米軍82空挺師団がパラシュート降下をしたようである。
グレーニュ
兵どもが夢の跡というには、少々まだ生々しい感じがしますね。
今は、ここは墓地になっているようです。
2017.11.29

Rue du 507 RIP グレーニュの道標

左へ入ってゆくと、鐘楼後の墓地がある。
ということがわかっていたので、そこへ向かって歩く。
競馬場へ行く前に、ちょっとした観光。

立派な道標である。
下のプレートには、En hommage à nos libérateursと書かれている。
解放してくれたひとへの感謝ということなのだろう。
どうやら、517は、82空挺師団の517歩兵連隊のようだ。
グレーニュ
サント・メール・エグリーズは、映画の舞台にもなったし、今でも、落下傘部隊の一人が引っ掛かったままになっているから有名なのだが、どうやら、同じ部隊の別チームが、グレーニュへもパラシュートしているらしい。
517連隊がここということなのかな?

そういえば、パラシュートは、parachute
パラは、傘である。
パラソルとか、パラプリュイとかね。
chuteは、競馬でよく出てくるが、落馬である。
この場合、落下なのだろう。
落下傘。
フランス語をそのまま直訳すると、こうなるわけね。
2017.11.22

グレーニュ競馬場へGraignes-Mesnil-Angotの真ん中に

Graignes-Mesnil-Angot
グレーニュとメニルとアンゴ、それぞれの村が合わさって、一つの行政区分になったのですかね?
まあ、グレーニュということで。
グレーニュ
村の中心付近と思われる、幹線2本の十字路。
ここにも、高く掲げられた十字架と、連合国軍の旗がたなびく。
ロータリー型というか、ラウンドアバウト型交差点の中央円にである。
2017.11.15

グレーニュ 1944年6月11日通り

歩いてきた道をまっすぐ行けば、競馬場。
ちょっと、プラプラするため、村の中心部分の交差点を曲がる。
1944年6月11日通り。
おそらく、この日に、このあたりのどこかがドイツ軍から解放されたのだろう。
グレーニュ
ノルマンディ上陸作戦、Dデイは6月6日であるから、5日後の日付である。
映画の舞台にもよくなる、上陸作戦激戦地オマハビーチからマラソン距離以下の35キロ。
戦争は激戦だったのだろうと、思われる。

2017.11.08

グレーニュ競馬場への道6

グレーニュの町が見えてきた。
おそらく、あの塔は教会の塔なのに違いない。
近代的な塔を見ると、ここも、戦争被害にあった町なんだと、歩きつつ思う。
ちょっと、足取りは重い感じになりますね。
この辺りは、どこへ行っても、戦争をイメージする何かがある。
グレーニュ
それだけ、多くの悲しみが発生したのだろうし、ものも失われた。

ま、でもね。
競馬に来たんだから、十分楽しんで帰ろう。