2013.10.31

パティスリー・ブーランジュリー・パボワのケーキで

先日訪れた、パティスリー・ブーランジュリー・パボワでケーキを買ってパリ郊外のサンクルー競馬場へ。
集まった競馬仲間で、レース馬が始まる前に、ランチのデザートとして、それぞれ一つずつ食べて、競馬予想の肥やしに。
パティスリー

タルト・パッション・フランボワーズ
甘くなく酸味が程よい。ちょうど良い甘さで酸っぱさが抑えられている。
パティスリー

パリブレスト
甘さ抑えめでいい。皮部分がめちゃうまい。
パティスリー

フラン・ナチュール
甘さ抑えめで程よい。
パティスリー

シュー・ア・ロンシエンヌ
やわらかいのにしっかりしたクリームが何とも言えず美味しい。日本で食べるのとは違う。
パティスリー

タルト・シトロン・メランゲ
メレンゲのさくっとした感覚がいい。レモンの後味さわやか。いままで味わったことのないおいしさ。面白いケーキ。
パティスリー
と、皆さん満足して、午後の競馬へ望みました。

お店でも、日本人の方にも合うように、甘さ控えめでとの話でしたが、その部分が、皆さんにも特に好評だった模様。
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2013.10.30

中国東方航空で行くパリ2

昨年は台北経由、中華航空でフランクフルトから帰国した。
パリからアルザス経由だと、フランクフルトやチューリヒが選択肢になる。
当然、選べるエアラインの数が増える。
なにも、シャルル・ド・ゴールからだけではない。欧州は陸続き。
ドイツ新幹線
今回は、別の用事があって、チェコへ行ったため、プラハからフランクフルトへやって来た。
この場合、プラハからニュルンベルクまでドイツ国鉄のバス。
そこから、ドイツ新幹線ICEである。

ドイツ国鉄のバスは、プラハ本駅の真上から出発する。
駅のバスのマークに従ってエスカレーターを上がってゆけば、迷わず着ける。
バスは、このICEとまったく同じデザインの白に赤線のバス。
一発でドイツ国鉄のバスだとわかる。

バスは、高級感ある皮張りの席。
トイレは1階に。座席は2階にだ。

ニュルンベルクも駅の目の前に着けてくれる。
ドイツ国鉄のバスであるから、当然かも知れぬ。
一日何本か出ているが、7時半頃のバスに乗り、11時半頃ニュルンベルクに到着する。
途中止まる事は無かった。
乗車率は、25パーセントぐらいだったろう。
300キロ程度だから、東京名古屋より近い。東京新潟といったところだ。

ニュルンベルクから、フランクフルトは2時間。

フランクフルト
さて、前回は、フランクフルトの空港近くに宿を取ったので、今回はフランクフルト中央駅の駅前に。
フランクフルト中央駅の地下から出る空港行きの電車のチケットは自販機で買えるのだが、これ、ありがたいことに英語バージョンとフランス語バージョンに変えられる。
ということで、空港行きは心配せずに、駅前に宿。

フランクフルトをちょっと散歩しようとの魂胆で、今回は駅に泊まったが、この通りだけは、歓楽街だったようです。夜中やってる水分と食料調達できるお店ありましたが・・・。

前泊プラハから比べると、なんだか、社会主義国だった国から、一気に資本主義の人の集まる都市へやってきたイメージが強い。
一般的なドイツのイメージではなく、人、金、女、欲望が渦巻く、そうした何かが集まってくる場所というイメージでした、この界隈だけ。
2013.10.29

プラハの秋 宮殿からの街並み

プラハ城が観光の目玉である事に違いはない。
このなかを巡るチケットがあるのだが、とりあえず、一番高い全部セットというやつを選ぶ。
その気になれば、全て、入り口付近までだけ入り、チケットをかわずに周る事も可能だろう。
塔に登るとなると、別料金だから、そこだけ払うという手もある。
プラハ
とにかく、塔など除いて、全部入りますチケットだから、宮殿にもはいる。
そのバルコニーから、街並みを望む。
黄色の紅葉の先に、赤屋根のコントラスト。
遠くの塔は、プラハ本駅の向こう側の丘に立つタワーであろう。
ということは、その手前にプラハ本駅があるということだ。
カレル橋も見えれば、ティーン教会の二本塔も写真の左上に見える。

