2018.03.31

ワルシャワ西駅からヴロツワフへ

列車が入ってきた。
てっきり、ポーランド新幹線なのだと思い込んでいたから、入ってきたのが、客車で少々びっくり。
これじゃない!なんてことはないだろうと乗り込む。
ポーランド国鉄
中に入ると、再びびっくり。
いやいや、中に人が乗ってるなぁとは、外からも分かったが、人でぎっしりだったのだ。
もちろん、自分の予約席は空いていたが。

えっ?西駅始発じゃなかったの?
中央駅始発だったのかな?

もっとも、ネットでチケットを買う場合、ワルシャワ発として、ワルシャワ中央駅としてしたわけじゃないから、ここに西駅からの切符が表示されちゃったわけねと納得する。

西駅始発だとおもったから、西駅付近に宿をとったんだけど、早合点だったようだ。
のちに、これも早合点だと気が付くのだが・・・・。

どうも、ワルシャワ中央駅始発とは限らず、もっと、北東のビヤウィストックからやってきて、ヴロツワフ方面へ行くものもあるのだ。
気分的に、荷物と人で埋まっている列車に乗り込むのと、ガラガラの人のいない始発列車に乗り込むのとは、気持ちが違いますね。特に、荷物持ってるときは・・。
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2018.03.30

スロバキア料理 ハルシュキ

競馬場は、B級グルメの宝庫。
特に、パルドゥビツェ大障害の日は。
気になるものを片っ端から食べて行きたい。
だが、なんて言ったらいいのか?
なんていう食い物なのか?
値段すらわからないから、適当に払うしかない。
ハルシュキ
初めて、ここで食べた時は、小さな子供が、出してくれた。
きっと、お父さんのお手伝い。

なんだか、ジャガイモのような、パスタのようなものに、玉ねぎ?ベーコン等々が入っているようだ。

名前は、この時分からなかったが、ハルシュキというらしい。

後に、別のところで買うと、店のご主人が教えてくれた。
ハルシュキというか、ハウシュキって聞こえますね。

きっと、Lの発音がそうなんでしょうね。
2018.03.29

サンピエール広場 布屋前にて

まったく、布に関しては、無知である。
ただ、以前訪れた、日本の布屋街の日暮里なんかと比べると、なんだか、布の種類なども違うような気がする。
この布屋街は、より雑多な感じ。
パリの道
その時々の布のはやり等があるのかどうか?
こんな生地を何メートルか、買ってかえって、カーテンなんかにできないのだろうか?
ふとそんなことも考えるような、カラフルな生地も並ぶ。

買えば、そこで裁断してくれるが、これまた、棒で測って、手で割く。
そんなもんなんですかね?
2018.03.28

キャバーヌ・ヴォーヴァンとうたつ

Cabaneは、キャバーヌという。
ヴォーヴァンのキャビンということだろう。
CAさんのC、キャビン、すなわち小屋。
ヴォーヴァン小屋。
まさに、そのままですね。
ヴォーヴァン
こんなものが、こんなところにあるのには 、おそらく、敵監視のためだろう。
ノルマンディー、コタンタン半島の反対側、第二次世界大戦時にも上陸作戦がおこなれたところにも、ポール・タン・ベッサンという町があり、そこに、ヴォーヴァンの塔という名の小屋がある。
このブログでも紹介したが、あれは、これに比べて、わずかに大きく、丸い。
まあ、お城の塔のごとく、まあるい形をしているから、塔といえぬこともないが、用途は、同じだろう。

第二次世界大戦時、ドイツのロンメルが、自分なら、コタンタン半島から上陸作戦を行うといったらしいが、はるか昔、ここは、重要ポイントだと、ヴォーヴァンは気が付いていたのだろう。
まあ、英国は、海の向こうですからね。
もっともっと昔、ノルマンディから、向こうへ行ったという前例もありますし・・・。
2018.03.27

スミュール・アン・ノクソワの夕暮れ

時間的には、もうすぐ夜9時とか10時とかですね。
だから、日本的に夕暮れという時間とは、ちょっと違う。
勝手に、”もうご飯ですよ!”と声がかかりそうな、家の中を想像し、ノスタルジックな気分に浸ったりする。
だが、実際は、もうすぐ寝る時間ですよなのかもしれない。
スミュール・アン・ノクソワ
真っ暗にならないで、情緒あふれる時間が長いのだから、必然、外に出て、飲み、話し、笑い、歌いとなるのだろうか?
真っ暗で、花火を見つつビール、家の中でテレビという、日本的夜との違いは、この日照時間が影響しているのに違いない。
文化ってのは、人々が創っているものではなくて、太陽によって、必然的に生まれてくる生活習慣のことなのかもしれない。
2018.03.26

