2017.12.31

2017年 今年一年ありがとうございました

今年一年、適当な写真と適当な記事にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
また、来年も、同じように続けてゆくつもりです。
パリ
よいお年を、お迎えください!
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Posted at 11:08 | その他 | COM(0) | TB(0) |
2017.12.30

ワルシャワ・スウジェヴィエッツ競馬場へ行く

なにしろ初めての街だ。
競馬場へ行くのも、不安との戦いになる。
この不安ワクドキが、旅の最大級の醍醐味であることは言うまでもない。
ワルシャワ
中央駅付近の地下は、知ってしまえば、たいしたことはないのだろう。
ところが、地名も、何もわからないと、どこから地上へ上がれば、目的のトラムがやってくるホームへたどり着けるのかわからない。

今回は、携帯に電子書籍の旅行ガイドを入れていった。
最終日のワルシャワ出発直前まで、トラムの地図すら手に入れることができなかったため、この電子書籍は役に立つ。
辞書も、ガイドも、スマホにインはいいのだが、あれこれやるには、電池の残量と画面の小ささが気になる。
多少重くなっても、数冊のガイド本よりは、タブレットの方がいいのかな?

競馬場へゆくのは、4番10番35番。
競馬場は終点駅で、駅名は、WYSCIGI。
それだけ覚えておけばいいと思ったのだが、甘かった。

ここ中央駅は、3路線のうち、10番しかやってこないのだった。
何度も、地下からの登り階段を間違えて、電子書籍で再び調べて、それがわかった。
2017.12.29

リエグロヴィー公園から見るプラハ

プラハ国立博物館のドーム屋根が、紅葉の間から見える。
ということは、この方向に、ヴァーツラフ広場があるわけだ。
プラハ
右に視線を移動。
ペトシーンの丘と、プラハ城が見える。
カレル橋は、この方角。
プラハ
さらに右に視線。
プラハ城も見えるが、旧市街広場のティーン教会の特徴的な日本の尖塔も見えます。
プラハ
ヴルタヴァ川に削られた谷に、すっぽり町が埋まっている感じですね。
2017.12.28

パリ 自転車のある風景 オテル・バンク前にて

ラファイエット通りを歩いていると、豪華な建物の前に自転車が。
絵になりそうかなと一枚写真を撮った。
パリの道
どうやら、ここ、ホテルらしい。
名前の通りなのかどうか?建物の雰囲気も、銀行そのもの。
Credit commercial de Franceとなっているから、CCFがここに存在していたのだろう。

地図でいうところのオペラ座の右手側、東部分は、銀行や、証券取引所や、そうした、重厚感あふれる建物が多いですね。
2017.12.27

グレーニュの沼沢の風景

丘の鐘楼跡墓地から出て、下の方を覗き込んでみる。
グレーニュ
沼沢というだけあって、縦横無尽に水路が走る。
そこに、牛たちが見える。
グレーニュ
こういう地形になると、移動をしようと思っても大変だが、緑と水には事欠かず、動物が活きていくには、いいのかもしれない。
グレーニュ
人が作った乗り物が、移動しにくいのだが、それは、戦争だったり、高速移動だったり、人間様の都合の話。
豊かな自然だと思えば、それはそれで、牧歌的で心安らぐいい風景ですね。
2017.12.26

スミュール・アン・ノクソワ Rue Fevret フェヴレ通り

夕方の散歩で、教会の前へ。
さらに、そこから、坂道を下ってゆく。
スミュール・アン・ノクソワ
教会であるから、たいてい、一番高い位置にある。
周りは、坂道が多いわけだけど、この道は、Rue Fevret、フェヴレ通り。
レストランのテラスは満席でした。
2017.12.25

シャンティイ大厩舎の植木鉢

馬の町の馬の博物館のある大厩舎だけに、植木鉢にも馬が。
シャンティイ
しかも、結構ちゃんと馬の筋肉まで彫られているような素晴らしいものでした。
シャンティイ
巨大な建物と巨大な扉と、巨大な車除けの脇にあるので、その大きさは感じませんが、短足のわたしには、膝というより、腰?の高さまであるような巨大な植木鉢です。
自宅の門の脇に飾ってみたいですね。
もっとも、我が家には、門すらありませんが。
2017.12.24

ミラノのトラム 緑

ミラノのトラムのいる風景。
それを撮ろうと、ぶらぶら散歩する。
ミラノ
遠くに、ちょっと雰囲気の違うトラムを発見。
ファインダーをのぞいてズームすると、新しいタイプの、緑色のトラムが走っている。
トラムのいる風景じゃなくて、トラムだけの写真になってしまったが。
2017.12.23

