2014.12.31

2014年 今年も一年ありがとうございました!

今年も一年、ありがとうございました。
パリ
大きな交通事故も目立つ一年ではありましたが、来年、平穏な年になりますよう祈りつつ、新年を迎えたいと思います。
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2014.12.30

ヴァンセンヌ城 ルポートの時計

さて、雨宿り。
門へ向かう人たち。そして、地下鉄の駅へ、木々の下を抜けて向かったのは、先週の通り。
ヴァンセンヌ城
そこで、振り返ると、木々の間から時計が見えていた。
たそがれ時だったろう。
振り返った時計は、木々の向こうで、哀愁を放っていた。
大きな木の下は、あまり、雨が当たらない。
そこで、カメラを取り出して一枚。

基本、こんなときは、写真を撮るのが億劫だ。
ああ、いいなぁ!
でも、カメラ出すの面倒くさいなぁ!
常に、このせめぎ合い。
ヴァンセンヌ城
このときは、この一瞬を撮っておかねば!という気持ちが勝って、カメラを取り出した。
こういうときのためには、一眼よりも、コンパクトカメラが、機動力で圧倒する。
撮るという行為を後押ししてくれるのだ。
ヴァンセンヌ城
さて、偶然撮った、その時計。
よくよく見てみると、LEPAUTE 1768と刻まれている。
ルポート1768製ということなのだろう。

この時計、この時代の時計職人のルポートさんのものらしい。
このルポートさん、エコールミリテールにも、パリの市役所にも、時計があるのだそうだ。

時計のついた歴史的建造物。
それだけだったが、文字盤のちょっと、気にしてみることにした。
重たい一眼だけ持っていたら、ルポートさんと250年の時を越えて、出会うことはなかった・・・としておく。
2014.12.29

バイユーのノルマンディ戦争博物館

バイユーといえば、タピスリー美術館に世界遺産がある。
他にも、もうひとつ、博物館がある。
それが、戦争博物館である。
バイユー
このバイユーという土地は、ノルマンディー上陸作戦が行われた海岸へのアクセスの中心地だ。
駅前から、上陸作戦の有名地点へ行ける。
そして、このバイユーにも、戦争の博物館が設置されている。
バイユー
上の戦車は、米軍のタンク・デストロイヤーM-10。
下の戦車は、英軍のチャーチル・クロコダイル戦車。
バイユー
米軍のものは、自走砲だそうだ。
少し離れた敵を攻撃するからなのだろう、砲身が少し上を向いている。
英軍のは、歩兵を乗せる戦車。
いかにも頑丈そうな面構えで、近い敵を駆逐してゆくような砲身の向きだ。

訪れている人は、アメリカの人が多いように感じられる。
祖父が従軍したという人たちもいることだろう。

あたらし戦の博物館が作られず、ここが、歴史博物館となってゆくことを願いたいものだ。
2014.12.28

Passage de Danzig ダンジグ小路のアトリエ

ダンジグ小路を歩いていると、すぐに、この古めかしい、なんとも雰囲気のあるアトリエ建築が見えてくる。
古い歴史的建造物の工場ともいえそうな重量感にあふれる建物だが、窓の大きさが、アトリエだと教えてくれる。
パリの道
開いている窓の奥は、想像できるわけではないが、多くのアトリエ建築は、そこにあるだけなのに対して、ここは、今、稼動していることが開いている窓から十分に伝わってくる。
出てくるのは人の匂いだ。
パリの道
写真を撮ってみて、通り過ぎてから、振り返る。
反対側から見たらどんな雰囲気か?と。
すると、その、窓から人が、身を乗り出してのぞいていた。
煮詰まった空気から、逃れ出るように、外の空気を吸っていた。
2014.12.27

シャルトル ウール川散策続く

さて、シャルトル中心部に戻ってきた。
外から見るシャルトル大聖堂もいいのだが、やっぱり雰囲気のよい、ウール川沿いの散策が、一番だ。
お気に入りの本を持って、しばらく、ここで時間を費やすような、余裕のある旅がいい。
シャルトル
夜景のときも、いろんな顔を見せてくれるが、水と緑と人(建物)という取り合わせが、自然と生活を感じて、もっとも、われわれ”人”にとって、落ち着く空間になる。
シャルトル
緑のジャングルでも、大海原でも、落ち着かない。
ここには、安心安全という、ある意味確実な、ある意味錯覚の何かが、都市動物を落ち着かせてくれるのだ。
2014.12.26

