2016.07.31

Rue Cardinet カルディネ通りの現代建築

カルディネ通りは、バス通りでもある、パリ17区の大動脈の一本。
長い通りの顔は、一つではない。
このうち、バティニョール地区の裏手は、現代建築のアパート群が立つ。
パリの道
パリの外環状部分は、こうした新興住宅が多い。
13区の中華街付近や、19区のラヴィレットあたりもそうだ。
パリの道
上の写真にも書いてあるが、クリシーバティニョールは、地下鉄延伸とともに、パリの重心を少し動かすように、顔を作ってゆくのだろう。
スポンサーサイト
2016.07.30

マンステールの僧院跡

観光局の裏側に、廃墟がある。
まるで、公園に作られたアトラクションのようでもある。
どうやら、ここは、ここにあった僧院の後のようだ。
マンステール
回廊らしきアーチ形の壁面が遺る。
そのわきから見える、プロテスタント教会。
僧院は、きっと、カトリックだったろう。
だが、プロテスタント教会との色合いバランスはいい。
マンステール
カトリック教会の白肌と、こちらのレンガ色は、時代の相違を感じさせる。
マンステール
メロヴィング朝時代にはすでに存在したらしいから、歴史は古い。
12世紀には焼失しているようだが、シャルルマーニュが作った、フランクの大帝国の中央に位置するアルザスであるから、こうした、大きな僧院も、この山間の町にも作られたのだろう。
2016.07.29

ラ・フォリー・レニョ公園の紅葉

先週載せたクルトワ小路。
Passage Courtois。
この道は、ずっと行くと突き当りになっている。
パリの公園
しかし、奥左手に、秋の公園が待っていた。

なるほど、パサージュだ。
通り自体は行き止まりでも、公園を通過して、通過できる。
確かに、アンパス(パス不可)ではなくて、パサージュ(パスできる)である。

建物の壁に挟まれた空間が、有効活用と言わぬばかりにに公園になっている。
そこにあった紅葉は、高いところから、われわれを見下ろしていた。
こうした壁に挟まれた空間だから、高さが倍加して思えるのかもしれない。


ちょうど、公園内で、足早の一人の女性とすれ違った。
公園もパサージュの一つになっている。
2016.07.28

バルフルールからガットヴィルの灯台へ12

さて、今日も、ガットヴィルの灯台の写真。
いよいよ、近づいてきました。
道も、灯台へ車で行くひとのものなのでしょう。遊歩道ってわけではなくなります。
バルフルール
先日、通勤時にフランスのネットラジオを聴いていると、ニュースでポケモンGOといっていました。
ニュースが聞き取れるほどのフランス語能力などなにもなくても、この単語だけは、聞こえる。
ゲームなどしませんが、世界中でこの話題なんですねぇ。

スマホは海外ではWi-Fi環境で使います。
携帯ラジオとかウォークマンとか持ってゆくと、ラジオがただで聴けるからWi-Fiの飛んでいそうにない、こんなに寒々したばしょでも、人肌を感じることができるかもしれませんね。
2016.07.27

チェコビール

1度目のプラハ訪問時の最後の晩に、ビールを飲んだ。
そもそも、そんなにお酒が好きなわけではない。
でも、フランスなら、ワイン、英国ならウィスキー、ドイツやベルギーやチェコならビールを飲んでみようという気にはなるのだ。
チェコビール
だから、最後の晩に、名残り惜しい気持ちのまま、ほろ酔いになる。
あぁ、明日帰るのかぁ!
ジンジャーブレッド
パルドゥビツェのスーパーで、競馬帰りにスーパーで買ってきたジンジャーブレッドをおつまみに。
そんなに飲まなに自分にとって、合うのか合わぬのかわかりませんがね。
2016.07.26

ヴォー・ル・ヴィコント城 入り口付近から

写真を取り込む時の順番が、なぜかくるってしまった。
くるって取り込まれたから、撮った順に写真が並んでいない。
そのあたりの設定がきちんとしていなかったので、なんのことだかわからなくなる写真も出てくる。
旅の途中で気が付いて、取り込んだ写真の一部の被害で済んだ。
ヴォー・ル・ヴィコント城
ということで、さんざん載せてきたヴォールヴィコント城の最初付近で撮った写真。

バロックというと、メゾンラフィット城を思い出すが、たしかに、雰囲気は似ている。
重厚感が少々違うが、マンサールという人が作った屋根のせいか?
まんさーる、まんさーる、まんさーる、と念仏を唱えて、彼の作った建物を見ていけば、建築通になれそうだ。
2016.07.25

