2015.03.31

ヴァンセンヌ城のドンジョンから2

昨日、今日と、うぐいすの泣き声を聞いた。
桜が一気に咲き乱れ、あっという間に、冬から春へ季節は移動した。
暖かくなると、歩きたくなる。
パリは、暖かくなると、一気に葉が開くイメージである。
葉の有無で、通りの風景が一変するからでもある。

日本は、やっぱり桜。
色の点では、日本の方が随分と華やかなイメージだ。

ヴァンセンヌ城の中で、最も宮殿らしい部分を撮る。
これは、ヴァンセンヌの森からも見えるアパート。
あの森にも、うぐいすはいるのだろうか?
ヴァンセンヌ城
こういう建物が結構すきなのだ。

一つは、壁のようにさえぎっていること。
一つは、きれいに並ぶ窓が、ながーい廊下という道をイメージすること。
一つは、秘密めいてわくわくする、屋根裏部屋が見えていること。

あのどれかの部屋を自分のものとし、隠れ場所を創造したい。
どこからが、大人で、どこまでが子供か知らぬが、嗜好は、全く変わっていない。
スポンサーサイト
2015.03.30

Saint-Côme-de-Fresné サン・コーム・ドゥ・フレネ村の海

アネル村から、アロマンシュへ移動中。
アネル村の隣村の海辺へ下りてゆく。
サンコームドゥフレネ
こちらは、散歩する人がちらほら。
近所の人たちなのだろう。
サンコームドゥフレネ
アロマンシュとの境にある、切り立った崖が見える。
あの丘を越えてゆく。
サンコームドゥフレネ
アネル村の隣であり、海続きであるから、ここからも、ノルマンディ上陸作戦の仮設港の跡が、きれいな海に浮かぶように並んでいるのが見える。
角ばった鯨のよう。
角ばった鯨は存在するわけもないけれど。
2015.03.29

Rue Vauvenargues ヴォーヴナルグ通りの幼稚園

モンマルトルの北西方面に伸びる通り。
ヴォーヴナルグ通りを南下して、モンマルトル方面へぶらぶら移動中。
フォークロアな雰囲気の建物に遭遇。
見れば、中央に、たゆたえど沈まずのパリ市の紋章。
エコール・マテルネル。
幼稚園のようである。
パリの道
よく、日本のアニメが海外で放送されているが、その中に学校のシーンも出てくる。
われわれにとっては、校庭や正門の向こうに建つ、四角い箱型の建物に、大きな時計というステレオタイプな学校建築のイメージはあるが、こちらでは、そうした雰囲気の学校は、あまり見かけない。

日本人の頭の固くなった大人の私にとっては、頭をよぎるようなことも、世界の子供達には、気にもされてはいまい。
こちらとしては、きになるから、こうした建物を見ると、撮りたくなるのである。
統一感ありそうな建物の多いパリ市内でも、教会と学校は結構独特の雰囲気を放つものが多い。
2015.03.28

コルマール Rue des Prêtres プレトル通り

スーパー併設のパン屋で買ったシュトロイゼルを立ち食いし、ぶらぶらと散歩開始。
美しい教会の屋根と、手前の建物のきれいに並ぶ窓の列が印象的で一枚。
コルマール
酒はあまり飲まない。
だからか?糖分はスイーツから摂取する。
シュトロイゼルの定番の形というのは知らない。
シュトロイゼルという名前のパンを買いたかったのではなく、カスタードクリームの挟まった、粉砂糖のかかった菓子パンをどうしても買いたくなったのだ。
パンの名前は、お店のラベルをわざわざ二度見しにいって、メモしておいた。
もう一度、どこかで、別の同名パンを食べ比べたいからだ。

通りを歩いている最中も、口の周りに粉砂糖がついていないか?服にカスタードクリームの塊がついていないか?心配になりつつ歩く。
なにしろ、想像を絶する不器用なのだ。
可愛げどころではない。
われながら、汚いという言葉こそ合う。
2015.03.27

