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2019.02.28

サン・シンプリチャーノ教会 ステンドグラス

サン・シンプリチャーノ教会で見かけたステンドグラス。
横に並んでありましたが、どちらも戦いを描いたようで、甲冑を来た兵士の絵が。
サン・シンプリチャーノ教会 ステンドグラス1
レニャーノの戦いが主題なのかどうか?
ロンバルディア同盟、ミラノの色である、赤十字が見えます。
サン・シンプリチャーノ教会 ステンドグラス2
職業のステンドグラスがあるかと思えば、歴史のものまで、たしかに、ステンドグラスは、随分と美しい本みたいなものですね。
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2019.02.27

ジェレズニチュニー鉄橋をゆくチェコ国鉄

鉄橋へ近づいてゆくと、列車が!
再び、電車の写真。
プラハ ヴィシェフラッド鉄橋
チェコ国鉄といえば、定番カラーはブルーなんですが、これは、アイボリーと赤。
近郊列車カラーなのかどうかは分かりませんが、年代を感じるフォルムですね。
鉄橋の色と言い、線路脇でよく聞く、高い金属音が聞こえてきそうです。
2019.02.26

Rue de Bellefond ベルフォン通りからRue de Pierre semardピエール・スマール通りへの階段

上の通りから、下の通りへ。
まあ、どうでもいいことだけど、この階段は、何通りのもの?
ライン上、ピエール・スマール通りの階段とするべきじゃないのかな?
パリの道 ベルフォン通りからピエール・スマール通りへの階段
上と下の通りが交差するところは、パリには、もう一つある。
右の丘と、左の丘の間を橋で結ぶのとは違い、明らかに、通りが立体交差しているところだ。
13区のRue du chevalretシュヴァルレ通りとRue de Tolbiacトルビアック通り通りの交差であるが、ここはトルビアック通りとシュヴァルレ通りの階級違いといった感もあり、こちらの通りの上下交差とは、趣を異にする。

パリで、ペリフェリックみたいな高速を除いて、他にもあったかな?
2019.02.25

スミュール・アン・ノクソワ ノートルダム教会内部

教会の後方から内陣へむけて、いつものように写真を撮る。
広角でとれば、天井も入るし、左右も入る。
全体的な雰囲気になる。
だが今回は、少々望遠目で数枚。
スミュール・アン・ノクソワ ノートルダム教会内部
一枚目は、立って。
二枚目は、もっと寄ってズームして。
最後に、しゃがんで撮ってみた。
しゃがむと、椅子に座っている目線になる。椅子に座るより低いかな?
立って写真を撮っていると、少々傲岸で、横柄な雰囲気になるけれど、しゃがむと、わずかに謙虚で、奥を敬うような雰囲気の写真に変わる気がする。
2019.02.22

マルセイユ旧港一望 デジタル一眼時代にもう一度

以前やってきたときも、カメラは持っていたのですが、当時は、まだデジタル一眼レフが出現する前だったと思います。
EOS5という一眼レフで写真を撮っていましたが、300㎜のレンズは持っていたはず。

今回も、300㎜までのズームレンズを持っていたのですが、この写真は、480㎜で撮れてます。
たいてい、僕らが買うような入門や中級クラスのカメラは、APS-Cといって、つけたレンズの焦点距離が、1・6倍になるからです。
昔から使っていたレンズは使えるのですが、より遠くまで撮れるということなんですね。
その結果、当時は撮れなかったような写真が撮れる。
マルセイユ旧港望遠一望
ところが、これが、広角になると、超広角レンズが1・6倍されてしまい、超ではない普通の広角になってしまうという、逆効果もあるんですね。

まあ、残念なことに、その当時のレンズを初めて買ったカメラにつけて使ってましたが、そのカメラとレンズたちも、次買ったカメラとレンズたちも、盗られちゃったんですけどね。
盗られたことで、新しく買ったレンズは、超広角が撮れるように改良されたものが出てました。
それすら一度盗られちゃったのですがね。

“せっかく”?盗られちゃったので、次は、もっと、望遠のズームレンズを手に入れてみましょうかね?
あっ、2度目の盗難は、広角レンズは失わずに済みましたので。
動画撮るアクションカメラは持ってかれましたが。

