2015.12.31

今年も一年ありがとうございました。

今年も一年ありがとうございました。
また、来年もよろしくお願いいたします。
ディアヌ賞
来年は多くの日本人が訪れることになるであろう、シャンティイ競馬場にて!
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Posted at 11:19 | その他 | COM(0) | TB(0) |
2015.12.30

プラハ トラム博物館 並ぶ年代物のトラムたち

線路は、トラム博物館の中と外でつながっている。
ここは、車両基地だったのかもしれない。
現在は博物館であったとしても、当時は、車庫、または、工場だったのかもしれぬ。
だから、古きトラムも、線路の上をゴロゴロと動かしていけば、ここに並べることができたのに違いない。
プラハ トラム
トラムの前にある、行先案内板、Strasnice Nadraziも、隣の、Floraも、現在もトラムや地下鉄の駅になっている。
プラハの中心から東、東南である。
歴史がつながっていることを、その案内板で感じることもできる。
もちろん、線路も、ここからそこまでつながっている。
現在は、それぞれ、19番と2番が走っているわけではないらしい。
2015.12.29

ブーランジュリー・ランドゥメンヌのクロワッサンとパン・オ・ショコラ

日本進出で話題のパン屋さんが、9区にありました。
ちょうど、サクレクール寺院が見える、マルティール通りの坂道の途中。
クロワッサンが有名なんて話題になっている。
9区のパン屋ばかりを今回歩いていて、この通りも既に2軒。ここで3軒目。
パリのパン屋
まずは、パン・オ・ショコラと、クロワッサンと、ショッソン・オ・ポムと思って入ったのだが、クロワッサンもなければ、パン・オ・ショコラもない。
そう思ったら、出てきました。
きっと、人気店の上、行った日は、周りのパン屋さんもお休みで、大忙しだったのでしょう。
パリのパン屋
独特な焼き色で、揚げパンのような狐色のパン・オ・ショコラ。
これと、クロワッサンを買って、外に出る。
すると、入れてくれた袋が、見たことのあるマークだった。
実は、18区のコーランクール通りのお店に行っていたのだ。
ここも、お店の中は、上品なパンが並ぶお店であるが、コーランクール通りは、もう全体的に、高級パン屋さんといった雰囲気にあふれている。
パリのパン屋
そのときもいろいろ買って食べて、ブログにも載せているが、この、パン・オ・ショコラの生地の焼け具合と色は、まさにこれであった。一番外側だけカリっとしているんですね。
パリのパン屋
さて、クロワッサン。
3区にある、美味しいと有名なパン屋さんと同様、ここも、ダイヤモンド型。
パリのパン屋
外側がしっかり焼けていて、中は、やわらかい。
3区のLe 59 Rdsも同じ形で外は焼けている感じだったが、中は、Le 59 Rdsの方がパンを食べているようで、こちらは、上のパン・オ・ショコラ同様のバラーらしさも残し、パン・オ・ショコラよりも、詰まった生地感のあるクロワッサンである。
パリのパン屋
ここの店舗は、赤いひさしですが、街とは溶け込んでいる感じですね。
2015.12.28

ノワイヨンの道しるべ

Rue de L'HOTEL-DIEU
オテルデュー通りは、昔、オーギュスティヌ通りだったという表示だ。
ノワイヨン
オテルデューというのは病院である。
実際は、この写真は、古い通り名案内版もある道しるべであるとともに、この時、オテル・デューの意味が解らず、後で調べようと思って撮ったものだ。
もう、何度か調べているのだが、すぐに忘れてしまうんですね。
ただ、よく聞く、よく聞くけど、意味なんだ?という程度に、記憶に残っている。

きっと、これで覚えたかな?
2015.12.27

ラグラッスの丘の上から

町の中心にある教会の裏手に少々高い丘のようなところがある。
そこへ向かって登ってゆくと、大きな修道院が見えた。
ラグラッス
この町は、こじんまりとした中世の面影残す街並みもいいのだが、川を挟んでもう一つ、大きな観光目玉がある。
こちら側も、廃墟のような石積みだが、向こうの壁もずいぶんと崩れている。
それでも、屋根のオレンジの瓦は、凛として整然とたたずんでいる。
ラグラッス
その建物が一体どこにあるのか?
それが、登った丘の上から、望むことができた。

おお、あれだあれだ!
目指す方向はわかった。
あそこへ向かって、自分の方向感覚をたよりながら、歩いてゆけばいい。
2015.12.26

コルマール Rue des Boulangers ブーランジェ通りから

Rue des Boulangers
ブーランジェ通り。
ここは、パン屋通り。
ギルド、パン屋さん組合があったのだろうか?

