2013.09.30

メトロの遅延

ノルマンディに出かけるため、サンラザール駅へ向っていた。
出発時間の30分以上早く着くようにメトロに乗り込む。
メトロの7号線でピラミッドまで行き、そこから、14号線に乗り換えて、サンラザールへ向う予定だった。

予定していたメトロより、少し早めのメトロに乗り込むことが出来たから、スーツケースを抱えての移動も余裕の気持ちで座っていた。

ポンマリー駅を出て、そろそろシャトレか?と思ったところでメトロが停止。
暫くすると車内アナウンスが。
なんと言っているのか?はっきり聞き取ることのできるほどの語学力はないから、起きている内容は良くわからない。
ただ、次のシャトレ駅で事故らしきことが起きたか何かで停車したらしい。
周りの乗客も、アララ顔だが、あわてた感じは無い。
ヴァンセンヌ
それにしても、全く動く気配なく、時間だけが過ぎてゆく。
30分程度の余裕など、こうしたトラブルに巻き込まれたら、あっという間に無くなってゆく。

何度か同じようなアナウンスがあった後、メトロの外を歩く足音が聞こえる。
線路の砂利を踏むような音だ。
ガチャガチャ何かをした後、メトロは反対方向へズルズルと動き出したのだ。
どうやら、バックしてポンマリー駅へ戻って乗客を降ろすため、バックする事ができるようロックを外したのだろう。

歩くほどのスピードでバックする列車がポンマリーに到着。
ピラミッドでの乗り換えを考えて、一番前に乗っていたが、ポンマリーの駅は最後方に改札だ。
ヴァンセンヌ
シャトレ駅なら、まだ14号線へ乗り換え可能だが、ポンマリー駅じゃ、外へ出るしかない。
バス?タクシー?
逡巡している暇は無い。
タクシーを捕まえられるかどうか通りを見つつ、パリ市役所のメトロ駅方向へスーツケースにリュックにショルダーカメラバッグを抱え、猛然とダッシュ。

結局、流しのタクシーなど見つからず、メトロへ駆け込む。
メトロの駅では、改札の扉には挟まれ、身動きできなくなると、通りがかりの中国系らしき男性に助けられ、無事通過。
腕がちぎれ、腰が抜けそうになりながら、オテル・ドゥ・ヴィルからシャトレ、ここで14号線に乗り換え、サンラザール駅へ向う。
降りると同時に無我夢中で地下から地上2階のホームへ移動。
番線を確認して、はるか向こうの乗り場へ最後のダッシュ。
ヴァンセンヌ
駅員さんが言う。
「とりあえず乗り込んで、後で移動しなさい!」
そうして、ほぼ出発時刻ピッタリに、予約した2等車輌のはるか手前の1等車のデッキへ重たいスーツケースとなだれ込んだ。
おそらく1分は出発時刻を過ぎていただろう。

デッキでへばっていると、車掌さんがスーツケース運んでくれたが、重すぎて、途中でギブアップ。
「ここあいているから、ここに座りなさい。」と。


写真は、本日のヴァンセンヌの森。
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Posted at 11:09 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2013.09.29

ノルマンディのフラン

シェルブールといえば、知っている人なら海を想像する港町。
しかし、ノルマンディのその他の海岸同様、海近くまで高い岩山がせり出してきている。
シェルブールの駅から港はもう目の前であるが、駅の背後はすぐに高い山で、その岩山の向こうも、さらに高く上ってゆくのである。

そんな高台も住宅街。
市内のバスに乗っていれば、子供達が、バスに揺られて岩上に帰ってゆく。

その高台に、ショッピングセンターがある。
その中のパン屋さんでノルマンディらしいフランを買う。
シェルブール
焼いた薄いリンゴが乗る。
甘いフランに、酸味が効くのは、アプリコットのフランと同じ。
焼いてあるからか?フランを食べてゆくと、一枚一枚はがれるように口の中へ入ってゆく。