マルセイユ ラ・カヌビエール

マルセイユのラ・カヌビエール。
この目抜き通りを、まだ、通して歩いたことがない。
奥には、サン・ヴァンサン・ドゥ・ポール教会の尖塔も見えているが、あの教会も行ったことがない。
マルセイユ
そう思いながら、写真を撮った。
そして、今回も、また、ここが後回しになって、そのままになってしまった。
ただ、ここへは、また来ますね、そんな気がします。
そういう気がして、行かなかったことはないですから、きっと。
2018.03.25

メラーノの中心へ到着

競馬場もあるだけあって、さすがにリゾート地的な雰囲気でした。
手前に架かる橋は、パッシーノ川。
越えれば、いわゆる中心エリア。
メラーノ
以前は、チロルの都でもあったんでしょうし、いやいや、チロル発祥地ですし、山間の田舎町ではなく、しっかりとした街を形成してました。
ここまで、ヴェローナから、ボルツァーノを経由して、列車は、川に沿って、ゆっくりゆっくり上昇。
軽井沢ではなく、手前の横川までやってきた感じですね。
2018.03.24

ワルシャワ西駅にて

ホームに上がった。
6番ホームの1番線だとわかった。

次にやることは、1番線のどこで待てばいいかである。
ホーム中ほどに、列車編成表がある。

なにしろ、自分が予約した座席は、何号車の何番席で、どのあたりに止まりそうか?確認しておかねば、安心して乗り込むこともできない。
日本なら、移動すればいいぐらいの軽い気持ちだが、そういう常識は通用するかどうか?
行き先の違う列車が連結されているとも限らないしね。
ワルシャワ西駅
何号車から、何号車まであるか、書いてある。
必ずしも1号車から始まるわけじゃないところが、日本じゃないところ。

17号車って、いったい???
間違ったら、どれだけ走らされるか?

時間帯別だから、スッと見つかる。
ワルシャワ西駅
さて、ここ始発なら、そろそろ、やってきていないといけないはず。
いやいや、もう、待ってないといけないはず。

ドキドキしつつ、その時刻を待つ。
2018.03.23

プラハ メトロ ムゼウム駅

メトロA号線は、緑色である。
それが記されているのは、駅名表示の右の四角。
ただ、この円型に凸凹、グラデーション背景もメトロのA号線の特徴。
プラハ メトロ
ここは、博物館駅だからですかね?
茶と銅色の渋井組み合わせになってます。
2018.03.22

Boulevard Montmartre グランブールヴァール・モンマルトル大通り

グランブールヴァール。
ここは、その中で、ブールヴァール・モンマルトルと呼ばれるゾーン。
カフェも立ち並ぶが、デモ行進通りでもある。
パリの道
劇場のオレンジ色の案内文字がちょっと可愛らしい雰囲気になってますね。
Théâtre des Variétés
バラエティ劇場。
A DROITE A GAUCHEとなってますが、右と左があるのか?
とおもったら、演目のようです。

何枚も何枚も写真を撮るのですが、連写しても、連射しても、延々と画面の中央に車が入る。
これも、左下には車がいるのですが、運よく、目の前を自転車が通過。
ということで、この一枚をブログに。
2018.03.21

Carollesキャロル モンサンミシェル湾の海

モンサンミシェルに修道院を建てた司教オベールの町、アヴランシュからバスで北上。
ここのバス路線には、急行グランヴィル行きと、、海沿いグランヴィル行きがある。
ジュネという町が、一つの目的地だったから、当然、海沿いを選択。
モンサンミシェル
そのジュネから、海越しに見えるモンサンミシェルを眺めた後、バスで再び北上。
Carollesキャロルという町で降りる。
途中のバスから見られる景色は、モンサンミシェルを含め、絶景だ。

ヴォーヴァンのキャバーヌCabane、おそらく、監視小屋、がある海沿いを目指す。
そこから、モンサンミシェルが眺められるのではないか?という目的を果たすため。

海沿いへ到達するためには、林を下り登りせねばならない。
フランスらしく、自然歩道というべき道が整備されてはいるが、自然歩道は舗装道じゃない。

途中、仲間からはぐれてしまった、フランス人の女性と出会い、彼女の友人たちから聞いたという記憶と、彼女の携帯電話と、こちらの、ネット上でみた地図の記憶を合わせながら、海沿いへ到達。

わずか15分ほどだったろうと思うが、清流脇のがたがた道の不安から解放された、畑脇の道の先には、海が広がっていた。
この先には、ジャージー島などチャンネル諸島と英国本体が浮かんでいるに違いない。
2018.03.20