パン屋が軒を連ねる通りだったわけではあるまい。
ここに来なければパンが買えないんじゃ、そりゃ不便。

通り名も、そうした意味では、中世っぽい名前といえるかもしれない。
コルマール
通りの向こうには、教会の塔が見えている。
これもまた、教会を囲むように、職業組合ができていたのだろう。
マルシャン通り(商人)、プレートル通り(聖職者)、クレ通り(鍵屋)、セリュリエ通り(錠前屋)など。
それぞれの組合が、ステンドグラスなどを寄進すれば、そうした職人の絵が描かれたデザインになったりしたのだろう。
2015.12.25

ノートルダム寺院から降りて Quai du Marché Neuf マルシェヌフ河岸通りから

ノートルダム寺院の塔から下ってきて降りてくると、左岸側に出る。
その出口でのこと。
目の前にいたカップルの女性が、こちらににっこり笑いかけてきた。
その顔は、「大変だったわね!」と書かれていた。
パリの道
同じ大変さを共有すると、人は、同調しやすくなるのかもしれない。
マルセイユのカランクの崖を上った時も、バスク、サンセバスチャンの山を登ったときも、似たような笑顔に遭遇した。

下に降りてきて見た風景は、やはり下界の我々が暮らす世界の風景だった。
2015.12.24

カン競馬場脇のCours Général de Gaulle ジェネラル・ドゥ・ゴール大通り

ノルマンディは馬産地。
その中心ともいうべきカンには、町の中心に競馬場がある。
カン
coursというのは、コースという意味になるが、競馬場脇だからではなく、とても幅広な通りにつけられるような気がしている。
ジェネラルは将軍になるから、ドゴール将軍大通りということになるが、軍事パレードでも行えそうな大きな通りにCoursがつけられるのだろう。
Cours自体に、中庭という意味もあるが、そうした広場的意味合いもこの通り名にあるのかもしれない。

そして、この写真。
その大通りの脇の歩道部分。
あくまで、歩道だけでこれだけの広さがあるのだ。

この並木の雰囲気が良くて、一枚。
2015.12.23

palackého třída パラツケーホ・トジーダ パラツケーホ大通り

パルドゥヴィツェの駅前から、市中心部へ伸びる大通り。
トジーダというのが、チェコ語では大通りという意味のようだ。
地図をみていると、あちらこちらで見かける。
パルドゥビツェ
この紅葉並木がなかなかきれいだったので一枚。
この通り沿いの現れる建物も、共産主義時代の建物らしい、直線的な無機質な建物をみることができる。
プラハの古い瀟洒な建物たちとは、まったく別の建物だ。

2015.12.22

Cyprien シプリアンのフラン・ナチュール

それにしても、このボリューム感。
一番最初に持って思うのが、重量感である。
重い。
パリのパン屋
それもそのはず、他のところと比べて、厚みがすごい。
幅はもっと広いところもあるとは思うが、この高さにやられる。
甘さは相当控え目であろう。
そして、ほのかに、バナナのようなフルーティーな香りがするのである。
パリのパン屋
買うときにも気になった、背後のパイ生地の形。
これだけの重量あるパイを保つのだから、結構しっかりしている。
このパイ生地が、意外と塩っ気があるのも、特徴かもしれない。
2015.12.21

ノワイヨンのクロワートル 回廊の存在

日本の古いお寺や神社にも、回廊が存在する。
四天王寺や厳島神社、法隆寺。
聖徳太子と関係のあるお寺は、回廊を思い出します。
ノワイヨン
回廊の柱、エンタシス。
そんな建築の技法について、中学でも学んだ記憶が。
そうすると、回廊という様式も、西から日本へ伝わってきたものなのかもしれません。
ノワイヨン
そうやって考えると、教会の本体は、日本のお寺でいうところの、講堂にあたる建物ということになるのだろうか?
法隆寺の五重塔や金堂は、回廊内にあるわけだから、やはり、このノワイヨンのクロワートルの内側の囲まれた部分は聖域ということになるのだろう。
井戸の跡を中庭でよく見かける気もするのだが、水を司どることは、それほど大事であったということに違いない。
2015.12.20

