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2020.06.30

Rue rose ローズ通りの風景

黄金のリンゴ通りRue pomme d’orを歩いていると、バラ通りと交差していた。
ゴミ箱が出されているから、今日は、ゴミの日なのであろう。
中央にあるのは、ソファーの背もたれかな?
ボルドー 戸口にゴミ箱並ぶローズ通り
年輪を感じる欠けた石壁と石畳が、生活感と相まって、情緒感じますね。
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2020.06.29

ヴィシェフラッド民族墓地のスメタナの墓

スメタナと読めます。
音符が書かれています。
スメタナのお墓でしょう。
プラハ ヴィシェフラッドのスメタナの墓
ベドジフ・スメタナという、フルネームであることは、初めて知りました。
意外と芸術家のフルネームは、知らないもんですね。

音符は、我が祖国の冒頭の部分のように思いますが・・・。
2020.06.26

フォーブール・ポワッソニエ通りの喧騒

ちょっと立ち位置を変えてもう一枚。
REXのRだけ見えてますが、通りの左側の、建物同士が、微妙にガタガタとずれて並んでいる感じがいい。
フォーブール・ポワッソニエ通りのモノクロズーム
現代の建物のように、上から下まで一枚板のように、ぺったりじゃないから、雰囲気が出るのかな?
最も、道もまっすぐじゃないけどね。
一通にしかできない通り幅も、雰囲気に一役買ってます。
2020.06.25

フォントネー修道院の回廊の向こう正面を撮る

惰性で、ネタ探しが続く。
どうやって撮ったらいいかを考えることを中止し、撮っていないアングルを撮るを続けてゆく。
向こうの正面をかくだいして撮ってみようか!
ネガティブを通り越して、ポジティブに作業が続く。
あくまで作業になってしまっているのだが・・・。
フォントネー修道院の回廊 中庭越しの向こう正面の外壁
画全体に主題が行ってしまうので、なんだか、何を撮りたいのかがボケてしまうのか・・・。
撮った写真を見ていても、答えの出ない試行錯誤が続く。

花があるか、人がいるか、なんとかin回廊としたなら、絵になりそうな気もしますね。
写真にも、前ボケ、後ろボケがありますが、写真も、主題ものっぺりしてしまってますね。
面+面+面って感じです。
2020.06.24

モルジウカランク到着

ついに、到着しました。
1時間以上歩いたかな?
でも、ここまでは下りが主だったから、そんなにつらいイメージはない。
それでも、初めての道というのは、不安からなのか、遠く感じるものだ。
モルジウカランクの船着き場と見える岩肌
入り江は船で埋まっている。
レストランなどもあるが、切り立った岩肌は、むろん、山というべき規模だ。
巨大な石灰岩の屏風に囲まれた入り江というのは、充分実感できる。
2020.06.23

シャンポーの遊歩道

人が歩いて踏み固められた程度の道。
実際、人が歩いた、いわゆる獣道を、後から整備登録したのではないのだろうか?
シャンポー、草藪の脇を抜ける崖脇の遊歩道
整備してみたら、絶景だったのではなく、絶景を見たい、そこに臨みたいという欲求の方が、はるかに早かろう。
その欲求を持ったのは、通りがかった最初の人類。
クロマニヨン人であったか、ネアンデルタール人であったか、ホモサピエンスであったか?
時代が下った我々の欲求と、彼らの間に、差異などあろうはずもない。
遊歩道から振り向くと松の向こうにモンサンミシェル
こんな細道でも、振り返れば絶景。
いいね、道は、生き物の欲求の証。
クロマニヨン人は、修道院は見れないが、岩山を見たのだろうか?
道を切り開いた誰かと、整備してくれたフランスの人たちとに、感謝。
2020.06.22

ワルシャワ旧市街前に到着

いよいよ、目的地の旧市街が目の前に。
このまま、建物が残っていけば、また、味のある色合いに変わってゆくんでしょうね。
クラコフスキエ・プシェドミエシチェ北端で旧市街を望む
ここは、シャンゼリゼと凱旋門みたいな、観光定位置の場所かもしれません。
もちろん、初ワルシャワ旧市街で、一枚。

ここでは、日本の観光客らしい雰囲気の人ともすれ違いましたが、やっぱり、大都市の割に、日本の方、少ないですかね。
2020.06.19

ボルドー 黄金のリンゴ通り

ボルドーに着いた。
ボルドー色と言えば、ワインレッドのことだが、街はご覧の通り、黄色っぽい。
パリは白っぽいが、ここは黄色っぽい。
このまちを構成する、切り出された石が、黄色っぽいのだろう。
この地方の土壌の、特徴なのかもしれないですね。
黄色い街の雰囲気漂うボルドーのポムドール通り
Rue Pomme d'Or ポムドール通り。
黄金のリンゴ通り。
黄金というか、黄色というか、黄土というか、寂びというか、レトロというか。
情緒たっぷりで、絵のようですね。
2020.06.18