いい風景だが、毎日この風景であるのなら、きっと特別感じなくなってゆくのだろう。
住めば、どこでも都ということかもしれない。
2013.10.28

サンブリュー散策 Rue Quinquaine カンケーヌ通り

教会脇を抜けてゆくと、坂路になったあたりに広場がある。
この広場脇をぬける坂がカンケーヌ通りである。
この界隈は、新しい建物が多い感じのこの町では古い建物が多いところだ。
サンブリュー
木の柱が装飾された、今にも折れそうな気配さえする古い家。
石の建物でもそうなのだが、面に凹凸がある建物が通りに並ぶと、雰囲気が出てくる。
財の証でもあろうし、いまも重厚感がある。
サンブリュー
脇を通るノートルダム通りから、カンケーヌ通りの広い部分を見る。
通りの向こう側に見える建物は、カンケーヌ通りと広場挟んで並行して走るファルデル通りの建物だ。
この一帯が、木組の家が多いゾーンのようだ。
2013.10.27

ランスの大聖堂

縁のある土地は何度も来る。
不思議な事に、4度目のランス。
フジタの礼拝堂へ行っていないことが最大の理由なのだが、縁が無ければ、行けなかったでおわる。
そうならないことに、縁を感じるのである。
ランス
3度目に訪れたときは、世界遺産というフラグがこの町にたっていた。
この大聖堂以外も、いくつかの場所を回ることになったのである。
ランス
一番初めに訪れたときと同じコースで向かう。
大聖堂を見ないように見ないように大聖堂へ近づいてゆき、正面の道に出ると、デンッ!と見えるという算段だ。
その大きさに、思わず、おおっ!と声をあげたときと同じルートで近づく。
さっさと見えてしまうルートじゃ、近づいたときの感動が少ない。
ランス
今回は、念には念を入れ、ランスに泊まって万全を期したため、折角だから、夜景を見に行くことに。
2013.10.26

コアラズ村の日時計たち

コクトーの日時計が有名であるが、なにも、コクトーだけじゃない。
コアラズ
南仏らしい色の壁に、石積の壁に、様々なカラフルな、様々なサイズの日時計が飾られている。
まるで、道しるべ、迷路のランドマークのように。
コアラズ
村の最上部。
Lo Castelとは、きっとお城の事なのだろう。
コアラズ
下ってゆくと、数学チックな日時計。
路地の上には、桜?の花が。
コアラズ
こうして、村のいたるところに日時計が飾られると、ちょっと、楽しいですね。
日時計村、コアラズである。
2013.10.25

ルイイ公園の水汲み場

パリ市がやっている無料の水汲み場があるというので、12区区役所前のルイイ公園にやってきた。
どうやら、普通の水と炭酸水の両方があるらしい。
その、炭酸水をもらいに公園へやってきたのだ。
パリの公園
ルイイ公園はそんなに大きな公園ではないが、どこかにある水汲み場を探すとなれば、相当大変だ。
そう思ったが、ダメもとで行ってみた。
メトロ6号線のデュゴミエ駅で降りて、12区区役所脇を抜け、ドメニル大通りを渡って公園に入る。
すると、なんてことは無い。
探すどころか、そこから入った場所にあった。

他にもあるのか?ここだけなのか?わからない。
見つかっちゃったのだから、もう探す必要はない。

さて、炭酸。
普通にボタンを押すと、水が上の口から一定量出てくる。
出てきた炭酸水は、そんなに炭酸が強くなさそうに見える。
そりゃそうだろう、無料でしょ、スカーッ!とする炭酸なんて飲めないだろう!

