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2016.01.31

ラグラッス Rive Gauche 左岸通り

古い橋ではなく、上流の渡り廊下のような橋を渡ると、修道院への通りに出る。
リヴゴーシュという左岸という名の通り、オルヴュー川の左岸ということだ。
ラグラッス
通りは、修道院を囲むように、川との間を折れて走ってゆく。
壁に囲まれた村から渡ると、こちら側では、南仏の解放感を感じられる。
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2016.01.30

コルマール Eglise des Dominicains ドミニカン教会のステンドグラス

夜に教会に入ることは少ない。
昼間の明るい時間帯に太陽光を浴びて浮かび上がるステンドグラスを見る。
教会内部には、太陽光が届いて、模様を作る。
コルマール
さて夜。
手持ち撮影が可能か?わからなかったが、何とか撮ることができた。

カメラをレンズごと持っていかれたため、新しいものを物色することになったわけだが、手ブレ補正機構のいうのをよく見かける。
そうした機能があれば、ブレるだ、手持ちだ云々は話す必要もないのかもしれない。
2016.01.29

Rue Mercœur メルクール通りの郵便局

パリ11区。
メルクール通りとレオンフロ通りの交差点に郵便局があった。
パリの道
細かいタイルに覆われた郵便局も変わった雰囲気だったが、黄色の郵便ポストの二つ寄り添うように並ぶ様がかわいらしい。
蝶ネクタイをした、小さな人が二人並んでいるかのような雰囲気だった。
2016.01.28

シェルブール ノートルダム・ドゥ・ヴー修道院

修道院の表へ回ると、廃墟であることははっきりとわかる。
シェルブール
手前はシンメトリーな庭園になっていて、存在そのものが、お城のようでもある。
シェルブール
12世紀の建物ということは、ノルマンディ公国時代のものということになるのだろう。
英国との海峡を見据えるこの修道院は、英仏にまたがる国にとって、重要なポジションにあったと考えられる。
2016.01.27

プラハ トラム博物館の車両編成

並ぶ時代の違うトラムの客車を、一編成に見立てて、一枚、好きな放射線状の構図で。

車体の色が赤いわけですが、これが仮に深いグリーンだったら、高級な感じだし、ブルーなら、スマートな感じ。
赤ってのは、かわいらしく、コケティッシュになるんですね。
トラムは、赤だから、絵になるのかもしれません。
プラハ
そういえば、日本では、好きな色は、赤とか、青とか、緑とか言いますが、同じことをフランスで言ってみたら、どんな赤なのか?どんな青なのか?どんな緑なのか?と聞かれる。
赤って言ったって、いっぱいあるじゃん、と。

日本にも、茜色とか、紅色とか、藍色とか群青色とか、萌黄色とかありますが、好きな色と聞かれたら、結構単純な色を答える。
こちらは、色鉛筆かクレヨン基準になっているよう。
色への向き合い方も、洋の東西では違うんですね。
2016.01.26

Du pain et des idees デュ・パン・エ・デ・ジデのパン・オ・ショコラ他

美味しいので、再び訪れた10区のパン屋さん。
パリのパン屋
パン・オ・ショコラは、カリカリの外が、もう撮れてしまうほどに焼かれている。
パリのパン屋
もうひとつ、パンの名前は忘れてしまったが、田舎パンのようなパンが気になって買った。

これは美味しいのだが、サンマルタン運河脇のベンチで食らうにはつらい。
なにしろ、手できるのは大変。
外側の焼き部分は、簡単に切れるほどやわくない。
固いうえに、なかなかの厚み。
パリのパン屋
これは持って帰って、挟んで食べるべき代物だった。
でも、美味しいから、次こそはそうして食べようと。

実は、この日、帰国日。
荷物は町中に預けてやってきたから、帰りようもなかった。
結局、いっぺんには食べきれないから、持ち歩いて、少しづつ食べてゆくことになった。

ほんとに、ナイフで切って、サンドウィッチにしたかったねぇ。
2016.01.25

ノワイヨンの遺構

ノワイヨンの大聖堂の背後に回ったときに、気になる建物が一つ。
後陣脇に塔の後らしきものがある。
完全に遺構と呼べるものだろう。
塔なのかわからないが、形からは塔の下部に見える。
実際のところは知らぬが、崩落したとは思えぬから、戦争でぐずれ落ちたと思われる。
ノワイヨン
第一次世界大戦であるか、第二次世界大戦であるかであろう。
残っていたら、それはそれですごかったのかもしれないが、教会の遺構としではなく、戦争の遺構として、意味のあるものなのかもしれない。
大きな建物は、人間にとって、破壊の対象になりやすいのかもしれない。
だとしたら、敵味方の是非云々ではなく、これも、また、人の欲望の塊の一つの絵図であるかもしれない。
2016.01.24

