2014.03.31
シャルトル ウール川沿いを行く3
川沿いを散策していると、可愛らしいお店も出てくる。
これはレストランであろうか?
このときはやっていなかったけれど、ツギハギ風に、窓枠にあわせてカーテンの柄を替え、よりレトロに見せている。
古い木組みの家に合わせた、かわいらしいトータルデザインということなのだろう。

レースであっても、柄というより、絵を見せるといったものが多い。
窓は、単なる光採りじゃなくて、中から、外へ見せるディスプレイ意識が、この国の人にはある。
夜、見て!とばかりに、ライトをつけた自慢の部屋を見せてる人も多い。
”中は見られたくない”意識は東アジア的なのかもしれない。
たしかに、単に遮蔽してしまうだけのカーテンじゃ、面白くないもんね。
これはレストランであろうか?
このときはやっていなかったけれど、ツギハギ風に、窓枠にあわせてカーテンの柄を替え、よりレトロに見せている。
古い木組みの家に合わせた、かわいらしいトータルデザインということなのだろう。

レースであっても、柄というより、絵を見せるといったものが多い。
窓は、単なる光採りじゃなくて、中から、外へ見せるディスプレイ意識が、この国の人にはある。
夜、見て!とばかりに、ライトをつけた自慢の部屋を見せてる人も多い。
”中は見られたくない”意識は東アジア的なのかもしれない。
たしかに、単に遮蔽してしまうだけのカーテンじゃ、面白くないもんね。
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2014.03.30
サン・ドニ大聖堂正面にて
2014.03.29
Fos Saint-Julien フォ・サン・ジュリアンから男子修道院の尖塔を望む
Fos Saint-JulienのFosが、フォなのか?フォス?なのか?
意味は何なのか?
調べてみてもわからなかった。
通りの種類にはちがいなかろう。Fos Saint-Julienが、この通りの名なのだから。
いずれ、わかるときもくるに違いない。
次に、カンへ行った時に、観光局で聞いてみる手もある。

その大通りから、男子修道院の頭が見えるのが印象的だった。
逆光になってしまい、白っぽくなってしまう時間帯だったけれど、必ずしも、順光の時のほうがいいとは限るまい。
風景は出会った瞬間が吉日。
それでも、通り名と、順光写真を、次の宿題として、いずれ訪れた時に、課題をやろう。
そう思っていれば、訪れるチャンスが巡ってくる。
意味は何なのか?
調べてみてもわからなかった。
通りの種類にはちがいなかろう。Fos Saint-Julienが、この通りの名なのだから。
いずれ、わかるときもくるに違いない。
次に、カンへ行った時に、観光局で聞いてみる手もある。

その大通りから、男子修道院の頭が見えるのが印象的だった。
逆光になってしまい、白っぽくなってしまう時間帯だったけれど、必ずしも、順光の時のほうがいいとは限るまい。
風景は出会った瞬間が吉日。
それでも、通り名と、順光写真を、次の宿題として、いずれ訪れた時に、課題をやろう。
そう思っていれば、訪れるチャンスが巡ってくる。
2014.03.28
エヴォルの家々
2014.03.27
Quai d'Oise オワーズ河岸通りの散歩
2014.03.26
アミアンの菜園 オルティヨナージュ
2014.03.25
プラハ ティーン教会夜景
2014.03.24
シャルトルのバラ窓続
2014.03.23
サンドニ大聖堂へ行く前に
2014.03.22
平等院鳳凰堂と肩を並べるカン城
2014.03.21
エヴォルの谷
曲がってゆく村はずれの通りの先に、畑らしきものも見える。
日本では、田舎というのは、あまり良いイメージではない。
田舎者といえば、蔑視が含まれることも多い。
フランスの場合、田舎は必ずしも否定的ニュアンスではない。
パリに住みつつも、いずれ田舎暮らしをしたいと思っている人も多いのだそう。