飲みながら、駅へ戻る。

いやぁ、これ、炭酸キツ過ぎじゃない?ってくらいの炭酸水でした。

もう、ペリエもバドワもいらない。ここで充分じゃない!
近ければね。
2013.10.24

ヴィルフランシュ・ドゥ・コンフランへ

ラングドック地方の城壁都市といえば、カルカッソンヌ。
北のモン・サン・ミシェル、南のカルカッソンヌはフランスの2大観光地と言ってもいい。
カルカッソンヌを見ぬ前に死ねぬ!といわれたとか。
たしかに、北も南も圧巻だ。

その城壁都市の超小型版がヴィルフランシュ・ドゥ・コンフランである。
カルカッソンヌから100キロほど真南だ。
ヴィルフランシュ・ドゥ・コンフラン
ヴィルフランシュへ向けて、ペルピニャンからガタゴトとテ川を遡上してゆく。
到着したのは、山中の駅。
コンフランというのは、川の合流地点。
川が道みたいなものである欧州では、このコンフランは交通の要所であると共に、軍事拠点としても大変重要だ。

南仏では、アントルヴォーというコートダジュールの町を以前紹介したが、あの町も、町名ではないが、コンフラン(合流地点)である。
そこも、あのヴォーバンが要塞を築いたのであるから、やはり要衝である。

ここ、ヴィルフランシュもヴォーバンだ。
いまや世界遺産。
ヴィルフランシュ・ドゥ・コンフラン
さて、その城壁都市、ヴィルフランシュ・ドゥ・コンフランは、フランスで最も美しい村に登録されている。
町へ向け、駅から川沿いをテクテク歩いてゆくと、女性に声をかけられた。
なんのことはない、「タバコ、クレ!」とのことだ。

フランスで最も美しい村も有名になってきたが、世界遺産にもなり、人が集まるようになれば、こんな山の中であっても、こうした人も増えてくるのかもしれない。
もっとも、治安が悪いわけじゃない。

それにしても、山中の城壁都市で初めてした会話がこれとはね。
2013.10.23

中国東方航空で行くパリ1

中国国際航空で6月に2往復しましたが、今回は、同じ中国民航系の上海の航空会社、中国東方航空にてパリへ。
帰りはフランクフルトという選択で行って参りました。
一度2006年にこの航空会社でパリへ行っていますが、その時は乗継が大変。
なにしろ、一度入国して、荷物検査後、再び出国するというめんどくささ。
そこが変わったとのことで、どんな風なのか?が一番の注目でした。
中国東方航空
日本からは3時間ほどで上海に。
あっという間ですが、機内食もあります。選択は、日本食。
そばとドラ焼ですが。不思議な組み合わせも、あんこ好きの私としては歓迎。
中国国際航空ではアンパンでしたから、月餅を産出するこの国は、あんこ好きなのかもしれません。
中国東方航空
さて、乗継ですが、乗継カウンターにて、パスポートと搭乗券を渡し、それらと一緒に赤丸のシールをもらいます。
トランジット客はこれを貼り付けて移動しなさい!という事でしょう。
北京の乗り換え同様、まったく面倒ではなくなっちゃいました。
その後は荷物検査で終了。
この青い天井に白棒が印象的なここへ出てまいります。

ここから、バスで移動する人は、下の階、それ以外の人はこの階で乗継。
帰国時は、バス便になること多いでしょう。

そう、行きも帰りも、同じ場所を通ってくるわけです。

トランスファーの文字を見ながら移動してゆけば、自ずと、行けてしまう、わかり易い乗り換えになりました。
乗り換え歩行ルートは、北京乗り換えよりも、わかり易いですね。
中国東方航空
さて、パリ行き。
待てど暮らせど、搭乗案内は始まらず。
遅延の案内すらない。
ないまま、3時間以上遅延したでしょうか?
この空港で5時間の乗り換えのところが、8時間過ごす羽目に。

ただ、北京と違って、日本円使えます。
それだけが救いだった。
中国東方航空
ようやく、パリ便に搭乗。
機内食はパスタを選択。
味は普通に美味しいです。
中国東方航空
ライス入りのシュウマイは、特に美味しいってわけじゃないんですが、個人的に好きです。
個人的に米好きなんですね。

遅れて出発した分だけ、遅れて到着。
早朝着の予定が、朝の混雑時間帯に到着。

そういえば、機材は777になってましたが、以前は、座席にモニター無かったような気がしますが、今回はちゃんと映画もゲームもできるモニター付き。


他、北京の人に比べて、上海の人のほうが、ガツガツしてない感じがします。
空港と飛行機の中だけですから、北京と上海の人比較に成っているか分かりませんが・・・。
国が大きいですから、一つでくくるの難しいでしょうね。
日本も関東と関西という距離500キロでも、随分、雰囲気違いますものね。
2013.10.22