ラグラッス サント・マリー修道院の中

サント・マリー修道院内部
ずいぶんとしっかりとしたつくり。
モンサンミシェルとも雰囲気似ている階段。
ラグラッス
宿舎。
太陽光が入るから、陰気な雰囲気ではない。
個人的に感じる、修道院は大きい、暗いのイメージからは逃れている。
生活の場には、日の光が必要だ。
ましてや、太陽大好きな国民だけに。
ラグラッス
中庭の廊下。
ここは、南国風な雰囲気。
明るい中庭であるし、リラックスできそうだ。
ラグラッス
8世紀700年代から歴史が始まったということは、フランク王国時代からということになる。
どうしても、この界隈は、ロランの歌など、フランク王国と縁深い土地だ。
2016.01.23

コルマール グラン・リュー夜景

お店でにぎわう商店街であるが、夜も再びやってきた。
夜の雰囲気が楽しい欧州であるが、こればかりは日本はかなわないのかもしれない。
なにしろ、向こうの冬の夜は長い。
長い時間を楽しむ工夫は、一日の長があるにちがいない。
コルマール
もちろん、日本の夜にも、いい雰囲気のところは多くある。
だけれども、基本、アジアンティックなネオン街が日本の夜景。
そして、平日は、ストレス発散の場探しになる。

それでも、たのしきゃ、なんでもいいんですけどね。
世界中、どこでも、夜は楽しんで、そして寝るための時間。
2016.01.22

モンパルナスタワーへ

初めてパリを訪れた学生時代に一度登ったことのある高層ビル。
それ以来登ったことも、登ろうと思ったこともない。

遠くから見えるランドマークであって、モンパルナスといえば、一番最初にイメージする風景の一つとなっている。

結構なお値段の割に、あまり大したことない。
そんな記憶だけが残っていたからだ。
モンパルナスタワー
今回、たまたま買った、パリヴィジットで割引があるらしいから、それを使って登ってみることにしたのだ。

当時とは、根本的に土地勘が違う。
だから、目の前に広がる生の地図は、あれかあれかと入ってくる。

なんだか、シムシティかA列車みたいで楽しい気持ちになったのが、メトロの路線が見えたこと。
駅が、消しゴムのように並んでいる。
これは6号線。エッフェル塔のたもとへ続いている。
2016.01.21

シェルブール ノートルダム・ドゥ・ヴー修道院

シェルブールに到着すると、宿予約トラブルでずいぶんと待ちぼうけになった。
大手の予約サイトに、当該ホテルの予約は受け付けないように申し送っていたのにもかかわらず、それがなされていなかった。
そういうことらしい。
宿のオーナーの別の物件に泊めてもらうことができた。
ずいぶんと豪勢なアパートであったから、本来だったら、結構なお値段のものだったのに違いない。
アンラッキーからラッキーへの転換である。
延べ2時間ほど掛かってしまったけれどね。
シェルブール
気疲れた。
体力は残っている。
買い物ついでに、散歩に出た。
シェルブール
向かう先は、ガイドブックに載っていた修道院。
カンの観光局で手に入れたガイドには、ノルマンディのいくつかの修道院リストがあり、その中の一つがこれだったのだ。
軍港らしき脇を抜け、街はずれまでやってきた。
2016.01.20

パルドゥヴィツェ 共和国広場にて

náměstí Republiky
ナームニェスティ・レプブリキ
共和国広場ということになるのだろう。
パルドゥヴィツェ
町の城門前にある大通り。
向こうにみえるのは、聖バルトロマイ教会。
尖りかたがいいですね、スーッと針のように伸びていて。
パルドゥヴィツェ
通り過ぎるトロリーバスを一枚。
普段見かけない乗り物を見ると、何枚も撮りたくなっちゃうのだが、そう、なんどもやって来てはくれない。
2016.01.19