サン・ロー ノートルダム教会前にて

観光スポットに置かれた杭なのだろうか?
サン・ローのマークが描かれている。
馬のマークなのは、ここが、アラ・ナシオナル 国立種馬場があるからだろう。
サン・ロー
古い教会の遺構といった趣だが、ちゃんと残っている。
そう思って、近づいてみると、中央部分は、なんと、真新しい最近の建築だ。
サン・ロー
戦争の爪痕が、ここにもある。のかもしれない。
が、これを遺そうそして、活かそうという気持ちも伝わってくるようである。
2016.07.24

Rue Caulaincourt モンマルトルの並木道

モンマルトルの丘といえば、階段が道の代名詞のひとつ。
このコーランクール通りは、ジワジワとモンマルトルの丘の西側を囲むように登ってゆく。
パリの道
坂道ではあるが、丘まともに上っていないから、なだらかだ。
18区のピガール地区である歓楽街の端から始まる通りは、モンマルトル墓地の上をまたぐ橋で始まり、いわゆる裏モンマルトルへ向かって右へ折れてゆく。

ちょうど、右に曲がったあたりから、そのカーブを振り返って一枚。
南から北への大動脈の一本は、うっそうとした雰囲気になっている。
このうっそうとした感じが、コーランクール通りの一つの顔だ。
2016.07.23

マンステール グランリュー

マンステールの目抜き通りのひとつ、グランリュー。
大通りということになるのだろうが、かわいらしい建物の並ぶ商店街。
マンステール
すでに載せたここにある、Gligというお菓子屋さんが目当てでやってきた通りである。

チーズとお菓子とアルザスの田舎町。
そんな思いでここへやってきた。
2016.07.22

Passage Courtois クルトワ小路

パリ11区にある、小路。
パサージュ・クルトワ。
一見、普通の石畳の小道。
しかも、一見、新しめの石畳で、古き良き旅情なんて感じではない。
パリの道
お奥には大きな扉があり、その向こうには、緑。
さらに、その奥にはアパートが見えている。
行き止まりのようであるが、そうではない。

きれいな小路から、そうではない小路。
その、平均をとると、こうなる。
そんな、本当のパリらしき小路。

奥には別のものが待っていた。
もったいぶるほどのものじゃありませんがね。
2016.07.21

バルフルールからガットヴィルの灯台へ11 聖母子像と灯台

なんだか、カンテラのようなものがあるぞ。
港をテラスライトだったりするのかと思いきや、聖母子像だった。
バルフルール
これは、笠地蔵のようなものなのか?
聖母子が、笠に濡れないように、でも、航行する船を見守っていてほしい。
そんなことなのだろうか?

もう、ガットヴィルの灯台は目の前。
広角レンズだから、こんなアングルになるが、目と鼻の先である。
2016.07.20

Újezd ウーイェスト通りを行く

ペトシーンの丘のふもとを走る通り。
ブルタヴァの左岸の大動脈でもある。
プラハ
トラムはひっきりなしに通るし、車の通行量も相当に多い。
夕方は、帰宅ラッシュに近い時間だったか?
車とトラムが連なって動いてゆく感じだ。
2016.07.19

ヴォー・ル・ヴィコント城にいる鉄仮面

あちらこちらで、鉄仮面の痕跡を見ることができますが、こんなところにいたんですね。
ようやく会うことができました。
女子高生(リセエンヌ)たちが写真をパシャパシャ撮っていましたが、さすが人気者の有名人。
ヴォー・ル・ヴィコント城
イフ島にいたとか、サン・マルグリット島にいたとか、バスティーユにいたとか・・・。
で、結局、ヴォー・ル・ヴィコントに住んでいたようです。

ルイ14世の影あるところに、鉄仮面あり。
いったいだれなのか?
天海上人が明智光秀ではないか?天草四郎は誰の子孫か?のフランス版のような話である。
もしくは、秦の始皇帝の父は誰か?も、この類である。


2016.07.18

サン・ロー ノートルダム教会 ステンドグラス

戦争で破壊されたのであろう。
ステンドブラスはほぼ、現代風のものばかりだった。
サン・ロー
それでも、ガラスをはめ込んだだけのものではなく、ちゃんと、聖人のステンドグラスが多く作られている。
サン・ロー
あるいは、そうしたことは、多くの戦争で亡くなった人への鎮魂の意味合いもあるのかもしれない。
サン・ロー
グレーっぽいデザインのステンドグラス。
ちと、破壊的というか、冷たいというか、冷厳というか、そんな感じを受けますね。
モノトーンな感じのステンドグラスが、現代風な色使いなんでしょうかね?

主となる色が決まっているというか、色数が限られているというか、一番上のも、ブルーとオレンジツートンですしね。
2016.07.17

Place de Rhin et Danube ラン・エ・ダニューブ広場

ラン・エ・ダニューブは、ライン川とドナウ川のことであろう。
ドイツの印象が強い名前だが、どうやら、第二次世界大戦の自由フランス軍の第1軍につけられた呼称のようなのだ。
パリの道
この広場は、パリの19区のムーザイア地区の戸建て住宅街の中央にデンと存在している。
メトロ7bis号線のダニューブ駅の真上。

なぜ、このような名前なのだろうか?
この地名の日付はなんなのか?
この外国(フランスからみた)の地名はなんなのか?