プラハの秋 レギー橋の紅葉

カレル橋からだと、王宮の方角が最も好まれるわけだけれど、反対側のレギー橋の紅葉もきれいだ。
カレル橋の上流下流の橋は、どちらもトラムがぬけてゆく通りだから、木々の間から、赤白のトラムが頻繁に行ったり来たりする。
プラハ
まるで計算されたかのような風景であるが、この国であれば、そこまで考えていても不思議はない。だとすれば、それに乗っかって、目一杯秋を楽しむことだ。
2013.10.21

サンブリュー散策 Rue Pohel ポエル通りの石畳

サンブリューの街は、駅から歩いてゆくと、新しい感じがする。
雰囲気のある一角としては、教会裏だ。
サンブリュー
この通りはポエル通りであるが、いわゆる最近の、小さな石が模様のように敷き詰められた石畳ではなく、大きな石の叩き込まれた雰囲気の良い石畳が残っている。
2013.10.20

ランスの大聖堂とジャンヌダルク

ランスの大聖堂といえば、フランスの国王の戴冠式が行われるところだ。
ここへ、敵軍の中、道を切り開き、シャルル7世を連れてくるという大仕事に挑んだのが、ジャンヌダルクである。
これが、王家と共に、フランスを救う大きな行為となったわけだ。
ランス大聖堂
そんな、ジャンヌダルク、ランスの大聖堂の前に救国の剣を掲げ、馬上大聖堂を見つめている。
おそらく、感激している暇もなく、パリ攻囲で頭がいっぱいだったに違いない。

日本で言ったら、一休さんと同じ時代人。
日本も、応仁の乱から戦国へ突入していく前夜だったんですね。
2013.10.19

コアラズ村の路地をぬけて2

岩山に張り付く村だから外周部分は景色が開けている。
ぐるりと村をめぐって歩いててきたら、思いっきり開けた道に出会う。
コアラズ村
ここにもし夜いたら、漆黒の中に街灯一つ、人々の安全を確保してくれる。
ここまでの路線バスの旅も貸切ドライブであったが、偶然誰にもすれ違わないでこの風景に達すると、独り占め感が増幅する。
路地からの開放感と独り占め感は、鷲ノ巣村特有の感覚なのだろう。
2013.10.18

パティスリー・ブーランジュリー・パボワ

先日、パリ14区のアレジア駅から程近い、日本人のパティシエがいるパン屋さんを訪問してきた。長い間、あのマカロンで有名なお店、ラデュレなどで働いてきたご夫婦で開いたパン屋さんである。
パティスリー・ブーランジュリー・パボワ
日本やフランスでも有名店のお店が近所にもあるという立地条件のなか、地元のパン屋さんとして、辛口のパリっ子の信頼を得ているパン屋さんだ。
辛口のパリジャン、パリジェンヌ、食通のパリっ子等々、言葉はよく聞くが、実感はない。
しかし、本当にクレームが早いのだそうだ。
何かあれば、すぐに、じかにクレームがやってくる。
そんな中で、きっちりと仕事をして立ち居地を確定している。
パティスリー・ブーランジュリー・パボワ
もちろん、スイーツがここの売りだ。
日本人好みの、甘さ控えめのスイーツの定番が、パン屋さんという形態もあって、手ごろな値段で並ぶ。

どこどこのパン屋さんが美味しい。
そんな話題は、雑誌でも、ブログでも、ガイドブックでも情報はあふれている。
だが、日本人にとって、一番の難関は言葉。そして度胸。
これとアレとアレとアレください!と、後ろに並ぶ人を従えて注文するのは結構大変なのだ。
その点、ここは、店員さんが日本の方だから、日本語で言える。