Ruelle du Pavillon des Oeuvres ランのパヴィヨン・デ・ズーヴル小路にて

ランの城壁通りから、内側のほうへ、石畳小路が伸びている。
ふと見ると、意味ありげに立っている小さな子供がいる。
ラン
画になると、カメラを構えて、写真を一枚撮った。
そして、目をカメラから離すと、子供は消えていた。
変わりに、消えていた色が、浮かんできた。
ラン
この小路に、通り名表示はない。
パヴィヨン・デ・ズーヴル小路とは、後で地図から探したものだ。
道ごと地図上から消えていたらどうしようか?と思ったが、それはなかった。
2014.12.25

カルカッソンヌ城壁散策

びっくりするぐらい、外側に人がいない。
キャンプファイアーの準備のように、木々が組まれているところを抜けてゆく。
イベント会場なのか?
こんなところで、ゆっくりしていたら、城壁に縦にあく細い穴から、矢が飛んできそうである。
カルカッソンヌ
さすがに、裏手の日陰に入り、向こうに建物が見えるようだと、完全に圏外を歩いているようで、入ってはいけないところを歩いてしまっているような感覚にとらわれる。
カルカッソンヌ
壁は人を守らず、人が城を守っているとは、よく聞くものの、欧州の城壁は、街ごと包むことが多い。
いわゆる城主が住むお城を囲む壁と、これらの壁の出所が大きく違うのだ。
街を囲む城壁であるからこそ、民主主義というものが、根付きやすいのかもしれない。
2014.12.24

黄金小路を抜けて

旧王宮のテラスから、プラハの街が見えた。
黄金小路を抜けると、同じように、プラハの街が見えるテラスがある。
こちらは、とある建物のテラスというわけではなく、プラハ城の端のテラスといった趣だ。
多くの人が身を乗り出して、写真を撮る。
前の人が撮り終わるのを待つ人も入る。
プラハ
遠くに見えている塔は、テレビ塔だ。
中央駅の向こう側にある。
ということは、むこうから、同じような大きさで、プラハ城が見えているということになる。
プラハ
紅葉とプラハの街を眺めたら、とりあえず、昼間のプラハの城と別れて、下ってゆくことにする。
2014.12.23

ヴァンセンヌ城を通り抜けて

このときは、ヴァンセンヌ城の中を通り抜け出来た。
通り抜けて、メトロ駅へ向かうことが出来たのだ。
いつも通り抜けられるのに、気がつかなかったのだろうか?
ともかく、通り抜けられるなら、常とは違う風景を見学していこう。
すると、雰囲気のよい黄昏が、そこにはあった。
ヴァンセンヌ城
この日は、特別に無料で公開していたようなのだ。
ところが、この時点で夕方。
あちこち見学するには、残り時間が少ない。
そう思って歩いていたら、急に雨が降ってきた。

足早に、門へ駆け込む人々。
雨が微妙に小止みになったと思った瞬間、何人かの人々と同じように、駅の階段へ走ってゆく。
木々の下を縫うように。
2014.12.22

バイユーのシャノワーヌ通りから

Rue des Chanoinesシャノワーヌ通り。
大聖堂からノルマンディ戦争記念博物館方面へ向かう道である。
ちょうど、大聖堂を斜めから見る形になる。
バイユー
多くの大聖堂があるが、正面に道があるもの、斜めに道があるもの等々、街々で違うから、撮れる写真も違ってくる。
ここでは、この斜め通りから見る大聖堂が、最も道になじんで雰囲気が良いように思われる。
バイユー
レンズを付け替えつつ、いろんな写真を撮ってみる。
こうしてみようか、ああしてみようか・・・。
どちらも撮っておいて、後で、パソコンで見てみようと思うと、真ん中を抜いてみたり、下部を撮ってみたり。
そして、だんだん、雑になる。
バイユー
撮っているときに、ストーリーやテーマが浮かんでいないようではだめだな!
そんなことを、帰ってから思うわけだが、そうした感性に乏しい頭では、なかなか、現地でそうは行かない。
まるで、作業をこなすように、ここと、ここを撮っておく。