ラン駅の風景

フランスの国鉄駅は、大抵、このパターン。
そういったデザインのラン駅。
GARE DE LAONの文字の字体も、その他の駅と同じに違いない。
中央にデン!と構える時計のデザインだけは、ここ独特のものかもしれない。
ラン駅
ケーブルカーに乗って、登るのではなく、下ってきた。
丘の上よりも、きっと、丘の下の方が物価が安いに違いない。
スーパーなんぞを探そうと思ったのである。

めぼしいお店は見つけられず、丘の反対側にある宿へは、バスで戻ることにした。
2015.03.26

アレ・レ・バンのバス停にて

リムーから、アレ・レ・バンまでのバスは、痩せてスラりとした日焼けしたおっちゃんであった。
無駄口は叩かず、淡々と仕事をするタイプの人間であるという、空気感。
まさか、もう一度、この運転手のおっちゃんと会うとは、このときは思っていなかった。
ともあれ、バスは、アレ・レ・バンのバス停に滑り込んだ。
アレ・レ・バン
ご覧の通りの山の中。
左側には、川が流れる。
オード川である。
10キロほど遡上してきたことになる。

川を渡れば、そこが、アレ・レ・バンAlet-les-Bainsの町である。
2015.03.25

プラハ城へ再び

トラムの紅葉トンネルを抜け、プラハ城へ再びやってきた。
今回は歩いて登らず、トラムで、である。
裏手の紅葉のトンネルをぬけたところから歩いてゆける。
これが、きっと、一番楽なのだろう。
プラハ城
北門というやつである。
裏門という雰囲気である。

雨が降っていたのだが、なんだか、雨の中、お寺の拝観に出かけてゆくような雰囲気なのだ。
雨の観光時の、あのけだるさというか、無言で、足元の水溜りを気にする感じで歩く。
下を向いていることが多いからか、世界中同じよな空気感に包まれるのかもしれない。

紅葉の谷の向こう側に、聖ヴィート教会がのぞく。
たしかに、お寺ではなく教会だけれど、拝観気分というのは、あながち間違いではない。
2015.03.24

ヴァンセンヌ城 ドンジョン壁画

ドンジョン内部の壁には、画がある。
十字があるのだから、教会のようでもあるが、形はなんだかフランすらしからぬ。
イタリアや正教のような雰囲気だ。
ヴァンセンヌ城
同じようなカラフルな絵が何枚かある。
どれもこれも、囚人が書いたのだとすれば、故郷の教会や、自身の祈りを絵にしたのか?
ヴァンセンヌ城
パリの街中で見る、自我を目一杯アピールしようという、落書き類とは、一線を画する雰囲気に満ちている。
2015.03.23

戦争という名の

戦争は、フランス語でラ・ゲール。
その名のつく看板が現れたので、一枚。
何のことかと思えば、どうやら、ここの集落の名前。

La Guerreであれば、ラ・ゲール。
ただ、最後のeの上に、アクサン記号がついているようにも見える。
そうであれば、ラ・ゲーレとなるが、下のサンコームドゥフレネ村のアクサン記号に比べると小さすぎる。
サンコームドゥフレネ村ラ・ゲール集落ということに頭の中ではしておこう。
ラ・ゲール村
第二次世界大戦以降についた名なのかわからぬが、それにしても、強烈な名前であるには違いない。
サウザンプトン通りとか、英国の地名がついているところもあるが、これはまた、ストレートな名前である。
2015.03.22

ノートルダム寺院からオペラ座を望む

ノートルダムの塔ならずとも、登れば四方八方の写真を撮りたくなるというもの。
ここもご他聞にもれず。
ただ、この場所。
歴史都市パリの中心地。
であるから、四方八方にそれぞれ、主な建物が見えている。
ノートルダム寺院
ラデファンス方面からすれば、右斜めというか、北西方向というか、登ってすぐの右斜め方向に大きなブルーの屋根が見えている。
オペラ座である。