ラグラッス 観光局前にて

地方めぐりの楽しみといえば、食べ物もそうだ。
観光局が、物産案内所であることも多いのだが、ここは、それが併設している。
この日、もう一つの町でワインを買うつもりでいたので、ここでの購入は残念ながらなかったが、これらをめぐるのもまた楽しみ。
ラグラッス
Maison du Terroir(メゾン・デュ・テロワール)というのが物産販売所である。
メゾンは家、テロワールは土地、地方。
Maison de Terroir de Lagrasse 
ラグラッス地方の物産を扱っているということだ。

と、まあ、目の前にあるカフェで、お茶して休憩しながら、ものぐさな写真を一枚、ネタ用に撮っておいた。
2015.12.19

コルマール サン・マルタン教会のステンドグラス

少々、気合が抜けると、ステンドグラスの写真はボケボケになってしまう。
全体を入れようとすれば、レンズは広角になってゆく。
広角のほうが、シャッタースピードが遅くてもブレないのだが、画面に暗い部分が多くなる。
コルマール
一方、望遠になると、目いっぱいステンドグラスがファインダーを占めることになって、却って明るいなんてことも。
もちろん、レンズは、明るいレンズをつける。
コルマール
それでも、この写真もピンボケしている。

何かを撮りたいと思って撮らず、漠然と撮っちゃうと、こうなっちゃうのかもしれません。
2015.12.18

ノートルダム寺院のてっぺんにて

転落防止の金網であろう。
とはいっても、これは、頭上にある。
上へ登れば、もっと上に上って、そこから写真を撮ってやろう!という人が出てくるのであろう。
こっから上へ登るのは危ないよとおいうことにちがいない。
ノートルダム寺院
なんとなく、進入禁止でも、日仏で雰囲気が違う。
ここから先は危険の可能性あり。
ここから先は死ぬよ。
そのくらいの違いがありそうだ。

フランスで、ここまでして、囲っているからには、相当危ないのだろうと思ってしまうのである。

まさか、あの三角の突先付近へ行く人はいまい。
しかし、世界は広い。
そんなことを・・する人がきっといるのだ。
2015.12.17

カン Rue Froid フロワド通り

お店がたくさんあるらしい。
そんな通りフロワド通りを探して歩いていると、ありました。
ショッピング通りである、サンピエール通りにあるサン・ソヴール教会脇の道がそれ。
カン
通りに入ってみると、いきなり、町の昔を紹介する案内板が。
古い通りなんですね。
カン
雑貨屋さんとかを見に来たのではあるが、こんな昔の写真を見たら、同じ場所へたどり着いて、同じような写真を撮ってみたい。
カーブする通りの教会の塔。
カン
ところが、風景が変わってきたのか?
上手に雰囲気の出る写真を撮る腕もない。
雑貨屋さん通りというわけではなく、地方にありがちな、お店もある裏通りといった雰囲気。
カン
個人的に一番気に入った風景は、案内板とは違う位置。
案内板とは逆方向に曲がる道の上から、塔が覗く。
2015.12.16

プラハ 遊園地を走りそうなトラムの車両

むろん、トラム博物館の中の話だ。
行き先に Bubenec Korunovacni Tridaと書かれている。
スパルタプラハの本拠地の裏側、エアポートエクスプレスのバスがこの辺りを通過していったような気がする。

それはそうと、このような車両がプラハの街角を行きかっていたのだろうか?
とすれば、ダブルデッカーの走るロンドンよりも、より、ハイキーな風景だったにちがいない。

これなら、駅についても、ドアの出口に人殺到などということは起きない。
早く降りようと、ドアに張り付くように乗る人もいないだろう。
プラハ トラム
写真を撮ってしばらくして、同じ場所に来ると、子供たちが乗り込んで座っていた。
こうした展示物に乗りこんで座っちゃっていいのか?わからぬ。
触っちゃいけない、触れちゃいけないは、日本人的発想なのかもしれない。
こちら的には、これに乗るための、「ご自由にお乗りください」という、立て看板が必要なのだ。
何度か、美術館で、絵や展示物触っている、”外人さん”を見たことはあるが、あれはさすがにいけないことであろう。

