2015.02.28

コルマール ウンターリンデン美術館 中庭の主題

修道院や、教会等の付属の回廊。
道好きにとって、回廊は、わくわくする世界感にあふれている。
その場所そのものが、外の世界と隔絶されて、秘密の空間になっていることが、想像を掻き立てる。
大抵、エキゾチックな雰囲気をたたえ、回廊ろいう道も静寂に包まれる。
しかも、人工という、人社会からは完全に隔絶されていないところも、心をくすぐるのである。
コルマール ウンターリンデン美術館
そんなわけで、多くの人同様、回廊に出会えば、必ず写真を撮る。
撮るのだが、満足いくものは、全くといって良いほどない。
どう撮ったらいいのか?
どう撮っても、どう切り取っても、うまい具合にいかない。
そもそも、回廊のかっこいい写真の具体的イメージが浮かばないのだ。
コルマール ウンターリンデン美術館
どうやったら、この空気感を切り取れるのか?
それがわからないから、レンズを変え、ピントを変え、レンズの向きを変えやってみるのだが、ファインダ越しで既に気に入らない。
コルマール ウンターリンデン美術館
そうこうしているうちに、膨大な気に入らぬ写真の山の前に、撮ることをあきらめるのである。
もっと多くの、いろんな人の写真を見て、勉強しなければ、自分の脳だけでは、想像も創造もできぬに違いない。
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2015.02.27

ラン ケーブルカー

ランの丘は大きい。
なんだか、エアーズロックがもう一つここにあるのではないか?と思わせる。
もちろん、駅からみても、南に丘がそびえるようにだけ見えるが、平地にポツンと丘があるようになっているのだ。
ラン ケーブルカー
おそらく、昔の人は、ここを神秘的な場所だと思ったに違いない。
モンサンミシェルしかり、ドル・ド・ブルターニュのモンドルしかり。
自然のままなのに、いかにもの姿で存在していれば、霊的なものを感じるのであろう。
そんな丘へは、ケーブルカーが出ている。
駅前から途中一つ経由して、上へ登ってくる。
ラン ケーブルカー
フランスらしいところといえば、tulという文字。
Transports Urbains Laonnois(ラン市交通局)とでも言えばいいか?
とにかく、この国は、頭文字を取った略があふれている。
こうした、つなげると何のことかわからぬ文字が多いことは多くのフランス人も承知しているようである。
ただ、TULは、十分想像の範囲内であろうから、これは、わかりやすい部類であろう。
2015.02.26

リムーのサンマルタン教会

ポンヌフからも見える、共和国広場からみ見える古い塔を持つ教会。
どこかで見たような教会だと思ったら、そう、トゥールーズのサンセルナン教会を思い出す雰囲気の塔。
南西フランスらしいといえばそうなのだろう。
リムー
個人的には、レトロな時計が、遺跡といっていい建物につけられているところに目が行った。
建物はレトロどころじゃないが、どちらも古いことには違いあるまい。
リムー
教会の中に入って写真を撮ったのだが、時計どおりの朝9時半雨天。
光足りずに、ブレブレが多かった。
リムー
そういえば、このステンドグラスも、どの程度古いのか?
そんなことを、ゆっくり見ていることもなかったなぁと、少々後悔。
リムー
古いがきれいにされているパイプオルガン。
教会の建築についてよく知っているわけではないが、パイプオルガン、ステンドグラス、祭壇と祭壇画。
これが、内部に存在する美術品として、よくガイドブックに取り上げれれる3点だ。
外で取り上げられるのは、建築様式、塔、ファサード(正面)とその彫刻だろう。
2015.02.25