コピンスカー通り

近所に泊まったので、通りの撮影を。
カラフルさがかわいらしくて一枚。
ワルシャワ
共産圏イメージとは、もっと無機質な感じなのだが、ここは、画一的ながら、カラフルでした。
とにかく暗い上、写真も失敗してごらんのとおり。
でも、雰囲気は伝わるかな?
煙突が、鍾乳洞みたいです。
2017.12.22

リエグロヴィー公園 秋

ヴィノフラディに公園がある。
ここを目指して歩いてきたのだが、公園内の紅葉は緑とのコントラストがきれいだ。
プラハ
この国の場合、この紅葉のように、黄色の建物も多いから、とりわけ公園だけがカラフルに浮き彫りになるということはないのだが、やはり生き物の色は、心にも目にもなじみますね。
プラハ
紅葉を楽しみ、写真を取りながら、この高台の公園の上の方を目指します。
2017.12.21

モンスニ通りの道しるべ 花

欧州のベランダといえば、この、赤いゼラニウム。
白壁にも映えますが、こちらの方が、実っぽいというのか、自己主張しすぎていないというのか、そういう、コントラスト。
パリの道
モンスニ通りの道しるべは、花で隠れて読めないけれど、花も、ガラスの質感も、わずかにレトロというのか、昭和モダンというのか、いい感じです。
それもこれも、この壁色からですかね。
2017.12.20

グレーニュ競馬場を遠望

墓地からは、競馬場が一望できる。
Hippodrome du vieux Château
昔はお城があったところなのか?古城競馬場という名なのである。
1945
これが、競馬場のできた年らしいから、戦後すぐということなのだろう。
グレーニュ競馬場
今では、この町は、フランス有数の競馬の町といっていいかもしれない。
鉄道駅からも遠いこの地であるが、開催日数は結構多いのだ。
ま、フランスは鉄道じゃなくて、車社会ですけどね。
2017.12.19

スミュール・アン・ノクソワ旧市街 ビュッフォン通り

門を二つくぐって至る旧市街の賑やかな通り。
Rue Buffonビュッフォン通り。
スミュール・アン・ノクソワ
数件のカフェ他お店が並ぶとおり。
夕暮れ時で、既にお店は閉まっている。
夕暮れといっても、5月末の夕暮れは随分と遅い時間帯だ。
スミュール・アン・ノクソワ
通りを進んで振り返ると、くぐってきた門のporte guillierギリエ門が見えている。
両側の建物に支えられるように建っている。
2017.12.18

シャンティイの大厩舎

いままで、なかなか、お金を払って入ろうとは思っていなかったのですが、そんな人が多いのか?シャンティイ城の入場料が、こちらとセットになって値上がり。
入れるのなら、入ろうということで、やってきました。
シャンティイ
ルイ14世に、ヴェルサイユにもないといわせたその大厩舎。
たしかに立派。
でも、実用的には、これだけ立派である必要があるかどうか?
ただ、競馬では、この大厩舎の前通ってゆきますから、いわば、競馬場の風景の代名詞の一つとなってます。
シャンティイ
いろんな種類のポニーもいるんですかね?
馬は数頭しかいませんでしたが。
入ってみると、結構いい雰囲気でした。
2017.12.17

ミラノ中央駅のイタロ

ちょうど、ミラノ中央駅に停車していたItalo。
フェラーリやアルファロメオがデザインをしているそうですが、フランスの鉄道会社の新幹線のようですね。
確かに、TGVと似たデザインです。
日本の新幹線は、また、オリジナルあふれるデザインでいいですね。
イタロ
フレッチャロッサの方が、フェラーレッドに近い色のようにも思いますが、こちらもこちらで、高級感あふれる赤に。

低いホームと、ヨーロッパらしい鉄骨とアーチ屋根が、情緒掻き立てますね。
いずれ乗りたいです。
2017.12.16

中央駅のショッピングセンターで

何度か訪れてみた中央駅北側にあるショッピングセンター。
ハードロックカフェに、マクドナルド、H&MにSuper Dry。
世界中どこにでもあるようなグローバルなお店が集まる。
ワルシャワ
ワルシャワ価格というわけではなく、こうしたお店は、どこへ行っても、価格は同じなんですね。
安かったら買おうか?と思っていたものの、結局菓子パンを買っただけでした。
ワルシャワ
ちょっとしたお菓子やスープなどのお土産を買ったのも、下に入っているスーパーでしたが、これは、カルフールでした。

2017.12.15

Manesova マーネソヴァ通り

きれいな建物が並ぶ。
凹凸が際立つ。
プラハ
ずーっと向こうに見えているのが、プラハ国立博物館。
裏から見ると、浮いた感じがはっきりわかります。
プラハ
通りの反対側を見ると、こちらも凹凸が特徴的。
一般人が住む家になればなるほど、この凹凸が減ってゆくから、このあたりは、いいアパルトマンか、事務所か?
駅近とはいえ、場末じゃないですからね。
2017.12.14

Cité D'Antin シテ・ダンタンのトンネル

何とも雰囲気のあるトンネルが、プロヴァンス通りの脇に現れます。
このトンネルからは、シテ・ダンタンと呼ばれる抜け道になっています。
パリの道
どうやら、もともとは、建物内の通路だったようで、今も、建物に囲まれたコの字の通路になってます。
プロヴァンス通りから、ラファイエット大通りへ抜けられる路地で、パリの中心部に近いのですが、結構静かな感じですね。
9区。
通りをふさぐように見える奥の建物は、シテ・ダンタンを通り抜け、ラファイエット通りを渡ったの向こう側にある建物なのだ。
2017.12.13

グレーニュの風景 空

鐘楼跡の墓地に入る。
墓地は壁で囲まれているが、教会の壁ではなく、あとで、墓地をかこったのだろうと思われる。

グレーニュ
その壁の向こうに、沼沢の緑と青い空と白い雲が広がる。

プレスキルという地名は、アメリカにもあるようで、ペンシルバニア州に、プレスクアイルという競馬場があることから知った。
プレスクという単語が英語にあるのかどうかは知らないが、ほぼ島ともいうべき、そういう地形につけられている。
2017.12.12

スミュール・アン・ノクソワの段葛

クール・シャルル・ドゥ・ゴール。
この道は、この町の目抜き通り、リベルテ通りと並行して走っている。
リベルテ通りは、普通のアスファルトであるが、こちらは、土の並木道。
鎌倉の段葛を思わせる。
スミュール・アン・ノクソワ
ここは、段葛よりも幅が広い。
人間さまの道ではない。
馬道なのだ。
スミュール・アン・ノクソワ
5月の後半、この町はお祭りになる。
指輪祭りである。
2キロ向こうから続くこの道で行われる競馬は、勝者に、指輪が送られるのだ。
レースは5/31である。
ゴール地点のARIVEEの幕が見える。
スミュール・アン・ノクソワ
ゴール近くは、バリケードに囲まれている。
人だかりになるからだろう。
スミュール・アン・ノクソワ
ゴールから、随分あるいてゆくと、ばりけーどは無くなる。
だが、コースは延々と続いている。

この辺りで見るとしよう。
そう決めた。
2017.12.11

サンタ・マリア・デッラ・グラツィエ教会の絵

ちょっと離れたところから写真を撮った方が、臨場感があるのかもしれません。
サンタ・マリア・デッラ・グラツィエ教会
反対側には、別の人の絵がある。
こちらはフレスコ画なのだそう。
サンタ・マリア・デッラ・グラツィエ教会
漆喰が乾かぬうちに描かねばならぬフレスコ画。
これだけ大きいとなると、ゆっくり描きたい気持ちもわからぬでもないような。
乾かぬうちというのが、その程度の時間なのかわかりませんが、なんだか、やっつけ仕事のような気分になりそうですね。
2017.12.09

ワルシャワ中央駅前にて

ワルシャワの中央駅まで、宿からトラムでやってきた。
初めての街だから、とりあえず、中心地へというわけだ。
ワルシャワ
駅前から文化科学宮殿が見える。
ポーランドに行こうと思っていなかったついさきごろまで、文化科学宮殿自体を知らなかった。
文化科学宮殿は、いわば、ワルシャワのエッフェル塔的な存在でした。

初文化科学宮殿を、停留所に入ってくるトラムと共に。
2017.12.08

ヴィノフラドスカー通りを行くトラム

なんだか、雰囲気のある通り。
だが、写真にしてみると、工事現場の壁やら、曇天やらで、どうも雰囲気が出ない。
プラハ
でも、この通りは、きっとどこかに、お気に入りの写真が撮れそうな場所が見つかりそうだ。
そういう記憶として一枚撮っておく。
2017.12.07

ユトリロと同列に並んでみる モンスニ通り

ユトリロという画家の絵に出会った時が、パリへのあこがれの始まりだった。
ユトリロの絵に描かれた道を探して歩くときは、いわば、ユトリロファンであり、ユトリロは師匠でもある。
むろん、絵心のない私にとっては、画の師匠ではなく、道の師匠である。
パリの道
だが、ユトリロの絵を知る前に、気に入った道を見つけ、その後に、ユトリロが描いているのを知ったとき、ユトリロは師匠ではなく、道の同好会の同僚となるのである。