リンゴがらみの食べ物は多い。これも、ノルマンディのフランなのだ。
お隣のココナッツの粉降ってますけども。
2013.09.28

カルフール・シェルブールの雨傘という

シェルブールの駅前にカルフールがある。
巨大ショッピングセンターLes Eleisの中、75店舗の内の一つ。
その北側には、文化施設も建設中らしい。
シェルブール
駅前だから、観光客を意識してなのか?
店内に、有名傘屋さながらの傘ディスプレイ。

町全体を、シェルブールの雨傘50周年を記念して、盛り上げようとのことか?
いやいや、シェルブールの雨傘も、カルフールも50周年というダブル記念が最大の理由なのかもしれない。
2013.09.27

サン・ヴァー・ラ・ウーグの喫茶店にて

Saint Vaast la Hougue
どうやら、このオランダ語みたいな綴りの街は、地元ではサン・ヴァーと呼ばれるらしい。
サン・ヴァー・ラ・ウーグということになるのだろう。
ラ・ウーグというのは、この街の突先にある要塞。
サン・ヴァー・ラ・ウーグ
そんな街に着いたのが、午後2時前。
12時から2時間は大抵お昼休と決まっているから、観光局で地図をもらう前に、喫茶店へ。

港にあるお洒落なカフェではなく、馬券売り場併設のPMUカフェに入る。
お昼時でも、食事客だけとも言われぬし、値段も安いし、トイレを借りつつ、時間つぶしにはもってこいなのだ。

カフェを注文すると、そのカップにKIMBOの文字。
見たことがなかったのだが、宿に戻って調べると、イタリアのコーヒーのようだ。
フランスじゃ、珍しいと思うのだが、どうだろう?
個人的には、初めて見たので、後で調べようと、思わず一枚。
2013.09.26

シェルブールの雨傘という

シェルブールの雨傘と日本語で書かれている傘屋さん。
街中にあった、スーパー、カルフールシティは、高そうかな?と通り過ぎ、駅前の巨大カルフールへ向う途中、ぶらりとこの店へ。
目指す傘の写真を撮っていたら、ポツポツと雨が・・・。
シェルブール
あわてて、傘を買わず、カルフールへ直行。
これだけ、カラフルに傘が並んでいると、映画の最初のシーンの傘グルグルを思い出します。
それにしても、日本語があるとは、カトリーヌ・ドヌーヴの日本のオジサン人気恐るべしと思わざるをえませんな。
2013.09.25

シェルブール駅にて

カンからTERに乗ってシェルブールへ。
1時間強の旅路だが、駅は各駅停車なのに、5つのみ。
到着したシェルブール駅にて、カトリーヌドヌーヴ、シェルブールの雨傘の映画シーンだったろうホームに向けて一枚。
このホーム、乗車禁止の紅白の模様が描かれているから、今は、映画のように乗ることは出来ないのかもしれない。
シェルブール
それはそうと、宿に着いたが、ネット予約の宿が予約されていないらしい。
どういうことだ!と思ったものの、電話交渉結果、なんとか、別の場所のアパートの一室に収まる事ができた。

ふぅーっ!
とりあえず一件落着。
2013.09.24

エルマンヴィル・シュル・メールの道標

ソードビーチ付近を目指して、エルマンヴィル・シュル・メールでバスを降りた。
この界隈は、カン市内から、カンの市内交通のバスが来ているので、トラムなどに乗るチケットでここまでやって来る事ができてしまう。
エルマンヴィル・シュル・メール
この辺りから、リオン・シュル・メールまで海辺を散歩する事が今回の目的だったから、まずはバス停から、最短距離で海を目指した。
すると、最短距離らしきガタガタ道に道標が。
Stella Maris。
Stellaというのが、新しい通りの種類なのか?と思ったのであるが、Rue Stella MarisのRueがついていないだけの道標であったのだ。
それにしても、こんな道にまで、名前あるんですね。