プラハ トラムの夜景

プラハ城に夜景を撮りにいく。
歩いて坂を上らず、今回は、トラムで北門付近まで登っていった。
プラハ
雲が面白い感じだったので、写真を撮ろうとしたのだが、夜に動くトラムを撮るのはやっぱり大変だった。
近くで撮ろうとすると、シャッタースピードが遅すぎて、被写体がぶれてしまう。
少々離れたところから近づいてくるのを撮って何とか4台目ぐらいに、何とか成功。
トラムをおりてから、しばらく、駅にとどまることになってしまった。
2015.02.24

ヴァンセンヌ城の王の散歩道

塔の外を囲む外郭部分に入る。
廊下になっているのだが、屋根作りもしっかりしている。
そう簡単に崩れ落ちるような構造にはしていない。
ヴァンセンヌ城
ドンジョンの外郭と王のプロムナードとなっている。
内容は詳しく見てはないのだが、この城壁をぐるりと回ってくるのが、王の散歩道なのであろうか?

だとすると、王にとって、何の意味があったのだろう?
重要な囚人を見て溜飲をさげることであったろうか?
それとも、塔と城を守る兵を鼓舞するためであったろうか?
いやいや、中世の高層マンションであったこの塔と、地上の双方を眺めて、王が満足していたのかもしれない。
そう考えると、内側に向かう窓は、囚人監視などという無粋のためではなかったかもしれない。

残念ながら、この突き当りの先へいくことはかなわなかった。
2015.02.23

アネル村の風景 ビット

暇な時間に、あれやこれやと写真を撮ってみる。
いかりをひっくり返したような、これは、船を繋留するロープをかけるビットなのだろうか?
アネル村
とても、揚陸部隊の船をつなぎとめておくようには見えないし、上陸作戦時に、コンクリートが固まってくれるのを待っていることもできぬから、英軍のものではないだろう。
もちろん、敵に塩を送る必要もないのだから、ドイツ軍のものでもないのだろう。
きっと、戦後の代物に違いない。
アネル村
ベンチに座りつつ一枚とってみたが、奥に見える、戦争の港の残骸が見えたほうが、アネル”らしい”と思い、もう一枚。
オブジェを見つけては、写真を撮って時間を使ってゆく。
2015.02.22

ノートルダム寺院の塔へ登る2

グルグルと階段を登っていく。
写真をとりながらだから、皆に抜かれて最後方につける。

さらに登ってゆくと、独断推測”メキシコ人”のおばちゃんが、息を切らして立っていた。
赤いセーターに白いズボン全身が揺れている。
二段をまたぎつつ、背中を壁に押し当てつつ、先にどうぞ!と手を回す。

激疲れであるようだが、顔は笑っている。
中南米の明るさか?旅行の楽しさか?
ノートルダム寺院
先に上ってゆくと、あっという間に外に出た。
先には、パリの街が広がっている。
800年前のゆるキャラがパリを見下ろしている。

メキシコのおばちゃん、わずかに登れば、パリが見えるよ!
2015.02.21

コルマール 自転車のある風景

先週の写真と、全く同じベンチから、なんとも横着な写真を撮り続ける。
いいと思ったときにとりあえずシャッターを切る。
同じベンチの上で、荷物を脇に置き、パンを食らい続けながら、写真を何枚も撮るのである。
コルマール
とにかく、人の多い場所。
人のいない瞬間に、パンを片手に持ったまま一枚。
運河と自転車の写真であるが、その向こうに見える、とんがり屋根の建物が、ウンターリンデン美術館である。

あの美術館の荷物預け所に、スーツケース類を預けて、観光する手があるわ、と観光局で控えめに言われたが、美術館のクロークにスーツケースやら、重たいカメラバッグとパソコンリュックを預けて、びっくりされる顔を見る勇気はない。
旅の恥はかきすてとも言うが、小心者なりに、心地よく一日が過ぎてゆくこともまた大事なのだ。
小心者にとって、常に納得がいく状態でいることが、ストレス減につながるのである。