ちょっとぐらいフランス語が出来ても、パン屋さんで、見たこともない菓子パンや、読めぬ手書き表示を見つつ、いくつも注文するのは、骨が折れるのだ。くじけること度々だ。
(初学者の私には、本当にフランス語で何か言うの、頭使って大変なんですよ!知らない人は、アレ頼め、これ言え!と簡単に言いますが・・・)
パリのパン屋さんで、あれやこれや注文したい、チャレンジしたい人には、お勧めだ。
パティスリー・ブーランジュリー・パボワ
一人の日本人が、こうした位置まで到達するのは、大変な事だ。
職人の世界は、表の華やかさと比べ裏が厳しいというのは、言葉では簡単で、そりゃそうだ!と軽く捕らえてしまうが、折れぬ心、根性が必要なのだ。折れてしまう人も、このぐらいでいいとやめてしまう人も多いのだ。

そんななか、多くの若い日本人が、フランスで戦っているのだそうだ。
最近の若いもんは・・・という批判ではなく、最近の若い人は、強いのだそうだ。
目標へ向かってまっしぐらなのだそうだ。
草食男子が多い昨今、肉食女子達は、強く輝こうとする大和撫子なのかもしれない。
ここのお店でも、数人の日本の方が働いているそうだ。
こういうお話を聞くと、こっちも頑張んなきゃ!とパワーをもらう。
パティスリー・ブーランジュリー・パボワ
パリで間違いなく美味しいものといえば、パン屋さん(だけ)であると断言できるが、お土産に持って帰るのは大変だ。
そんななか、ここでは、日本の方への持ち帰りやすい、プロヴァンス銘菓のカリソン他などお土産も、用意してくれている。

17 Rue Alphonse Daudet アルフォンス・ドーデ通り17番地。
アレジアの駅から南東方向です。
2013.10.17

サンブリューのサンテティエンヌ大聖堂

町の中心から少々西側に大聖堂が建っている。
建物自体はゴシックのようであるが、塔の先をみると、まるで、ロマネスクのようなとんがり屋根がある。
トレギエや、ほか、ノルマンディなどで見る鋭角なゴシック建築と比べると、ロマネスクの代表、パリのサンジェルマンでプレ教会を思い起こさせる。
サンブリュー
この町は、ブルターニュを作ったとされる7聖人の一人、聖ブリューの町。
聖ブリューの聖遺物が、この大聖堂に収められているそうだ。
その7聖人の町を周る、巡礼トロ・ブレイスの一か所が、この町なのだ。

ちょうど、大聖堂前で、マルシェが開かれていた。
2013.10.16

アイ村のGOSSET

町から少し離れたところにGOSSETというシャンパンのメゾンがある。
ここは、写真で確認できるように、1584年創業の老舗である。
秀吉がこのシャンパンの味を知ったなら、毎日酒盛りで、これが飲まれたろう。
醍醐の花見にGOSSETのシャンパンなんてことが行われたに違いない。
そんな時代が日本なのだ。
相当古い。
アイ村
Ayのつづりを見てみると、yに点々、トレマという記号が付いている。
ドイツ語ならウムラウトというが、フランス語ではトレマ。

これは、Ayを普通に読むと、エとなってしまうが、yをイと読みなさいということだ。
あまり見かけない、トレマである。
ここが、アイであるのはまぎれもない。
2013.10.15

コアラズ村 コクトーの日時計

コアラズ村に入って、右側を上がってゆくと、役場に出る。
この役場の壁面に、ところ狭しと日時計が飾ってあるのだ。
この村は、日時計の村。
そんななかに、ジャン・コクトーの日時計が左下に飾られている。
コアラズ村
人の顔になっているのか?ヴィルフランシュ・シュル・メールや、マントンで観たようなコクトーの曲線美のある日時計なのだ。
2013.10.14

プラハの秋 カレル橋脇にて

世界遺産のプラハで最も好まれる、カレル橋からのプラハ城の眺め。
その橋の脇の建物が工事になっているようだ。
写真を撮ると、見事なまでの無粋な青いシート?板?が写ってしまう。
プラハ
そんな、青板も、間近に迫って手前の紅葉を撮れば、なんともコントラストのすばらしい青と黄色の写真が出来上がる。雨模様、曇りのプラハを色づけてくれる秋の黄色である。
2013.10.13