ヴィシェフラッドの墓地にて

墓地には、観光客もいる。
有名人のお墓が多い。
死者の眠るところであるが、オブジェのある公園のよう。
ヴィシェフラッドの墓地の風景
印象的なオブジェ付き墓石も多い。
人間の1.5倍ほどもある、前のめりにスッと伸びる女性像はインパクト十分。
2020.06.17

Rue Tourlaque トゥルラック通り

モンマルトルの丘の西側。
コーランクール通りから、西へ降りてゆく通りだ。
黄色の信号を待って、撮ってみた。
トゥルラック通り 黄色信号の坂道の風景
段々になって伸びている。
坂道と交差する坂道なので、道は、斜めにうねりながら降ってゆく。
奥の視界は、大きな木で少し封鎖され、しかも、強烈な高低差だ。
段の向こうの坂は、地面が確認できないほど。
トゥルラック通り 少しズームして赤信号の坂道
今度は赤信号。
も少し寄ってみる。
拡大されると、急な坂道が倍加して強調される。
でも、はるか先まで見渡せるさかみちはいいですねぇ。
トゥルラック通り 立ち位置を変えて、通りの右端からズームして
角度を変えて、レンズを覗けば、向こうの坂道も出現する。
でも、印象的なのは、奥の紅葉と、石壁。

あっ、モンマルトル墓地だったんですね。
大きな木は、墓地のだったんだ。
墓地には美しい木が多い。
壁も味がありますね。
2020.06.16

フォントネー修道院の回廊列柱中庭側

上手く撮れない回廊は、全てのパターンを、撮っておこう。
次は、中庭側から、回廊の柱を撮ることだ。

回廊だか、なんだかわからない。
しかし、結構こちら側から見ると、ゴツいもんだなぁと、感心する。
いや、意外な気もした。

回廊の柱は、細い列柱のイメージだったからだ。
フォントネー修道院の柱の日の当たる中庭側
あとは、その雰囲気が、とっても、南国風なのだ。
瓦の雰囲気が、トロピカルというか、沖縄っぽいというか・・・。

瞑想、沈思黙考、修学ではなく、南国風、憩いの場として、設定されていたとしたら、人間らしいという気もしいないでもない。

写真の左端に、向正面の面も、入れたなら、もう少し、回廊らしく撮れたかなぁ?
2020.06.15

モルジウカランクの日中

切り立った崖に覆われたカランクは、ミストラルも吹かない。
マルセイユ市内と比べても、随分と暖かいらしい。
植生も違うとガイドブックに書いてあったと思う。

10月中旬。
この日も、崖の上では、強風が吹いていたが、カランクの村の緑は、ゆったりとして、吹く風の何たるかを知らない。
モルジウカランクの村の小路の緑
昼前後だったと思うが、午睡に誘われそうな、木陰で、読書したくなるような、喧騒とは別の時間が流れている。
人は何のために生まれてくるのか?
人間関係という名の生存競争とは、無縁の世界観が広がっているのかと思ったりする。
2020.06.12

シャンポーの崖から望遠レンズで寄ってみる

太陽光のおかげで、速いシャッタースピードで写真が撮れるので、思いきって寄ってみた。
望遠でも、手ブレしないで撮れる明るさ。
崖の遊歩道まで、出張っているので、わずか10メートルほどだが、モンサンミシェルに近づいている。
シャンポーの崖から超望遠でみるトンブレーヌとモンサンミシェル
ラ・メルヴェイユの絶壁が、はっきり確認できはしないが、北側の外観シルエットは、はっきり捉えられる。
北正面は、なかなかみられないからと、自己満悦に浸る。

モンサンミシェルから、10数キロ。
そういえば、エアーズロックは、20キロ近く離れている場所からでも、大きく見えたが、モンサンミシェルは高さ80m、エアーズロックは、350mだから、随分と大きさが違う。
高層マンションと、東京タワーぐらいは違いますね。
そう考えると、3776mの富士山は、巨大で美しい。

2020.06.11

雨のクラコフスキエ・プシェドミエシチェ通り

ワルシャワという街は、欧州特有の圧迫感がない。
どちらかといえば、日本の様ですらある。
日本以上に開放的かもしれない。

この通りは、特にそうだ。
建物は、再建なのだろう。
欧州らしい、建物同士が詰まった感じもある。
反対側が、公園だったり、大きな施設の前庭だったりすることも関係あろうが、それにしても、開放感がありますね。
クラコフスキエ・プシェドミエシチェ通り瀟洒な建物続く
建物の高さに対して、通り幅が広いのだろう。

雨の時は、シトシトと、外で雨打たれている感じがする。
雨足が、建物にさえぎられている感じはしない。

また、日本と同様の空気感があるとしたら、それは、戦後の街感なのかもしれない。

2020.06.10

パリのオーステルリッツ駅からボルドーへ向かう

パリからボルドーへ向かうのなら、通常、モンパルナス駅からTGVだろう。
この時、いろいろ検索していたら、TGVに混ざって、通常の特急が出てきた。
そもそも、TGV全盛時代に、普通特急に乗れること自体が珍しい。
とはいっても、TGVの通っていない地方は、まだまだ、この特急が主力に違いない。
ノルマンディなどもそうですね。