それにしても、車輪のオレンジの反射板。
日本では、あまり見かけなくなったような気がするけれど、フランスでは随分と見ますね。
2015.02.20

ランのサンマルタン教会遠景近景

城壁から、教会が見える。
大聖堂ではないが、結構大きな教会だ。
ラン
街中のメインストリートはズーッと西へ歩いてゆくと、教会が現れる。
どうやら、これが、南の城壁から見えていた教会だとわかる。
ということは、丘の上のメインストリートは、弧を描くように曲がっているということだ。
それで、城壁の右手に、建物群がみえたのだと納得。
ラン
この教会の辺りまで来ると、町はずれの雰囲気が漂い、空が広くなる。
空き地が多いのだ。
最終的には、18世紀ごろには完成しているようだが、これも、ゴシックである。
細いとがった塔がファサード、それとは別に、二つの大きな塔を持っているから、結構大きな教会だといえる。
2015.02.19

リムーの道標

観光局へ向かう途中、偶然見慣れない道標に遭遇。
Chemin(シュマン)といえば、道である。
通りとなると、rueが主流。
リムー
おそらくは、この道、ブドウ畑の見えた、丘へ向かっているのだろう。
街中ではないため、cheminという表記になっているのだと思われる。
そういう意味では、パリでは見かけないわけだ。
2015.02.18

プラハのトラム マサリコヴォ駅前にて

とにかく、多くのトラムの写真を撮りたい。
車体でも、トラムのいる風景でも。
そうは言っても、訪れてみたいところも多いから、トラムの写真だけを撮って日をつぶすこともできない。
そうなると、乗り換え時か、散策時の"一期一会"が主となる。
プラハ トラム
マサリコヴォ駅前で、トラムを乗り換える。
レトロな雰囲気の抹茶カラーのトラムがやってきた。
先頭にアドレスが書かれているから、そのラッピング広告車体なのだろう。
ラッピングのグリーンが、レトロ間を増幅させる。
2015.02.17

ヴァンセンヌ城の塔2

橋を渡って、ドンジョンエリアに入る。
塔が、壁に守られているのだ。
いざというとき、ここに籠城できるとともに、とらわれの囚人には、二つの壁を越えねばならぬという制約が課されることになる。
ヴァンセンヌ城
周りの城壁部分を上がってゆくと、城壁と中央の塔が橋で結ばれている。
脱出するのなら、ここを渡る算段を考えれば、ピンチの数は少なくなるのかもしれない。
ヴァンセンヌ城
それにしても、外側だけに対してではなく、内側に対しても開口部のある城壁。
まるで、囚人を見張るかのようだ。
2015.02.16

アネル村の遺構たち

村の沖合いに、鉄板のような、コンクリート片のようなものが、海に浮かんでいる。
いや、置きっぱなしにされているというのがいいのだろう。

長い年月がたっても、動いた形跡もないのだから、よほど頑丈なのであろう。

詳しくはわからぬが、上陸作戦時の港の替わりをしたもののようだ。
たしかに、あそこからこちらへは、浅瀬が続き、大きな火器類を積んだ船は接岸できぬ。

あそこから、揚陸船はともかく、大きな兵器は、意味の只中を進んでいったのか?進むための橋や道を仮に作ったのか?
アネル村
世の中が、物騒でなくなったわけではないが、ここは、美しい、青い海岸を取り戻している。
ただ、目の前に人という動物の歴史の厳然たる事実が、残っているのである。
2015.02.15

Boulevard de Clichy クリシー大通り1

クリシー大通りという、18世紀にパリの境界線の城壁があった通りである。
ここで、パリに入る人から、金をとっていたというわけだ。
ブールヴァールというのが、その城壁跡にできた通りなわけだが、いくつかに分割されて、通り名が出来ている。
そのなかでも、このクリシー大通りというのは、クリシー広場から、途中グギッと東へ折れ、巡礼者の山(モンマルトル)へ登る、巡礼者通り(マルティール通り)まで続く。
パリの道
この大通りは長い。
様々な顔を持つ。
その、一番の西端が、クリシー広場。
クリシー広場といえば、映画館があったような・・・と記憶にあるのだが、実際は、クリシー大通りに存在している映画館。
個人的には、この映画館がランドマークのようなイメージとして、頭にこびりついている。
それだけのインパクトのある、映画館のファサードなのだ。
2015.02.14