望遠レンズで望めば、はるか先のイルドフランスの奥の丘陵地帯まで見える。
関東平野の新宿から、箱根の山々や赤城を望むようなものか?
おそらく、ヴェクサン地方の山々なのであろう。

それにしても、巨大な重量感たっぷりの青銅色のベレー帽である。
2015.03.21

コルマール駅 夜

コインランドリーは、夜8時ごろまでやっていた。
洗濯しても、まだ間に合いそう。
お客さんは、他に女性が一人。

その人は、洗濯は終わり、乾燥機を回すところだった。
女性は、洗濯物を乾燥機内に入れると、こちらを振り返り、質問してきた。

はっきり、聞こえないから、フランス語なのか、どこかの国の言葉だったのか?わからないが、身振りでは、このまま、コインを入れれば乾燥機が回るか?という質問のように見えた。

ここのシステムは知らぬが、おそらくそうだろうと思い、うなずいたが、果たしてそんな質問をしたのかどうか?
お金を入れるのは当たり前だからだ。
今になって思えば、乾燥機のロックがかからないけど、そのまま回していいのか?聞かれたのかもしれない。

駅前のコインランドリーだ。
こちらも、向こうも、観光客だったかもしれない。
コルマール
その帰り。
駅くぐって、線路の向こう側、ホテル側に出て帰っていった。
マンステールへ行く列車の時刻表などをもらっていこうと思ったのだが、静かだな!と写真を撮っているうちに、時刻表のことは忘れてしまった。
2015.03.20

Rue Saint-Martin ランのサン・マルタン通り

ランのサン・マルタン通りを歩いて行く。
向こうに教会の壁が見え、いい雰囲気になっていた。
教会の名前もサン・マルタン教会。
ラン
丘の西側へ向かい、そこを下って、裏手に宿へ帰るという道を採るつもりで歩いてゆく。
このあたりまで来ると、もともと観光客が多いという町ではないのだろうが、人自体も少ない。
2015.03.19

リムーからアレ・レ・バンへ

リムーの駅へやってきて、アレ・レ・バンへの切符を買う。
バスに乗れという。
ただそれだけだったので、外に出たのだが、それらしきバス停はない。
とはいえ、小さな町の小さな駅。
このあたりにいたら来るのだろうと待つことに。
リムー駅
バスなんだ!と思いつつ時刻表を見ると、リムーから先のキランQuillanまでの時刻表を見ると、9本中7本がバス。
すべてバスではないのが良く分からぬが、フランスではよくある。

ブルターニュへ行ったときも、ラニオンからサンブリューへ列車で行きたかったが、”バスの方がいい!”と、バスのチケットを売られてしまったこともある。

町外れに停車する列車よりも、街中へ入ってゆく車のほうが便がいいのかもしれない。

やがてやってきたバスに乗って、アレ・レ・バンへ向かった。
2015.03.18

プラハ5区散策 LIDICKA リディツカー通りを行くトラム10号線

その昔、パンテオンの地下にて、有名人の棺を見に行った。
かなり多くの人の棺が置かれているのだが、おどろおどろしい。
地下であるし、冷たい感じだし、暗いし・・・。
世界にも類を見ない、足のない幽霊にあふれる日本国からやってきた気弱な男には、一人でいるにもかかわらず、怖くない!と自分自身に強がらねばならぬ場所になるはずだった。

ところがだ、入り口で待っているうちに、トイレに行きたくなった。
ようやく時間になって中に入ると、トイレ探し。
しかし、どこにもない。
トイレを探しつつ、棺を見て周る。
途中からは、棺の部屋の名前を確認するだけで精一杯になるほど、猛烈にトイレに行きたくなった。
そうなると、怖いどころではない。
まるで、遅刻せぬように、駅へ向かって歩くサラリーマンと競走しているかのようなスピードで、パンテオンの地下を歩き回ったのである。
きっと、異様であったろうが、本人はそれどころではない。
プラハ
このプラハでも、トイレとカフェ探しの限界が近づいていた。
膀胱限界に近づいているときに限って、なんか、いい感じ!と写真を撮りたくなる。
トイレ探しで、首を振って風景を確認する回数が増えるからだろうか?