子供を乗せた車両は、お母さんのデジカメの先にきれいに収まっていた。
乗客になりきって、すまし顔で乗っていた女の子が印象的だった。
2015.12.15

Arnaud Delmontel アルノー・デルモンテルのクロワッサンと、パン・オ・レザン

まずはクロワッサン。
常に食べているわけじゃないが、不思議なもので、食べると、ああ、これがクロワッサンと思わせる香りと味。
この香りで幸せになりますね。
一番オーソドックスなクロワッサンであるのだと思う。
パリのパン屋
もう一つは、パン・オ・レザン。
まずは、形がエスカルゴ型であるが、丸くなく、ちょっと四角い。
また、これが、レーズンの量がすごい。
黄色いクリーム部分の代わりに、すべてレーズンになったんじゃないか?と思うほどのボリュームだ。
好きな人には、たまらないだろう。
パリのパン屋
そのおかげで、甘さもフルーティな感じで、くどい甘さはまったくない。

ここは、雨の日に訪れたが、紙袋を、わざわざ、さらにビニール袋に入れてくれたので、大変助かった。
2015.12.14

ノワイヨン大聖堂のクロワートル

ノワイヨンの大聖堂脇に回廊クロワートルがあった。
そこが開いていて、中へ入れるらしい。
ノワイヨン
外界と隔絶されていなければならないのだろう。
こうした施設というのは、建築上無理難題と思われるような場所でなければ、こうして、別世界をつくる必要があったのであろう。
それは、どの宗教であっても、同じことなのだろう。
ノワイヨン
教会の壁面と、壁に囲まれた緑の地面は、神秘、憩い、そうしたものが混ざった独特の空間を作り出している。
もっと、大きな伽藍だったときの、廊下だったのか?
それとも、死者を祭るためのものだったのか?

たしかに、完全に囲まれた空間は、”ここ専用”であるから、その存在だけですでに特別になりうる。
重要な建物を結ぶ糸に囲まれたエリアであるから、なおさらのことだ。
もっとも大事な空間になる。
2015.12.13

ラグラッスの入り口にて

町の入り口に町の名前を表す石碑が立っていた。
ここはラグラッスですという意味ではない。
第一次世界大戦の町出身の戦没者の碑なのであろう、1914の文字が見える。
ラグラッス
どこの町へ出かけても、こうした石碑を見ることが本当に多い。
二次大戦のものより、一次大戦のものを見ることが多いのは気のせいか?
シャルルマーニュ大帝の3人の息子にフランク王国の領土が分割されてから、常に、独仏伊は戦い続けてきたのかもしれません。
今でも、面積も、人口も、経済も、見事に3分割されてますしね。
2015.12.12

コルマール サンマルタン教会の中へ

近づいて、広角で撮る。
あえて、塔を入れないで。
それでも、広角であると、ずいぶん歪んでしまうので、その分迫力には欠けてしまう。
コルマール
中に入って、身廊の写真をいつものように撮る。
多くのゴシックは、白っぽく、また、青っぽい柱であるが、ここは、中も暖色系。
装飾でゴテゴテした感じは少なく、装飾のない平らな壁が、温かみのなかに、清潔感を際立たせる。
コルマール
こうやって見てみると、プロヴァンス・コートダジュールの教会と、バスクの教会、ブルターニュの教会とアルザスの教会。
フランスの四隅にある教会は、それぞれ、まったく違った雰囲気を持っている。
それぞれ、フランスではなかった時代があるわけで、今の行政区分で、フランスとひとくくりにすることはできないのだと、あらためて思う。
2015.12.11