このパターンと、このパターンをとりあえず・・・。
このレンズと、このレンズでとりあえず・・・。
この位置と、この位置でとりあえず・・・。
2014.12.21

Rue Baudelique ボードリック通りから見るサクレクール寺院

パリ18区の散策の楽しみは、かわいらしい、絵になりそうな小路を探すこと。
18区というより、モンマルトル散策という言葉がピッタリだ。
他にもある。
それが、サクレクールを探せ!である。
ユトリロの絵になった道を探せも良いかもしれないが、これは、上記2つの双方にまたがるテーマだ。
パリの道
メトロ4号線。北駅やバルベスの先、クリニャンクールへ向かうメトロ4号線の終点手前の駅サンプロンを降りたところ。
ここを地上に上がると、サクレクールが顔をのぞかせている。
パリの道
下の写真が、ちょうど、その駅から上がったところ。
オルナノ大通りから、ボードリック通り越しのサクレクールを見たところ。

実は、前日に、一度、ここの写真を撮ったのだが、逆光で、思ったイメージで撮れなかった。
翌日朝、もう一度訪れてみた。

パリにシャルルドゴール空港から、RERでやってくると、最初は、左側にサクレクールが見える。
列車は、そのあたりで、急激に右カーブし、サクレクールは左側の車窓へ移動する。

それが、初めてのパリの風景であることが多い。
その、北側から見たサクレクールが、ほぼ、この通りから眺める方角と一致する。
2014.12.20

シャルトル ウール川からの夜景2014

シャルトル光の祭典のイベントは、ウール川沿い散策が、メインの一つ。
以前載せたアルファベットデザインのライトアップの橋が、顔デザインに変わっていた。
2014年バージョンである。
シャルトル
実は変わったのは橋だけではなかった。
遠くに見えるシャルトル大聖堂も、以前は黄色く浮かんで見えるだけだったのに、いまは、青や緑にライトアップされている壁面が、こちら側からも確認することができる。
年々、盛んに、年々派手に演出が進んでいるのだろう。
2014.12.19

ラン大聖堂の塔

パリのノートルダム寺院と同じ頃の建築なのだ。
とすれば、ゴシックの教会の中でも前半のものということになろう。
12世紀から13世紀にかけて造られたものだ。
ラン
同じ時代に、東大寺の南大門や、鎌倉のお寺など、日本にも多くのすばらしい建築が誕生しており、いやいや、日本も建築では負けていないという感じもする。
鎌倉時代から、室町時代にかけてのゴシック全盛期は、日本でも、中尊寺や、金閣寺などの寺院建築があると思えば、日仏共に、宗教建築花盛りだったということだ。
ラン
さて、大聖堂の塔。
スッカスカなイメージ。
少し細目のろうそくで、塔の柱が造られているような感じがする。
これほど、スカスカな塔を持つ大聖堂は見たことがない。
それがまた、とても印象的で、脳裏に焼きついて離れないのである。
2014.12.18

カルカッソンヌの城壁散策2

城壁に西日が当たる。
外壁と内壁の間に、狭間の影が並ぶ。
円柱の塔に、円錐屋根が見える。
カルカッソンヌ
さらに外壁部分を眺めてみると、シンデレラ城要塞版といおうか、要塞にしては、随分とおとぎチックな外壁が美しい。
内外の壁に囲まれた、外周通路は、よく話題にするビー玉ころがし型になっている。
こうなると、歩かずにはいられない。
カルカッソンヌ
こうして眺めてみると、道というのは、広場と違って、歩く場所を限定される。
道は、一つの秩序なのだと理解できる。
獣道というのもあるが、そうなると、獣も、秩序の元に行動していることになる。

道徳という単語の、深い意味での道、道路という単語の単なる道。
軽重二種類の道という意味が存在しているのだと、勝手に想像していたが、どちらも秩序という意味においては、同一なのだ。
ビー玉は秩序立って転がってゆくのである。
道好き、道の風景好きというのは、秩序好きということになる。
2014.12.17

カフカの家

プラハ城に、黄金小路というのがある。
こんな道に入るのに、チケットが必要なのか?とおもったら、改札があった。
とにかく、人人人で、そう簡単に写真を撮らせてもらえない。
おっ、すいた!と思った瞬間に、シャッターを押す。
プラハ
さて、カフカの家は、22番地なのだそうだ。
上の写真の左側の青いやつだ。
それにしても、小さい家が並ぶ。
カフカ自身が、苦労して、この家に入っているうちに、変身を思いついたんではなかろうか?
虫になって、この家に入っていったのではなかろうか?
そう思いたくなるほどの小ささだ。

大男の多いこの国で、これほど小さくする理由はなんだったのか?
オランダ人は随分頭をぶつけたのではないか?

