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2019.07.31

リュセルヌ・ドゥトゥルメール修道院への道

FREEのシムをパリで手に入れてノルマンディへやってきた。
一つは、テザリングをして、Wi-Fiが入らなくてもPCをネットにつなぐことができるから、宿をWi-Fi基準で選ばなくていいこと。

もう一つは、地図は持ち運び可能なgooglemapで行けることで、安心度と事前準備が減って、行動範囲が増えること。
思い立ったら、もう、地図は手に入れていることになりますからね。
シャンポー村の農道
ストリートビューが可能なことが多いフランスで、不可だった場所があった。
その道は、通過可能なのかどうか?
行ってからのお楽しみだったが、ああ、ガタガタ道だったのね!
曲がるところを間違えたら、ずいぶん違うところへ行ってしまいそうな田舎だけに、納得と安心を同時に。
シャンポー村の農道 枝のトンネル
でも、それは、結構絵になるフランスのノルマンディの農道でした。
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2019.07.30

トラム駅からヴロツワフのパルティニッツェ競馬場へ

トラム17番にのり、終点のKlecinaクレチナで降りた。
ここから、歩きで競馬場を目指す。
観光局では、バスで行けると教えてもらったが、地図で見る限り、乗り換えのわずらわしさより、歩きを選択。
ヴロツワフ競馬場へ
歩きでも、15分程度らしいし、道もむつかしくはない。
クランクを抜けるように歩いてゆくだけだ。
そうはいっても、初めての場所は、いつも不安ではありますよね。

そうして、クランクを左に折れ、右に折れ、まっすぐ歩いてゆくと・・・。
見えてきました。
あれは、あきらかに、競馬場でしょうね!
ホッと不安が解けるとき。
まあ、この瞬間も、蚤の心臓にとっては、達成感という旅の楽しみの一つ。
2019.07.29

チロル城を望むチロルの競馬場

競馬場からお城が見えるということは、お城から、競馬場が見えるということですね。
お城に、チロルの君主が居住していたときに、競馬場があったわけではないでしょうから、お殿様が、お城から競馬場を見学することはなかったでしょう。
それでも、やっぱり、欧州といえば、競馬とお城は結構関係深い。
メラーノ競馬場からチロル城
競馬場は、障害レースが主に行われるだけに、コースは植栽垣根によって区切られている。
一般的なぐるりと回る走るだけの競馬場は、白い枠棒でコースが作られているが、そこは、こうした障害競馬場の方が、かわいらしく美しい。フランス式庭園みたいですからね。
2019.07.26

Resslova レスロヴァ通りから ダンシングハウスとトラム

宿へ向かい歩く途中、レスロヴァー通りから、振り向いてダンシングハウスを撮る。
トラムを待って、何枚かとるのだが、全体を入れると、まあ、いつでもとっているような写真になる。
思い切って寄ってみる。
ダンシングハウスとトラム
人の大きさを考えると、結構下の柱も大きい。
柱のむきもバラバラ。
大きなガラスのスカートの下に入ったようなビルの向こうをトラムが走る。
2019.07.25

パピヨン通りの道標

パリ9区の東の端。
短い通りに商店がならぶなぁと入ってゆく。
写真を撮る前に、いつもの通り、通り名を撮影。
パピヨン通りの道標
ファインダーを覗くと、おっ!パピヨン通りだけに、蝶のシールが貼ってある。
ところが、このシールは、パピヨン通りでも、見つけられる。
ときどき、この蝶のシールが通り名看板を撮るたびに映りこみます。

04 juillet 1936の文字が見られるが、これは、1936年7月4日ということなのかどうか?
2019.07.24

スミュール・アン・ノクソワ 指輪祭り 入場

よく競馬場で見かける雰囲気。
勝負服を身にまとった、競走馬にまたがる出場者。
この人たち馬たちが、今日のメインイベントに出走するのである。
指輪祭りの主役たち入場
さてさて、どんな勢いで、目の前を通過してゆくのか?
競馬場では、特に、日本の競馬場では、目の前を間近に馬が走ることはない。
フランスなら、手が届きそうな範囲を通過するレースもあるが、ここは、細い柵か紐で区切られたコース。
垣根もない。
馬を引いている人が、女性が多いのも、ヨーロッパらしいですね。
2019.07.23