コルマール Quai de la Sinn シン河岸通りから

もうちょっと調べてくるべきだったかな?
そう思わせるほどの広さに、美しい町並みが広がっている。
旧市街に入れば、どこもかしこも、美しい町並みが広がっている。
コルマール
訪れた最初から、トラブル続き。
不思議だが、トラブルの多い場所へは、再び訪れることが多い。
やり残した感がその理由かもしれない。
十分満喫した。そう思ったら、もう出会うことはない。

宿に入れず、ある意味無為に時間をすごした初日のコルマール。
無為という優雅であればいいのだが、ホテルに入れないというのは、大きな引き連れ物を転がしての移動。
重い腰にスーツケース大の鍵をつけられたようなものだ。

ウンターリンデン美術館、スーパーモノプリ等々が集まる町の中心地。
その脇を流れる運河沿いのベンチに、その他大勢の観光客と共に腰を下ろし、町を眺める。

ドミニカン教会のとんがり塔をバックに、いかにもアルザスらしい、かわいらしい町並みが、据えられたように広がっている。
2015.02.13

ラン大聖堂にて

音楽祭が毎年秋にランで開催されるようだ。
昨年で26回を数えている。
訪れた時は24回目の準備中。

大聖堂の前にはトラックがとまり、様々な荷物を運び入れていた。
ラン
大聖堂内部は、パイプオルガンの下に、オーケストラの席が出来、椅子は、おそらく、常とは反対方向を向いて並んでいる。
折りたたみ椅子が追加されているところが、いかにも、コンサートといった感じ。

6月の音楽祭のときも、パリのあちらこちらの教会でコンサートが行われるが、大聖堂というのは、新たに建てずとも、歴史的建造物の劇場が建っているようなものなのであろう。
2015.02.12

リムーの共和国広場から

アーケードの商店街に囲まれた、かわいらしい広場が、リムーの中心である。
ここで、お茶したり、パンを買ったりしつつ、観光局へ向かうための時間をつぶす。
リムー
少しづつ明るくなってきた空。
曇天の下に、サン・マルタン教会の塔が見えている。
2015.02.11

プラハ Na Bělidle ナ・ビェリドレ通り

トラムを降りて、プラハ5区の端っこに入った。
散策しようと思ったが、トイレにも行きたい。
カフェを探しつつ歩くことに。

トラム駅前に一軒あったが、他にはないのか?
そう思って、この通りに入ったら、なにやらカラフルできれいな通りだったので、一枚。
プラハ
結局、ぶらぶら、この界隈を歩いてが、見つからず、トイレも待ったなしとなり、駅前へ戻ることに。

パリと同じヨーロッパの街並には違いないけれど、色とごつごつ感が違う。
カラフルなのは、南仏みたいだが、ロンドンはパリより重量感があり、ここは、パリより軽やか。
そんな印象を持つ。
2015.02.10

ヴァンセンヌ城の塔

ちょうど、サントシャペルと対を成すような位置に、塔が立っている。
donjonドンジョンという。
ドンジョンは、ダンジョンのことであろう。

ゲームでダンジョンと言えば、迷宮、迷路、暗い、怪物の住処・・・。そんなイメージがある。
はるか昔にやった、ドラクエとか、ファイナルファンタジーでは、そんな感じだったと記憶している。
自分の勝手なイメージだと、旅で訪れるDonjonは、大抵、塔である。
牢屋であったり、見張り塔であったり。
ダンジョンとドンジョンは別物ではないのだろうか?と思ってしまうが、おそらく、一緒だ。
ヴァンセンヌ
教会の塔のようではなく、円柱か四角柱で、ずんぐりむっくりとした煙突のイメージだ。
ヴァンセンヌのドンジョンも、そのイメージであるのだが、周りを壁と堀に囲まれ、相当防御能力が高そうだ。
何かあれば、最後はここに逃げ込む。そんな雰囲気もある。
2015.02.09