ともかく、この家と変身は、年代的にも、全く関係ないようである。
プラハ
もまれるように、黄金小路を歩き、カフカの家に入り、延々と各家をまたぐ上の廊下を行き来し、黄金小路の出口から、吐き出されるように、外に出る。
からしチューブのからしになったような気分になる。
そういう意味では、変身した気分を味わえるのである。

上の写真は、カフカの家に似た、近所の家である。
19番地であるが、19でも22でも、まあ、大差ない。
こちらの方が近づいて写真を撮りやすかったのだ。
2014.12.16

ヴァンセンヌ城を経由して

ヴァンセンヌの森はパリ市であるが、ヴァンセンヌはヴァンセンヌ市である。
小さな町であるが、そのなかに、このお城がある。
森と通りを挟んでいるから、ヴァンセンヌの端っこにお城があることになる。
ヴァンセンヌ城
お城へは、行ったことがない。
ヴァンセンヌの森に用事があり、帰りに、メトロ1号線の終点、シャトー・ドゥ・ヴァンセンヌ駅へ向かうときに、脇を通過するだけなのだ。
森への用事は、ヴァンセンヌ競馬場か、パリ花の公園こと、パルクフローラルに行くかどちらかである。
ヴァンセンヌ城
メトロの1号線で行けるお城は、ルーヴルとここヴァンセンヌの二つがあることになる。
メトロでいけるから、パリ市内みたいな感覚である。
そんな、通りすがりのお城へ、訪問するきっかけができて、訪れることになったのである。
2014.12.15

バイユーレース

たしか、カンは金、バイユーは黒のレースだったと思う。
そんなことが書いてある、レースの本を読んだのだが、きっかけは、アランソンの訪問だった。

アランソンと日本にある観光局で行ってみたら、レースという単語が返ってきたので、てっきり、ルマンにも近いことだし、車かバイクのレースだと思っていた。
それほど、服飾のほうのレースについては無知だった。

dentelleという単語は、ダンテルとカタカナで書くが、ドンテルと言うほうがしっくりくる。
この単語も、アランソンを訪問したから、覚えたといって過言ではない。
バイユー
金のレース、黒のレース云々の記事を読んだので、バイユーを訪れる際は、レースの何がしかを見たいと思っていたのだ。
もっとも、その程度で、底から深く掘り下げているわけではない。
見た目は、まったく、レースから程遠い、おっさんでしかないが、物事の縁と、顔かたち性別は関係ない。

大聖堂の目の前、その博物館がある。
博物館というか、レースのお店といった趣だ。
もうちょっと、基本的なこと、勉強しておいたほうが良かったかな?
黒に金に程度じゃ、へぇーっとながめるだけが精一杯であった。
2014.12.14

Quai de la Marne マルヌ河岸通りから、クリメ通りの可動橋を

ラヴィレット方向から、マルヌ河岸通りを歩いてくる。
対岸のオワーズ河岸通りを歩くことが多かったのだが、反対側にくると、それはそれで、景色が違う。
パリの道
こちら側はユダヤの人が多かったようなので、ユダヤ人街があるのかもしれない。
そんななか、ユダヤの人だろうか?
黒い服に、ハット。
少々歴史ある橋の階段の上、向こうには、19区の近代的な画。
いろんな国の人が、いろんなシチュエーションで、パリの風景に溶け込む。
これも、また、パリの魅力かもしれない。
東京より、はるかに小さな街だが、東京より、はるかに国際的なのだ。
2014.12.13

シャルトル Rue des Écuyers エキュイエール通りの坂道

シャルトルの街は、正直迷路のようだ。
丘があるから、坂道も多いのだが、また、カーブも多い。
微妙にカーブしてゆく道が多いと、方向感覚が狂ってくる。
南に向かっているのか?北へ向かっているのか?
大聖堂の位置は、あっちなのか?こっちなのか?
シャルトル
シャルトルの町の中心部から、下ってゆく坂道、サンピエール通りを左に折れると、この石畳の道へやってくる。
古い、木組みの家に、赤いゼラニウムがかわいく咲いていた。
下りきると、ウール川近くへ出られるのだ。
2014.12.12

ラン Rue des Cordeliers コルドゥリエ通りの猫

メインストリートの一本裏である。
この通りを抜けると、最終的には、メインストリートに吸収される。
ラン
そのメインストリート方面へ向かっているときに、雰囲気が良いので一枚。
すると、左の通りから、猫が現れた。
いかにも、猫が出てきそうなところで現れ、こちらを見ている。
ラン
「こんにちわ」
近寄って話しかけてみたものの、完全に無視。
おまえには用はない・・のだそうだ。
2014.12.11