そういえば、Sword Beachでソードビーチと発音。
難しいですね。
2013.09.23

アネル村のサブレ サブレダネル

サブレ・ノルマン。
ノルマンディのサブレであるが、超有名観光地のモン・サン・ミシェルとかではない。
ノルマンディ上陸作戦の舞台の一つアネル村のサブレである。
アネル
バス停から、役場方向へサウザンプトン通りを行くと、役場の隣だ。
丁度お昼過ぎにバスが着いたので、お店は昼休み。
海沿いへ撮影に行って、戻ってきてから購入。
アネル
その後、アロマンシュまで、ブラブラ歩いて、アロマンシュの高台に着いてから、写真を撮って、遅いお昼ご飯に。
細いのが、ショコラティン、丸い大きいのが、ノルマンディらしく、リンゴのジャム。
サブレ版のパン・オ・ショコラとリンゴのベニエを食べている感じ。
後で食べた、ケース入りのサブレは、甘い優しい味。
2013.09.22

アネル村の芝ペタンク場

ノルマンディといえば、バイユーの世界遺産タペストリーでも有名な、ギョーム2世、ウィリアム征服王も有名であるし、同じ世界遺産なら、モン・サン・ミシェルも有名だ。
また、カマンベール他チーズの産地でもあるし、シードルの産地としても有名である。

そんな、ノルマンディのもう一つの顔は、ギョーム2世とは逆方向にやってきた、1944年の連合軍のノルマンディ上陸作戦である。
その、舞台の一つでもある、アネル村へやって来た。
ペタンク
ここの海岸に残る、第2次世界大戦の遺物を見ることもあるし、もう一つは、サブレを食しにきたことだ。
まずは、サブレのお店に行ったのだが、丁度お昼時でお休みだった。

海へひとまず行ってこようと思って歩き出すと、PETANQUEの看板が。
パリでも老若男女が興じるペタンクであるが、南仏発祥。

この、北のノルマンディの小さな村には、芝生の専用場が作られ、しかも、ご丁寧に、看板も設置されている。

いやいや、なかなか専用場だ。
芝コースはなかなか見た記憶がない。
落ちた玉のスピードが出そうだけれど、コントロールも難しそうだ。
2013.09.21

ポン・レヴェックを食す

今年も昨年に引き続きノルマンディへやって来た。
近所のカルフールに出かけてみる。
ポン・レヴェック
360グラムで2.5ユーロの安売りポン・レヴェックを発見。
食べた事は無いから、まずはこのチーズを購入。
ポン・レヴェック
四角いカマンベールといった感じだ。
ほぼクセなくともいえるが、味がそんなに強くないライトなチーズ。
これを、カルフールの安いゴーフルの上に乗っけて食う。
コート・デュ・マルマンデ
ついでに、ワインも一本。
見たことないAOCだったけど、どうやら、コート・デュ・マルマンデはボルドー付近のワインなんですね。
これも、フランスの赤ワインにしては、随分と飲み易いライトなワイン。
これも2ユーロ程度だった。

今夜は、ポンレヴェックとコートデュマルマンデとカルフールの格安パスタソースのミックスソースでスパゲティを食うとします。
2013.09.20

イヴリーの紅葉

今年の紅葉は、場所によっては早いような気もするが気のせいか?
イヴリーの丘から、駅方面へ下ってゆく途中、道の紅葉がきれいに、輝いていたので一枚。
イヴリー
日本と違い、随分北のフランスでは、長袖やコート姿が普通になっている。
20度越えない日々が続く。
2013.09.19

イヴリーのサンピエール・サンポール教会

麻の散歩である。
イヴリーのメトロ7号線終点メリー・ディヴリー駅の目の前に、大きな教会が立っている。
イヴリー
ほんの少し高台になったところに建っているので、階段で登ってゆくことになる。
15世紀の教会らしい。
教会広場へ周って入ると矢印が出ていたが、残念ながら中には入れず。
イヴリー
教会の階段と木々の先に見える教会は、どこか、侘びさびの雰囲気なのだ。ロマネスクな建物が、走感じさせるのかもしれない。

2013.09.18

モビリスでは空港に行けません!

