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2018.01.31

グレーニュ競馬場からの沼沢の風景

晴れると暑い。
曇ると寒い。
まあ、それはともかく、スタンドの下で、ゆっくりと競馬予想。
そんなテーブルがいくつも並ぶ部屋があった。
グレーニュ競馬場
そこで予想をしていると、窓に、木の実が当たるような音がしてきた。
強風でも吹いたのか?
はたして、それは、雨でした。
しかも、ゲリラ豪雨というべき、猛烈な雨。
通り雨でしょうから、帰るころには、止んでいそうです。
グレーニュ競馬場
その雨が、ただでさえ、きれいな空気の汚れを落としてくれたのか?
さらに透き通って沼沢が見える。
思わず、競馬場とは逆方向からスタンドを出て、沼沢の写真を撮った。
ここへ来る前、鐘楼脇からとったばかりなのにね。
雨後、とても、色がきれいに見えたんですよ。
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2018.01.30

Rue du Rempart 城壁通り 上から

坂道の写真は、坂上から採る場合と坂下から撮る場合がある。
好き嫌いはある。
個人的には、坂上からの方が好きだ。
スミュール・アン・ノクソワ
開けている感じがするからなのか?
上方に空間がある方が、圧迫感がないのか?

2018.01.29

シャンティイ大厩舎 ルポートの時計

何気なく、時計と、その下の幕を撮った。
ミュゼ・デュ・シュヴァル。
馬の博物館というロゴ。
シャンティイ
帰ってから、時計をふと拡大してみた。
すると、Henry Lepauteの文字。
アンリ・ルポート。

もしや???

そう思って、自分のブログのヴァンセンヌの記事を見る。
はたして、ヴァンセンヌ城の入り口上部にある時計と同じだった。

ルポートの時計と、歴史的建造物。
エッフェルの弟子の一人だそうで。
一つパターンを、頭の中に入れておこう。

こういう偶然なる出会いは、いいですね。
2018.01.28

ミラノのトラム1号線 Foro Buonaparte

再びフォーロ・ブオナパルテ通りにてのトラム。
立ち去ろうとしたときに、やってきた、古きミラノのトラム。
いいですね、絵になりますね。
道がカーブですから、余計に絵になるのかもしれません。
ミラノ
まあ、偶然1号線だそうで。
パリのメトロでも、やっぱり1号線は、新しくなったとはいっても、何とも言えない雰囲気を持ってます。
東京の銀座線も同じく。

さて、次は別のところで撮りましょう。
2018.01.27

スウジェヴィエッツ競馬場への道

美しい並木道が続きます。
住宅街ではなく、競馬場の側道です。
歩いてゆくカップルは何組か見かけましたが、激混みで怒号、嬌声、拍手、嘆声、盛り上がる競馬場とは違い、散歩と会話にちょうどいいような場所でした。
ワルシャワ競馬場
これだけの美しい場所というのは、少々ギャンブル世界とノリが違う。
そうおもったら、ここは、スタンドにドレスコードありの競馬場でした。
むろん、普通にレース見るには、ドレスコードなしですけどね。
ワルシャワ競馬場
延々15分かけての競馬場脇の散歩もなかなかでした。
2018.01.26

プラハ ゴミ箱

カラフルなゴミ箱が並んでました。
おそらく、他の欧州同様、ごみ箱の色で、捨てるものが決まっているってやつであろうと思います。
プラハ
きれいに並んでいると、ごみ箱感はありますが、汚い感じはしないところが、この国の気質ですかね。
プラハ
オイルの回収の模様。
油を、ペットボトルへ、ろうとのようなものを使って入れ、きちっと蓋をして、捨ててくださいと絵に。
日本のことすらよく知りませんが、こういうゴミ専用は初めて見た気がします。
2018.01.25

Rue Pillet-Will ピエ・ウィル通りにて

ラファイエット通りから脇に入る。
パリ9区であるが、2区の証券取引所からも近い。

建物は、かなり重厚で、金融街ってイメージもする。
正面だけは、どこにでもありそうなパリですが。
パリの道
さて、英国がEU離脱。
パリなのか、ストラスブールなのか、フランクフルトなのか?
EUの経済を担う金融街は、どこになるんですかね?
パリは、そうした雰囲気から遠い街のように感じるのですが、この界隈もにぎわってゆくんですかね?
英国離脱後は、何がどう変わってゆくのか?
2018.01.24