カルカッソンヌの城壁散策

散歩するには、中の人が多いということもあって、城壁沿いをぶらぶら探索する。
城の壁が、実質、城を見ていることになるのだから、言わば、城壁が、ここのメインであるとも言える。
カルカッソンヌ
狭間が延々と続き、この城が、防御の堅い要塞であることがわかる。
矢を射るだけではなく、物も落とすことが出来るようになっている。
すくなくとも、ロワールの古城というイメージとは、対象にある。
ロワールの中であれば、アンジェの城のようである。
カルカッソンヌ
壁を2重になっており、銃眼のような穴も開いている。
城壁間にも、相当の人が詰められるし、物資も置いておける。
一つ破られたところで、壁と人海戦術が効きそうな構造で、そう簡単に攻め落とすことはできそうにない。
2014.12.10

プラハ城のカフェ前にて

初めて東欧へ行った時は、ベルリンの壁崩壊直後だった。
そのときのブダベストは、本当に物価が安かった。
チェコがどうだったのか?はわからないが、少なくとも、現在、物の価値が著しく違うということはない。
プラハ城
プラハ城内に、カフェがあった。
古い建物前で、雰囲気は悪くない。
ここでは、コーヒー一杯400円程度だったような。

ベルリンの壁崩壊直後のブダペストのマクドナルドで、ビッグマック2個とコーラ大を頼んでも200円程度だったような記憶がある。数日後に訪れた、スイスでは、ビッグマックが1000円以上だった。

物価が、徐々に平均化されていくことは、地球が実質小さくなっていってるのかもしれない。
人は、それを、良し!とだけしておくことが出来るのかどうかは疑わしいのだが・・・。
2014.12.09

ラ・デファンス 新凱旋門 夜景

夜散歩で、ラ・デファンスを下から、上へ登ってきた。
左は、ラ・デファンスのショッピングセンター、レ・キャトル・タン。
レ・キャトル・トンと書いたほうが、しっくりくるのだが、それは、また別の話。
ラ・デファンス
水辺に映る新凱旋門のシンメトリーを撮ろうと思ったが、風の所為だろうか?微妙に水面が揺らいでいた。
出来た当初はともかく、ズーッとそこにあると、完全に地球になじんでくる。
そんな存在感がありますね。
2014.12.08

バイユーの2つの通りから

お腹が空いたので、といっても、レストランで飯を食うわけではない。
街中、すなわち、生活圏のお買い物ゾーンへ出かけて行き、パン屋を探すのである。
フランスで、安、旨、早といえば、パン屋に勝るものなし。

昼を食べたら、また、歩いて、大聖堂方面へ。
途中、のぞく大聖堂の写真を収めながら。

Rue Laitière(レティエール通り)
大聖堂の真ん中の塔が見えている。
教会謹製のチーズでも作られていた通りだろうか?
バイユー

Rue des Cuisiniers(キュイジニエ通り)
こちらは、正面の塔を横から眺める通り。
レティエール通りのお隣である。
教会ではなく、お寺なら、精進料理の店でもありそうなものだが、地元有名コックさんが軒を連ねる通りだったのだろうか?実際に、レストランがいくつかあるのだ。
バイユー
石畳の道を、教会前のレース博物館目指して、歩いて戻ってゆく。
2014.12.07

Passage Charles Albert パサージュ・シャルル・アルベール

パリのパサージュ。
そう聞けば、パリ2区界隈の、屋根つきのおしゃれなお店の並ぶ細小路を思い浮かべるのが常だ。
パサージュというフランス語カタカナの響きには、そのニュアンスが含まれる。
おそらく、ガイドブックの影響が大きいのであろう。

パサージュであるから、パス(通過)するだけの通路である。
必ずしも、パサージュと名がつくから、オシャレアーケードとは限らない。
アーケード街でない、パサージュの方が圧倒的に多いのだ。
おそらく・・、数えていないけれど。
パサージュには、二つの意味があると考えたほうがいいのだろう。
パリの道
この近くを通りかかったら、この道から、土木のおっちゃんたちが三々五々、この通りから出てきた。
入り口付近には、石が随分積み上げられていた。
どうやら、この小路の整備をしているようだ。