アネル村のビーチにて

ビスケット屋は開かず、パン屋も閉まり、お昼時、手持ちの食べ物が無い状態で、時間をつぶすのは大変である。
こうなったら、気に入った風景を片っ端から、カメラに収め、アネルの海を撮りまくることにした。
アネル
遠浅なのだろう。
白い波が見えるところは、膝が出てしまいそうな深さに違いない。
ただ、ノルマンディといえば、干満が激しいのだろうし、波は強いのかもしれない。
2015.02.08

ノートルダム寺院の塔へ登る

ノートルダム寺院の塔に昇り始めた。
最初は中々動かなかったのだが、動き出すと拍子抜けするぐらい中に入ることが出来た。
階段を昇って行くと、お土産部屋へ。

と、どうやら、ここからが長い。
このお土産部屋が待機部屋だったのだ。
ここで、かなり待たされたが、待っていれば、暇つぶしにあれやこれや見てしまうし、ついつい買ってしまう、そんな人も多かろう。
この待機所は、そういう意味で、フランスの経済に貢献しているし、すばらしい仕組みとなっているのである。
ノートルダム寺院
しばらくして、昇り始める。
お土産屋は、帰りは経由しなかったと思うから、ここで手に入れておくほうがいいのかもしれない。
もっとも、地獄の昇りはここから始まるわけだけれど・・。

途中、金網越しにパリの街が見える。
サンジャックの塔と、ポンピドゥーセンターが目印になっている。
この真下の通りに列を成して皆さん待っているのである。
2015.02.07

シャルトルに別れを

雨がやんだ。
今なら、もう一度、遠くからシャルトル大聖堂を眺められるかも。
そうおもって、シャルトル大聖堂の前から、一路、桜井公園付近を目指した。
ところがだ。
桜井公園まで来たら、雨になってしまった。
シャルトル
もどろうか?とも思ったが、せっかくだったので、そのまま強硬で近くのお気に入り緑地へ。
木の下から、雨に煙る大聖堂を撮る。

観光客なのか?車できているおじいさんがいたが、スーッと行ってしまった。
歩いて戻るしかない。
小ぶりになった中、坂を下り、ウール川を渡り、大聖堂の脇を昇り、雨宿りしつつ、駅へ向かう。
写真で言えば、大聖堂の右側を抜けるルートである。

傘が無く、諦めて、ずぶぬれになりながら、坂を登る外国人カップルもいた。
こちらは、決して無理をせず、小ぶりのときだけダッシュをくりかえす。
濡れるのはかまわないが、カメラは濡らしたくない。

結局、駅が近くなると、雨は、きれいにやんでしまった。
シャルトルを後にすることになった。
2015.02.06

ランの城壁の上から2

こちらは、ランの丘北側。
現在は、こちらが丘と町のメインゲートということになる。
ラン
フランスらしい、畑の延々広がる風景。
南は森が広がる。
フィンランドが森と湖なら、フランスは、森と畑の国である。
ラン
望遠で臨むランの国鉄駅は、まるで、Nゲージの鉄道模型の様相。
赤茶けた、延々と並ぶ、いつ動くとも知れぬ貨物列車が、うっすらと見える。
暗いのは、丘の北ゆえ、丘の影に入っているのだ。
2015.02.05