グレーニュ競馬場にて

競馬場の中には、結構人がやってきていた。
混雑しているわけじゃないが、田舎の競馬場にしては、なかなかの集まりよう。
もちろん、この日は、7年に一度の大きなレースの日。
そのイベントのカラーが黄色なのだ。
グレーニュ競馬場
レース前。
明るい陽射しと重たい雲。
この後、強烈な暑さと、かなりの寒さに襲われる。
晴れていたら暑いのに、曇ったら、寒いのだ。
湿地といえども、日本と違って、カラッと乾燥しているんですね。
グレーニュ競馬場
ゴールのところには、Gの文字。
これは、ヴァンセンヌが、Vの字を飾ってるから、グレーニュのGということだろう。
よく見ると、イジニー・サント・メールの看板も見える。
あの、エシレ村と双璧を成す、乳製品の聖地。
ここから、すぐ近くなんですよね。
グレーニュ競馬場
レースが始まる。
ここは、速歩。
車を引くのが、アトレという。
日本語だと、繋駕速歩というが、聞きなれないし、字も覚えられないほどむつかしい。
ま、車をつないでいるってことですね。
グレーニュ競馬場
アトレに対して、馬に乗っての速歩はモンテという。
騎乗速歩。
コースの向こうに、競馬場へ来る前訪れた、あの、教会跡の鐘楼が見える。
あれが、ここの借景でシンボルになってます。
グレーニュ競馬場
結構人は言っているんですよ。
盛り上がってます。
グレーニュ競馬場
むろん、こちらも、馬券握りしめて、盛り上がってます!
2018.01.24

スミュール・アン・ノクソワへのアプローチ パリ通りを望む

城壁通りから、外を眺めると、道沿いに並ぶ家々が見える。
ちょっと可愛らしい茶屋根の並びだ。
この通りは、パリ通り。
そういう名前であるのだから、きっと、この先の方向には、パリがあるのだろう。
地図で確認すれば、ざっくり正しい。
スミュール・アン・ノクソワ
眺めた家々の手前の谷は川。
一本道を向かってくる人馬は一目瞭然。
2018.01.23

シャンティイの馬の博物館

大厩舎を右に折れ、そこを抜けてゆくと中庭。
さらに進むと、馬場があった。
シャンティイ
きっと、ここでは、イベントが開催されるのだろう。
ちょうど、馬の調教なのか、自身のトレーニングなのか?
馬に乗っている場面に遭遇。
シャンティイ
いやいや、姿勢いいですね。
そうでなければ、上手に操れないのかどうかわかりませんが、生半可な生活を送る私には、そう簡単にできないいい姿勢のような気がします。
馬上姿がいつも見られるのかわかりませんが、この練習風景を見ただけでも、なんだか、よかったなと思いますね。
2018.01.22

ボルツァーノ駅にて

この時には何も気が付かなかった
帰国後、この地方で見つかったアイスマンが、博物館にいると知ったのだ。
何度か、テレビで放送された、矢じりで刺された痕とのあるというミイラ。
ボルツァーノ
科学というのは、まったく、人間の本質とは無関係なのだろうか?
精巧に作られた矢じり、想像される、愛憎に満ちた死因・・・。
着飾ったり、薬で苦しさを抑えたり、楽な移動手段をてにはいれたけれど、今も昔も、人が追い求めるものと、人が争う理由に、何の違いもない。

彼が歴史を覆す発見であるとかいうことよりも、その、死因の方が、よほど、人間的である。
そういう人の不変が、なにか、こちらを安堵させてくれる。
2018.01.20

スウジェヴィエッツ競馬場へ到着?