モビリスを自販機で買う。
まずは、画面に触れる。
英語、スペイン語、ドイツ語、イタリア語も選べますが、フランス語なら、そのまま画面タッチ。
ここは、フランス語バージョンで。
モビリス

画面右側をタッチして選びます。
普通にチケットを買う場合も、カルネを買う場合も、モビリスでも、こちら。
モビリス

1日券、モビリスはMobilisを選択。
ここに、1jour-Sans acces aeroport
となっていますが、これは、1日券(空港を除く)という意味。
空港はゾーン5ですが、ゾーン1から5というモビリスでは、シャルル・ド・ゴール空港へいったり来たり出来なくなってしまいました。
空港の切符売り場でもお兄さんに"モビリスは使えない"と言われたので、残念ながら・・・。
空港までは、Billets-Aeroportを選択してね!という事なのでしょう。
モビリス

モビリスを選択すると、ゾーンを選ぶ画面に。
まずは、始点。
ゾーン1を選びます。
選んだら右下のValiderを押します。
モビリス

次に終点。
ゾーン2を選びます。
ゾーン1から2が最も小さいエリア。
ゾーン1から3を買いたければ、始点画面で1、終点が面で3を選択。
選んだら右下のValiderを押します。
モビリス

次は枚数。
一人なら1を選択ですね。
今日時点でこれは6.6ユーロ。
モビリス

あなたが選択した切符はこれでいいですか?の画面。
モビリス、ゾーン1から2、数量1、6.6ユーロ。
okならValiderを押します。
モビリス
次の画面でお金を投入すると、切符を購入できます。

空港へは行けなくなりましたが、モビリスは以前の自販機より、わかりやすく変えるようになったようです。
2013.09.17

イヴリーの大仏

イヴリー・シュル・セーヌ市の真ん中に、小さな森の散歩道と名づけられた公園がある。
ちょうど、川沿いの低地と丘の境目の段差に存在する。
犬の広場や落書きで埋め尽くされたスポーツゾーンを併せ持つ。
イヴリー
その公園に大仏のような滝がある。
そう、ここを、水が上から下へ流れてゆくのだ。
女性の大仏様のようである。
お腹部分は、南北縦貫する散歩道が通っている。
その散歩道の下を水が通過し、下の滝へと続いてゆくのだ。
2013.09.16

日の丸がパリに

パリのブローニュの森に競馬場がある。
ロンシャン競馬場だ。
ここで、15日に競馬が開催された。

この日のレースに日本の馬が4頭出走。
そのうちの2頭は、10月第一日曜の世界最高峰レースの凱旋門賞を目指している。
そのための、トライアルレースが開催されたのだ。
ニエル賞
その2頭の名は、オルフェーヴル(金細工師)とキズナ(絆)である。
その2頭が、それぞれ出走したレースを勝ってしまった。
勝ったという事は、世界最高峰レースの優勝候補に挙げられることになったということだ。

レース後の表彰式で、日本の国旗を掲げる武豊騎手。
大一番の凱旋門賞で、もう一度それをしたいはずだ。
100年弱の歴史のある凱旋門賞で、史上初、日の丸が掲げられ、君が代が流れることになるのかもしれない。

写真は、欧州のチャンピオンホースたちを抜き去ってゆく、武豊騎手と日本ダービー馬キズナ。
2013.09.15

イヴリーの風車

パリから少々、徒歩で南へぬけたところ。
イヴリー市内に立派な風車が残っている
イヴリー
17世紀の中頃にこの風車が建てられたらしい。
イヴリーも川沿いは低いのだが、このあたりは坂の上。意外とデコボコした地形なのだ。
2013.09.14