それにしても、マルセイユの港から、奥へ奥へ行くと、どんどんと丘になっていることが、写真でもわかりますね。
2019.02.21

Rue Gustave Belloir サン・ジャン・ル・トマ ギュスターヴ・ベロワール通りの先

サン・ジャン・ル・トマの町を海に向かってぶらぶらと歩いてゆく。
住宅街をしばらく歩くと、遠くに海が見えてきた。
くさりか、ロープが見えますが、おそらく、あそこが、La Caleという船台でしょうね。
あのゲートを通り過ぎれば、海へ直行。
サン・ジャン・ル・トマ モン・サン・ミシェル近郊
楽しみは、右手に見えるシャンポーの崖と、左手に見えるモン・サン・ミシェル。
今日は、海沿いで、日本から持って行ったサバ缶ランチを食べます。
2019.02.20

Piaskowa ピアスコヴァ通りを行くトラム

通りをカーヴしてやってくるブルーのヴロツワフのトラム。
遠くに見える大きな屋根は、聖ヴォイチェフ教会の屋根。
ヴロツワフ
トラムの色と、教会のレンガ色が、共産主義時代っぽい、無機質で一様なコンクリート建築との対比で、ずいぶんとカラフルに見えますね。この色合いも、ある意味、町の歴史を表しているのかもしれません。
2019.02.19

メラーノ 火薬塔からワイン畑

ブドウの木ってのは、ずいぶんと低い。
でも、テレビじゃ、目線ぐらいで摘んでいる映像を見た気もするが、品種とか育て方とかの違いなんですかね。
欧州でのブドウ畑のイメージは、低い木が延々と続く。
立って写真をとれば、丘の向こうまで一望できる高さの植物だ。
メラーノ
なんだか、茶畑と重なるからか、落ち着く風景なんですね。
緑の畑っていうか、草色の人工ラインが丘にひかれているのは、どこへ行っても美しい。

2019.02.18

Masarykovo nábřeží 河岸通りマサリコヴォ・ナープジェジーをゆくトラム

ヴルタヴァ川脇の大通り。
そういえば、日本も川が多いけれど、川沿いの街中大通りって、あまり聞かない。
急流の多い日本だからだとすると、こういうところにも、土地ごとの文化形成と風景の違いが出ますね。
プラハ
うねうねと道が曲がる雰囲気と、わずかに登ってくるトラム。
新型トラムより、こちらの方が趣がありますね。
2019.02.15

Rue du Chevalier de la Barre シュヴァリエ・ドゥ・ラ・バール通り

この道は、モンマルトルの東側から、サクレクール寺院の背後まで続く、結構長い道だ。
途中で名前が変わってもよさそうなものだが、途中途中で雰囲気を変えながら、左右へうねりながら、丘の頂上へ続く。

道の名は、人の名前に由来する。
どうも、歴史がわからぬのだが、この人自体は、20歳そこそこで、冒涜の罪で死刑になった人らしいのだが、大寺院が建つ丘の頂上へ続く道の名になるのだから、それなりに現在評価された人ということになるのだろう。
ヴォルテールが名誉回復に一役買ったということらしいが、どうも、その時代背景と、事件の関係がつかめない。
宗教的なことだから、余計にわからぬのだが、そもそも、冒涜という言葉の背後には、権力とか、宗教とか、金銭とか、差別とか、権利とか、そういう人間の業の言葉の匂いがする。
パリの道
さて、そういうむつかしい話とは別。
この道は石畳で、雰囲気が良い。
この写真の部分は、坂下のあたりだが、ホテルがあるんですね。