スミュール・アン・ノクソワの街並み

この町の街並み写真は、川沿いから撮られている。
それは、南側からが多いようだが、北側からとっても、なかなかいい。
スミュール・アン・ノクソワ
川に囲まれているから、普通の城でいえば、いったんは、お堀の中へ降りなければ、城壁へ取り付けない地形になっている。
こうやって眺めたらかわいい町ですがね。
攻め込もうと思ったら、建物の壁も、城壁そのものですね。
2018.03.19

Rue Paradis パラディ通りの坂

遠くに行くにしたがって、徐々に道が昇っている。
望遠で狙えば、まるで急坂が待っているように見える。
おかげで、旧港というのは、坂の下にあることがよくわかる。
マルセイユ
マルセイユの港は、こうした、起伏の激しい間間にぽっかりと出来ているのだとわかるが、その中でも、ここは、大きく、なだらかなのだろう。だからこそ、ここが中心になったのに違いない。
急峻な崖だけであれば、街が構築できない。
それにしても、まっすぐだけど、坂道だと、なんだか、ノスタルジックになりますね。
子供のころ駆けあがった坂を思い出すのか?
そんな体力は、ないのにね。
2018.03.18

メラーノ ピアーヴェ通り

マイア・バッサ地区から、メラーノの中心地へ向かう。
遠くには、チロル城もある山の斜面が見えている。
あの手前には、街が広がっているはずだ。
メラーノ
町へ向かうには、川を越える。
アディジェ川の支流パッシーノ川で、地区が分かれている。

その街方向から、ボルツァーノ方面へ向かうのだろうか?
リゾート帰り?の車列。
2018.03.17

ポーランド国鉄でワルシャワからヴロツワフ往復

ポーランドについた翌日には、ワルシャワの競馬場。
続いて、次の日は、ヴロツワフの競馬場へ向かう。
なにしろ、片道4時間。
朝早くでなければならない。
ポーランド国鉄
6時5分の特急を、日本にいる時点で予約。
チケットはEチケットだから、メールで届くQRコードがそれらしい。
スマホだけで乗れるわけで、これは便利。

よく調べていなかったが、ワルシャワ西駅発で、ヴロツワフへ行く。
どれが、自分の列車かわからないが、6時5分のSzklarska Porebaという行き先がそれだろう。
なぜなら、IC(インターシティ)書いてあるから、特急だからだ。
Szklarska Porebaは後でわかったが、シロンスク地方の町だった。
ただ6番ホームに、同時刻の列車が二つ表示してあるのは、どういうことだろう?
ポーランド国鉄
6番ホームに向かうと、果たして、6番ホームに1番線と2番線があるということがわかった。
自分のは、1番線ということ。
ヴロツワフが経由地で表示されているし、一安心。
ポーランド国鉄
ホームに上がると、この表示。
停車駅が載っている。
さて、列車が入線してきそうです。
2018.03.16

パルドゥビツェ競馬場でペルニーク

ジンジャーブレッドのことを、ペルニークという。
どうやら、このペルニークは、ここも有名だが、お隣ポーランドのポズナンも有名だそうだ。
そちらでは、ピエルニク。
パルドゥビツェ
お土産に可愛らしいペルニークを買ったお店で、写真を撮らせてもらった。
さすがに、馬の町だけあって、馬型や馬の絵が多いようで。
パルドゥビツェ
お店はいくつかあったが、地元にとっても縁起物?なのか、他からきた人が買うのか?
結構買っている人いましたね。
これは、持ち帰れるから、ここでの腹ごしらえは、別のものにて。
2018.03.15

サンピエール広場 布屋街

通りなのか、広場なのか?
この場所は、一応、サンピエール広場。
Place Saint-Pierre。
サクレクール寺院の東南。
パリ最大の布屋街になっている。
パリの道
いろんな種類をメーター買いできる。
観光客には関係なさそうな場所であるが、利用価値もある。

例えば、よりきれいに食べ物などの写真を撮るために、グレーの布を買ってゆく。
派手目な色合いにしたければ、黒っぽい布でもいいかもしれない。
外でも、部屋の中でも、最後は風呂敷替わりに使える。
2018.03.14

モン・サン・ミシェル 砂浜から

もう一枚砂浜写真があったので。
ここは、まだ、そこそこ歩きやすそうですが、そう思えば、歩いて渡ってみたいものですね。
そう甘くはないんでしょうけど。
モン・サン・ミシェル
それにしても、どこから見ても、きれいな三角形ですね。
2018.03.13