アイ村からエペルネーを望む

晴れ渡った青い空ではないが、雲浮かぶ空の下、ブドウ畑の丘の上の一本。
アイ村
目を眼下の町の向こうにやると、エペルネーの街が見えるのだ。
手前は、モエのブドウ畑である。
アイ村
ということは、モエ・エ・シャンドンのエペルネーのメゾン付近から、この丘も見えているのかもしれない。
もっとも、どこがどこだかわからぬだろうけれど・・。
2013.09.13

Rue Fizeau フィゾー通りの馬のポートレート

パリ14区の端。
ジョルジュ・ブラッサンス公園と国鉄線路との間に、白壁に飾られたタイルの馬像がある。
ポートレートというべきか。
胸像である。
パリの道
この脇の公園、屠殺場だった。
正面の入り口には、牛の像。
お肉になっていたのだろう。

とすると、馬肉屋さんがあるパリのことであるから、これは、その意味なのだろうか?
肉ではない馬の市場は、5区と13区の境あたりにあったようだから、ここで馬の取引があったとは思わぬが・・・。
確かに馬肉屋さんの軒先にこんな像がついていた様な気もね。

おでこのタテガミまでキッチリ表現されてます。
2013.09.12

コアラズ村の路地をぬけて

この村は山の中の一つのコブの南斜面に張り付いている。
坂路、階段が多く、細く入り組んでいる。
あちらこちらに日時計があるのだが、その日時計をつなぐように路地が延びている。
コアラズ村
古い崩れそうな古い石造りの家々が補修されながら、ひしめき合うように建っている。
階段も、作りましたというよりは、そこにあった土の階段をコンクリートで補強したようなものだ。
急なところは右へ左へと、曲がりつつ、角度を抑えつつ、縫うように道が伸びてゆく。

南急斜面だからこそ、日当たりは確保できるのだ。
2013.09.11

コリウール路地さまざま

路地ってのは、細長い。
だから、見た目縦長になる。
コリウール
そうすると、カメラを縦にして撮りたくなる。
誰でもイメージできる、決まった写真が溜まってゆくことに。
コリウール
細長いから細長いですっていう説明写真が出来上がる。
これは、貧乏性ゆえではないか?
横向きで撮っちゃうと、なんだか、きちんと説明しきれずに、損した気になるからかもしれない。
コリウール
壁は塗りなおしたり、色が変わったりもするのだろう。
不思議な事に、汚い壁ほど味があるような気がする。
路地そのものが人の獣道。
生活感あってこその路地だからかも知れぬ。
コリウール
道具も道も年季こそ雰囲気をつくってくれる。
たしかに、古道になれば、世界遺産ですものね。
でも、世界遺産の道じゃ、車は入れず、カートは転がせず、生活もままならなくなるか・・・。
2013.09.10

Rue Michal ミシャル通り 壁

カメラのレンズを覗く。
同じものの連続が続く。
見えている画面はカラーだが、シャッターを切ると、頭がクラクラし、レンズの先がモノクロに変わる。

先に、サンタンヌ教会の壁が立ちはだかる。
あの壁まで永遠にたどりつかないのではないか?
あの壁の上は、はるか雲をつきぬけ、全く超えることの出来ない、見ることの出来ない壁なのではないか?
静寂が辺りを包み、足音だけが響く。
パリの道

子供の声が時を破る。
誰かを呼んでいる声。
われに返り、ファインダーから目を離すと、色がよみがえり、心地よい風が、坂を下っていった。
2013.09.09

Rue des 3 Freres Merlin サンブリュー トロワ・フレール・メルラン通り

緑と木漏れ日が当たり通りが雰囲気よく、一枚。
右側にはレストランがあるが、その看板の右上に、ケルトの三つの渦巻きマークが見える。
サンブリュー
このブルターニュのケルトの渦巻きマークと、バスクの十字がとても似ている。
バスクは四つ、ブルターニュは三つ。
ブルターニュの場合、トリスケルというのだが、このマークの入った可愛らしいお土産を見つけることも出来る。
多分、トリスケルのトリは三つという意味なんでしょう。
2013.09.08