どちらが良いか?というのは愚問であるが、何故違うのか?というのは、面白い。
その一つに国土の形がありそうだ。
六角形で、なだらかな土地の続くフランスは、どこへ行くにも、行きやすい。
それに比べ、高い山々に中央部分をさえぎられた、細長い列島、海にさえぎられた島々に住む我々は、交通が不便だ。
もちろん、現代日本は世界に冠たる技術で、高速移動手段があるわけだが・・・。
田舎が、閉ざされた、隔離されたイメージのない、フランスでは、自ずとそんなイメージに繋がるのかもしれない。
日本では、田舎というのは、あまり良いイメージではない。
田舎者といえば、蔑視が含まれることも多い。
フランスの場合、田舎は必ずしも否定的ニュアンスではない。
パリに住みつつも、いずれ田舎暮らしをしたいと思っている人も多いのだそう。

どちらが良いか?というのは愚問であるが、何故違うのか?というのは、面白い。
その一つに国土の形がありそうだ。
六角形で、なだらかな土地の続くフランスは、どこへ行くにも、行きやすい。
それに比べ、高い山々に中央部分をさえぎられた、細長い列島、海にさえぎられた島々に住む我々は、交通が不便だ。
もちろん、現代日本は世界に冠たる技術で、高速移動手段があるわけだが・・・。
田舎が、閉ざされた、隔離されたイメージのない、フランスでは、自ずとそんなイメージに繋がるのかもしれない。
2014.03.20
ジュ・ド・ポーム国立美術館
2014.03.19
アミアン サン・ルー教会の裏手散策続く
2014.03.18
プラハの共和国広場の前で
2014.03.17
シャルトル散策 ウール川沿いを行く2
シャルトル大聖堂の観光客に比べると、圧倒的に人が少ない。
御大は、観桜バスでやってくる団体さんも多いから当然といえばそうだ。
こちらへぶらりとやってくる観光客は、パリから鉄道で訪れるか?車で訪れるか?一泊するか?
そんなところなのだろう。
静かな散歩道は、ベンチもあるが、座れないということもない。
ところどころに、船着場なのか?洗濯場なのか?水辺に出られるところが見受けられる。

ふと、ウィーン郊外のハイリゲンシュタットの小川を思い出す。
ベートーベンが田園を練ったとかいう小川だ。
あの壮大な曲にしては、随分と小さな川であったが、ウール川の方が自分の交響曲6番のイメージに近い。
もっとも、ブドウ畑の谷を下る川と、小麦畑の平原を悠々と流れる川は、随分違うに決まっている。
善福寺川脇の殺伐とした雰囲気も、隅田川のビルから見下ろされる川沿いとも、また違う。
ああ、日本なら、潮来の水郷が似た雰囲気かもしれない。
こんなことを考えながら、ベートーヴェンを聞きつつ、ブログを書いてみる。
・・・・、シャルトルも、潮来も、ベートーベンの小川より俗っぽいかもしれぬ。
小鳥のさえずりは、やっぱりハイリゲンシュタットの方がふさわしいような気がしてきた。
くだらぬ妄想散歩は続く。
御大は、観桜バスでやってくる団体さんも多いから当然といえばそうだ。
こちらへぶらりとやってくる観光客は、パリから鉄道で訪れるか?車で訪れるか?一泊するか?
そんなところなのだろう。
静かな散歩道は、ベンチもあるが、座れないということもない。
ところどころに、船着場なのか?洗濯場なのか?水辺に出られるところが見受けられる。