スミュール・アン・ノクソワのメゾンデュー

城壁下を歩いていると、木組みの家が。
かわいらしいので写真を。

Maison Dieu
よく見かけるような気がしますが、神の家?
スミュール・アン・ノクソワ
どうやら、日本でいうと、悲田院、施薬院の類になるんですかね。
貧しい人たちを救う施設のようなものなのか?
スミュール・アン・ノクソワ
日本でも、おそらく悲田院あたりは、仏教がらみで始まっているだろうし、とすれば、その考え自体も、渡来品なのかもしれません。
まあ、ほんとに、これがそういう施設なのか?もわかりませんし、旧メゾンデューなのかもしれませんけど。

ともかく、その可愛らしい建物を橋越しにもう一枚。
2018.03.12

マルセイユ旧港駅にて

マルセイユの観光局へ行った。
以前来た時と同じよな場所を探す。
確かこの辺り。

見つからない。
どうやら、通りの反対側のようだ。

結局、人に聞いてたどり着いた。
マルセイユ
マルセイユの地下鉄駅に降りてゆく。
小石がところどころに埋め込まれている。
以前来た時に、メトロに乗ったかどうかさえ、記憶にない。
バスには乗ったけどなぁ・・・。

駅のホームに着くと、目の前には、その小石を使ったアートが。
地下駅というより、日本の地方都市の地下道の壁を見ているような気分でした。
2018.03.11

メラーノ パラデ通りにて

駅から競馬場前を通過して、宿へ向かう途中、何やら、ポッカポッカという蹄の音が響いてくる。
馬群だ。
さすがに、この週末は競馬一大イベントだから、それでなのかな?
それとも、パレード帰りなのか?
競馬場脇だしね。
メラーノ
こちらは、葦毛馬の一団。
メラーノ
続いて、鹿毛馬の一団。
メラーノ
競馬の大きいレース見に来たわけですから、こういうの見ると、気分があがりますね。
転がす荷物も軽くなるわけです。
2018.03.10

ワルシャワ メトロのマーク

パリのメトロのマークは、黄色のM。
ここも、黄色に赤のM。
どちらも、マクドナルドと似ていることに変わりはない。
ワルシャワ メトロ
ここ、ウィラノフスカ駅は、競馬場へのバス300番が出発するところ。
メトロも来ているが、トラム14番線の始発駅。
競馬場から、トラムに乗ってくると、ここで乗り換えれば、自身の宿がある西駅の近所まで運んでくれる。

丁度、中国の人だろうか?おそらく4世代にわたるのだと思われる大家族がトラムを待っていた。
欧州や、日本からは近い、中韓に比べても、日本は家族のつながりが希薄な気もする。
希薄なことはネガティブ面かもしれないが、日本という国の経済と治安の安定の裏返しともとれる。
島国には、島国の良さも、また欠点もあるのだと、ほほえましい大家族を見つつ思った。
2018.03.09

プラハ本駅の写真

大きな駅は、こうして、多くのレールが交わって入ってゆく。
ここを、右に左に折れながら、いくつもの列車が入ってゆく。
いつまで見ていても飽きないというほど好きなわけではないけれど、それぞれの物語を抱えた人々が乗る、それぞれの列車の軌跡は、なんとなくトワイライトである。
プラハ本駅
フランスは、モネの絵のように、三角屋根が多い気がします。
ここは、丸屋根なんですね。
列車を見送る、見守るメガネ駅のよう。
2018.03.08

Rue des Italiens イタリアン通り

気になった街灯を撮った後には、全体の雰囲気の写真を撮る。
やっぱり、住宅街とは違って、ゴージャスな感じなのだが、どこが?と聞かれると、わかりづらい。
凹凸だったり、壁の装飾だったり、屋根の形だったり、最上階の小部屋の窓だったり、その窓上の小さな屋根だったり・・・。
パリの道
通りの入り口にカフェ・レストランがある。
普段、コンビニでサンドイッチを買って済ませるお昼と比べると、こういうところでとるランチは、優雅ですね。
想像の中だけです。
実際、パリでも、お昼は、もっぱら、パン屋から公園ベンチ行き。
2018.03.07

モン・サン・ミシェルを拡大して

ジュネの砂浜の公園手前に緑地へ続く道があった。
わずかながら整備されていて、道になっている。
空は青く、流れるような雲が風を感じさせる。
モン・サン・ミシェル
少々高台になっているところから、モンサンミシェルを眺めることができる。
高台だから、水面も見えるが、潮の流れが速いところだからですかね?
逆さモンサンミシェルとは行きません。
朝だったら、もっと、反射もきれいに撮れるのかもしれません。
モン・サン・ミシェル
向こうに見える木々の並びは、畑の中を通る道の並木ですかね?
そんな気がします。
こうやって見ると、海からの侵入を防ぐ城壁も、よく見て取れるし、これは、けっこう有効なんだなと思いますね。
2018.03.06