Rue de Bagnolet バニョレ通りのインベーダー

先週も載せたバニョレ通りという、パリの20区を東西に貫く長い通りの途中。
また、すでに紹介した、フレッシュ・ドールというクラブの脇に、このインベーダーがたくさん存在している。
パリの道
随分と前、日本の雑誌に、パリにUFOだかインベーダー出現なる記事が載っていたこともあるが、このタイルインベーダーは、その記事になる随分前からあちらこちらに存在していたように思う。
記事になった時には、すでに、タイルが取れて落ちてしまっているものも街中にはあった。

それにしても、こんなに並んでいる場所はなかなか見ない。
汚い、壁面と、通り名とバス停。
日本の感覚だと、ちょっと、治安悪そうに見えるけれど、こんなところは結構普通に存在している欧州なのだ。
2013.09.07

アイ村の風景

さて、丘に登って町を眺めるのもいいが、見渡す限りのブドウ畑もいい。
これを、どうやってカメラに収めようか?考えながら、いろんなアングルで撮りまくる。
結局、どれもこれも同じようなものになる結末をむかえるのだが、後で見るガッカリの分、撮っているときの楽しさがあるのだ。
アイ村
なにやら音が聞こえるようなきがしたら、ブドウ畑の真ん中を、フランス国鉄ローカル線が通り抜けてゆくところであった。
アイ村
この路線、とにかく、シャンパーニュの一流どころの町を貫けるだけあって、ランスまで、ブドウ畑の丘のオンパレード景勝ルートなのだ。
その丘で見たブドウが、どなたかのお金持ちの胃の中へ吸い込まれてゆくシャンパンとなるのである。
2013.09.06

Rue des Thermopyles テルモピル通りを抜けて

パリ14区の住宅街。
プレザンス地区である。
この界隈、モンパルナス駅付近から、熊手を広げたように通りが縦に伸びる。
この熊手の一本一本を横に結ぶ通りがあるのだが、そのなかでも、路地らしい通りだ。
パリの道
路地っぽいのだが、パサージュではなく、れっきとしたRueと書かれている。

緑あふれる、道であるが、このまま突き進むと、コンクリート壁が立ちはだかる。
この壁に沿って、S字に曲がってゆくのだが、このコンクリート壁が、落書きのキャンバスになっている。
まあ、書いてくださいといわぬばかりに存在しているが・・。

しかし、入り口付近は、ちょっと、赴きある抜け道のように、いや、行き止まりのように見えるのだ。
2013.09.05

コアラズ村の道標

昨日は、コリウールの道標の話だったが、今日は、コアラズ村だ。
同じ南仏の地中海沿いの村ではあるが、東の端と西の端。
こちらは、東である。
コアラズ
道標には、Camin dei Manja Brasasとなっている。
Camin dei Anglesというのが、ニースの海沿いの有名なプロムナード・デ・ザングレのことであるらしい。
この言葉、どうやら、プロヴァンス語のニサール語というやつらしい。
フランスが、いまの形になったというのは、イルドフランス地方の言葉が制覇したのであって、実際はいろんな言葉があるわけだ。
といっても、日本語の北と南も全く言葉が違うから、方言の範囲内なのか?それとも別の言葉なのか?
コアラズ
こちらの道標には、Carriera dau Fornとなっている。Carrierarueにあたるんですかね?
スペイン語がcalle(カジェ)が通りだから、それらしくは感じられますね。
そういえば、フランス語のchemin(シュマン)も、道ですね。
つづりが、cから始まるから似てるっていえば、似てる。
2013.09.04