この列車は、パリのTGVなどが出発しないオーステルリッツ駅始発で、トゥールやポワティエなどを経由してゆく。
普段通らない違うルートというのも魅力だったし、時間は掛かるが、1等車でも安いチケットがあったので、ゆっくり、ゆったり行く旅を選んでみたのだ。
パリ・オーステルリッツ駅に停車する特急
途中、ポワティエを通るときに思い出したのが、日光で不明になったフランス人女性。
たしか、ポワティエの方だったと思うのだが、いまだに見つかったというニュースはないようで、どうなっているのだろうと気になりますね。
この度は、2年ほど前だったから、不明事件からは、相当の日時が経過している。

ボルドーに停車し、そのままバスクへ。
ボルドーに停車し、そのままトゥールーズへ。

こんどこそ、ボルドーが目的地。
ボルドーの街と、ボルドーにある競馬場とカヌレ食い倒れが目的地である。
ワインではないんですな。
2020.06.09

ヴィシェフラット民族墓地へ

ヴィシェフラッドには、有名人の墓地があると言うのも、ここへきたひとつ。
中へ入ると、教会脇の墓地に、回廊がある。
ヴィシェフラット民族墓地の色彩豊かな天井の回廊
お花の飾られ方が、いかにも墓地っぽいが、回廊は美しく、墓地の中にいる様な気にならない。
2020.06.08

日の当たるフォーブール・ポワッソニエール通り

右が9区、左が10区。
パリはいろいろなところに、ランドマークがあるが、この界隈では、REXだろう。
白亜の塔と、REXの文字は、遠くからでもよく目立つ。
ちなみに、REXから向こうは、2区だ。
映画館REXの見えるフォーブール・ポワッソニエール通りの喧騒
REXは、映画館。
しかも、全て、フランス語吹き替えでやっている映画館だったはずだ。
アメリカのはやり映画は、たいていここでやってるんじゃないかなぁ。

でこぼこした建物の窓と、ごちゃごちゃする車の屋根が、パリ中心部の喧騒を、伝えてくれる。
2020.06.04

フォントネー修道院の回廊を撮る

さてさて、左右に伸びる回廊、中庭、回廊の列柱に続き、今度は、内外を両方写そうというもの。
なんとなく、撮りたいものが全体的には映っているけれど、漫然としている感じは否めない。
回廊4カット目という努力と、いまだに数歩プラス、右見て、左見て、ズームして、引いてみてというずほらさでの写真である。
フォントネー修道院の回廊と中庭の緑
自分にはない視点が、きっと必要ですね。
そのためには、多くの写真や、絵を見て、本を読み、音楽を聴かねばならないのかもしれません。
凡人故に、撮りたければ、努力せよという事か。

偶然撮れるためには、自分の頭で考えられる範囲で撮ってもきっとダメで、手が滑るとか、何かの設定間違えるとか、意識せずシャッター切っちゃったとか、事故に近い写真でないといけないのかもしれませんね。
想念の及ぶ範囲には、答えがなさそうで。
2020.06.03

モルジウカランクの道標

カランク手前の集落の一本道を歩いていると、道しるべが。
一本道ってわけじゃなかったのね。

それもで、この道は、行き止まりのアンパス。
モルジウカランクの小集落にあった道しるべ
もしかしたら、私道かもね。
ランボーさん家行き止まりとかね。
そうだとしても、私道につき通り抜け禁止などと書かれているわけじゃないようで。
あっ、通り抜けできないか!

名前は、Impass Rinbaud(ランボー袋小路)
でも、あの映画のランボーとは違う綴りですね。
2020.06.02

シャンポー崖上の遊歩道から

道路から、奥の遊歩道に入る。

sentier littoral(サンティエ・リトラル)。

サンティエは、遊歩道、リトラルは、沿岸。
沿岸自然歩道ですね。
フランスは、海沿いに、遊歩道がはしりまくっているのだ。
シャンポーの崖下の砂浜、海、岬、モンサンミシェルとトンブレーヌ
この崖上の遊歩道からは、真下の崖下をのぞける。
落ちたら大事になりますがね。
地中海岸にも、大西洋岸にも、そんな時には危険な道が伸びている。
さすが、ランドネ文化の国。

手付かずそうな、ビーチが見えますが、ここは干満激しいモンサンミシェル湾。
いつ海に飲み込まれるか、わかりませんね。

遠くに、乳首か、それともアポロチョコかのモンサンミシェル見えてます。
2020.06.01

クラコフスキエ・プシェドミエシチェ通り散策中

通りを歩いていると、広場の様なところで銅像発見。
名前の書いてある看板もあるので、誰かは知らないけど、一枚撮っておく。

この案内板は、この公園の名前であったらしい。
Skwerというのは、英語のスクエアだろう。
だが、この銅像が、この公園の名前の由来となった人物であったため、結果オーライ。
アダム・ミツキェヴィチ公園と像
ネットで調べてみれば、アダム・ミツキェヴィチと言う詩人らしい。
日本にも銅像があるらしいが、また、どこかでのきっかけになりますかね。