リムーのポンヌフ

駅から町へ向かうにはオード川をわたる。
中でも、古めかしい橋が架かる。
ポンヌフ。
この橋から見える対岸の雰囲気が、気に入って一枚。
リムー
パリのポンヌフは、ポン(橋)ヌフ(新)という名前なのに、パリで一番古いと話題になるが、こちらのポンヌフは、もっと古い。
どうやら14世紀頃、木製から石造りに作り替えられたのだそうだ。
たしかに、ポンヌフなのである。
2015.02.04

プラハ5区散策 ナドラージュニー通りより

ヴァーツラフ広場付近でトラム14号線に乗って、適当に進む。
迷子にならぬよう、メトロ駅アンジェル駅付近で降りる。
まあ、地図とにらめっこしつつ、頭の中の地図と、手元の地図と、風景を重ね合わせつつ、どこで降りられるのか?のスリルもまたいい。
目的は大してない。
適当にこのあたりをぶらつき、そして、適当なところからトラムに乗って帰るというだけのことだ。
プラハ
トラムがひっきりなしに現れる交差点。
ナドラージュニー通りから、シュテファニコヴァ通り方面を眺めると、なかなかトラムと町の雰囲気がいい。
メトロ駅もあるし、ショッピングセンターもあるので、人はもトラムの間隙を縫って、道を渡ってゆく。
2015.02.03

ヴァンセンヌ城 サント・シャペルの階上へ

パリのサント・シャペル同様、ここのサントシャペルも脇の階段から階上へ上がれる。
上がると、2階部分が現れ、まばゆいステンドグラスの部屋が現れるわけではない。
バルコニーのような部分から、階下を眺められるというものだ。
ヴァンセンヌ城
正面の美しいステンドグラス以外は、いわゆる、無地の白いガラスがはまっているだけだが、それが、ここのチャペルをかわいらしい清楚な雰囲気にしているといってもいいのかもしれない。
ヴァンセンヌ城
天井には、金色の文様が描かれいている。
KとCのアルファベットにも見える。
Fはフランソワ1世でNはナポレオン。
Kに見える部分は、Kではなく漢字の”水”のようになっているのかもしれない。
梁で見えないのだ。
水の字であれば、XとIを重ねたものになる。
ヴァンセンヌ城
パリと違って、訪れる人はもちろん、登ってくる人も少ないから、あれやこれやのアングルで撮ってみるが、どれも大して変わりはない。
ヴァンセンヌ城
そろそろ、降りて、別の場所へ移動するとしますか。

2015.02.02

アネル村 ノルマンディ上陸作戦

この界隈は、ノルマンディ上陸作戦のゴールドビーチにあたる。
海岸には、その決行の日、1944年6月6日が刻まれている。
アネル村
海の先には、上陸時においていかれた残骸が、遠浅の海に突き出ている。
その作戦の解説が、書かれた案内板。
上陸作戦の舞台へ行けば、海に向かって、こうした解説図が置かれていることが多いようだ。
アネル村
あまりにものどかで、このあたりは、観光客もほとんどいない。
海辺でたそがれる人が数人と、おそらくアロマンシュから、レンタサイクルでやって来る人が数人。
風に吹かれて、想像してみるが、とても、想像できない。
2015.02.01

Rue Ferdinand Flocon フェルディナン・フロコン通りからのサクレクール

メトロ12号線のジュール・ジョフラン駅から程近い坂道。
雰囲気のいい坂道の多い、裏モンマルトルであるが、今回はサクレクールの見える通り。
パリの道
坂道というには、ゆったりとした登りで、急坂の多いモンマルトルにおいては、平坦な印象を受ける。
この道を行けば、突き当たりの6差路に出る。
左には、以前紹介した、昔ながら風な雰囲気のパンのパン屋さん、オ・パン・ダンタンがある。
パリの道
翌日、お昼を手に入れに、そのパン屋へ向かっている途中。
前日、撮った写真が、夕方で逆光だったので、もう一枚撮っておこうと思い立った。
随分、色違うものであるが、夕方の光の向きと色が、立体的で印象的だなと思うのである。