2012.10.31

イヴリー・シュル・セーヌの渡河歩道橋

パリ13区の続きにイヴリー・シュル・セーヌがあるように、パリ12区に続きにシャラントン・ル・ポンがある。
どちらもパリ郊外ということになる。
これらの街もパリ13区と12区同様、セーヌを挟んで向かい合っている。
この2つを結ぶ橋があるのだが、ここにセーヌを渡る歩道橋があるのだ。
イヴリー・シュル・セーヌ
歩道橋といっても、ボーヴォワール橋のように近代的でもないし、芸術橋のようなお洒落感もない、コンクリートの落書き橋なのである。
見るからに、治安が・・・といった雰囲気で、女性なら渡るのを避けよう。いや、避けたほうが良かろう。
しかし、印象的な橋で、先日も載せた、セーヌとマルヌの分岐点、そこに建つ中国風のホテルもこの橋から一望できる。
イヴリー・シュル・セーヌ
右岸に、左岸に、貨物があふれていた頃、この橋をちょこまか渡って、仕事をする人夫さんがいたのかもしれない。いかにも、いかにもなコンクリート橋なのだ。
橋の北と橋の南に歩道があるのだが、現在使用可なのは、南側だけだ。
いわゆる、太陽の当たる方だけね。
イヴリー・シュル・セーヌ
橋へ登ってゆくためには、幾重にか折れ曲がったスロープを登ってゆくのだが、これまた、このスロープ下はホームレス専用住居と化している。
お勧めできる場所じゃないが、中国風ホテルの印象的な写真を手に入れようと思ったら、ここへ登るしかないのだ。
構造はわからないが、吊橋風コンクリート橋である。
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2012.10.30

Passage Chaussin ショサン小路

パリ12区をぶらぶらしていたら、可愛らしい道が。
気になったのは、こんな細い道に、自転車右側通行!と言わぬばかりのペイントがあったからだが、後ろに下がって道全体を撮ってみたら、一方通行の標識が、まるで門のように可愛らしい。
標識のしたに、Sauf(除く)自転車マークが描かれているから、一通とはいえ、チャリokなのだ。
パリの道
自転車専用レーン以外では、こうした細い路地で見かける自転車マークのような気がするが、気のせいか?
この日は、この道を通過せずに、別の目的地へ向かってブラブラしていたのだが、向こうに見える反対側の入口にも自転車マークが右寄りに描かれているのかどうか?気になってくるというものだ。
パリの道
単なる路地にしては、自転車マークだけでなく、一通の標識ダブルだけでなく、レンガ敷き詰め通りなのである。
住環境とマナーってな単語が、頭に思い浮かぶ通りである。
2012.10.29

サンジャンドリュズの港

シブールとサン・ジャン・ド・リュズを分けるニヴェル川(La Nivelle)。
その河口に広がるサン・ジャン・ド・リュズの港。
海岸沿いのかわいらしい家並みもいいのだが、サン・ジャン・ド・リュズの主要建物が並ぶ、かわいらしい港も楽しい散策路。
サンジャンドリュズ
サン・ジャン・バプティスト教会(Eglise St Jean Baptiste)のひときわ高い塔が見える。
王の家も右端にみえるのだ。
サンジャンドリュズ
マリーテレーズの館、(La Maison de l'infante)のピンクのかわいらしい建物が左に見える。
この建物の裏手は、もう、海とビーチが広がっている。
2012.10.28

アヴランシュ パットン戦車軍団

アヴランシュに宿泊したホテルの名前がパットンだった。
何気なく、その裏手の広場を覗いてみたら、なんと戦車が!
アヴランシュ
そうか、ノルマンディ上陸作戦のパットン将軍なんだと、ピンときた。
広場まで行ってみたら、記念柱と戦車がデンと。
パットンと言えば、戦車軍団との答えが対になる人だ。
アヴランシュ
ノルマンディといえば、上陸作戦ということになるのだが、第2次大戦でも、欧州戦線についてはほとんど学校で勉強した記憶はない。
そもそも、この街へやってきた理由が、アヴランシュの司教オベールのみた「モントンブ」(モンサンミシェル)を眺めてみようであったから、世界遺産と世界大戦が全く結びつかなかったのだ。
あらためて、ノルマンディという土地の歴史を思い起こさせる。

ノルマンディ上陸を果たしたアメリカ軍はアヴランシュへ侵攻し、ここを起点に、モンサンミシェル、ブルターニュ方面や、南、東のパリへと分岐していったようなのだ。

その起点、アヴランシュでパットンはモンサンミシェルを見ただろうか?何を思ったろうか?
軍神ミカエルが、彼の頭上に舞い降りたかどうか?

街中からこの広場を通過して、ぐるっと坂を降りてゆけば、モンサンミシェルを右に見ながら、近づいてゆくことになる。
2012.10.27

パリの廃線跡  Rue de Charenton シャラントン通りから1

先週、ムニエ通りの歩道橋からの廃線跡の写真を載せたのだが、一本となりのシャラントン通りから、その歩道橋を眺めてみる。12区のはずれ。
パリの廃線跡
シャラントン通りから廃線跡を覗き込んでいたら、二人の若者発見。
ちょうど、この下のトンネル部分の壁に、落書きの真っ最中。
パリはあちらこちら落書きだらけであるのだが、落書き中に遭遇したのは初めてだった。
まだ明るいうちから、持て余したパワーを落書きにぶつけているのだろうが、昼じゃなきゃ、真っ暗で書きようもなかろう。