スミュールの遠き山に日は落ちて Rue Basse du Rempart バッス・デュ・ロンパール通り

壁下通りの名の通り、城壁の裏側を川へ下って行く道。
この細い小道は、なんですかね、子供心を相当くすぐられる道。
散歩道というよりは、遊ぶために崖上へ向かう道であり、家へ帰るために、夕方下って帰る道。
スミュール・アン・ノクソワ
いまは、駆け下りたり、駆け上ったり、とてもできません。
確実に体のどこかを壊しそう。
体重と筋肉のバランスが、子供の頃とは全く違うんですかね?

子供のころ、近所のマムシ山と呼ぶうっそうとした林がありました。
そこの崖上へ行く細いガタガタ道、思い出しますね。
くの字に曲がった、足をくじきそうな悪路。

ここも、昔は、きっと、その悪路だったんじゃないかなぁ?裏道らしいやつね。
2018.03.05

ヴェロドローム前

甲子園みたいなものだと、勝手に思っている。
マルセイユといえば、フランスのサッカーどころであり、オランピック・マルセイユといえば、阪神タイガースのような存在であると思っている。
その、聖地が、ここ、ヴェロドローム。
ヴェロドローム
今回、マルセイユの競馬観戦に訪れた。
競馬場は二つ。
そのどちらでも開催があるということで、その中間点に宿を。
それが、このヴェロドロームの脇だったのだ。
TGVを降りれば、地下鉄で一本なのも、便利。
ヴェロドローム
スポンサーは、携帯電話のオランジ。
だからだろう、マルセイユといえば、水色のユニフォームのイメージがあるが、最近はオレンジ色も多いようだ。
残念ながら、競馬は2つの競馬場であるのだが、サッカーの試合はない。
大抵、10月の第2週目といえば、代表チームの試合がある時期。
ここでは、コンサートが行われるようだった。
2018.03.04

メラーノ競馬場前にて

およそ、チロルのイメージとは程遠い、南国で見かけそうなイエローの建物の競馬場。
駅前にあるのだが、宿へ向かう途中に、前を通過。
明日、明後日は、ここで一番大きなレースが行われる。
そんな楽しみをもちつつ、大きな荷物とともに、移動してゆく。
メラーノ競馬場
競馬場入り口の絵は、ここで行われるレースが、障害競走であることと、お帽子をかぶった女性に象徴されるように、おしゃれな社交の場。昨日のワルシャワの競馬場同様、お帽子なんですね、競馬場では。
2018.03.03

ポーランドの競馬場のドレスコード

さて、馬券が的中しました。
この馬券を換金するわけですが、まあ、おそらく、フランスなどと同じで、購入窓口イコール払い戻し窓口なんだろう考えるわけです。
そのあたり、日本とは、少々違う。

で、そろそろレース結果が確定したんじゃないか?
そう思われる頃、恐る恐る、馬券を差し出すと、窓口の優しいお姉さんが首を振る。
何か言っているが、何かはわからない。
でも、不思議ですね。
まだ、払い戻しができる状態ではないから、もう少し待ってといっていることだけはわかるのです。
ワルシャワ競馬場
何分か後、モニター画面に、前のレースの確定金額のテロップが流れ始めます。
この辺りも、フランスのモニターと形式は同じ。
さっきのお姉さんが、遠目から、もういいよ!と合図を送ってくれる。

そんなこんなで、無事換金。

帰りがけに、競馬場脇の看板に、こんなポスターを発見。
おそらく、競馬場内のメインスタンドに入るには、ドレスコードがいるんでしょう。
もしくは、大きなレース限定で。
やっぱり、女性とその帽子が主役のようです。

メインスタンドの前には、正装したガードマンが立っていましたから・・・。

ゴール前にすら、一般席ではいけないのですが、優しい馬券売り場のお兄さんとお姉さんに助けられ、楽しむことができました。

2018.03.02

Vinohradská ヴィノフラドスカー通りでトラムを待つ

何度か様々な角度からとった、印象的な紅白の建物。
ここへの登り坂を下ってくる紅白のトラムを待つ。
プラハ
やってきたのだが、車と重なって、うまくいかない。
うまくいかないところを待ちきれず、トラムなしの写真に。

せめて、車とトラム入れちゃえばよかったのだが、迷っているうちに時間は過ぎ、待ちきれず退散。
通りを下って、本駅へ向かう。