コリウールの道標

コリウールの路地をさんさくしていると見かける道標。
Carrerは、通り、rueなのだろう。
カタルーニャ語だ。
この町が以前、カタルーニャであったということを示す一端であるのだろう。
コリウール
下は、フランス語で書かれた道標。
自由(リベルテ)、平等(エガリテ)、博愛(フラテルニテ)の博愛、フラテルニテ通りである。
コリウール
歴史もさることながら、マチスやドランの絵に使われている、激しい色の原点ともいうべき、建物のカラフルな壁面が印象的です。
2013.09.03

Rue Jeanne d'Arc ジャンヌダルク通りからパンテオンを眺める

ジャンヌダルク通りは、何度か紹介してきているが、13区を伸びる長い通りである。
パンテオンを望むことができる通りもいくつか紹介してきたが、ここは、随分遠い場所からである。

この界隈が、少々高台になっていることが、パンテオンのドームが見える位置からも想像できる。
この、ジャンヌ・ダルク通りをまっすぐパンテオン方向へ向かえば、この通り自体が、下り坂となり、そして、ジャンヌダルク像へぶつかるのだ。
パリの道
ジャンヌダルクといえば、ヒロインだ。
その通りの先に、フランスの偉人たちが埋葬されているパンテオンが見えるわけだ。

ジャンヌダルク自身は、あのパンテオンのふもと、ソルボンヌから見捨てられた。
ちなみに、パンテオンは、ジャンヌダルクの生きた時代とは関係なく、300年ほど後のこと。
パリの道
通りで振り返ると、ジャンヌダルク教会が屹立している。
あの教会のてっぺんからは、パンテオンとソルボンヌを見下ろせるのかもしれない。

ジャンヌダルクの時代、あの丘には、パンテオンの替わりに、城壁が見えていたはずだ。
2013.09.02

Rue Lamennais ラムネ通りからサン・ミシェル教会を望む

コート・ダルモール県の中心都市のサン・ブリュー。
ブルターニュにはいくつか県があるが、この県は、いわゆる半島の北岸に位置する。
ここは、イギリスのグレートブリテン島と対面する形になっているから、ケルト系の人々が、相互に行き来、移住したのだろう。

さて、そのサンブリューに着いて、宿を駅前にとる。
ここの、宿の人が、なんと、昔日本に住んでいたそうだ。
そんな世間話を、ホテルのフロントでしたあと、ぶらりと町へ出る。
サンブリュー
ここへ来た理由は2つ。
一つは、この町にある競馬場へ出かけようというもの。
もう一つは、ここの町からバスに乗って、フランスリネンの聖地ともいうべき、カンタンという町を訪れる事だ。

コート・ダルモール県は、上にも書いたように、海に面している。
だから、海の男が多いし、当然船関係の物も発達する。
だから、リネンがこの当たりで栽培されていたのだろう。

麻、リネンは、フランス語ではLIN(ラン)だ。
下着のランジェリーとかも、きっとこの言葉の派生なのだろう。

さて、町に出て、観光局を目指すが、まったく見当つかず。
宿で、世間話をするのなら、地図をもらうか、観光局の位置ぐらい聞いてきたら良かったが、いまさらだ。

歩いていたら、二本の塔が印象的だったので一枚。
サンミシェル教会が見えるラムネ通り。
このラムネは、あのラムネとは関係あるまい。
2013.09.01

Rue de Bagnolet バニョレ通りの黄色

サンブレーズ界隈をぐるりと散歩して、再びバニョレ通りに出てきた。
角に、黄色のカフェがある。
黄一色であるが、扉の感じがレトロで黄色が可愛らしい雰囲気になっている。
パリの道
ガラスといえば、日本の古い家屋や商店の引き戸のガラスも透明感あってきれいなものがある。
なんだろう、木やガラスの音というか、レトロな匂いというか、味があるのだ。