競馬場から、橋を渡って、左方向ぐるりと回ってゆくと、競馬場に到着。
門があり、道は続いている。
案内板がある。

赤いマークに、TU JESTESとなっている。
YOU AREということだから、今いる場所が、左下の赤いマークのところ。
スウジェヴィエッツ競馬場
競馬場をなめてはいけない。
なにしろ、競馬場というのは、場所にもよるが、ざっくり、一周2キロあると思っていい。

この絵図からすると、スタンドがある上の方まで歩いてゆくと、概算1キロあるということだ。
まだまだ15分は歩く。
だから、トラムではなく、地下鉄駅から300番のバスに乗っていくという選択肢があるわけね。
でも、競馬場脇の散歩もいいですよ。
さて、行きますか!
2018.01.19

パルドゥヴィツェ駅にて

前回、パルドゥヴィツェに訪れた時は、旧市街まで歩き、そこから、駅とは反対方向にある、競馬場まで、歩いて行った。
今回は、前回、歩きの時に、競馬場駅という駅があることを確認したので、プラハから、そこまで行ってみることにしていた。
ところがだ。
プラハ駅では、すっかりそのことを忘れ、パルドゥヴィツェ往復を買ってしまった。
それを、途中で思い出したので、パルドゥヴィツェの駅の窓口で、競馬場駅までの往復切符を買ってみた。
パルドゥヴィツェ
電車に乗る。
入線してきた電車が競馬場へ行くのかどうか?不安。
これは、周りに聞くに限る。
とはいえ、英語もまともにできないし、通じるかどうかわからないし、チェコ語もできない。

ザーヴォディシュチェ(競馬場)?
って、目の前のご婦人に言ってみたら、その人がさらに周りに訪ねてくれて、行くことが分かった。

何とかなるもんですね。

で、車両に乗り込むと、こんな案内板があった。

フリンスコ・ヴ・チェハーフ行き?
発音は微妙ですが。

ともかく、パルドゥビツェ本駅、Pardubice hl.nから、二つ目。
11時46分着が、パルドゥビツェ・ザーヴォディシュチェとなっている。
間違いはない。

ふぅぅぅ!行けそうだ。
でも、この”あたふた”が旅ですねぇ。
2018.01.18

シュヴァリエ・ドゥ・ラ・バール通り テーブル

パリのカフェには、テーブルがあります。
あたりまえだけど、丸っこい小さいテーブルに鉄脚というよく見かけるパターンのテーブルって、どんな値段がするのだろう?
あんなテーブルが1つぐらい家にあってもいいかな?とも思う。
だが、そう簡単に見つからないだろうし、高いに違いない。
パリの道
何しろ、古いものを大事にする国のひとだから、オーナーが替わっても、前のものをそのまま譲り受ける。
壊れても修理。
きっと、そうに違いない。

であるから、それ以外に新しく揃えようとすると、かなりの出費になるに違いない。
鉄板版のテーブルがきっと安いのだろう。
なにしろ、家にも、折り畳み鉄板丸テーブルがあるが、これがあるのは、それが最も安かったからだ。
椅子も、この折り畳みでした。

数揃えようと思うと、こういうことになるのだろう。
色ががかわいいところが、自宅のものとはずいぶん違うけど、そりゃ、ここはお店だもの。
2018.01.17

競馬の町なのだ グレーニュ

ちょっと見づらいですけどね。
グレーニュ競馬場の案内板の右下に、”ノルマンの小さなヴァンセンヌ”と書かれている。
ヴァンセンヌは、いわば、フランスの競馬が始まった聖地ですからね。
しかも、現在も、速歩においては、最も有名で、パリにおいては、西のブローニュのロンシャン競馬場、東のヴァンセンヌ競馬場である。
グレーニュ
そこと比すほどの競馬場なのだ。
そりゃ、近くの場外馬券売り場も、閉まっているわけだ。
見に行きますもんね。

それにしても、車か、バスに延々と徒歩しかアクセスがないとは。
日本でもそうだけれども、田舎に行けば行くほど、車保有率は上がるでしょうし、バス走らせても・・・ということでしょう。
ともあれ、到着しました。
バス停から1時間歩いたかな?
2018.01.16

スミュール・アン・ノクソワ 看板

人が何か作っているようにも見える、看板を発見。
これが、お店のものなのか?
むかしからついていたものを飾っているのか?
ジェエヌの塔に突き刺さるように、この看板があった。
スミュール・アン・ノクソワ
工事現場で何かをかき回しているようにも、テーブルの上で、ワインを注いでいるようにも見えます。
タバコのジタンを思い起こさせるような切り絵風看板でした。
2018.01.15