ふと、ウィーン郊外のハイリゲンシュタットの小川を思い出す。
ベートーベンが田園を練ったとかいう小川だ。
あの壮大な曲にしては、随分と小さな川であったが、ウール川の方が自分の交響曲6番のイメージに近い。
もっとも、ブドウ畑の谷を下る川と、小麦畑の平原を悠々と流れる川は、随分違うに決まっている。
善福寺川脇の殺伐とした雰囲気も、隅田川のビルから見下ろされる川沿いとも、また違う。
ああ、日本なら、潮来の水郷が似た雰囲気かもしれない。
こんなことを考えながら、ベートーヴェンを聞きつつ、ブログを書いてみる。
・・・・、シャルトルも、潮来も、ベートーベンの小川より俗っぽいかもしれぬ。
小鳥のさえずりは、やっぱりハイリゲンシュタットの方がふさわしいような気がしてきた。
くだらぬ妄想散歩は続く。
2014.03.16
サンドニ大聖堂駅にて
トラム1号線に乗ってサンドニ大聖堂駅、Basilique de St-Denis(バジリック・ドゥ・サン・ドニ)に到着。
大聖堂がどこにあるのやらのビルの谷間、コンクリートジャングルに到着する。
この写真の左側へまっすぐ進んでゆくと、メトロ13号線の駅やら、市役所やらがある。
そのこんなところを抜けてゆくの?の冷たいビルの谷間を抜ければ、左に大聖堂が現れるわけだ。
特に道しるべがあったわけでもない。
なんとなく、歩いてゆけば・・・、出る。

フランスワールドカップの聖地が、ここサンドニである。
そのころ、この界隈が、綺麗にされたなんてニュースを聞いたが、ワールドカップ以前にサンドニへ来たことがなかったので、比較のしようはない。
まあ、フランスらしい、面が強調された近代建築が立ち並ぶ、郊外らしい郊外ではある。
ラデファンスがアイボリー色だとしたら、ここは、ダークグレーな色合いの町だ。
大聖堂がどこにあるのやらのビルの谷間、コンクリートジャングルに到着する。
この写真の左側へまっすぐ進んでゆくと、メトロ13号線の駅やら、市役所やらがある。
そのこんなところを抜けてゆくの?の冷たいビルの谷間を抜ければ、左に大聖堂が現れるわけだ。
特に道しるべがあったわけでもない。
なんとなく、歩いてゆけば・・・、出る。

フランスワールドカップの聖地が、ここサンドニである。
そのころ、この界隈が、綺麗にされたなんてニュースを聞いたが、ワールドカップ以前にサンドニへ来たことがなかったので、比較のしようはない。
まあ、フランスらしい、面が強調された近代建築が立ち並ぶ、郊外らしい郊外ではある。
ラデファンスがアイボリー色だとしたら、ここは、ダークグレーな色合いの町だ。
2014.03.15
カン サンピエール教会
2014.03.14
エヴォル村の石畳
ご覧の通りの道と建物の石である。
実は、先日の大雪で滑って骨折した。
ニュースで報じられる怪我人のうちの一人になったわけだ。
そんなわけで、現在も松葉杖生活なのである。
そんな状況下において、この写真を見ると、ずいぶんと歩きづらいというイメージがすべての感想に先行する。

丁寧に階段状にしてあるのだが、安心して足を落ち着けられる場所がない。
建物の石も、きれいな石を重ねたのではなく、平たい石をずいぶん重ねた家だ。
できた縞模様が、古さを強調する。
いい雰囲気だけれど、足元はご注意ください。
別に雪道でなくとも、こんなにガタガタでなくとも、石畳は足くじく人、本とに多いんですよね。
パリのシャンゼリゼ通りをカツカツと歩く私!ってなイメージの靴で歩き回らぬことですね。
実は、先日の大雪で滑って骨折した。
ニュースで報じられる怪我人のうちの一人になったわけだ。
そんなわけで、現在も松葉杖生活なのである。
そんな状況下において、この写真を見ると、ずいぶんと歩きづらいというイメージがすべての感想に先行する。