結局、メトロのアンジェル駅前にあったカフェに入ることになるのだが、トイレに行きたいにも波があり、その波が凪になった瞬間に、写真を撮る。

あわてるように写真に収めたが、思っていたほど感動的な画ではなかった。
センスのなさか、腕のなさか、トイレのせいか?は、わからない。

そうそう、パンテオンのときは、結局トイレが見つからず、我慢しきって、リュクサンブール公園前のマックへ行った記憶が残っている。
今は、パンテオンがきれいに整備されているから、中にトイレがあるのだろうか?
ご注意を!
2015.03.17

ヴァンセンヌ城のドンジョンから

ドンジョン上部から、町のほうを眺める。
見えている手前は、ヴァンセンヌ市の町並みだ。
この右手の方角に、ヴァンセンヌ城駅とヴァンセンヌ駅がある。
ヴァンセンヌ城
ヴァンセンヌ城駅はすなわち、シャトー・ドゥ・ヴァンセンヌ駅で、メトロ1号線の終点。
市内で普通に買う、カルネや切符でやってこられるゾーン1対象。
ところがだ。
ヴァンセンヌ駅は、RERのA線。これはゾーン2。

そもそも、ヴァンセンヌはゾーン2であるのだが、延伸したメトロだけは、そのまま乗れることになっていると考えたほうがいい。
また、普通の切符はゾーン1対象。
モビリスなどの1日券は、最小単位がゾーン1と2のため、勘違いしやすい。

実際、ヴァンセンヌ駅で、随分と昔に駅員に捕まったことがある。
ヴァンセンヌの駅で降りようと、カルネを突っ込んだら、自動改札がビーッとなって、係員に取り囲まれたのだ。

ゾーン2であることは知っていたが、ゾーン2までいけるものと勝手に勘違い。
ラ・デファンスはゾーン3だからいけないが、ゾーン2なら大丈夫と思い込んでいたのだ。

罰金は、どこまでもいける切符を何千円かで購入することでその場支払いだった。
当時は、通貨がフランだったが、100フランだったか200フランだったか?
1フラン25円であるから、何千という罰金であるには違いない。

そんなことをつい思い出す眺めであった。
2015.03.16

アネル村からアロマンシュへ

県道514号線。
この通りの名前が、Avenue de la Liberation リベラシオン大通りである。
解放通りという名である。
アネル村
紺とベージュの背景の、ノルマンディー1944 Overlord l'Assautは、ノルマンディ上陸作戦、オーバーロード作戦のルート案内となる。
全部で8コース。
オーバーロード作戦のルートはその一つ。
ノルマンディ上陸作戦の戦地跡では、たびたびお目にかかる印である。

アロマンシュまで、ざっと3キロの道のりではあるが、途中一気に登る。
ここを、歩いて、アロマンシュを目指す。
2015.03.15

Rue des cloys クロワ通りの窓達

平らな鉄枠を壁にはめ込み、そこにガラスをさらにはめ込んだというような壁面をフランスではよく見かける。
ここは青だが、黄緑だったり、赤だったり、黄色だったり。
日本にはないセンスで、フランスらしいといえる。
日本にはないセンスであるが、おしゃれ!とは決して思わぬ。

ひとつ、うらやましいといえば、窓がでかいことだ。
アトリエ建築なんかでも、一般の家庭に比べて窓がでかい。
でかいから、太陽の光が、部屋の隅々まで燦燦と注ぐ。

もっとも、このクロワ通りのこの壁面は北窓であるから、太陽が・・・とは行かぬが、開いているだけでも随分光がとれるだろう。
パリの道
随分昔に、アパート探しに付き合ったとき、同じ敷地内に、南向きと東向きの棟があった。
まずは南向き。
これは、特に何も感じることがなかった。