JFケネディ大統領海岸通りのモザイクベンチ

マルセイユのボレリ公園から旧港への海岸通りは、JFケネディ大統領海岸通り。
この通りのボレリ公園に近い側に、遊歩道があり、ベンチがある。
そのベンチがモザイクタイル貼りになっている。
マルセイユ海岸通りのタイルのベンチ  全体像
海だからか、マルセイユだからか、水色が多い。
バルセロナのガウディが作ったグエル公園を彷彿させるベンチ列。
マルセイユ海岸通りのタイルのベンチ
その中には、結構文字もあるのだが、よく見て読んでみると、MARSEILLEマルセイユでした。
2019.07.22

シャンポー村の集落前通過

不安に田舎の畑と牧場の間を歩いていると、集落に到達。
人の気配があれば、心細さは減少する。
シャンポー村の家
見る限りは、美しき理想の田舎暮らし。
窓辺に咲く赤とピンクの花。

フランスでも、あれしなさい、これ持ってきなさい、これ使いなさいという姑か存在するそうですから、日本でよく聞く、田舎の面倒くささみたいな人間関係なんかも、存在するのだろうなぁ・・・などと勝手な想像しつつ、長距離ウォークは続きます。
2019.07.19

ヴィエルカ停に近づくトラム

Powstańców Śląskich ポフスタンツフ・シロンスキフ通り。
この通りの真ん中を、トラムが走っている。
トラムの線路が並木道になっていて、水色の車体が、とても愛らしく見える場所だ。

おそらく、シレジア蜂起通りという意味じゃないですかね?
対ドイツ蜂起の歴史からではないかと思います。
ヴロツワフ トラム Wielkaヴィエルカ停に近づくトラム
蜂起とは連想しずらい、美しい真っすぐの並木道。
Wielkaヴィエルカというトラム停で、旧市街から乗ってきたトラムから、競馬場方面へ行くトラムに乗り換え。
17番のKlecinaクレチナ行きのトラムです。
あれに乗って、終点のクレチナを目指します。
2019.07.18

サンタ・マリア・デル・カルミネ教会の中へ

教会は、他と同じく、白い壁と天井。
ここはより白く感じます。
サンタ・マリア・デル・カルミネ教会内部
奥に祭壇があります。
金銀メッキされているのか、ずいぶんと豪勢な。
サンタ・マリア・デル・カルミネ教会 祭壇
よく見れば、祭壇に彫られた細工は、最後の晩餐のようで、13人。
サンタ・マリア・デル・カルミネ教会 祭壇 最後の晩餐
ダ・ヴィンチの最後の晩餐が静とすると、こちらは動。
なにやら、何かについて、闊達な議論が行われているような雰囲気が伝わってくる。
2019.07.17

ヴルタヴァを飛び立つ白鳥

丁度、白鳥が飛び立つところに偶然。
後で写真を見ると、たくさんの水紋がついてます。
ヴルタヴァ川 白鳥 水紋
全く知らなかったのですが、水から飛び立つときに、水面蹴るんですね!
さすがに、地球のパワーに対峙するのは、鳥でも大変なんだと。

簡単に飛んでいるんだと思ってましたが、大変なんですね。

こちらも、年齢を重ねるごとに、地球に対抗できる時間が短くなりました。
ジャンプしても、自分のイメージより圧倒的に早く、地球に戻されてしまいます!
2019.07.16

サクレクールを取り囲むラマルク通りの坂道

ラマルク通りというのは、少し変わった通りである。
始まりは、サクレクール寺院の左側。
そこから徐々に下りはじめ、寺院の裏手に回る。
この写真の部分は、真裏といっていい。
モンマルトル ラマルク通り
そこから、下って、写真の奥にある丸屋根の右側をさらに下ってゆく。
微妙なずれがあるが、通り名は変わらず続く。
きっと、昔は、きれいに傘の柄のような坂道だったのかもしれません。

丸屋根の、もう少し先に、Lamarck – Caulaincourtというメトロ12号線の駅がある。
そのあたりからさらに下って、メトロ13号線が地下に走るサントゥアン大通りまで続く。
2019.07.12