そうしたものが、戦争の関連名称であることは実に多い。
歴史的にみると、今フランスにあるものは、勝ち取った現状である。
守り続けた島国日本とは、意識的に違うのかもしれない。
2016.07.16

マンステール Grand Rue グラン・リューからの眺め

グラン・リューのお菓子屋さんを探す途中。
グランリューから、コルボー通り越しに、プロテスタント教会のレンガ色が覗いていた。
マンステール
アルザスの家々と、装飾の少ないプロテスタント教会のコントラスト。

マンステールの道ショットでは、ここが、一番雰囲気よく撮れたかな?
2016.07.15

Rue des Moines モワーヌ通りの先

パリ17区。
パティニョール公園の前の道をまっすぐ進む。
まっすぐ進んでいるつもりだし、地図でも、まあ、大体まっすぐ。
パリの道
公園からしばらく歩いてみると、通りの向こうがふさがれている。
望遠で見ると、カーブしているように見える。
実際は、少し、道の角度が変わって、結果、通りの向こうの視界が建物で遮れらる結果に。

そうなると、ここは、完全に袋小路。
閉じられたパリの空間と相成るのである。

まっすぐ、ずんずんと歩いてゆく。
気にしていない限り、この愛おしい空間は、まったく別の様相を呈し始める。
曲がった先が見え、閉じられた空間が消え去るのである。
何の変哲もない、平凡な空間に変化してしまっている。
2016.07.14

バルフルールからガットヴィルの灯台へ10

ガットヴィルの灯台が見える海岸線に出てきた。
砂浜といわばと草地という、3つの不思議な取り合わせの向こうに威容が見えてくる。
バルフルール
やはり、ノルマンディの海岸は、華やかなビーチよりも、乾いていて、殺伐としていてほしい気もする。
心やすらかな、母なるビーチと大海ではなく、厳なる父の風景である。
2016.07.13

プラハ Vítězná ヴィーチェズナー通りを行くトラム

プラハ、左岸、ペトシーンの丘のふもと。
公園部分から、通りを一望できる。
ここなら、近づいてくるトラムを正面から撮ることができる。
プラハ
雨がぱらつくなか、紅葉の下で雨をよけつつ一枚。
近づいてくるトラムを2台まとめて撮りたいと思って撮ってみたが、どれも、トラムにピンと合わせるのが精いっぱいで、写真の向きが気にくわない。
結局、普通に撮った一枚が、最もましな写真だった。

そうやって考えると、真ん中だけじゃなくて、画面下の方でピンと合わせられるというのは、すごい機能なんだと改めて思いますね。
トラムは動いているから、気に入った位置には一瞬しかいない。
そういうカメラがほしい。
2016.07.11

ヴォー・ル・ヴィコント城 食堂

市松模様の床に、高い天井。
幾何学模様、四角に仕切られた壁の模様。
数人で食事していたら、とても、落ち着かないスペースだけれど、大勢だったら、これでいいのかもしれませんね。
ヴォー・ル・ヴィコント城
マカロンのようなものが、円錐型に貼りつけられて飾られているのに、どうしても目が行ってしまう。
一個、剥がして食べてみたいですね。
マカロンなのかどうか?食べ物なのかどうか?わかりませんが。
2016.07.11

サンロー Rue des Prés プレ通りから

城壁丘の上。
公園脇から伸びる道。
プレ通りの先に、教会が見えている。
サン・ロー
夕日の当たるノートルダム教会。
並木の間をちょうど埋めるようにその姿を覗かせていた。
2016.07.10

Avenue de Friedland フリードラン大通りのバルザック像

シャンゼリーゼ通りから伸びる通りの一本にバルザック通りというのがある。
凱旋門から歩き始めると、結構すぐに左側に伸びる道だ。

この通りと、凱旋門から伸びる、フリードラン大通りとの交差点近くに、バルザックの像がある。
この通り沿いに住んでいたバルザックから、通り名が付き、像が立てられたのだろう。
パリの道
バルザックの像といえば、モンパルナスのヴァヴァンの交差点のロダンのバルザック像が思い起こされるが、こちらは、あの激しい像とは正反対の落ち着いた像である。