その後、東向きの棟へ。
中へ入ったとたん、一番最初に思ったことは、寒い!
ひんやりとするのだ。

太陽の恐るべき力を知ったといっていいし、東と南では、こうも違うのかと実感することになった。

南玄関に、南窓がいい。
そんな風水があったような気がする。
ただ、占い的要素はともかく、暖かいということは、それだけで人の気を充填してくれる。
自然、気持ちがポジティヴになれば、免疫力も上がるし、楽しくもなる。
太陽光という明と暖は、フランス人ならずとも、好きになるはずだ。

日本の場合、夏は暑すぎるけれどもね。
2015.03.14

コルマール散歩

コインランドリー探しの散策途中。
教会の壁だったか?
教会だったと思うのは、ステンドグラスと大きな扉の所為であるが。
コルマール
夕暮れ時。
生活観あふれるママチャリ2台。
ママチャリを見かけることも少ないから、ママチャリ大国からきた自分としては、よりいっそうの生活観を感じるわけだ。
自転車のサドルのビニールが、どこの国も、考えることも価値観も、同じ範囲なのだという安心感すら沸く。
2015.03.13

Rue Vinchon ヴァンション通りの扉

撮りたくなる主題に、通りにある自転車もそうなのだが、古い扉もその一つ。
自転車に比べると、扉はどうも撮りづらい。
雰囲気のよい、ガレージの扉と壁の写真などをよく見るのだが、自分でファインダーから覗くと、画がイメージできていないことに気がつく。
いい雰囲気だなぁとおもうのだが、いい画にできない。
腕のなさと感性のなさに嘆くばかりである。

ふと、横を見ると、歴史的建造物マークが壁についている。
これも、一応入れておこう!
かくして、扉とマークという、主題2つの何を撮りたかったかわからぬ一枚ができあがる。
ラン
壁のプレートに”le petit val saint-pierre”と書かれている。
valというのは、泉でいいのだろうか?
サンピエールの小さな泉ということになるのか?
建物自体は12世紀のものらしい。

このような、エアーズロックばりの丘であるから、重要なものは水源となる。
なにしろ、川から運んでくるのは大変だし、囲まれたら、水不足で降伏せざるを得ない。
為政者にとって、水源は今も昔も重要な項目である。
それゆえ、こうした、豪勢なたてものに泉があったのか?
valの意味が、その水源たる泉であった場合であるが・・・。

パリも、どうやって市内へ水を引くか?が重要な課題であったようだ。
その引かれた水は、今もある各広場の噴水の水にもなる。
だからこそ、噴水は、飾るべきものであったに違いない。
たんなる美的センスだけではない。
豊富な水を、ここの為政者は管理しているのである!ということであったのだろう。
2015.03.12

リムー 寸景

ポンヌフ越しにサンマルタン教会を臨む風景。
ちょうど、後陣部分が川側から見え、尖塔も見える。
古いリムーを実感する場所かもしれない。
リムーの観光用のマークには、教会の塔があるが、この教会のものなのだろう。
パリで言えば、エッフェル塔にあたるのだ。
リムー
観光局で、市内地図と、Alet-les-bainsアレ・レ・バンの資料を手に入れ、その、アレ・レ・バンへ向かうため、駅に戻ることにした。
2015.03.11

プラハ マサリコヴォ駅にて

欧州の駅というのは、どうも、とんがり屋根が多いように思うがどうなのだろうか?
ドイツは丸かったから、モネのサンラザール駅の絵に引っ張られたイメージなのだろう。
トタン屋根のようなのも、フランスと似ているか?

