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2016.10.31

ストラスブール大聖堂へのあいさつ

この町へやってくるのは2度目だ。
前回来た時も、ここからいきなり覗く大聖堂に圧倒されたものだ。
だが、今回も同様。
ストラスブール
であるから、挨拶がてら、一枚。
また一枚。
パリへ行くたび、凱旋門や、エッフェル塔や、サクレクール寺院を撮るように。

計算したのかどうか?
手前の建物との対比で、とても巨大に見えます。
だから余計に。
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2016.10.30

ヴォー・ル・ヴィコント城  階段の向こう

池脇に階段がある。
池のふちに、ここまで歩いてきて、一休みする人たちが、腰を下ろしている。
ちょっとだけ、お城の写真がほのぼのしますね。
ヴォー・ル・ヴィコント城
写真を撮っている背後には、運河があり、その先には、緑と、テラス席のようなものが作られている。
だが、お城まで歩いてきた脚で、運河を渡る場所を探し、歩いてゆくには元気はなく、ここを最後に、庭の東側を戻ってゆくことにした。
2016.10.29

バルフルール サン・二コラ教会の後陣とステンドグラス

ガットヴィルから戻ってきてから、サン・二コラ教会に入った。
バルフルール
正面から、いつものように一枚。
穴の奥に、祭壇が見えている。
奥が、こんなに見えているのは、そうお目にかからない気がする。
バルフルール
ということで、奥の後陣へ。
天井は星空のようなデザイン。
なんとも、ノスタルジーな空間が広がっている。
バルフルール
ステンドグラスも、いつものように撮るけれど、ぶれたものも多かった。
最近手に入れたレンズだったら、ブレ補正があるから、ずいぶんときれいに撮れるに違いないのだが。
2016.10.28

サント・メール・エグリーズのアメリカ兵の墓碑

教会裏手を歩いていると、グラウンド脇に、小さな公園のようなものがあった。
国旗がたっている。
3000人ほどのアメリカ兵の墓碑である。
第二次世界大戦のものだ。
サント・メール・エグリーズ
多くのアメリカ人が、この町に訪れているが、ここまでくると、わずかな距離ながら、観光客の人々はほとんど見かけない。
サント・メール・エグリーズ
アメリカとフランスの関係とは、どうなのであろうか?
そんなことを、ぼーっと考えつつ、観光客のいる方角を眺められる静寂のベンチを撮ってみた。
2016.10.27

アリタリア航空でパリへ行く6 ローマから成田へ

アリタリア航空であるから、イタリアンを食う。
いつも乗っているのなら、和食の選択もでてくる。
それぞれのエアラインの和食はどんなだ?という理由である。
だが、ここのエアラインは、これから先、何度乗るかわからないし、今回も初めて。
ということで、イタリアン選択。
アリタリア航空
ラザニアですね。
切っても大きな野菜が、外国らしい。
アリタリア航空
斜め45度から撮ると食べ物はおいしいらしいという。
だから、そんな角度で撮影してみるが、どれほど違うのか?
もっとも、ここでは、どんなメニューであるかの方が気になるであろうから、真上の方がわかりやすいか?

そんなことを考えていたら、45度と真上の双方撮ることが多くなってしまった。
エコノミーじゃ、45度撮るのは、結構むつかしいけどね。
アリタリア航空
最後は、朝着くエアラインだから、朝食。
かくして、何年振りか、たいしたトラブルもなく、アリタリアで行く欧州の旅は終わった。
荷物が空港で開けられて盗られる事件など何年か前にあったが、ちゃんと、日欧を往復することができた。
個人的には、ミラノも、ローマの空港も、エアラインも全体的に気に入ったようです。
2016.10.26

スフォルツェスコ城なのかスフォルツァ城なのか?