Rue Nollet ノレ通りの緑 坂

17区のパン屋さんで買い物をして、お昼を食べる公園を探しつつ歩いていると、建物の壁が一列に並ぶ通りに目を引かれた。
いろんな種類の壁が並んでいて、一部緑になっている。
そんな感じだ。
パリにある通りのうち、こうして、緑がのぞく通りは結構ある。
意識してこうなっているわけではなく、おそらく、こういうスタイルの住居が残っているということなのだろう。
パリの道
よく見ると、ここは坂道になっている。
パリ17区は、西に向かって下っている。
内側の8区も、中心に向かって下っているから、区の境界は、丘の稜線部分ということになる。
その丘の稜線沿いに、以前城壁を作ったということになる。

そんなことを思いつつ、坂であることを頭のなかに埋め込みつつ、公園探しは続く。
2015.12.10

リオン・シュル・メールの戦車チャーチル

町のはずれにバスターミナルがあった。
そこには、記念柱ともいうべきとがったオブジェがある。
これらのモニュメント自体が、上陸作戦50周年のもののようである。
リオン・シュル・メール
その脇には戦車。
そばに書かれた文言を読めば、これが、戦車チャーチルであることがわかる。

チャーチルといえば、大戦当時の英国首相の名。
ダービー馬のオーナーになることは、一国の宰相になるよりも難しい。
そう言ったという人である。
競馬ファンである自分は、そのイメージが強い。
エリザベス女王が来日したときに、行きたいところは競馬場といったとかいう話とセットのように覚えている。
リオン・シュル・メール
昔、ここから、軍馬が英国に渡った。
征服王である。
そして、戦車チャーチルが、数十年前にやってきた。

いまは、競走馬が、こちらから、あちらから、やってくる平和な時代となった。
戦車がやってくる前にも、競走馬は英仏海峡を行き来していたわけですけどね。
2015.12.09

パルドゥヴィツェ駅

中欧の地方都市の駅へ着いた。
レンガ色の重厚感と、スターリンゴシックというわけではないだろうけれど、旧共産主義圏らしい、角ばったデザインの駅。
パルドゥヴィツェ駅
このレンガ色は、駅のホームまで一緒。
ホームにある丸い部分は、椅子なのかどうか?
ただ、ここに座って列車を待つ人も結構いる。
パルドゥヴィツェ駅
駅には、切符売り場、トイレ、キオスク。
そして、チェコの地図。いやいや、形から、チェコスロバキア時代の地図だろう。
パルドゥヴィツェ駅
タイル絵のようになっている壁には、太陽が追う五蘊色に輝く時計になっている。
駅にとっては、切符売り場と同じぐらい重要な時計。
パルドゥヴィツェ駅
そういえば、この駅の名は、Pardubice hlavini nadrazi(パルドゥヴィツェ・フラヴニー・ナードラジー)となっている。
Praha hlavini nadrazi(プラハ・フラヴニー・ナードラジー)がプラハ本駅なので、ここはパルドゥヴィツェ本駅といえばいいのだろう。
この国では、中央駅じゃなくて、本駅と訳されるんですね。
2015.12.08

Le Petrin Medieval ル・ペトラン・メディエヴァルのフラン・ナチュール

少し、幅細で、パイ生地の薄いフラン。
所狭しと置かれているなかから、これを見つけ出すのは大変。
なにしろ、パンの色は皆似ているからだ。
フランありますか?で、お願いした。
ここは、量り売りのようであるが、値段は、他と特に大きく違うわけではない。
パリのパン屋
パイ生地が薄い上に、くどくないフランは、食べごろで、もう少し食べてもいいかな?と思わせる。
他のパンと店構え同様、上品なフランであると思う。
2015.12.07

ノワイヨン大聖堂の椅子

オルセー美術館に絵を見に行く。
椅子といえば、ゴッホを思い出す。
座る部分が編まれていて、正三角形が4つできている奴だ。
三角形の集まる中心部分は、少しへこんでいる。
教会の多くに、このような椅子が置かれている。
ノワイヨン
そういうイメージがあるが、実際のところは、ベンチシートもあるし、形は同じでも、座る部分が板になっているものもある。
最初に見た椅子が、ゴッホの絵のようであったから、そういうものだと勝手に思い込んでいるのかもしれない。

そもそも、教会の椅子の形がそれであるのなら、ゴッホは、どこかアルルの教会から、椅子を拝借してきたのだろうか?
きっと、ああした形の椅子が、一般的であったのだろう。