シャンティイ大厩舎 馬の頭像

大厩舎の中庭にひときわ目に着く馬の像が2体。
従順な馬ではなく、悍馬の様相。
血潮を被っても、身震いして進んでいきそうな雰囲気です。
シャンティイ
手綱まで表現された像。
競馬場脇ですし、お城ですし、馬にとっても、戦いの場です。
2018.01.14

Via Bettino Ricasoli ベッティーノ・リカーリソ通りを行くトラム19番

地下鉄を降りて、ぶらぶら歩いていると、通りの向こう側からトラム。
奥に見えるのは、スフォルツェスコ城。
ミラノ
城も、トラムも、信号機も、古き良きな感じですね。
2018.01.13

スウジェヴィエッツ競馬場への標識

郊外へ延びる道路といった雰囲気の通りである。
駅から、歩いてゆくと、こんな看板が。

歩きでも、車相手のこうした表示、結構参考になる。
この場合、競馬場と書いてあるのだから、間違いなかろう。
ワルシャワ
WYSCIGIは、トラムの停留所名と同じ。レース場ということだろう。
KONが馬だから、馬のレース場ということなんですね、きっと。
右に行けば、いいはずです。
頭で記憶してきた地図も、右側です。
2018.01.12

I.P.Pavrova駅ホームにて

いや、シンプル。
シンプルですが、なんだかバランスよいです。
赤の四角は、ここが、赤のライン、C線であることを意味してます。
プラハ
ここから、プラハ本駅まで地下鉄で行き、チェコ国鉄に乗り換えて、地方へ向かいます。
2018.01.11

ラファイエット通りの坂の上の

通りの中央から写真を撮るチャンスは、ほんの一瞬。
ラファイエット通りは、南北通りではないですが、わずかに右肩上がり、すなわち、北東に向かって伸びてます。
モンマルトルの丘のふもとを、斜めに行くようなもの。
それゆえの、この緩やかな登りですね。
パリの道
坂の頂上は、北駅付近?かどうか?
ミロのヴィーナスか?サモトラケのニケか?銅像が立っている広場のようなものが見えますが、あれは、信号機です。
2018.01.10

グレーニュ 競馬場通り

レイモン・リゴー競馬場通り。
グレーニュの競馬場は、レイモン・リゴーという名なんですね。
有馬記念も、有馬さんから採られた名前ですが、きっと、ここの競馬場に関係ある人の名なんでしょう。
グレーニュ
なんだか、この通りだけは、心なしか、他の通りよりも整備されているような気もします。
グレーニュ
歩いてゆくと、右手に、競馬学校。
日本で、フランスの競馬学校の映画が公開されていて見たことがありますが、おそらく、それは、シャンティイの街。
こちらは、ここの競馬場がそうであるように、速歩の競馬の学校なんでしょう。
グレーニュ
走らせず、歩かせなければならにわけですから、その調教はきっと、別の大変さもあるのだろうと思ったりもします。

もうそろそろ、ヴァンセンヌ競馬場で、速歩レースの最高峰、アメリカ賞が行われますが、ここの生徒たちは、そこを目指しているのかもしれません。
2018.01.09

スミュール・アン・ノクソワ ジェエヌの塔

城壁通り沿いにも、塔が立っている。
真横までいけるので行ってみる。
スミュール・アン・ノクソワ
名前は、Tour de la Gèhenne
トゥール・ドゥ・ラ・ジェエヌ。ジェエヌの塔。
14世紀の終わりに建てられたということでしょう。
スミュール・アン・ノクソワ
1300年代後半ですから金閣寺と一緒とおもえばいいですね。
間近によると、美しいという形容詞にならないですが、この一つ一つの積み重ねが、美しい街に貢献してます。
2018.01.08

シャンティイの大厩舎の屋根

馬をさがせ!
馬の街の大厩舎であるから、馬にちなんだものが多いはず。
植木鉢に馬がいたが、今度は屋根に。

馬というか、羽が生えてますので、ペガサスということですね。
フランスではペガーズ。
シャンティイ
日本では天馬といわれることがあるそうですが、競馬ファンとしては、天馬と言われたのは、かのトウショウボーイ。