スミュール・アン・ノクソワ 指輪まつり前座 荷役馬仮装レースの入場

ペルシュロンという種の馬が、北海からパリまで塩を運んでいたという話を聞いたことがある。
その塩運びレースもあるんだとか読んだ気がするが、今もやっているのかどうか?
ここでは、指輪祭りは現役だ。
指輪祭り 出走するペルシュロンの入場
ペルシュロンという種は、北海道に輸入されている。
その血を引く馬で、いま、ばんえい競馬が行われている。

北海道にその馬が来たのが1910年だそうだから、パリのロンシャン競馬場で凱旋門賞が開催される前のことだ。
ばんえい競馬の方が、凱旋門賞より歴史が古いのかもしれませんね。

それにしても、この馬の脚は迫力ありますね。
2019.07.11

マルセイユ アルジェリア戦争引き揚げ者のモニュメント

中学高校で、どの程度の歴史の勉強をしただろうか?
入試に出る出ないで、せいぜい、第二次世界大戦前まで。
戦後の歴史の勉強はほとんどしていない。
これは、今から何十年も前の、しかも自分たちだけなのかどうなのか?
いまの若者はするのだろうか?

マルセイユの海岸を歩いていると、オブジェがあった。
後で調べてみたら、どうやら、アルジェリア戦争で引き揚げてきたときのモニュメントらしい。
奥に見えるのはイフ城だ。
アルジェリア戦争引き揚げ者のモニュメント
1945年以降の歴史は、ほとんど知らない。
フランスも戦後、ベトナムとインドシナ戦争、アルジェリアとアルジェリア戦争と戦っている。
日本は、なんだか、戦前と戦後と完全に途切れてしまっている感もあるが、時間は流れている。
その間に起きた事実の上に、今の世界がある。

アルジェリア戦争、混乱、シャルルドゴールの政治復帰等々の単語的事実しかしらないが、このあたりを何か読んでおかないと、現況もきちっとりかいできないままになりそうだ。

2019.07.10

ノルマンディ シャンポー村 Route du Liot リオ道路の出迎え猫

Liotリオというのは、このシャンポー村の小さな集落名だろう。
日本でいう大字、字の字に当たるような部分じゃないだろうか?
ノルマンディ シャンポーの町 猫との出会い
ボンヌヴィル道路から、約90度折れる。
修道院まで、大まかにいえば、道なりではなく、方向的に90度折れるのは、2度だけ。
その一回目がここになる。

道の向こうで、猫がこちらを見ている。
ノルマンディ シャンポーの町 見知らぬ人に構える猫
そのうちに、その場にしゃがんだ。
いつでも、ダッシュできる態勢ながら、人の少ない場所だろうから、見たこともない客に興味ありというところか。
2019.07.09

ヴロツワフ カテドラルナ通りのカラフルな建物

ポーランドとチェコのどちらかに行こうと思っている。
という質問に、
チェコは古い建物が残っているけど、ポーランドは再建ばかり。

そんな話も聞くことがある。
ヴロツワフ カテドラルナ通り カラフルな建物
だが、日本の建物も、何度も家事で燃え、再建してきたものは多くある。
木の文化ですしね。
再建といっても、江戸時代とか、鎌倉時代とか・・・。

現在再建されたものも、100年経てば、もう歴史の一部。
こういう風景だったというものが、残されていること、こうして、再建できていることも大事な事なんだと思いますね。

20世紀に再建?意外と古いねって時代が、いずれやってきます。
それまで、再び戦争が起こらず、残っていってほしいものです。
再建直後のきれいな状態で撮れるのは、今ってことになりますね。
2019.07.08

メラーノ サン・ニコロ教会正面斜めから

教会から出て、ホテルへ向かう。
ふと振り返ると、教会の正面が見える。
塔も見える。
広角レンズがあるし、ここで。
メラーノ サン・ニコロ教会正面斜めから全景
その場で、振り返ったまま広角レンズの性能に頼り、フレーム内に教会全体を入れて一枚。
こういった写真は、いわゆる証拠写真のように、なってしまうので、ただ、全体が写っているというだけの写真になりがちだ。
へたすると、撮った記憶すら薄いこともある。