丁寧に階段状にしてあるのだが、安心して足を落ち着けられる場所がない。
建物の石も、きれいな石を重ねたのではなく、平たい石をずいぶん重ねた家だ。
できた縞模様が、古さを強調する。
いい雰囲気だけれど、足元はご注意ください。
別に雪道でなくとも、こんなにガタガタでなくとも、石畳は足くじく人、本とに多いんですよね。
パリのシャンゼリゼ通りをカツカツと歩く私!ってなイメージの靴で歩き回らぬことですね。
2014.03.13
Cite Bauer シテ・ボエのキュビズム
パリの14区。
扇型に広がる幹線道路を横に結ぶ通りが何本も走る。
そのいくつかは、路地とも呼べる、細道だ。
先日載せた、細道テルモビル通りの脇を走る、シテ・ボエ。
緑地の南西部分を囲むように正面の建物の目の前で右におれる。
折れたら、テルモビル通りと繋がるから、ほんのわずかな部分。

この道を、まっすぐ進むと、途中で名前が変わる。
緑地を過ぎたらすぐのこと。
わかりづらいが、道のできた歴史によるのだろう。
さて、全く別の、門扉を探して、この辺りをうろついた。
過去から何度もうろついているが、見つからぬ門扉をさがしていると、ちょっと、いい雰囲気に感じたので、一枚写真を撮っておく。
まるで、ジョルジュ・ブラックの作品かのような壁面が、緑地の向こうに、でん!と建っている。
扇型に広がる幹線道路を横に結ぶ通りが何本も走る。
そのいくつかは、路地とも呼べる、細道だ。
先日載せた、細道テルモビル通りの脇を走る、シテ・ボエ。
緑地の南西部分を囲むように正面の建物の目の前で右におれる。
折れたら、テルモビル通りと繋がるから、ほんのわずかな部分。

この道を、まっすぐ進むと、途中で名前が変わる。
緑地を過ぎたらすぐのこと。
わかりづらいが、道のできた歴史によるのだろう。
さて、全く別の、門扉を探して、この辺りをうろついた。
過去から何度もうろついているが、見つからぬ門扉をさがしていると、ちょっと、いい雰囲気に感じたので、一枚写真を撮っておく。
まるで、ジョルジュ・ブラックの作品かのような壁面が、緑地の向こうに、でん!と建っている。
2014.03.12
アミアン サン・ルー教会の裏手から
2014.03.11
プラハの天文時計
フランス語の語学学校で、最も良かった旅先を答える授業があった。
みな、それぞれ、いろんな場所を言っていたが、自分が何を言ったかを含め、記憶がない。
ただ、一通り生徒の話が終わった後に、先生がプラハが良かったという話だけが、印象に残っている。

ひとつは、この町に、自分自身が興味があったこと。
もうひとつ、先生が過去を思い出しつつ、うっとりしながら力説していたからだ。
あれほど、意地悪な若い先生だったが、きっと、プラハは彼氏と行ったのだろう。
彼女にとって、良き思い出なのだ。
そんな記憶が、心に焼き付いている。
先生は、意地悪であったが、寂しがりやであったのだろう。
あの意地悪先生が、うっとりしながら惚れた街にやってきた。
みな、それぞれ、いろんな場所を言っていたが、自分が何を言ったかを含め、記憶がない。
ただ、一通り生徒の話が終わった後に、先生がプラハが良かったという話だけが、印象に残っている。

ひとつは、この町に、自分自身が興味があったこと。
もうひとつ、先生が過去を思い出しつつ、うっとりしながら力説していたからだ。
あれほど、意地悪な若い先生だったが、きっと、プラハは彼氏と行ったのだろう。
彼女にとって、良き思い出なのだ。
そんな記憶が、心に焼き付いている。
先生は、意地悪であったが、寂しがりやであったのだろう。
あの意地悪先生が、うっとりしながら惚れた街にやってきた。
2014.03.10
シャルトル大聖堂のバラ窓
2014.03.09
サンドニを疾駆するトラム1号線
2014.03.08
カン サンピエール教会前にて
2014.03.07
エヴォルは遺跡のよう
2014.03.06
La Geode ジェオード
2014.03.05
アミアンの花市に
2014.03.04
ケルン駅へ入線してくるシティ・ナイト・ライン
2014.03.03
シャルトル散策 ウール川沿いを行く
2014.03.02