スフォルツェスコ城でもスフォルツァ城でもいいようだ。
たまたま最初に記憶したのが、スフォルツァ城だったため、スフォルツェスコ城の方がピンとこない。
一番最初ってのは、印象をつくってしまうのかもしれない。
ミラノ
イタリアへ行って、海外で初めて、現地ツアーに参加した。
ツアーに参加すること自体、おそらく、小学校以来である。
ちょっとわくわくししていた。
その気持ちのまま、集合場所へ向かったのだ。

集合場所付近でトラムを降りると、の目の前に、いきなり、こんな建物があった。
おお、ガイドで見たあれ!
思わず、近づいて行ってしまうというものだ。
2016.10.25

ネルドヴァ通りの風景

城下町、マラーストラナを散策。
パスポート紛失のため、写真を撮るために写真屋を探していると、図らずも、マラーストラナを散策していることになってしまった。
きれいな、路地や街並みの続く界隈である。
プラハ
あまり、どこを歩いているのか?
意識していない。
見ている地図は、写真屋の位置を示された、大使館でもらった地図だけだ。

ふと出たこの通りは、お城への登城ルートの一つには違いあるまい。
そう思わせる通りだった。
遠くには、疑似凸凹のスグラフィット装飾の建物が見える。
お城ではないかもしれないが、それに準ずるような、建物には違いあるまい。
そうでなければ、スグラフィットを使って、装飾するなどという手間暇はかけるまい。

そう思い、その雰囲気を切り取って、来た脇道を取って返す。
2016.10.24

マンステール アルザスローカル線の鉄路

ただただ、遠くへ続く、田舎の線路。
その哀愁が撮りたくて一枚。
マンステール
上を走る箱ものに目が行きがちだけれど。
乗った列車の窓の外の風景に目がいきがちだけれど。
線路そのものの風景も、なかなかいい。
そもそも、道好きにとって、線路もまた道である。
もちろん、川もそうだ。

列車も、車も、自転車も、人もいなくても、確実にそこには人が介在する。
街や村、人と人をつなぐ糸。
2016.10.23

ヴォー・ル・ヴィコント城 水景

池に映る逆さヴォー・ル・ヴィコント城。
そう思ったが、風ばかりはどうしようもない。
天気を司どることはできないから、運。
ヴォー・ル・ヴィコント城
揺れていないわずかな水面に映っているだけでも、凪ならどんなだろうかを、想像させてくれる。
設計者は、当然、そんなことを考えて、ここに、池を作ってるに違いない。
2016.10.22

バルフルールの海

ガットヴィルからの帰りのラストショットである。

ビーチではないが、岩肌のない、細かい石の海岸を撮った。
ここなら、海水浴できそうな雰囲気だ。

丁度、撮っているときに、何かが跳ねたようだ。
水しぶきが上がっている。
バルフルール
ここは、海産物の有名な街。
バルフルールのムール貝といえば、有名中の有名物品である。
この辺りでは、ノルマンディーのイジニーのバターと並んで有名にちがいない。

偶然飛び跳ねたのは、貝じゃなくて魚には違いなさそうですけどね。
2016.10.21

サント・メール・エグリーズ 0キロメートルポスト

落下傘部隊が降下し、ここから、連合国軍によるドイツ軍の駆逐が始まった。
Voie de la Liberte(ヴォワ・ドゥ・ラ・リベルテ)
解放の道といえばいいだろう。
サント・メール・エグリーズ
これらのポストは、ノルマンディのあちらこちらでみられる。
朽ち果てた感じのポストから、きれいなポストまで。
さすがに、この、町役場前のポストはきれいにされている。
サント・メール・エグリーズ
写真スポットでもあるのだ。
おそらくアメリカの方たちだろう。
次々やってきては、ここで記念撮影してゆく。
2016.10.20