プラハの秋 紅葉のトンネルをぬけるトラム

プラハ城へは、カレル橋を渡って、坂を上ってゆくのが一つ。
お城の真下から登城口を登ってゆくのも一つ。
そして、最も楽なのが、お城裏まで、トラムで登ってしまう方法だ。
プラハ
そのお城脇のトラムを降りると、今走ってきたところが、紅葉のトンネルになっている事がわかる。
上り線と下り線は、並木を挟んで、じかにすれ違わない。
プラハ
プラハの街へ向うトラムは、その、紅葉トンネルを抜けてゆくのである。
時雨れるプラハに紅葉が色づいてゆく。
2013.10.12

プラハの秋  カレル橋から

パリに比べて秋が進んでいるプラハ。
プラハ最古の橋というのだが、観光客の多さとその威容で、まるで世界最古の橋を渡っているかの感じがする。
プラハ
橋から目を脇にやると、黄色の紅葉の向こうに対岸のプラハの街がのぞいていた。
紅葉王国日本には及ばぬが、パリに比べたら、プラハは随分と秋の似合う街だ。
2013.10.11

プラハ旧市街広場の青い空

プラハの中でも観光客の集まる大広場。
旧市街広場にそびえる、ティーン教会とその手前の建物。
プラハ
高い教会の上に、青い秋の空が広がっていた。
それにしても、東欧らしい教会の建ち並ぶ美しいプラハであるが、このティーン教会の二本の板のような塔と、魔女の帽子のような独特な塔は、異彩を放っている。
2013.10.10

プラハ路地散策

とりあえず、有名というカレル橋へ続くカレル通りを進む。
と、横の通りが、きれいに光っていたので一枚。
プラハ
リリオヴァ通りと読むのか?
プラハの道標は赤。
プラハ
その時、通りの向こうからスポーツカーがやってきた!
と思ったら、これ、プラハの黄色いタクシー。

列車は青白、通り名は赤、タクシーは黄色。
パリとは随分違うカラーに溢れる東欧の魔法の都。
2013.10.09

プラハ・フラヴニー・ナードラジー駅にて

プラハに到着した。
ネットはつながるのだが、よく切れる。
しかも、電波が弱く、いつつながるかは気分次第という感じだ。
日本ではないから、そういうことにブツブツ言わず、この国の時間と環境で過ごすことが、精神的にもいい。

シティナイトラインに乗った列車は、乗ったとたんに遅延を知らされた。
ケルンでは、数分遅れであったが、到着は2時間近く遅れるという。
途中、ベルリンに寄ったみたいだが、そんなルートだったろうか?
通常と違う何かがあるから、遅れた事には違いない。
プラハ
結局、3時間近く遅れて、プラハ、フラヴニー・ナードラジー駅に列車は滑り込んだ。
プラハ中央駅である。
ドイツの赤と違って、ここはブルーの列車や、他の色の列車が多く駅へ駆け込んでくる。
2013.10.08

ケルン大聖堂の秋

フランスからフランクフルト経由で帰ることになった。

パリから、プラハへ移動するには、いくつか方法があるが、SNCFで見つけたのが、ケルンまでタリス、そこから、シティナイトラインでプラハへ移動する切符だった。
他、フランクフルトへ出て、プラハへ同じくシティナイトラインでぬける方法もあったが、値段もあって、ケルン経由を選択。

パリ郊外のガリエニから、プラハまでのバス旅も安いのであるが、そんなに変わらぬ値段で鉄道があったので、こちらを選択。
今回は、パリからケルンを経由し、チェコに訪れ、そこからフランクフルトへ戻って帰るという変則になった。
ケルン
パリを朝出ると、ブリュッセル、リエージュと止まり、エクス・ラ・シャペルに停車し、コローニュに到着。
エクス・ラ・シャペルは、アーヘン。
コローニュは、ケルンのこと。
エクス・ラ・シャペルは、フランク王国の首都であり、エクスは泉を意味することは、以前どこかで書いた。

ケルンにはゴシックの大聖堂があるし、どこか、フランスと縁のある、フランスの北の街へ来たという感じがしないでもない。
タリスで一本だからか、フランス人も駅周辺で目立つような気がする。

大聖堂は、駅の目の前だ。スーツケースを転がしつつ、大聖堂付近を散策?している人も見かける。
朝は順光、午後は逆光となる大聖堂の裏側川沿いから。
2013.10.07