ただ、よく見ると、鼻が赤い。
塗られたわけではないが、赤のゴムキャップのようなものが鼻に付けられていた。

心無いいたずらなのかもしれない。
そういうことをする、人の心の奥底を、バルザックが表現しているようにすら感じる。
2016.07.09

マンステール こうのとり

コウノトリの保護施設のようなものがあった。
マンステール
外部から、外敵は入ってゆくことができない。
が、コウノトリは外へ飛んでゆくことができる。
そういう仕組みだから、コウノトリにとっては、ずいぶんと都合のいい場所なのだろう。
マンステール
ストレスもかからないから、繁殖にもつながりやすい。
そんなことかもしれない。
マンステール
ちょうど、飛び立とうとするコウノトリ。
自由と安全って、人々にとっても、とても重要なテーマなんでしょうね。

2016.07.08

Cité Berryer パリの真ん中の裏径

コンコルド広場から、マドレーヌ寺院へ向かって歩く。
まあ、いわゆる、パリの真ん中ともいえるあたりだ。
パリの道
マドレーヌ寺院へ向かう、ロワイヤル通りの左側を歩いてゆくと、小さな道があった。
何気なく入ってゆくと、喧噪から離れ、静かな空間が広がっていた。
私は、ここで、お茶や食事をするような御身分ではないが、少し静かな空間を共有しながら、通り抜けてゆくことはできる。

通りの反対側から、喧噪へ戻ると、ちょっとワープしたような気分になる。
2016.07.07

バルフルールからガットヴィルの灯台へ9

いよいよ、ガットヴィルの灯台が近づいてきた。
もう、目視で、その質感とサイズを感じ取ることができる。
バルフルール
昔は、印象派の絵の中でだけ知っていた、このわらを丸めたやつ。
別にフランスへ行かなくとも、日本でも見られる光景というのは、ずいぶん最近知ったことである。

それでも、こうした牧歌的風景は、フランスらしいと思われるのである。
2016.07.06

パルドゥビツェ競馬場駅にて

パリと自転車ではなく、チェコと自転車という写真で。

パルドゥビツェの駅から歩いても行ける範囲に、競馬場専用の駅がある。
パルドゥビツェ
歩いてきたので、線路をまたいで駅のホームへ。
他の歩いてきた人と一緒に、まさに、線路を一本一本跨いでホームへ行く。

電車で来る人はもちろん、競馬場まで車で来る人も多い。
この自転車の主は、近所から自転車で来たのだろう。

パルドゥビツェ州の南側へ伸びて行く線路と、競馬観戦へやってきた人の自転車。
のどかな午後のお祭り脇の一瞬の静寂である。
2016.07.05

ヴォー・ル・ヴィコント城 王の部屋

グリーンに統一された部屋。
照明の所為もあってか、厳かな雰囲気に。
ヴォー・ル・ヴィコント城
肖像画があるのも、王の部屋らしい雰囲気になるのかもしれません。

この、棹立ちした馬に騎乗した肖像画。
ジャック・ルイ・ダヴィッドのナポレオンの肖像画で、頂点に達するのかもしれません。
2016.07.04

サン・ローの城壁と紅葉

サンロー城壁脇を通っていると、教会と壁と紅葉という3種盛りに出会い一枚。
サン・ロー
でも、どうやら、個人的に気に入ったのは、そそり立つ城壁。
地面が写っている方が、壁のイメージ、高さ・・そんなものが伝わるのではないか?
画的にも、こちらのほうが好きだ。
サン・ロー
何度も書いているように、ビー玉ころがし道が好きである。
そのビー玉が転がる壁に相当するのが、この城壁。
そうなると、自身がビー玉になって、道そのものを冒険できるのである。

とくに、木の幹との間はね。
そこを通り抜けたくなるわけですよ。
2016.07.03

Rue Léon Frot レオンフロ通り 自転車とパン屋

いつものテーマである、パリの道と自転車写真。
そう思って、一応一枚撮った。
パリの道
ところが、どちらかといえば、昭和レトロのパン屋さんの看板に惹かれた。

今はやっていないパン屋さんは、次のパン屋さんの入居を待っているところか?
パン屋を営むに必要なスペースはそろっているにちがいない。
パリの道
ビスコット、パン、ケーキを売るお店だったのですね。
この、どんなライトが付くのだろうと想像したくなる看板は、新しいお店になるときに、取り払われてしまうのであろう。
そう思うと、今、出会ったばかりながら、愛着と寂しさが沸いてくるから、不思議だ。
2016.07.02

マンステールのコウノトリ通り

通りの撮影をするために通り名の道しるべを撮影することも多いが、道しるべそのものが撮影対象になることもある。
この場合も、その一つ。
Cigogneはコウノトリ。
その名を冠する通り名を撮っておきたかった。
マンステール
アルザスといえばコウノトリ。
だから、こんな名前の通りもある。
そういうわけではない!この通り沿いに、コウノトリの生息域があるのである。
そう言いたいが、残念ながら、コウノトリセンターのところの道ではなく、あくまでオロ村からの帰りに通りがかった道にて・・・である。
コウノトリセンターの近くではあるんですがね。