アリタリア航空でパリへ行く5 ローマ・フィウチミーノ空港乗換

ローマでの乗換である。
1時間半ほどの乗換で、ターミナル1から3へ移動しなければならない。
国内線から国際線ということだ。

残念なことに、プラハでは、ローマから成田までのボーディングパスは手に入らなかった。
ローマのトランスファーデスクへ行け!とのこと。
ただでさえ短い時間なのに、大丈夫なのだろうか?
フィウチミーノ空港
トランスファーデスクでは、並ばずに、パスを手に入れた。
ゲートGへ行け!という。
ターミナル3なの?
そう聞くと、ただただ、ゲートGへ行けとのこと。
上の写真は、Gが赤いマークになっているが、途中まではブルーであった。
おそらく、ここは、Gオンリーの場所になったため、赤表示になっていると思われる。

ターミナル1も3も関係ない。
ただただ、Gを目指せばいいだけだった。
どこからか、ターミナル3になっているのだろう。
フィウチミーノ空港
すたすた、しばらく歩いてゆくと、出国検査がある。
その後も、Gをめざして歩いてゆくと、どうも、ゲートへ向かう無人の電車にのるようだ。
それに乗ってゆくと、Gゾーンへ入った。
フィウチミーノ空港
目指す、Gの8番へ到着。
ここまで、ざっと30分。
意外とあっさり乗り換えることができたようだが、Tシャツを買っているうちに、搭乗時間となった。
パリからの乗換の場合は、もう少し時間があるようだから、余裕であろう。
2016.10.19

ミラノのトラム

ミラノのトラムといえば、黄色、である。
ミラノに訪れたからには、トラムと街の写真をたくさん撮りたい。
そう思いながらやってきた。
ミラノ
昨年盗まれたデジカメとレンズ。
その初めての野外撮影。

乗ってきたトラムが行ってしまいそうなところ、慌てて、レンズを装着し、一枚。
設定なんかしている時間はない。
構図を考えている暇もない。
とにかく、真ん中に入れて、ドン!

新たなカメラライフとミラノの旅の始まりである。
黄色じゃなくて、ラッピングトラムですけどね。
2016.10.18

ネルドヴァ通りの道しるべ

パスポートをなくして、警察と写真屋へ行かなくてはならなくなった。
写真やの候補は2軒。
そのうちの一軒を探したのだが見つからず。
ちょうど、ネルドヴァ通りまでやってきた。
お城への登城路である。
プラハ
だからであろう。
おしゃれな街灯が目に入る。
パスポートを忘れたショックはあるが、パリのブルーとは違う、赤の微妙に膨らみのある道しるべを見ると、ああ、プラハに来たのだと思うのである。
2016.10.17

夜のストラスブール駅

久々に訪れた、ストラスブールの駅はガラスで覆われた近代的な建物に代わっていた。
ストラスブール
だが、よくよく考えてみると、駅に落ちた時にそんなことには気が付かなかった。
どうしてだろうとおもったら、建物にガラスの全面覆堂がなされているだけのようだからだ。
到着して外に出た時、振り返ってみたら、きがついたかもしれない。
こうして、駅前のホテルに泊まって、駅を眺めてみたら、巨大な航空機の胴体のような風景が出現したように、思ったのである。
2016.10.15

ヴォー・ル・ヴィコント城庭園の花越しに

巨大鉢に咲く花のピンクと城館のテーマで写真を撮る。
ヴォー・ル・ヴィコント城
ある程度、かっちり撮ってみたり。
ヴォー・ル・ヴィコント城
三角に刈られた植木と花で城館をぼかしてみたり。
ヴォー・ル・ヴィコント城
城館にピントをあわせてみたり。

花が撮りたいのなら、もっと、デカデカと真ん中に入れるべきでしたかね?
ない頭の試行錯誤の結果、写真は増えるが、どれかは、形になっていることを祈って数を打つのである。
フィルム消費を気にしない、デジカメ様様ですね。
2016.10.14

バルフルールからガットヴィルの灯台へ21

いやぁ、もどってきました。
バルフルールの町が目の前に。
バルフルール
最後まで、海と家々の境目のこんなところが道なの?を通って、教会前へ戻ります。
片道40分程度。
散歩するにはちょうど良い距離でした。
ただ、歩きなれていない人には、大変なのかもしれません。
2016.10.13

サント・メール・エグリーズ ノートルダム教会全景

ここの町の最大の観光ポイントは、この教会といっていいのだろう。
であるから、この教会の写真ばかりを撮ることになる。
何枚も何枚もあるのだが、そのなかから、まともなものをさがす。
サント・メール・エグリーズ
朝方ということもあって、まだ観光客も少ない時分に撮る。
どれもこれも、同じような写真ばかりになってしまう。
2016.10.12

アリタリア航空でパリへ行く4 プラハからローマへ

ミラノの場合、パリからの飛行機は、オルリー空港からリナーテ空港という、別の空港に着くことがある。
朝早いが、シャルル・ド・ゴール空港からローマのフィウチミーノ空港への便であれば、そこそこ余裕をもって乗り継ぎできそうだ。
その、パリ便よりも、厳しい乗り継ぎをするプラハ便。
なにしろ、1時間半ほどしか時間がない。
きちんと乗り継げるのか?
初めてのローマの空港にドキドキしつつ、プラハを発つ。
アリタリア航空
ヴァーツラフ・ハヴェル空港のターミナルは2つあるが、おそらく、シェンゲン協定内は、ターミナル2。
前回、アエロフロートの時は、ターミナル1だったが、今回は、イタリアということで、ターミナル2。
そうはいっても、南ウイングと北ウイング程度の差だから、歩けぬこともなさそうである。
AEことエアポートエクスプレスなどのバスの時は一応ご注意を。
アリタリア航空
自動チェックイン機が配備されていたが、アリタリアのマークは存在せず、じかに、今まで通りのチェックイン。
ただし、プラハからローマまでの搭乗券はもらえたが、ローマ成田のチケットは、ローマのトランスファーデスクへ行けとのこと。
荷物だけは、成田行きになった。
アリタリア航空
機材は、A320。
欧州では、1時間程度だと、これが多いのかもしれない。
赤のデザインは、結構好きですね。
アリタリア航空
プラハからローマだけは、窓側指定。
もしかしたら、の空中市内見物を期待したが、それは甘かった。
短いから、窓際でもトイレに立つことはない。
アリタリア航空
機内食は、サンドイッチ。
エールフランスも、写真にはとらなかったが、フランスパンのサンドイッチだった。
食べ始めた時には、なんと、飛行機は、高度を下げ始めた。
それは、パリ、プラハ便でも同じだった。
近いですものね。
アリタリア航空
遅れなく、ローマに到着。
乗った場所が、ちょうど、羽部分だった。
そこには、アリタリアの文字。
プラハの空港と、空中でそれぞれ撮っておく。

さてさて、ローマの短時間乗り換え挑戦は、もうすぐ始まる。
2016.10.11

チェコビールを

チェコ最後の夜であるから、ビールを飲むことにした。
入ったお店の席のわきに、看板があったので、これを指さし注文。
ついでに、飲んだ記憶にと、確認写真を一枚。
ピルスナー
肝心のビールは、撮る前に、胃に吸い込まれ始めていたので、なしということになる。
看板をみてみたら、どうやら、このビール、ピルスナーウルケルという、プルゼニのビールらしい。
プルゼニはプラハから西。
昨日の話でいえば、東モラヴィアは、ワイン。西、ボヘミアはビール。
そういうことになるのだろうか?
2016.10.10

モラヴィアのブルチャークをいただく

ちょっと、おどろおどろしい色といいますか、コップに入れられた赤い水が売っております。
本日は、チェコのパルドゥビツェの競馬のお祭りへやってきております。
とにかく、店店店。
この赤い水を売る店も何店舗か。
ジンジャーブレッドのペルニクやら、ソーセージやら、ブランボラークやら、ぐるぐるパンのトルデルニークなんぞもいくつも店が出ています。
パルドゥビツェ
そんな中、のどが渇いたので、この赤い水を。
どう見ても、店の雰囲気から、ブドウ水ですね。
あまいジュースのようでしたが、ちょっと時間がたつと、ほんのり、アルコールが体を回ってくる。
ブルチャーク
なんていう飲み物かわからないので、お店の看板を撮る。
モラヴィアのブルチャークという意味でいいのでしょう。
モラヴィアは、チェコのブドウとワインの産地。
ブルチャークは超若いワインだそうで、ワインとジュースの中間なんでしょう。
まだ、発行しきっていないやつを飲むのは、オーストリアとかもそうだったなと思いつつ、中欧の習慣と楽しみなんでしょうねと、最後まで、赤い甘いワインをいただきました。
2016.10.08

プラハのフードコートにて

プラハの共和国広場前のショッピングセンターのフードコートへ出かけた。
イタリアンの店に入ったのだが、テーブルの上に、線路がある。

大げさなインテリアを作る店だと思っていた。
プラハ
水と、ピザを注文すると、しばらくして、水が、SLに運ばれてやってきた。
どういう仕組みか知らぬが、車止めもない線路で、きっちり止まって、ある程度すると、勝手に去っていった。
その後も、別のテーブルへ飲み物を運ぶSLが、なんども横を通過していった。
フードコートでここまでやるかのレベルで、ちょっとびっくり。
2016.10.07

アリタリア航空でパリへ行く3 セルフチェックイン、セルフ荷物タグ、セルフ荷物預け!ふぅ!

今回の旅程はざっとこんな感じである。
アリタリア航空でミラノへ。
ミラノからパリは、夜行列車テロ。
パリからプラハへは、エールフランス。
プラハから、ローマ経由でアリタリア航空。

ヨーロッパへのインは、ミラノ。
アウトはプラハからローマ経由。
これがアリタリア航空だ。

今回の話は、その前。
パリからの出発である。
プラハであるから、シェンゲン協定内。
すなわち、国内扱いである。

その場合、パスポートチェックはない。
だが、結構大変だった。
シャルル・ド・ゴール空港
ターミナル2Fへ。
2階じゃないですよ、2のFです。

エリアが、ゾーンに分かれていて、自分はゾーン5か6。
電光掲示板に出ている。

結構歩く。

なんと、自動チェックインで、自分でやる。
しかも、荷物のエチケット(通常は、カウンターの人がつけてくれる、荷物の帯シール)も自分でやるのだ。

自動チェックイン機で、ボーディングパス選択。(荷物とか、他も選べるのだが)
パスポートの顔写真ページをかざす。
行き先を3文字入力。
プラハなので、PRA。
候補の中から、チェコのcz選択。
預け荷物有無聞かれ、数字を+1に。
これで、搭乗券と、荷物に貼るエチケットが、両方印刷される。

裏面の説明(手順は3つ)に従う。
1番の控えを切り離。
荷物の手持ちに通したら、2番のシールをはがす。約15センチほど。
3番の箇所とくっつけて終わり。

荷物預けの場所でも、自分でやる。
ふぅ!できるのか大変不安。

タッチパネルをとりあえずタッチ。
ボーディングパスのバーコードを、置いてあるリーダーで読ませる。
つぎに、荷物のバーコードを、同じリーダーで、よませる。
OKで、荷物は行ってくれる。
結構簡単で、どこを読め!と画像で教えてくれる。
はっきりどこかわからなくでも、なんとなくかざしたら、ピッ!と読んでくれた。

荷物検査後、ゲート確認すると、ボーディングパス記載とは違うゲートだった。
しかし、1310発の飛行機が、expected1330。
これは、1330ごろになるかもって訳せばいいんですかね。
実際、遅れた挙句に、ゲートは45から27と相当歩いて乗ることになったが・・・・。
1330搭乗開始であった。

やったことないことをやるのは、不安で疲れますね。
終わってみると、慣れてる人は、たいしたことないでしょうね。
そうでないと、不安の30分。
2016.10.06

ブーランジュリー・ゴスラン

別のパン屋を目指していたら、どこかで見覚えのある名前を目にとらえた。
ゴスラン。
ということで、こちらで買って食べることにした。
パリのパン屋
パリ1区のパン屋さん。
サントノレ通り。
サントノレ通りは、古いパリ。
ブランド通りの、フォーブール・サントノレ通りは、城壁の外の新しいパリ。
古い通り側には、おいしいパン屋が多い。
ここは、もう、レ・アール前である。
レ・アールの公園へ持って行き、そこで、ハトや雀に邪魔されぬよう、食べかすを落とさず食べる。
パリのパン屋
パン・オ・ショコラは、サクサクした感じではなく、しっとり、ずっしり系のおいしいパンである。
見た目も上品にまいてありますね。
パリのパン屋
フラン・ナチュールは、ミントが入っているわけではないであろうに、なんとも、涼しく感じられるフランであった。
甘くないわけではないが、ずいぶんと控えめなため、三角形のずっしりでかい版であるにもかかわらず、きっちり食べきれた。
しっかりとしたパイ生地の上で焼かれたフランは、これまでにない、スーッとする、でも、ハーブ系ではない、さわやかなフランであった。
2016.10.05

ル・パン・コティディアン

パリの中心、1区のマルシェ・サントノレ広場の一角にある。
パン屋というより、レストランの一角でパンを売っているようにも見えるが、パン屋が本業であるのに違いない。
パリのパン屋
下は、シュイス・トルサンド・ショコラ。
パン・オ・ショコラが、売り切れのため、これを。
これも、サクサクしてそうな生地に見えるが、結構な重量感。
パリのパン屋
クロワッサン。
おいしいというところは、バターが多いのだろう。
ここはバターバターしていないが、バターではないのかもしれない。
バターの味だけで味が決まるわけではないであろう。
中身が詰まっていて、食べ応えのあ一品だ。
パリのパン屋
これらを持ち帰りで、チュイルリー公園で、食らう。
2016.10.04

パリのパン屋 ヤニック・マルタン

パリの1区。
サントノレ通りにあるパン屋さん。
ピラミッドの観光局や、日本食、日本の本屋さんなどを訪れると、そこからほど近い。
ルーヴルからも歩いて行ける場所だ。
パリのパン屋
そんなところに、行列しているパン屋さんがある。
途切れることはなく、注文は商品を店の奥まで見渡すことができる前に、次々と店員さんが聞いてくる。
てきぱきテキパキと次々にだ。
フランスじゃないほどの連係プレイのようである。
パリのパン屋
渡してもらった紙を、お会計で渡す。
店員さんたちは、聞いた注文を準備して、ものを渡してくれる。
数が少なければ、たいてい、お会計の前には、ものが渡されている。
パリのパン屋
ここで、とりあえず、見えた、パンオショコラとフランを注文。
パンオショコラもおいしいし、フランはもなかなかおいしかった。
ここのフランは、四角いやつである。
個人的には、三角形が好き。
四角形のところは、小さく、上品であることが多い。
もちろん、三角形のところでもおいしいところはいっぱいあるが、四角だと、なぜ上品に感じるのだろう?
量は少なくなるからですかね。
女性には、その方が適量だろう。
2016.10.02

パリでパスタを食らう

イタリアからパリへやってきた。
パスタの国からパンの国である。
だが、食べ物にパスタを選んだ。
イタリアはパスタの国だが、こちらも、秘密兵器はある。
チーズとワインである。
パリのスーパー
イタリアのトマトソースと、イタリアから列車でやってくるときに通ったブルゴーニュ地方のワイン。
それに、パリ地方のブリー・ド・モーのチーズ。
これだけあれば、イタリアに匹敵する食べ物が作れるということだ。