そういえば、日本の大きな駅の屋根はどうだったろうか?
ほとんどは、引込み線ではなく、通過駅。
外に存在し、複数ホームを覆うような屋根があまりない。
昔の東横線は、このイメージに近かったが、今はない。
プラハ マサリコヴォ駅
駅には、多く人が待っているが、おそらく、乗るべき列車が入線し、番線が表示されるのを待つのであろう。
何時何分に、何番線に入線し、何時何分にずれなく発車してゆくのは、日本だけである。
日本は、何の表示もなくとも、その時間にその場所のその扉の入り口で場所取りできるのである。
フランスでも、表示と共に人々の大移動が始まる。
プラハ マサリコヴォ駅
ホームへ行くと、ほとんど人影はない。
全くの寂しい光景が広がるが、ホームは単なる通路でしかない。
プラハ マサリコヴォ駅
青と赤の車体は、チェコの国旗カラーであるから、この国の車両であるのだろうか?
ここは、近郊行きが多いのであろう。
国際列車の停まるフラヴニー駅よりも、わずかに街中に位置している。
2015.03.10

ヴァンセンヌ城 ドンジョンのデザイン

ドンジョン内部は、いかにも古い。
部屋の中央に、さらに古い感じの太い柱が立っている。
その太さゆえか?ぼろさゆえか?とっても気になるので、根元部分を撮ろうと思ったら、ファインダー越しの床が結構かわいらしかった。
ヴァンセンヌ城
柱の上を見上げると、これも、椰子の木デザインなんですかね?
ゴシックではよく見かける、こうもり傘をいくつも広げたような、天井になっている。
ヴァンセンヌ城
柱の根元や、傘の骨の付け根部分のゴテゴテさが、なんとも頼りなく、古さをかもし出している。
こうもり傘。
そうそう、椰子の木というより、こうもりに似ているかも。
2015.03.09

アネル村の風景 丘を望む

アネル村のビスケットは手に入れた。
バスで戻ることもできるが、相当待たねばならない。
もう一度、海を見て、それから、アロマンシュを目指すことに。
アネル村
海にでて、アロマンシュの方向を見る。
あの丘を越えた向こうに、アロマンシュの町があるはずだ。
もちろん、バスで越えてきているのだから、ざっとの距離感と道筋イメージは沸いている。
アネル村
見えているのは、アネル村とアロマンシュの間にある、いくつかの村である。
さて、行きますか。
2015.03.08

ノートルダムの塔からラ・デファンスを

塔の上部へ出る。
まずは、見えるとところを見渡し、手すり部分に鈴なりになって他の人たちち一緒に写真を撮りまくる。
確かに、人数制限、時間制限がなかったら、こんな風に写真が撮れないに違いない。

正面の大きな屋根がグラン・パレだ。
ということは、その右側をシャンゼリーゼが通っているということ。
その先には、凱旋門があるのだが、そんなことは気にしていなかったから、エトワール凱旋門は右側に半分切れて鎮座している。
中央、グランパレのフランス国旗を取り囲むように、新凱旋門が見える。
これを中心に、パリの巨大城壁のように、高層ビル群が立ち並ぶ。
ノートルダムの塔
まさに、パリのデファンス(防御)であるかのごとく。

東京で言えば、新宿に当たる。
ラ・デファンスはパリではないが、パリの円が山手線程度であるから、その西側にあたる西新宿とラ・デファンスの位置関係は似ている。
新宿には凱旋門はないが、2つの巨大な塔を持つ大聖堂(都庁)はある。
2015.03.07

コルマールのコインランドリー探し

コルマールへ着いた。
ようやくにして宿に入った。
パリでは最後が忙しく、洗濯しているひまがなかったので、とりあえず洗濯をしたい。
コインランドリーを探したが、なかなか見つからない。

どうも、旧市街とは駅を挟んで反対側にあるようだ。
コルマール
アンテールマルシェという、大型スーパーの脇を抜け、駅の裏手へ回る。
すると、通り正面に教会が見えていた。
その脇から、広告塔と一緒に一枚。
2015.03.06