整然と並んだ椅子と、だれもいない教会。
パリには多くの教会があるが、ノートルダム寺院や、サクレクール寺院のように、人にあふれているところは少ない。
平日は、たいてい、わずかな人がいるだけだ。

ただ、だれもいなくとも、こうして、きれいに並んだ椅子と、大きな空間、そして、響く音を目の当たりにすると、少々背筋が伸びる気持ちになる。

ノワイヨンは、ゴッホの椅子だった。
2015.12.06

ラグラッスの裏通り6 Rue Paul Vergnes ポール・ヴェルヌ通りから

サン・ミシェル教会の壁とバラ窓が見える。
その手前の壁、壁、壁。
教会脇に立つ建物たちの壁で、教会の壁ではないが、これらが教会とともに、町ごと同化している。
ラグラッス
おそらくは、町は計画的に作られているであろうし、それは、こんなに小さい街でありながら、碁盤の目風になっていることからもわかる。小さな町にいながら、どこに自分がいるのか?すぐにはわからないようになっているのかもしれない。
実際、歩いていると、町の大きさを実感することはない。
小さな村というのは、あくまで地図上で思うだけのことだ。
2015.12.05

コルマール Place de la Cathédrale カテドラル広場にて

カテドラル広場に出て、教会を脇を通り抜けると、教会前に、小さな広場があった。
ここも、カテドラル広場の一部らしいが、この部分から、小さな通りも伸びている。
コルマール
その場所には、カフェやレストランが顔をのぞかせ、黄色に色づいた木陰となって、いい雰囲気になっている。
コルマール
ふと振り返ると、その紅葉の向こうに、壁が紅葉したかのような砂岩の教会の正面が見えている。
巨大寺院でなくとも、この狭い広場から望むと、高い高い塔。
下がって、下がって、広角レンズでようやくに収めることができる。
2015.12.04

ノートルダム寺院からオテル・デューの列柱を望む

ノートルダム寺院から眺めていると、中庭に面して、列柱の回廊が見えた。
ノートルダム寺院付近に観光に来ることがあっても、せいぜい、サント・シャペルやコンシェルジュリー。
シテ島に、こうした建物があるとは知らず、とりあえず写真を撮ってみた。
昇ってみなければ、気づくこともなければ、調べることもなかったろう。
オテル・デュー
ノートルダム寺院の前広場の脇に立つオテル・デューという、いわゆる病院。
オテル・デューというのは、あちらこちらの町にあるから、オテル・デュー・ドゥ・パリというべきなのだろうか。

直線的な建物や庭などが多いフランスではあるが、これはまた、ずいぶんと特徴的な直線美だ。
パッと思いつくところでは、パレ・ロワイヤルがあるが、なんだか、それ以上のインパクトである。

覗くように、望遠で撮ってみた。
2015.12.03

リオン・シュル・メールの風景

瀟洒な家々が並ぶビーチが終わるころ、向こうにコンクリートの岸が見えてきた。
段になったところに腰かけて釣りをする人々。
せかせかした時間は流れていない。
リオン・シュル・メール
まもなく、町は終わり、海岸を後にする。
海沿いの通りに街灯が並んでいるが、夜は、また、違った雰囲気を見せるのであろう。
2015.12.02

プラハ トラム博物館 切符売り場

トラム博物館にはいろんな車両が置かれている。
横が開いている車両。
プラハ トラム
どうやら、切符売り場のような雰囲気になっている。
ここに、列して、買って乗っていたのだろうか?
とすると、一度、車両を降りて、別の車両へ移動せねばならぬ。
プラハ トラム
券売所?の中は磨かれてピカピカ。
木でも、鉄でも、プラスティックでも、磨かれて清潔だと、とてもいいものに出会った気がしますね。
そもそも、この国の人は清潔好き。
ここも、いつも掃除されているのでしょう。
古いものが大事に残ってゆく国なわけだと、ここ見るだけで思いますね。
プラハ トラム
別の車両内部。
東急世田谷線でも、少し前まで木の車両がありましたが、今となっては、そのレトロ感がいい。
プラハ トラム
そういえば、カメラでも、ブラックボディが登場してもてはやされ、今度はシルバーがレトロな機械チックでもてはやされ・・。
変化しつつも、時代の好みはぐるぐる回る。