観光地の裏通りというよりも、ここは、丘の裏通りって雰囲気です。
2019.02.14

スミュール・アン・ノクソワ ノートルダム教会のパイプオルガン

パイプオルガンというのは、それ自体が、ミシュランの旅行ガイドで3つ星が付くものもあるぐらいの美術品。
クープランって名前は聞いたことがある(ガイドブックで読んだ?)けれど、奏者だったような気も。
だが、こちらは、全く違う文化の楽器類について、いや、楽器そのものについて疎いため、はぁ、荘厳な代物であるなぁと思うだけである。
よく見かける教会の定位置にあるはずの楽器という認識です。
スミュール・アン・ノクソワ ノートルダム教会 パイプオルガン
どうやら、パイプオルガンというのは、一音につき、一本の管があるらしい。
ピアノで考えれば、鍵盤を半音ずつ数えてゆくと、白7黒5の12あるから、仮に8オクターブほどあると100本近く必要になる。
いやいや、エレクトーンと同じだとすると、脚の鍵盤もあるから、150は必要になる。
鍵盤も一列じゃなかったなぁ・・・?
そう思って改めて写真を拡大して数えてみると、表に見えているのは一部だけであるということがわかる。
すくなくとも、全部で100も見えないからだ。
スミュール・アン・ノクソワ ノートルダム教会 パイプオルガン 下から
さらに、どうも、このパイプオルガンというのは、ピアノ、エレクトーンのレベルではないほどの高低音が出せるらしい。
であるから、何百本の管というレベルではないようですね。
ここのパイプオルガンがどの程度あるのかは分かりませんが。

下から見上げた畳一畳ほどのスペース。
これ、あまり見たことないような気もするので撮ったのですが、ここに、演奏者のスペースがあるのか、はたまた、その表に見えていない管が猛烈に詰まっているのか?
教会ができた時に同時にパイプオルガンがあるとは限らないから、パリのアパルトマンのエレベーターのように、後でその場に合わせて、特注で作らねばならぬとしたら、いろんな増築方法があるのであろうと思ったりするのである。

ま、勝手な想像であって、そんなところで演奏しないよ!そんな場所に管置くわけないよ!ってこともあるかもしれませんが、想像する程度で、いまのところ思考は停止しております。
2019.02.13

マルセイユ旧港 ファロ公園からファナルの塔と地中海文明博物館を望む

旧港の北側には、大きな城塞の壁がそびえる。
Fort Saint-Jean。
サン・ジャン要塞だ。さらに、ファナルの塔。
以前来た時と、当たり前だが変わらない。
その脇に、黒い真四角な箱がよこたわっている。
地中海文明博物館である。
これは、以前とは変化した部分。
マルセイユ
その博物館と、サン・ジャン要塞の間に歩道橋がある。
Passerelle Fort Saint-Jean。
パレセル・フォール・サン・ジャン。
サンジャン要塞歩道橋である。

この歩道橋やパニエ地区が、NamikaのJe ne parle pas françaisの動画で使われている。
この動画を見て、ちょっと、この橋から写真を撮ってみたいなと思ったりしたわけです。

ま、次行った時ですね。
2019.02.12

サン・ジャン・ル・トマ 自転車 ベンチ

モン・サン・ミシェル近郊の町、サン・ジャン・ル・トマです。
バス停近くのベンチに鮮やかなショッキングレッドのリム(車輪の金属部分)の自転車が地上ロックのベンチに地上ロックされてました。
派手なリムは、日本だと浮いてしまいますが、こちらでは、かわいらしく見えますね。
もっとも、”日本にいる”という色眼鏡で見ているからこそ、”浮いている”のかもしれず、その点、色使いの多い諸外国では、嫌らしい色使いには見えないんですよね。
モン・サン・ミシェル サン・ジャン・ル・トマ
さて、奥に道しるべ。
La Cale St Michelとなってます。
La Cale(ラ・カル)というのは、船台だそうで、これ、自分自身も結構好きで、海では、写真の題材にすることが多いやつでした。
ようするに、海と陸を結ぶ坂道みたいな通路。
または、陸地の修理場を言うのだそうですが、”船台(せんだい)”という日本語単語自体、初めて知ったかもしれません。
フランス語から、日本語の勉強になるとはね。

そうした、いろんな風景を見るために、こうした海岸沿いも、自転車乗りはいるわけです。
2019.02.08

Hala Targowa タルゴヴァ市場とトラム

教会とこの市場のツーショット写真をトラム入れてスリーショットでは撮れなかったのだが、数十歩歩いたら、トラムがやってきた。
概して、そんなもんですね。
せっかくトラムが来たのだから、停留所に停まるラッピングトラムを市場を背景で。
ヴロツワフ 市場
この市場で、お昼にしたら良かったのに!と思うわけですが、今回は、競馬場へのトラム路線確認でWi-Fiが必要で、旧市街広場のマクドナルドにお世話になってしまったので、ここを通り過ぎて、先へ行くことに。
2019.02.07

