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2008.06.07

マリー・アントワネットは競馬の母

マリーアントワネット

現在、グラン・パレでマリーアントワネット展を開催している。
このグラン・パレというのは、色々な特集展示をするが、かなりいかしている。

が、混んでいる。混んでいて入っていない。
興味のある方は是非!今月中です。



で。本日、メゾンラフィットへ出かけた。
ここにはお城がある。

一つ前の駅を出ると、出た直後には、もうお城が見える。
メゾンラフィット城である。
このあたりはメゾンと呼んでいいのだろう。
ラフィットはラフィットさんのことである。

日本の競馬にとっても、大変関係の深い競馬場を擁する街であり、私のフランス語能力を磨いてくれたのも、この競馬場である。フランスで2番目に訪れた回数の多い競馬場だ。

このメゾンラフィット城はなかなか良い。
観光客の数がむちゃくちゃ少ないのだ。
カメラの持ち込みもできるし、調度品をバックに写真なんてのも簡単だ。

このお城の地下が競馬博物館になっている。
シャンティと共に、世界の競馬の聖地のひとつだ。

シャンティとメゾンラフィットの街の雰囲気は結構似ている。
別に競馬開催が関係しているわけではない。
お城、馬、競馬、厩舎、そして調教の森が醸し出す雰囲気といっていいだろう。
殺伐とした感じはない。



さて、その競馬博物館に上の写真の絵があった。

マリー・アントワネットの騎馬肖像である。

この上下に文章が書いてある。
つたないフランス語能力で訳していくと、とんでもないことが書いてある。

マリー・アントワネットこそが、フランスで公式に競馬を開催したその人である。

まあ、そんなようなことが書いてある。

ルイ16世の先代、おじいさんのルイ15世の持ち馬がサラブレットの3大種牡馬(サラブレットは全ての馬の父の祖先は3頭の馬から始まっている。)の一頭であるし、時代的にもまあ、競馬が盛んになっていく時代がマリーアントワネットの時代であるのだ。

英国をまねて、自分専用の厩舎が欲しかったらしい。
が、ルイ16世は、最近英国で始まった競馬なんて、まったく興味なしということだったが、アルトワ伯なんかと一緒になんやかんや言ったら、ついにルイ16世も、じゃあということになったらしい。
最初の公式競馬は、ヴァンセンヌの森で行われ、革命まで続いていたらしい。

などと書いてある。

衝撃的ではないか!
なるほど、ヴァンセンヌ、競馬といえば、フランスとスウェーデン。
それが、なんか関係があるかはともかく、フランス競馬の母はマリーアントワネットであったのである。


当時はロンシャン競馬場なんぞはない。

この後、ナポレオン3世や弟のモルニー公によって、ロンシャン競馬場や男と女の舞台、ドーヴィルができるのであって、それは現在の基礎とはなっているが、第1号ではない。


ブローニュの森北部、メトロ1号線も駅があるサブロンでマッチレースをアントワネットが主催したのがきっかけらしい。

マリー・アントワネットと競馬がつながっていたなどというレベルではない。
フランス競馬の母こそ、マリー・アントワネットなのである。
彼女の馬好き、競馬好きが最初なのである。
そのとき作られたルールが綿々と現在にもつながっているのだそうだ。

競馬好きの女性であったというだけでも親近感が沸くというものだ。
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