オ・ソレイユのクロワッサン・ア・ラ・パティシエ

ポワシーに滞在しているので、毎回1度くらいは、ポワシーのパン屋さんで購入する。
普段、パリのパン屋巡りをしているから、ポワシーに戻ってきてもパンを食べようとはなかなか思わない。
といっても、結局毎日パスタであることが多いんですけれど・・。
パリのパン屋
コインランドリーに洗濯に行くと、パン屋さんを2件通り過ぎる。
そのうちの一軒、Au Soleilでパンを買って帰った。
何を買うかなど決めてはいなかったのだが、甘党である私は、このクロワッサンに粉砂糖、そしてカスタードクリームたっぷりの食べ物に引き寄せられた。
そして、買ってしまった。
クロワッサン・ア・ラ・パティシエ。
フランスのパン屋さんで買うミルフォイユに何層にもサンドされているあのクリームであろうと勝手に推察。
だからこそ、ア・ラ・パティシエなのだと。

まあ、多くの人にはくどい食べ物なのかもしれない。
甘党にはね、至福の時間がこのあとやってくる。
2016.01.18

ノワイヨン大聖堂後陣の形

大聖堂の裏は、公園のようになっていて、緑がある。
図書館脇から、大聖堂の裏を通って、また駅へと戻ってゆく。
ノワイヨン
ゴシックではあるが、初期のものだからなのか、装飾は激しくない。
激しくないが、重量感は、却って増して感じられるし、シンプルな感じも、こちらの好みに合っていい。
ノワイヨン
一番強烈なインパクトは後陣部分を外から見た時だ。
重量感はものすごいのだが、何か、他の大聖堂とは違う印象。
3段の階段状に積み上げられている。
1階、2階、3階というようにだ。
今まで見てきた大聖堂の背面は、この一階部分と二階部分がつながっていて、槍や幟が立っているかのように装飾でゴテゴテしていたような記憶がある。
ここは、それぞれ、同じ配分で、ワンツースリーと階段状になり、最後にお帽子が乗っている。
そんな印象だ。
ノワイヨン
巨大戦艦、巨大豪華客船、それを見ているかのような威圧感がある。
2016.01.17

ラグラッス オルビュー川越のラグラッスの風景

橋を渡って、修道院側の左岸へ到達する。
こちら側は、なにか、日本の田舎に通じるような、懐かしさを感じる雰囲気も漂っている。
ラグラッス
修道院側から、町の風景を川越しに見る。
朽ち果てた土色の町が見えているように見える。
しかし、実際は、静かな通りが、網目のように町を網羅しているのだが、それはわからない。
わからないように作っているのだろう。
外敵から守らねば、ならぬからだ。
2016.01.16

コルマール プティット・ヴニーズ夜景3

レストランと、その前に浮かぶ小舟がライトアップされている。
なんとも優雅な時間を過ごしながらの食事になるだろう。
こちらは、そんな懐の余裕はないけれど、少しだけ、その雰囲気を路上から味わうことができる。
コルマール
貧乏人の至上の贅沢、散歩であるが、無料というけちくささだけとは言えない。
そもそも、散歩が目的なのか、食事やイベントが目的なのか、撮影が目的なのか?
同じところを歩いていても、見えている風景は結構違うものである。

撮影は探し物移動になりやすい。
食事は、イベントへの往復となる。
散歩は、その時間自体が目的で、移動範囲は最も広範囲に及ぶ。

3つともすればいいじゃないか!と思うのだが、そうはなかなかいかない。
こうしたことは、効率の名のもとに、お金で時間を買うことができないからだ。

私の場合、探しながら歩いていることが多いのかもしれない。
その分、単なる散歩より、せわしない時間の過ごし方をしているような気がする。
2016.01.15

Passage des Cloys クロイ小路 道と空

どうやら、細い小路があるぞ。
そう思って散歩の目的の一つとなったクロイ小路。
パリの通り
結構人ともすれ違ったのだが、写真を撮るチャンスも多かった。
パリの通り
かわいらしい通りではあるのに、生活感も感じられる。
パリの通り
見上げると、高い空。
狭い通りから、大きな建物の壁の向こうに浮かぶ空を見ると、よく見る空よりも、とても高く感じる。
2016.01.14

シェルブール駅にて

シェルブールの雨傘の映画シーンであまりにも有名なシェルブール駅。
その駅に到着したときに、もう一つのホームに停車中の列車の写真を一枚。

中学生のころだったか、種村直樹さんの鉄道旅行術を何度も繰り返して読んだ。
その中に列車の絵があったように記憶しているのだが、その絵をトレーシングペーパーで何度も写した記憶がある。