考えて撮ったところで、そんなに違う写真が撮れるわけじゃないのだろうけど、写真の出来栄えとは別に、旅の記憶は脳に残る。
せっかく行ったのに、撮らないと損しちゃうような貧乏根性に襲われるゆえ、どうしても、証拠全体写真は増えてしまうのだが・・・。
2019.07.05

プラハ 踊る家の前を行くトラム

Tančící dům
タンツィーチー・ドゥーム
というらしい。
Dancing House
ダンシングハウスである。
プラハ ダンシングビル前新型トラムが行く
マサリコヴォ・ナーブジェジーから、背景に踊る家を入れてトラムを撮る。
踊った感じのガラス部分ばかりに気をとられていたが、トラムで踊る部分が少々削られると、その周りの窓がかわいらしいことに気づく。
なんだか、フンデルトヴァッサーの窓を思い出しますね。
2019.07.04

フォーブール・ポワッソニエール通り 自転車のある通りの風景

通りに並ぶのは、左側に、路駐の車列、右側に、歩道と車道を分ける鉄の棒。
車の間を抜けるときは、犬のふん注意。
鉄の棒は、股間をぶつけないよう注意。
どちらも苦い思い出のあるもので、パリの通りの通常の風景でもある。
フォーブール・ポワッソニエール通りの水色の自転車
水色の自転車が街灯の柱に括り付けられいる。
丁度バスが通る。
RATPの色は、この自転車と同じ水色。
2019.07.03

スミュール・アン・ノクソワの指輪まつり

フランスには、凱旋門賞という有名なレースがある。
ちなみにこのレースは1920年に始まっている。
この年、ヴァンセンヌ競馬場で行われている速歩のビッグイベントアメリカ賞も始まっている。

だが、フランスの近代競馬の歴史は、実質ナポレオン3世が整備したといってもいい。
ロンシャン競馬場なども、そのころできたものだからだ。
彼は、19世紀の人間である。
凱旋門賞からさかのぼること100年である。

マリーアントワネットがフランスで競馬を行ったという歴史もあるが、彼女でも18世紀後半を生きた人間だ。
フランス革命は、1789ですものね。
スミュール・アン・ノクソワ 指輪祭り デフィレ
さて、指輪祭り。
この祭りは、優勝した騎手に指輪が贈られるという由来。
なんと、1639年から続く伝統レース。
なお、現在も行われるフランス最古のレースと言っていいのだろう。

ルイ14世が生まれた年が1638だから、ルイ13世時代ということですね。
日本は、鎖国を始めたころ。
スミュール・アン・ノクソワ 指輪祭り デフィレ拡大
さて、馬の入場、デフィレ。
この後、この馬たちと仮装したジョッキーがレースするのですが、御覧の通りの太い脚。
ペルシュロンかどうか、わかりませんが、荷物を運んでいた馬たちですね。
これは、本場の前座になります。
2019.07.02

マルセイユの巨大クレーン

パリ近郊でも、よく見かけるクレーンは、たいていトリコロールカラーになっている。
赤、白、青だ。
フランスの国旗色だが、そもそも、赤と青は、パリの色。
パリサンジェルマンというサッカーチームのユニフォームもその色。
マルセイユ 巨大クレーン青黄色
マルセイユだからなのかどうか?
ブルーとイエローのクレーン。
黄色は、そもそも関係ないのだろうけど、注意すべきものであるからね。
青は、この町の色。
空も青かったので、マルセイユらしく感じたのかも・・・。
2019.07.01

シャンポーからリュセルヌ・ドゥトゥルメール修道院道中 馬再び

リュセルヌ・ドゥトゥルメール修道院への散歩道中。
牛がいると思って一枚写真を撮る。
ところが、たてがみが見えたように思ったので、じっと見ていると、草を食べている首が起き上がった。
はたして、馬だった。
ノルマンディー シャンポー村 道 馬
馬の毛色のことを、フランスでは、ローブをいうが、いわゆるドレス、装いだ。
毛は生えているんじゃなくて、まとっているんですね。
確かに毛色は面でとらえますものね。

牛だと思ったこの馬は、まだら模様。
PIE ピ
という。

競走馬には、なかなかいないので競馬場ではお目にかかれない馬、”斑”まだらですね。

” ピ ”に別れを告げて、道中は、まだまだ序盤。