サン・シンプリチャーノ教会 フレスコ画

カラフルなフレスコ画の他に、もう一つ、モノトーン、ツートーンなフレスコ画があった。
よく見るとカラーなんですけど、黄土色とかアイボリーの統一感がある。
ミラノ 教会
天井部分は、黄土色で、壁面部分になると、アイボリーに変化する。
さらに、本来なら鏡が入っていそうな部分にも絵が入っており、そこもわずかにトーンが違う。

一見黄土色がかった絵があるなと、通り過ぎてしまいそう。
これすべてが、同時期に企画されてできたものなのかわからないけれど、よく見てみると、その微妙な階調が、調度品の金色も含めて、絶妙なバランスなんですね。
誰の画?なのかもわからず、通り過ぎてしまいましたが。
2019.02.06

Vnislavovaヴニスラヴォヴァ通りから眺めるŽelezniční most ジェレズニチュニー鉄橋

ヴィシェフラットの城跡へ向かいたいところだが、遠くに鉄橋が見えてきた。
プラハ ヴィシェフラット
写真は、オッと思ったところで撮るのが鉄則だと勝手に思っているので、オッと思った風景をそのまま切り取る。
丁度トラムが来るタイミングで。
プラハ ヴィシェフラット
もうしばらく待って、他のトラムがきたところで、もっとズームしてみて一枚。
どうかな?
やっぱり、オッと思った画角に近い、上のほうの写真のほうが、雰囲気いいかな?
ズームして、よりいい場合もあるけど、オッと思ったのは確かに上の風景を眺めていたのだものね。
2019.02.05

Rue de Bellefond ベルフォン通りからRue de Pierre semardピエール・スマール通りを

上下に交差する通り。
ベルフォン通りの橋の上から、ピエールスマール通りの坂上方向を望む。
ピエールスマール通りも、最上部は、このベルフォン通りと同じような高さになっている。
ピエール・スマール通りが、割れた岩の谷間のようになっているわけだ。
パリの通り 9区
パリじゅうの通りで見かける路駐が、ここは、上から眺めて雰囲気を知ることができる。
建物に挟まれた区間が、倒れた四角錘を、底から眺めるような感じに見える。
2019.02.04

スミュール・アン・ノクソワのノートルダム教会ステンドグラス

こちらのステンドグラスは、きっと新しいものではないかと思われる。
デザイン的にも、カラーも、ポップだからである。
ただ、この中央に描かれた人物はだれなのか?
スミュール・アン・ノクソワ
名前を見ると、Jeanne de CHANTALとなっているようだ。
1572年生まれ、1641没ということだろう。
どうも、この地方出身の女性で、列聖された方。
名前の前にSの字のように見えるのは、きっと、Sainte(サント)(聖)ということなんでしょう。
スミュール・アン・ノクソワ
もう一つ、Reineというステンドグラス。
凶器を持った男に狙われているように見える。
Reineというからには、女王。
普通に考えると、フランス王妃ということだと思われますね。
それとも、ハプスブルグに嫁いだマリー。

この町にやってくる前に、アレジアの古戦場へ行ってきましたが、その村の名前が、アリーズ・サント・レーヌ。
ガリア人少女の名前がReineレーヌだったそうで、結婚を拒んで殉教。列聖されてSainte Reineになったそうです。
土地柄、この女性かな?
2019.02.01

マルセイユ旧港 ファロ公園

旧港を眺められるポイントへやってきた。
随分前と違って、オブジェが飾られている。
どうやら、84ARCSというオブジェらしいが、アーチが84あるのだろうか?
マルセイユ
奥に見える宮殿は、ファロ宮殿。
ナポレオン3世が建てたそうだが、この皇帝は、街づくりが好きなんでしょうね。
パリの町の大改造も、ロンシャン競馬場も、ドーヴィルの街も、同じ時代。
アリーズ・サント・レーヌのヴェルサンジェトリクス像もそうですが、ナポレオン3世は、モニュメンタル好きですね。