カメラを買ってからも、その絵の構図で列車の写真を撮ることが多い。
シェルブール駅
小学校の高学年時に、教科書の絵の模写の授業をやったが、それも、道が遠くまで続く、上下左右に三角形をつくる構図である。

どうやら、それが好きなようである。
まあ、何枚も撮ってしまう。
2016.01.13

プラハ  スーパーにてパスタソースを探す

プラハに旅をして、もっとも気に入った食事は、このパスターソースを使って食べたスパゲティだった。
どうやら、これ、トルコ産のパスタソースらしい。
プラハ
ニンニクとトマトのソース。
まあ、臭くもなりそうですが、疲れた体にもよさそうだし、なにしろ、味が気に入った。
ぜひ、買って持って帰りたいと思ったほどだ。
プラハ
2回目に訪れたプラハで、再び、このソースを買おうと街に出た。
ところがだ、どこを探してもない。
似たものを手に入れてみたが、自分の口には合わぬ。
もっとも、他人の口は、また話は別。
旨い不味いではなく、好き嫌いの問題だ。

買ったはずのスーパーまで、遠征してみたら売っていた。
ALBERTというオランダ系のスーパーで扱っているみたいである。

他にもBillaやTESCOといったスーパーがプラハにはある。
2016.01.12

プラハ空港のパン屋さん ポールにて

日本にも進出しているパン屋さんポール。
これがプラハ市内にもいくつかお店があったのだが、プラハまで来てポールということもあるまい。
そう思って、お店には入っていなかった。
パリのパン屋
ところがだ。
ポールといえば、公共施設付属が多い。
駅ポールに空港ポール。
シャルル・ド・ゴール空港でも、結構お世話になっている。
それが、ヴァーツラフ・ハヴェル・プラハ国際空港にも入っていた。
パリのパン屋
かなり早く空港にやってきたため、その時間を持て余してしまった。
そんな時、気になる、ショッソン・オ・ポムを目にしたので購入してみた。
なにしろ、砂糖まぶしなのだ。
チェコの伝統パン、トゥルドゥロのショッソン・オ・ポムバージョンといったところか?
おそらく、この国のひとは、砂糖がまぶされたパンが大好きなのであろう。
ちなみに、あえて砂糖が必要であろうか?とも思ってしまうのだが、まあ、砂糖味プラスのショッソン・オ・ポムで、見た目からの想像の範疇だった。
パリのパン屋
もうひとつ、パン・オ・ショコラを購入。
こればかりは、フランスで食べたほうがおいしいような気がした。
Pain au chocolatと書かれているのだから、フランス語で通じるかどうか?を試してみたくなったので、買ってみたのだ。
実際のところ、通じなかった。
むろん、本当に、パンオショコラというフランス語単語が通じないのかどうかはわからない。
こちらの発音の問題もあるからかもしれぬ。
2016.01.11

ノワイヨン Rue de l'Évêque Baudry エベック・ボドリー通り

教会の裏へ回ってゆくと、石畳の小道にでる。
教会裏側にあるエヴェック・ボドリー通りである。
エヴェックは司教であるから、ノワイヨン大聖堂のボドリー司教という人の名なのであろう。
ノワイヨン
徹の向こう側に見える教会脇の三角屋根は、参事会図書館。
それが、古い建物なのであろう。
この教会の中でも歴史的建物の一つのようである。
ノワイヨン
そこへ望遠で寄って一枚。
さてさて、エヴェック司教通りを通って、教会裏の写真を撮りに行きますか!
2016.01.10

ラグラッスのサント・マリー修道院

Abbaye Sainte-Marie de Lagrasse
サントマリー・ドゥ・ラグラッス修道院が、オルビュー川越しに見える。
ラグラッス
川沿いまで降りてきた。
そこから、望遠で塔を狙う。
ラグラッス
町の大きさと同じほどあるのではないかと思うほど大きな建物だ。
しかも、このような山間の町にしては、巨大な要塞のようにすら見える。
朝日に輝く壁面が、侵入者を阻む壁、外界とは隔絶した中を想起させる。
2016.01.09

コルマール プティット・ヴニーズ夜景2

ネオンサインというのは目立つんですね。
昼間は気が付かなかったHOTELの文字。
夜になって、はっきりと見える。
あぁ、宿なんだと。
コルマール
いつもは、安宿ばかりで移動しているけれど、この辺りに宿をとって、数泊し、近所のレストランで食べて飲んでみると、それはそれで、また違った時間が流れて行きそうで、いいですね。
2016.01.08

