2015.11.27

Square de la Roquette ロケット公園 パリ 戦争

1940年6月に将軍になったドゴール。
1944年のパリの解放時に、ここで、4000人のレジスタンスが集まったらしい。
この、square(スカール)広場というには、少々大き目の公園、ロケット公園で起きたことのようだ。
そんなことが、入り口の、これまた、公園にしては立派な門の脇にプレートが掲げられている。
ここは、パリ11区。
同じ11区にて、最近、テロが起きたばかりだ。
パリの公園
あのテロが戦争だというのなら、この公園にレジスタンスが集まった時以来の出来事なのに違いない。
何の因果か、11区という場所である。
パリの公園
実は、この写真、パリ滞在最終日、11区を散歩していた時のものだ。
これより以前の写真は、すべて、ドイツのケルン駅にて、パソコン、そして、デジカメとともに写真データも持ち去られてしまった。
ちょうど、この公園で、一休みし、カメラを、一眼レフから、コンパクトデジカメに変えて撮影し始めた。
数少ない、パリ滞在の写真のひとつ。
最終日のわずか数十分のみだ。
パリの公園
改めて、テロの現場を地図で確認してみると、5か所の襲撃場所のうち、3か所は、今回歩いた場所だ。
サンマルタン運河から、サン・ルイ病院へ。
フォーブール・デュ・トンプル通りのマクドナルドは、トイレとネット接続に毎日使っていた場所。
10月12日にブログ記事にしたヴォルテール大通りだが、この写真の真下にあるお店が狙われた。
この辺りも、近くのイムーブル・アンデュストリエル通りや、パサージュ・テュルクティル通りに、写真撮りつつ、散歩に来たのだ。
目の前の横断歩道を渡ったから、お店の雰囲気も目に残っている。
パリの公園
ちょうど、滞在していた1か月後に、このような事件が起きたわけで、”観光客の行かない場所”では決してない。
もちろん、大勢いるわけではないけれど。

何が正解であるかはわからない。
事件なのか?戦なのか?
むつかしい。
ただ、泥沼に嵌るような結末にはなってほしくない。
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