石畳のかわいらしい道なのだが、工事中のため、道は少々埃っぽく、左右の路肩より一段下がった状態になっている。
どんな風に、ここが改修されるのかわからないが、できれば、石畳のまま残ってほしいものだ。
左右の緑と、そこから、花が咲いているのがチラリと見える。
その雰囲気にそぐわぬ、真っ黒なアスファルトになりませぬように!とついつい思った次第である。
2014.12.06

シャルトル 北のバラ窓のライトアップ

シャルトル大聖堂北側のバラ窓のライトアップだ。
青いシャルトルブルーのライトアップになっている。
また、かわいらしいのが、このバラ窓の円の周りを、画が周って動いてゆくのだ。
まるで、時計のように。
シャルトル
ライトアップそのものとは、全く関係ないのだが、この青色、すごく落ち着くのである。

赤いセロハンを通したようなライトが、バラ窓に映っていることを考えていただけると、なんとなくイメージできる人もいるのかもしれない。

ああ、青は、精神的に落ち着く色なのだ。
だから、駅や、少々治安の悪いところや、安眠にはブルーがいいという話があるのだ。

そんなことを、妙に納得してしまった、シャルトルのバラ窓ライトアップであった。
個人的に、このブルーが好きなだけかもしれませんが・・・。
2014.12.05

ランの丘散歩

夕刻だったと思うが、再び、ランの丘を登る。
同じ急坂を登ってゆくのだが、ゴールがわかっているから、少々余裕がある。
ショートカットの歩道急坂を登りきったところで、ランの大聖堂の写真を一枚撮る。
ラン
この大聖堂は、まるで、廃墟になったかのような、空間あふれる塔。
いったい、壊れているのか?完成形なのか?

2014.12.04

カルカッソンヌ サン・ナゼール大聖堂

Basilique Saint-Nazaire
サン・ナゼール大聖堂という大きな教会が、シテ内にある。
多くの人でごった返している印象だ。
教会の中は暗いイメージだった。そんな記憶がかすかにある。
人が多くて、そう長い時間いないまま、出てきてしまったからかもしれない。
カルカッソンヌ
その暗い場所で撮影した、ステンドグラスの写真は、どれも、ブレブレ。
この写真もぶれているのだが、唯一、見られる状態で撮られていたもの。

明るいレンズを持ち歩いていたとは思うのだが、集中しないで、適当に撮っていると、帰ってきてから、ブレ写真のオンパレードに気がつくのである。
とにかく、写真が撮りづらかった記憶があるので、暗い印象を持ったのかもしれない。
2014.12.03

プラハ 聖イジー教会のフレスコ画

方や、聖ヴィート大聖堂には、ミュシャのステンドグラスもある見所満載の巨大教会建築。
こちらは、その向かいに立つ、小さな教会。
インパクトは、明らかに、大聖堂に譲る。
プラハ
大聖堂の後に入ると、こじんまりと感じられる教会だけれど、実際のところ、そんなに小さな教会ではないのだろう。
フレスコ画があちらこちらの天井に描かれている。
プラハ
色も、まだきれいに残っているといっていいのだろう。
こんなに多くの画がある教会で、フランスで見たのは、コクトーの南仏や、ミイ・ラ・フォレのチャペルたち、コアラズ村の青のチャペル、藤田の礼拝堂などだろうか?
プラハ
祭壇画やそれが壁に描かれているのであれば、フランスでも結構見るのだが、この教会はフレスコ画が多いほうだろう。
ガイドブックを持っていないから、誰のいつの・・・などは全くわからないが、皆が写真を撮っているので、こちらも、撮らずに外に出ることは出来なくなる。
プラハ
外観は、赤の目立つ教会だけれど、お気に入りは、右側の屋根。
古いアンティーク湯飲みをひっくり返したような形。
中国趣味のようにも感じられる、うろこ屋根。
2014.12.02

ラ・デファンスのトラムの掃き出し口

トラム2号線延伸話の続きである。
ラ・デファンスは、丘の地下に駅がある。
それが、トンネルから外へ出てくる場所がある。
ラ・デファンス
地下鉄が外へ出てくるかのようだが、地下鉄ではない。
もともと、外を走っているのである。
ラ・デファンス
ラ・デファンスというのは、交通の要所になっている。
メトロ1号線の終点であり、RER-A線が平行して走っている。
ここまでは、よく観光などで使う。
それ以外に、このトラムと、その上を走る国鉄がある。
国鉄は、サン・ラザール駅と、サンクルー、ベルサイユ方面などを結んでいる。

上も下も、どちらも一つ画面に写るまで待ってみたものの、我慢できず、降参。
片方ずつの写真になってしまった。