コアラズ村半景

ニースからのバスに乗っている間に見える、コアラズ村の方が、衝撃度が高い。
もっとも、バスが、右に左に揺れているし、衝撃に浸っている余裕は無い。
見えている村も、それにつれて、見えたり、隠れたりするから、感動している暇も無い。

で、青のチャペル前から見えるコアラズ村が、じっくりと撮影できる場所ということになるのだろう。
コアラズ村
全景にならず、半景になるのは、ここが、村の北西にあたる場所だからだろう。
当然のことながら、斜面の南側に村が広がるから、ここからだと、村の右肩の後から覗いているような感じになる。
正面から見れば、難攻不落の鷲ノ巣村。ここから見れば、搦め手が丸見えということである。
2013.10.06

パリに日本国歌が流れますように!

いよいよ、凱旋門賞ですね。
日本の馬が、なんと1番人気に3番人気。
しかも、重要前哨戦を共に勝って、ここへ駒を進めてきました。
凱旋門賞
勝てば、92回の欧州最高峰の舞台で、初めて欧州以外の馬が頂点に立つことに。
ロンシャンで、日本で、パリで、日本、日本人を、日本の馬を応援しましょう。
2013.10.05

Place du Chai サンブリューのシェ広場

街中の通り脇へ入ってゆくと、石畳の広場がある。
建物お店に囲まれた広場だ。
大きな広場というのは、開放的であるが、ここは、閉じられた、封鎖された箱庭のような感じ。
そこが、カフェ広場のように広がっていた。
サンブリュー
色とりどりのパラソル、椅子、テーブル、そして、赤が目立つ建物など、ライブが行われそうな空間が、この歴史ある街の真ん中にあった。
2013.10.04

コタンタンのシードルと、イジニーのバターのサブレノルマン

シェルブールの宿入居時にちょっとしたトラブルがあったが、もう少し条件のいいところに無事入居できた。
その時、大家さんから頂いたシードル。
コタンタン半島のシェルブールの南、ヴァローニュの近くのシードル。地元のシードルを頂いたわけだ。
シェルブール
これを、地元のチーズなどで味わいつつ飲むのもいいと思っていたのだ。
が、たまたまスーパーへ行くと、Isignyの文字。
イジニー・シュル・メールといえば、この地方の乳製品の有名集積地らしい。
シェルブール
チーズ、キャラメルではないが、この地方のバターを使ったサブレをお供に食後のおつまみとしてみた。
2013.10.03

サントシャペル、サンドニ大聖堂のバラ窓達

久々にパリの教会をチャペルを訪れたので、バラ窓を2枚ほど並べてみる。
一枚目は、サントシャペルのバラ窓。
ところどころに、1階でも見られる、ブルーにユリの紋章という柄のステンドグラスが配置されている。
サントシャペルバラ窓
二枚目はサンドニ大聖堂のバラ窓。
青と赤が交互に使われているから、紫っぽい印象になっている。
サンドニ大聖堂バラ窓
サンドニの方が、すっきりと放射線状に広がっているんですね。ちと、曼荼羅を思い起こさせます。
2013.10.02

エッフェル塔と凱旋門の夜景

ぶらりと、ラデファンスの丘の下へ向う。
エスプラナード ドゥ ラ デファンス駅付近からエッフェル塔の写真を撮りに散歩。
夜ではあるが、涼むカップルも多ければ、時折、フラッシュが炊かれ、観光客が写真を撮っているのもわかる。
ラ・デファンスの夜景
夜景というのは、デジカメによって随分と違う。
上は一眼レフで撮ったのだけれど、同じキャノンのコンパクトデジカメで取ると、赤みが少なくなる。

なんて、こんなことを、三脚立ててやっていたら、よほどたいそうなことをしているように見えたのだろう?
帰宅中の人々が横を通るたびに何を撮っているのか振り返ってゆく。
ラ・デファンスの夜景
真ん中へ移動して、凱旋門も撮る。
いつ見ても、どこから見ても、パリは絵になるところですね。
ラ・デファンスの夜景
そろそろ、戻って、寝るとしますか。
Posted at 11:21 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |