2016.04.30

マンステール ランガエケルル径にて

Chemin du Langaeckerle
ランガエケルル通りと読むのだろうか?マンステールの裏をぶらぶらと歩き、田舎道へ入ってゆく。
マンステール
通り名看板の立つ家の向かい側にも、瀟洒な感じのアルザス民家が建つ。
その間を抜けて、のどかな一本道を行く。
マンステール
開けてきた緑の平地。
煙る山。
山あいの村へ来た事を、ここまで歩いてくると実感する。
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2016.04.29

モンパルナスタワーの屋上

パリ 夕刻。
闇が迫る前のオレンジの空が広がる。
このころから、エッフェル塔方面のガラスの壁には、多くの人が貼りつき始める。
モンパルナスタワー
闇を待つ、定時のエッフェル塔の光を待つ、その他、黄昏る人に交じって、ひっきりなしにエッフェル塔の写真を収めようと人々がガラス際へやってくる。
場所の確保が意外と大変だ。

少し早い時間から、待つのは、ちょっと根性いるしね。

それにしても、モンパルナスタワーもきれいになったものだ。
2016.04.28

バルフルールの3色旗

いよいよ、ガットヴィルの灯台へ向けて歩き出した。
一瞬、振り返ると、フランス国旗が風に揺れている。
黙とうする兵士の姿であろうか。
印象的だったから、一枚写真を撮る。
バルフルール
思わず、これから、ガットヴィルの灯台への道すがらの安全祈願をしてしまう。
捻挫などせずに、帰ってこられますように!

おもわず、どんなものにもお参りしてしまう日本人の性。
2016.04.27

パルドゥヴィツェ城にて

この町へは、競馬でやってきた。
時間があまりないので、外から眺めるだけになったが、フランスのお城たちとは、ずいぶんと違う。
教会のようで、普通の家が何層にか固まったようで、それでいて、気品もある。
パルドゥヴィツェ
ぼこぼこした模様は、スグラフィットというのだそうだ。
この国特有なのか?
この地方に多いのか?
ともかく、実際は凸凹していない壁で、だまし絵になっている。
パルドゥヴィツェ
なぜ、実際に凸凹させずなのか?
金銭的なものもあろうし、維持管理が楽なのであろうし、そして、なにより、デザインが良いからでもあろう。
そう推測する。
パルドゥヴィツェ
城脇の土手から一枚撮る。
正面よりも、こちらのほうが、もっと、品のある雰囲気となる。
2016.04.26

ヴォー・ル・ヴィコント城へ路線バスと徒歩で到着

いよいよ、お城の敷地の壁が見えてきた。
道路と壁の間に、馬車道のようなスペースがあり、ここなら、もう、緊張しながら歩かなくて大丈夫だ。
ヴォー・ル・ヴィコント城
まっすぐ進めば、おそらく、駐車場付近から歩いてくる人影が、前を通り過ぎて行く。
そして、その人影が通り過ぎたあたりにたどり着くと、城の門が見えた。
どこまでいっても、敷地ながら、門がない。
そんな広大なお城ではないが、必要十分な豪奢さが、ある意味好感が持てる。
ヴォー・ル・ヴィコント城
逆光で、しかも、道中の緊張もあって疲れたこともあり、門正面まで行って、写真を撮ることもなかった。
ここを右に折れると、お城への入り口だ。
2016.04.25

コンピエーニュ宮殿 花の部屋

サロン・デ・フルール。
花の部屋。
名前のごとく、壁には花々の絵が。
コンピエーニュ
植物の絵といえば、オーベル・シュル・オワーズのドービニーの家や、ミイ・ラ・フォレのコクトー眠るサン・ブレーズ礼拝堂を思い出します。
皇帝の宮殿だからといって、特別なわけではなく、花の絵はやはり花の絵。
壁絵は壁絵。

だれだれの部屋とか、何をする部屋とか言われるよりも、こうしたテーマで名前の付いた部屋のほうが、豪華で楽しい気分にさせてくれます。部屋ごとに自分の好きなテーマで飾ることができるのは、贅沢で、自分でするとしたらなんて考えると、わくわくさせてくれます。
2016.04.24

ミネルヴ村 ワイン

村の目抜き通りを歩いていると、ワイン樽の並ぶ酒蔵が。
試飲などもできるのだろうけれど、ここでは買わず、帰りがけに途中のカーヴに寄ることに。
もっとも、今回、車の運転があるから、試飲などはできない。
ミネルヴ
ラングドック地方の代表といえば、コルビエールとミネルヴォワだろう。
パリのスーパーでも安くて美味しいAOCワインの代表格でもある。
せっかくここへ来たら、ワインの一つもね
2016.04.23

マンステール サンレジェ教会の時計

教会の中は殺風景なイメージだ。
中もプロテスタント教会みたいだ。
マンステール
パイプオルガンが置いてあるだろう位置には、時計が、鎮座している。
真ん中のは、月と星座、左下は曜日、右下が時間ですかね。
マンステール
ステンドグラスがあるところは、カトリックらしいのかもしれません。
きれいなものですが、きっと、時代はそこそこ新しいものなのでしょう。
マンステール
時計博物館に入ったのかな?
そんな気分になる教会の内部でした。
2016.04.22

Rue de Sèvres セーヴル通りの門番

セーヴル通りとシェルシュミディ通りが分岐するところ。
両方の通りを守るように立つ銅像がある。
パリの道
これがケンタウルスなのか?どうかはわからないが、体が馬の人といえば、そういうことになる。
台座に、おそらく、彫刻した人とタイトルは書かれているだろうから、次は確認しておこう。
パリの道
パン屋さんのポワラーヌはすぐそこ。
買い物ついでに、この刺さったら痛そうな銅像に一瞥してゆく。
2016.04.21

バルフルールからガットヴィルの灯台を眺める

バルフルールの港の突先から海を撮っていると、遠くに大きな煙突が見える。
工場かなにかだろうか?

そののち、教会脇の観光局で、この建造物が、灯台であることを知る。
歩いていくことができることも。
バルフルール
バスに乗るまで時間は十分ある。
なにしろ、まだ暗いころにシェルブール駅前のバスターミナルから出発してきたのだ。

ということで、ガットヴィルの灯台まで、歩いて行ってみよう!
そういうことになった。
2016.04.20

プラハ トラム 数字の4

トラム博物館のトラム車両の続きである。
こちら、かわいらしい一つ目のボディ。
微妙ま下膨れ感が、コケティッシュになっている。
プラハ
で、上部を目にすると、4号線となっている。
隣に立つ停車駅の番号案内にも、1、4、10となっている。

日本で書く時と違って、1、4、7の数字はよく人々から確認される。
これは、4なのか?これは7なのか?と。

1は、まるでVの字を逆にしたような形になっていたり、7は必ず縦線に横棒がはいる。
ただの縦棒一本で1と伝えようとすると、理解してくれないこともあるのだ。
そして、4は、一筆書きなのだ。このトラムの4の字のように。
プラハ
一筆書きの4であるから、まるで、Sの字のようになっていることもある。
停車駅に書かれている4の字は、日本でもおなじみのノーマルな4であると思うのだが、この4はよほど丁寧に書かないと、読んでもらえないことも多い。
だったら、書きなれない4の一筆書きのほうが、伝わるのかもしれない。

電話番号に金額、時刻、住所、そして、馬券の番号と、数字を記入したり読んだりすることは、結構多い。
2016.04.19

平日にバスでヴォー・ル・ヴィコント城へ6

並木道へ到着した。
ここを右に曲がる。
残りの距離は、・・・1・5キロ。
数字的には、少なく感じるけれど、いやいや、結構あるじゃない。
でも、この時は、もう着いたような気分。
ヴォー・ル・ヴィコント城
どう見ても、お城のために作られた並木道。
馬車が似合いそうですもんね。
ヴォー・ル・ヴィコント城
ところが、御覧の通り、歩いていると危険な道だった。
車が来たら、よければいい。
右側通行の車であるから、左側を歩けば、近づいてくる車が見える。
後ろから来られるとさすがに怖いから、歩行者の自分は、この後渡って、左側通行に。
2016.04.18

コンピエーニュ宮殿 女官部屋

ダム・ドヌールの部屋である。
女官というべきか、奥女中というべきか。
この椅子に、女性陣がずらりと座っていたのだろう。
女中部屋であっても、下女の部屋ではない。
コンピエーニュ
奥の長椅子中央には、皇妃が座ったのだろうか?
まあ、お話部屋といったところ。

王様か王子でなければ、ここにはいたくはないですね。
大奥同様、こういうところには、権勢にかかわる、おどろおどろしい何かが流れていそうで、ちと、怖い。
2016.04.17

ミネルヴ村の路地から2

見事なまでに石の村。
道の石は、新たに埋めたものだろうが、家々の石は不揃いなものが多い。
ミネルヴ
そんな中に、色があるとしたら、お土産屋であったり、ホテルであったり、行き交う人の服であったり。
ミネルヴ
遠目から見たら小さな丘の村であっても、中に入れば、ラビリンスを行く主人公にもなれる。
2016.04.16

マンステール カトリック教会

丘から降りて、町中に戻ると、上からも見えていた教会の前へやってくる。
見るからに、カトリックっぽく感じないデザイン。
こちらは、サンレジェ教会。
カトリックである。
マンステール
町の中心にあった教会は、カトリックの教会にありそうなデザインでプロテスタント。
こちらはその逆。
マンステール
教会前にプレートが掛かっている。
2言語で書かれているのもアルザスらしい。
プロテスタントから、カトリック・プロテスタント両方になり、カトリックになった変遷が記されているのも、独仏の間にある、アルザスの歴史と地理的位置を語っている。
2016.04.15

モンパルナスタワーからサンジェルマンデプレを望む

サン・ジェルマン・デ・プレ教会からまっすぐ伸びるレンヌ通りの先に、モンパルナスタワーが見えるのだが、逆から見ると、こうなる。
サン・ジェルマン・デ・プレ教会は、広角で撮ると小さくて見えない。
その先、横に伸びる線は、セーヌ川に違いない。
右に見えている緑の敷地は、リュクサンブール公園だろう。
モンパルナスタワー
先日、モンパルナスタワーからモンマルトル墓地を眺めると題した記事を書いたが、モンパルナス墓地の間違いで、このまっすぐ伸びるレンヌ通りのずっと先にあるだろうモンマルトルは、ここからは見えていない。
望遠なら、モンマルトルの丘ぐらいは確認できそうだけど・・・モンマルトル墓地視認までは厳しいだろうね。
2016.04.14

バルフルールの海

コタンタン半島は、その付け根部分から湿地帯が始まる。
先っぽの部分は、プレスキルと呼ばれる。
湿地帯を水部分とするのなら、ちょうど島のようになっているのだ。
バルフルール
その島先端の中央部分にあるのが、このエリア最大の大都会にして、フランスの一大拠点港のシェルブール。
その北側、この島部分の角にあたるのが、ここ、バルフルールである。
バルフルール
いかにも地の果てといった、風景が広がる海。
バルフルール
この辺りも、干満が激しいんですかね。
海に洗われた岩肌が、恐竜の背中の化石のように並んでいる。
2016.04.13

パルドゥヴィツェの街の風景

お城へ向かう道すがら、広告になりそうな風景に出会った。
聖バルトロマイ教会と門の塔の双方が見える。
街並と、紅葉した木々。
お城の白壁。
パルドゥヴィツェ
とってつけたような出来具合であるが、プラハだけじゃなく、この国はかわいらしい街が多いですね。
2016.04.12

平日にバスでヴォー・ル・ヴィコント城へ5

お城への参道が見えてきた。
まっすぐ続く道であるが、不思議なまでの並木道。
明らかに取ってつけた並木道。
ヴォー・ル・ヴィコント城
あそこを曲がればお城に違いないことは、十分雰囲気で伝わってくるが、よく見れば、看板も立っている。
ヴォー・ル・ヴィコント城
蚊取り線香のコマーシャルではなく、お城の案内板だ。
ヴォー・ル・ヴィコント城
危険な幹線道路を越え、ラウンドアバウトの交差点を越え、いよいよ、シャトーバスも通ってゆくに違いない並木へやってきた。
シンメトリーな通りが待っているに違いない。
あれも、いわば、お城の一部なのだ。
そう思いながら、向かう。

2016.04.11

コンピエーニュ宮殿の皇妃の寝室

皇妃といっても、ジョゼフィーヌではなく、マリールイーズの部屋なのだそうだ。
コンピエーニュ
かわいらしいベットであるけれども、皇帝のものより、こちらのほうが寝心地がよさそうだ。
そう思うのは、どこかからの目線を気にしなければならない範囲が狭いからかもしれない。
コンピエーニュ
こうしたベットは、頭から足までの幅が、いつ見ても狭く感じる。
小さな人しか寝られない。
ところが、どっこい、周りが大きいからそう感じるだけなのかも。
2016.04.10

ミネルヴ村の路地から1

かわいらしい路地にあふれるのは、この村も同じ。
フランスの最も美しい村協会に登録される村である。
ミネルヴ
意思の無機質と、自然の緑と赤。これに、人を感じさせる街灯と窓。
それにしも急な坂道ですね。
流れる水は、少量でも滝のようになりそうですが、地中海性の気候であるから、雨は少なめなのかもしれません。
美と不便が共存するのは、欧州らしく、アジアっぽくないところです。
2016.04.09

マンステール プティット・フシュット川にて

マンステールを一望できる丘から降りてくる。
途中、小川を越える。
御覧の通り、水量は少ないが、急流である。
Petite Fechtプティット・フシュット川。
この街の南を流れるフシュット川の支流である。
マンステール
この後、この小川沿いに田園を散歩するのだが、ここでは、まず、かわいらしい屋根たちを一緒に一枚。
2016.04.08

Rue Georges Lardennois ベルジェールの丘のジョルジュ・ランドノワ通りから

パリのベルジェールの丘からサクレクール寺院の写真は載せたが、丘全体が見渡せる写真を。
パリの道
斜面に貼りつくように建物が並び、まるで要塞のようだ。
パリの道
鷲巣村巨大バージョンで、まったく隠れることのできない丘になっっているようにも見える。

こちら側も丘。
ここの隣は、またしても丘、ビュットショーモン。
モンマルトルも丘。
丘、丘、丘のパリである。
2016.04.07

バルフルールのサン・二コラ教会

港の脇にある、ロマネスクの教会。
バルフルール
港の突先まで行って、振り返って撮ると、屋根の形がかわいらしい。
バルフルール
一つだけ違うタイプの屋根は、バロック建築なのであろうか?
年d内的には、17世紀ごろまで作られていたようだから、いくつかの建築様式が重なっているかもしれない。
2016.04.06

プラハ トラムの顔

トラムってのは、犬に似てますね。
猫じゃなくて、犬っぽい。
そもそも、軌道の上を動くわけで、自由奔放な猫は、イメージの外。
プラハ
きれいに磨かれた古いトラム。
チェコ人はきれい好きだけれど、こうしたトラムを見ると、長く長く愛されてきた老犬を見るような気持になる。
2016.04.05

平日にバスでヴォー・ル・ヴィコント城へ4

モー道路をお城へ向かう。
美しい並木道であるが、見るからに先が細くなっている。
ヴォー・ル・ヴィコント城
激しい勢いでトラックが通る。
とても、歩道と呼べるだけのスペースはない。
ヴォー・ル・ヴィコント城
坂を下って、再び同じ程度登れば、お城への曲がり角は近いのだが、そんなことは、歩いている時点ではわからない。
こうなったら、行けるところまで、行く。
それしかない。
この大通りではなく、裏から行くことができる道を事前にチェックしていれば、もう少しましだったのかもしれない。
これは、結構怖かった。
というか、はっきり言って危険。
2016.04.04

コンピエーニュ宮殿 音楽の間

サロン・ドゥ・ラ・ミュージック。
音楽の間とは名前がついているものの、その他の部屋と何が違うのか?
ただ、部屋の角が斜めになっていることから、音響を考えた構造になっているのかもしれない。
コンピエーニュ
楽隊は廊下側で演奏したのだろうか?
コンピエーニュ
壁という壁のタペストリーが飾られているが、そのごちゃごちゃ感はともかく、グリーンの椅子は、落ち着いていいですね。
いやいや、ここでは相対的にそう感じられるだけなのかもしれません。
2016.04.03

ミネルヴの岩壁

石灰質の白い岩肌が露出した切り立った壁。
水によって、削り取られていったのだろう。
だから、深い谷ができ、橋が架かっている。
ミネルヴ
よくよく見れば、その岩で作られた、壁があり、手前には、墓が並んでいる。
下ったところが墓地になっているのだ。

墓地のすぐ上の壁も、カタリ派が築いた防塁なんですかね?
乾いた色が、この村の象徴ともいえる。
2016.04.02

マンステールの丘の上から3

マンステールのナーランスタン通りをさらに登る。
一頭の馬がいた。
よく、フランスの田舎で目にする馬は、こうした急斜面にいることが多い。
もちろん、馬の生産地ではなく、村はずれにポツンと飼われている場合であるが。
マンステール
仔馬を守るように、近づいてきた。
耳はこちら側に向いているから、警戒しているんじゃなくて、見慣れないアジア人に興味があるのかもしれないですね。
残念ながら、ニンジンもリンゴも持ってませんよ。
マンステール
急斜面が馬の健康面にはいいのかどうか?
立っているだけで、ずいぶんと運動になりそう。
遠くには、マンステールの町を眺められる。
マンステール
こちらも散歩。
かれらも、ほんの少し持て余した暇が潰れたかもしれません。
2016.04.01

モンパルナスタワーからモンパルナス墓地を眺める

夕焼けのパリ。
東側は、順光だから、夕日に染まる建物をきれいに撮ることができる。

眼下には、モンパルナス墓地が広がる。
斜めにまっすぐ伸びている大通りは、メーヌ大通りである。
まっすぐ行ったところが、4号線アレジアの駅上の教会のはずだ。

その左手奥に広がるのは、モンスーリ公園に違いない。
モンパルナスタワー
最近はグーグルマップというのがあるから、こうした高いところに載って生地図を見ても、感動は少ないかもしれない。
ネットで見られる絵と似ているからだ。
それでも、生で体感する生グーグルマップは、生でこその距離感や、広がり感を得られる。
ずっと先には、丸い地球の地平線が見えている。