ラン大聖堂のバラ窓

バラ窓を撮ろうとすると、下から見上げる形になることが多い。
遠くのバラ窓を狙うと、すべてが入らない。
それでも、ここのバラ窓は、手前にパイプオルガンがあり、内陣の装飾があり、なんとも厳かな、沈む夕日のように佇んでいた。
ラン大聖堂
同じゴシック初期のものでも、ノートルダム寺院などは、16方位に円が広がっているが、ここは12方位。12個の円が並んでいる。
2015.03.05

リムーの通り

雨の中歩きつつ、写真を撮ってゆく。
1枚目は、Rue de la Gare駅前通りといえばいいか。
駅まで通じる通りではないが、名前が変わって、駅方面とはつながっている。
リムー
こちらは、通り名不詳。
雨だからか、通り名の写真を撮らず、後でといっているうちに、どこだかわからなくなってしまった。
たいして歩いていない街中だから、グーグルマップのストリートビューでも見ていたら、見つかるかと思ったが、小さな町といっても、そう甘くはない。
リムー
リムーでは、ポンヌフかこの通りの雰囲気が良かったと感じただけに、名無しになってしまったのは、残念。
2015.03.04

プラハ Benediktskáベネディクツカー通り

スーパーで食材を買って、アパートに帰ろうとしたとき、雨に降られてしまった。
強い雨だったが、すぐに止んで、その隙にアパートへ帰ろうと建物内にある通路をぬけて、外に出たところ。
ベネディクツカー通りが、雨にぬれて光っていた。
その光景が、いい雰囲気だったので写真にとって見たのだが、何がいけなかったのか?何の変哲も内写真が撮れていた。
プラハ
この道は、スーパーとアパートの近道であるから、何度も通ったのだが、韓国人の若者の団体と会うことが多かった。
オールド・プラーグ・ホステルというユースホステルがあるから、そこを利用している人たちなのかもしれない。
そのサイトを検索してみたら、韓国語と中国語の案内はあるが、日本語はない。
直行便が飛んでいる韓国人にとっては、プラハが有力な海外旅行先なのかもしれない。
2015.03.03

ヴァンセンヌ城のドンジョンへ登る

中央に円柱4本を支柱とした、四角い塔がそびえるヴァンセンヌのドンジョン。
そこを城壁が取り囲んでいるのだが、門側は、一段高い塔になっている。
そこへ階段で登る。
どうやら、人間にとって、上とか高いという概念は、ポジティヴであることが多い。
洋の東西を問わず、登ることができるのは、限られた人間だけだった場所は多い。
ヴァンセンヌ城
ということで、一般庶民の私も、階段があれば、そこへ登る。
登ってみると、中央の塔の上にフランス国旗が翻っている。
きれいに、たなびいたときを狙って、写真を撮ろうと思うのだが、なかなか風は都合よく吹かない。
ヴァンセンヌ城
下々の世界をのぞいてみると、そこには、橋が。
その橋の両端の、半円の踊り場は、まるで、鼻の穴に見える。
かなり、鼻息荒い感じである。
一度、人の顔だと思うと、人の顔以外には見えなくなってしまうのだ。

いや、写真見せた全ての人が、顔に見えないと言ったけれどね。
2015.03.02

アネル村である必然

アネル村の海辺にベンチがいくつか並んでいる。
おそらく、地元の人の憩いのベンチであろうと思われるが、詳細はわからない。
アネル村
ベンチの向こうに海という、地名もわからない絵葉書にありそうな構図を撮る。
どう撮ったらいいのかわからないが、画角を変えて撮ってみる。
アネル村
画はできたけれど、絵葉書にするほどかどうかは?
女性や、お年寄り、子供など絵になる人が座っているか?
ベンチそのものが、ベンチらしくない可愛い色で塗られているか?
そうでもないと、全くインパクトがない。

その上、これは、アネル村であろうが、どこであろうが、なんの必然もない写真になっている。