キタサンブラックで有馬記念を勝った武豊ジョッキーの父が、トウショウボーイで有馬記念勝っているんですよね。
日本の、障害レースでペガサスジャンプステークスというのも、羽馬ゆえの名前なんでしょう。

シャンティイらしい屋根?
でも、ペガサスは結構あちらこちらの重要文化財の屋根にいるような気がします。
なにしろ、羽が生えてますからね。
2018.01.06

ヴェローナからボルツァーノへ

ミラノから、南チロルのメラーノを目指す。
フレッチャロッサで、ミラノからヴェローナ。
ヴェローナは、ロミオとジュリエットの街らしいが、今回は乗り換えだけ。
イタリア
ヴェローナの駅で待っていたのは、オーストリア国鉄の車両だった。
何しろ、チロル地方へむかうわけで、イタリアを抜けて、オーストリアまで行くからだろう。
イタリアなのだが、オーストリアの鉄道というわけだ。
国が細かく分かれた、欧州ならではだろう。

写真は、ボルツァーノ駅に到着したオーストリア国鉄。OBB。
2018.01.05

ワルシャワ・スウジェヴィエッツ競馬場へ行く2

トラムにのる。
初めての路線というのは、本当に長く感じるものだ。
これは、歩いていても、自転車でも、飛行機でも同じ。
知った道は早いが、知らぬ道は、まだか?まだか?となる。
だから、人を案内する時、案内される側は、とても長く感じることを考えつつ、連れてゆかねばならない。
今回も一人旅だから、気楽ですけどね。
ワルシャワ
トラムの終点は、WYSCIGI停留所。
競馬場停留所という名前である。

世界中、たいていのトラムは、運転席が片側にある。
終点駅では、逆方向に走り出すことはできない。
そのため、”ぐるりんこ”がある。
ぐるりんことは、輪っかのような場所をぐるっと回って戻ってゆくことだ。
環状線になっていれば、路線自体がぐるりんこであるから、その必要はないが、行って来いの路線では、両端にそれぞれ、ぐるりんこが必要なのである。

ここは3路線の終点駅。
3路線は、この先、長い間同じ線路を走ってゆくのだが、終点駅だけは、路線ごとに分かれている。
このあたり、ポーランド人気質というものなのだろう。
丁寧で細かい気質なんですね。
街のあちらこちらや、部屋の中が清潔なことも、この気質なのかもしれません。

トラムが並ぶと、ちょっとかわいいです。
2018.01.04

Blanická ブラニツカー通りの紅葉

公園脇を、南北に通る通り。
リエグロヴィー公園脇から始まる。
プラハ
公園脇から、道路側へ降りようと思ったときに、きれいな紅葉の通りが見えたので一枚。
2018.01.03

グレーニュ 沼沢の風景

墓地からわずかに先までいってみる。
写真を撮ると、遠くに何か見える。
グレーニュ
望遠でとってみると、風力発電の風車が丘の上に一列に並んでいる。
グレーニュ
ミストラルという南仏では有名な風もあるが、フランスというのは、全般的に風が強いんですかね?
台地平地が多いからなのか?
あちらこちらで、風力発電の風車みかけますね。
人工物ですが、意外と、絵になったりするのですが。
2018.01.03

Rue du Chevalier de la Barre シュヴァリエ・ドゥ・ラ・バール通り

rue du Chevalier-de-La-Barre
シュヴァリエというのは騎士。
どうやら、18世紀に若気の至りによって殺された騎士に由来するようでもある。
そういうことが、このサクレクール寺院の周りにふさわしかったのかもしれない。
パリの道
この通りを、モンスニ通りの角から、まっすぐ行けば、コタン小路の階段に出る。
この通りも、もちろん、ユトリロの題材になっているし、コタン小路もそうだ。
サクレクールの周りはそうした道ばかりですけどね。
2018.01.02

Rue du Rempart 城壁通り

城壁に囲まれた丘の上だったのしょう。
4つほど円柱の城塞があるようですが、この丘を取り囲むこの通りは、その城塞の間を抜けて丘の半分を取り囲むように伸びている。
スミュール・アン・ノクソワ
城塞の一つのとんがり屋根が見える。
あの軍事的塞が、この町を中世のおとぎばなしの世界へ連れて行ってくれる大きな要素である。