オルセー美術館 オルセー駅

美術館の絵の撮影は禁止。
そういうわけではないらしい。
美術館による。
オルセー美術館
だれだれの有名な絵を撮るのもいいかもしれないが、せっかくなので、駅らしいオルセーを一枚。
最上階にいったら、こんな風に覗ける場所があって眼下の彫刻類が並ぶ廊下と中央中央通路を線路とホームに見立てて一枚。
2016.01.07

カン 夕暮れのトラム

宿の近所のカルフールへ出かけた。
もう終点も近いコット・ドゥ・ナクル駅付近。
カン

買い物袋を提げて宿に帰ろうとすると、ピンクの夕空。
ちょっと待って、それを背にやってくるトラムを待って一枚。

ここのトラムは垂れた耳を持つ犬っぽい感じでかわいらしいですよね。
2016.01.06

třída Míru トジーダ・ミール

トジーダ・ミール
ミール通りということになるのでしょう。
パルドゥビツェ
この辺りは、お城手前。
城下町というべきかもしれません。
門へ続く商店街。
パルドゥビツェ
ちょうど、通り過ぎて行く、トロリーバスと遭遇。
空を見上げると、縦横無尽に電線が走る。
東南アジアでみかける、猛烈な電線束と比べると、整然と並び、几帳面な感じも受ける。

その線は、まっすぐ城門へ向かっている。
2016.01.05

Du pain et des idees デュ・パン・エ・デ・ジデのエスカルゴ・ラム・レザンとクロワッサン

エスカルゴ・ラム・レザン
いわゆる、パンオレザンである。
ほどよい焼き加減で、甘く、ボリュームがあっておいしい。
エスカルゴを食べるためだけに来ても、納得できますね。
パリのパン屋
フランスに来ると、よく、パン・オ・レザン食べているんですが、正直なところ、そんなに、レーズンが好きなわけじゃない。
でも、これは美味しい。心の底から言えることは、そんなに好きではないだけに、そんなにないかもしれない。
パリのパン屋
中はやわらかく、詰まっている。オーソドックスなクロワッサン。
こないだ行ったときには、なかった、ショコラティン(パン・オ・ショコラ)もあった。
でも、ここは、パン屋というより、エスカルゴパン屋ですね。

ここで買って、すぐ近くのサンマルタン運河沿いで食らうのが、最高の昼食になります。
2016.01.04

ノワイヨンのカルヴァンの生家

ノワイヨン大聖堂のすぐ脇にある。
カルヴァンといえば、ルター同様、歴史の教科書で習った、宗教改革の人だ。
フランス人であるとか、スイス人であるとか、スイス宗教改革であるとか、なんともあやふやな知識を埋め込んだ記憶のある、こちらにとっては、歴史教科書上の人物である。
ノワイヨン
あまりにも、あっさりと、目の前に有名人の家が現れると、とってつけたようで、実感がわかない。
それにしても、町の真ん中にあり、それなりの身分やお金があるような人でなければ、とても住めないような場所であるなぁと思ってしまう。
ザルツブルグのモーツァルトの家も、これ以上の場所があろうかというような、中心にあるわけだけど、生まれ落ちる場所は重要なのではなかろうか?(身分的にも、金銭的にも)と考えてしまう。

カルヴァン=宗教改革。スイス。
それ以外の知識を持たぬために、カルヴァンが、ジャン・カルヴァンであったかどうかも記憶にない。
Jean Calvin
そう、案内板にあるが、後で、写真に写る文字通りの名前だったか?確認しておくことになった。

彼は、ここで生まれたのだから、間違いなくフランス人であったのだ。
その知識だけは、確実なものと今回あいなった。
2016.01.03

ラグラッス 丘の上の道 

町の中心の教会裏から、小高い丘を登ってゆく。
修道院を望んだあと、修道院へ向かうために、丘を下る。
ラグラッス
行きには気が付かない、教会の塔が、石垣の向こうに覗いていた。
石垣と、細い道と高い空。
南国らしい、のびやかな風景がそこにあった。
撮った時期は秋である。
2016.01.02

コルマール プティット・ヴニーズ夜景

プティット・ヴニーズに夜散歩にやってきた。
もちろん、写真を撮ることも大きな目的の一つ。
コルマール
ここは、水景が有名なのだから、映るプティットヴニーズを撮ろうというのが、テーマの一つ。