道といっても、要素は様々だし、好みもだ。

下ってゆく階段と坂道が、途中で曲がり、行く手を阻む。
建物は、段々と並んでゆく。

個人的に好む2つの大きな要素が、モンスニ通りにある。
ユトリロが、この道を題材した時、その何を描きたいと感じたのかを知りたいですね。
2017.12.06

グレーニュの鐘楼址にて

グレーニュで調べると、よく見かける鐘楼の址らしき建物の写真。
それを見るために、ぶらりと歩いてきた。
グレーニュ
少々ゆるい坂道を登ってくると、丘の上に鐘楼址がある。
あ、これだ。
戦争で壊されたのに違いない。
グレーニュ
周りを見ると、看板に往時の説明書きが。
どうやら、ここへ至る道にもあった部隊名の話になるが、6月6日に、グレーニュの沼沢に170人の米軍82空挺師団がパラシュート降下をしたようである。
グレーニュ
兵どもが夢の跡というには、少々まだ生々しい感じがしますね。
今は、ここは墓地になっているようです。
2017.12.05

スミュール・アン・ノクソワの門標

アレジアから乗ってきたバスを降りて、荷物をもって宿へ向かう。
旧市街内の宿へは、門をくぐる。
門をくぐって、また、門をくぐる。
スミュール・アン・ノクソワ
ギリエ門とソーヴィニー門という名前。
それぞれ、13世紀と15世紀初頭と書かれたプレートが門下の壁に。
通り名のように、門の名前が表示されているんですね。
一つは門で、もう一つは建物下の通路といった趣。
2017.12.04

シャンティイ城庭園へ

シャンティイ城へ出かけて、お城を見学すると、たいていそれだけでおなか一杯。
そこから、庭園へ向かって長い階段を降りてゆくには、ちょっとした根性がいる。
なにしろ、そこを再び上らねばならぬからだ。
シャンティイ城
上から眺めるだけでも、随分堪能できる。
だが、今回は、その階段を下りて、少しだけ入ってみた。

ちょっと、入ってみたという程度ですけどね。

ウォーキングか、ランニングか、ダイエットか?
それを行う覚悟と同じぐらいの決意がないと、ズンズンと庭園に入ってゆけぬ。
2017.12.03

フレッチャロッサに乗る

初めてイタリアに来た時は、わずか2日間。
フレッチャビアンカという新幹線に乗った。
今度は、フレッチャロッサである。
フレッチャロッサ
トレニタリアというのは、旧国鉄であって、イタリア国鉄じゃないんですね。
JRみたいなものですかね?
でも、JRにも、民間企業という印象は薄ですが、こちらも、そういう空気が漂います。
フレッチャロッサ
秋田新幹線にカラーも似てますが、こちらのほうが、明るい赤。
こまちの方がかわいいような気もします。
フレッチャロッサ
今回はメラーノまでの旅行ですが、2回乗り換え。
このフレッチャロッサには、ロミオとジュリエットのヴェローナまで乗ります。
2017.12.02

ソコウォフスキエゴ通りの通り名道標 生キエゴ

ポーランド語っていうのは、なんでも、名詞が、固有名詞だろうが、何名詞だろうが、ガンガン変化する。
て、に、を、は、が替われば、名刺の語尾も変わってゆく。

まあ、ほんの初心者クラスでならってみると、覚えることが多すぎて、頭が火を噴く前にショートしてしまう感じだ。
まだ、むつかしいなどということを感じられるレベルではない。
覚えることが多すぎて、ついて行けぬというレベルである。
ワルシャワ
そんな、まともにアルファベットも言えない状態で訪れた初ポーランド。
通り名にソコウォフスキエゴと書かれている。
Ulica(ウリツァ)というのは何々通りであるから、ソコウォフスキエゴ通りでいいのだろう。
後ろその他のくっついているのは除いて・・・。

”ソコウォフスキーさんの通り”なのだろうが、格変化で、キエゴになっているのだ。
通常、エゴとなるところ、KとGの後ろは、Iがくっついて、ケゴやゲゴとなるのを嫌って、キエゴ、ギエゴとなるらしい。

そんなことを習ったが、最初にいきなり、生キエゴにお目にかかったわけである。

こういう印象や経験で、言葉は覚えてゆくのですね・・・ゆっくりですが。
現地に行くと、そういう経験はずいぶんできますね。

その”なま”のキエゴに思わず、記念写真を。
2017.12.01

イタルスカー通りとヴィノフラドスカー交差点にて

木々の間から見える、赤い建物がかわいらしいので一枚。
ピンクとか赤とかいえば、日本では、結構物議をかもしたこともある建物カラー。
こちらでは、そういう色の建物だらけかもしれませんね。
プラハ
オレンジ色の鉄板に覆われた、新しいマンションの向かいのホテルに泊まって事があるのだけれど、確かに、部屋の中が、微妙にオレンジ色化していたような気もする。
ベランダで写真を撮るときは、明らかに補正が必要な色味だった。

でも、この赤い建物は、激しく反射するようには見えないですね。
赤とピンクの微妙な色合いで、おしゃれ。