だまし絵やアートならともかく、落書き、ハトの糞、犬のふん、路駐の車は、写真の邪魔。
それが、今のパリであるわけだけれど。
2012.10.26

チャイナエアラインとタリスで行くパリ4

台北乗り継ぎのチャイナエアライン。
空港では、日本円が使えるから、その点が助かる。
到着してから、乗り継ぎ便まで時間があるので、早めにゲートに行くとまだガラガラ。
台北からは、アムステルダム以外にも、ウィーン、ローマ、フランクフルトへ飛んでいるし、日本国内のあちらこちらからやってくるから、日本の違う街からやってきて、違うところへ向かうお客さんとこの空港内ですれ違うことにもなる。
チャイナエアライン
で、直前まで気がつかなかったのだが、アムステルダム行きは、なんとバンコク経由。
ローマ行はデリーを経由するようだ。
フランクフルトやウィーンは台北から直行。
ということで、タイ航空でパリに向かうときにお世話になったスワンナプーム国際空港に一旦降り立つことに。
おなじみの巻貝のようなデザインの空港でしばし待つことになった。
このおかげで、機内食は日本からの直行便より2回、通常の経由便より1回多くなる話は既にした。
聞けば、とんでもない遠回りに聞こえるが、言うほど距離ロスしていない。
普通の南回りと同距離。1度下ろされる時間だけ、余分にかかるという感じだ。
チャイナエアライン
バンコクの滞在時間はそう長くない。
長旅が終わって、オランダのスキポール空港に到着。
評判の高い空港であるが、降り立った感じでは、チューリッヒの国際空港に匹敵するほどわかりやすい。
フランスの郊外ショッピングセンターに降り立ったかのようだ。
そのくらい空港というより普段着感あふれる場所なのである。
素晴らしい空港というのは、大きさを感じさせぬ。
空港の場合、でかいなぁ!の反対が便利だなぁ!なのである。
チャイナエアライン
午前中に到着するが、そのまま、空港地下から新幹線タリスでパリへ向かうこともできる。
でも、そのまま、パリへ向かっても宿に入って、スーパー行って寝るだけ。
せっかくだから、アムステルダム観光の為、スキポールに1泊し、翌日のタリスに乗ることに。
チャイナエアライン
イビスホテルを予約したが、空港出て右へ行くと、すぐにホテル行のバス停が見つかる。
左へ逝くと、I amsterdamの看板がお出迎えしてくれる。
ホテルに荷物を預けて、アムステルダムへ繰り出すとしよう!
2012.10.25

Jardins d'Eole エオル庭園

パリの19区と18区の境目付近。ここに縦長な庭園が存在する。
線路脇に作られた公園なのである。
ちょうど、線路と住宅を分けるように存在するから、騒音対策としてはバッチリに違いない。
パリの公園
庭園であって公園ではないから、作られた感満載であるが、線路と公園を分ける塀の茶と芝の緑のコントラストは美しい。
その上方に通路が見える。
これは、公園と線路脇の間を通る橋になっている歩行者用通路。
線路をまたぐ橋と橋を結ぶショートカットの役目も果たしているから、意外と人通りが多い。
パリの公園
その通路に上がると、板敷きのデッキがある。
途中には、公園の管理事務所や、スポーツ施設、ピクニックでも出来そうなテーブルベンチが並ぶ。
ベンチに座る近所のお年寄りは、何より大好きな”自分の話”に熱中している。
パリの公園
公園と反対側を見渡せば、パリ東駅発着の列車が行き来するのが眺められるのだ。
TGVの東線も、近郊列車も、その他の国の列車もここを通ってゆく。
パリの街を通過する鉄道撮影ポイントの一つである。
パリの公園
この公園からは、サクレクール寺院が眺められる。
ビルの屋上の向こうに、顔をのぞかせる。
真下から眺める美しい姿も好きであるが、およそシャンゼリゼ通りとは正反対のパリの素顔の向こうに見える寺院も悪くは無い。むしろ、こちらの方が、今のパリの顔なのかもしれない。
2012.10.24

新凱旋門 グランダルシュ

Grand Archeグランダルシュは新凱旋門のことである。
Grand(大きな)グランド
Arche(アーチ)アルシュ
英語で言えば、Archがアーチである。
グランドアルシュとなるのだが、フランス的には発音しづらいのでグランダルシュとなる。
新凱旋門
ちなみに、われわれがいう凱旋門、エトワール凱旋門は、L'Arc de Triompheとなる。
Le(英語でいうThe)
Arc(弓)
de(の)
Triomphe(凱旋)
凱旋の弓であるのだ。
たしかに弓の形になってますな。
弓形の門をアーチといいますから、ArcArcheの関係がなるほど。
新凱旋門の場合、弓形ではないですがね。
新凱旋門とは言いますが、凱旋(勝利を記念して)建てられたわけではないので、Triompheとは言わぬのでしょう。
新凱旋門
フランス語で虹のことをラルクアンシエルといいます。
L'Arc en ciel
en(に)
ciel(空)
空にかかる弓という意味になります。
arcadeアルカド(アーケード)なんかも、弓の変形かもしれません。
arcで始まる単語には弓やその形がイメージされた単語が多いのかもしれません。
新凱旋門
さて、建物を全部入れちゃうと、大きさがイメージ出来ぬから、全部入れずに色々撮ってみた。
最後のは、もう大きいのか何なのか?分からなくなってます。
2012.10.23

Rue des Vignoles ヴィニョル通りの雑貨屋さん

フランスの人は家を飾るのが大好きである。
そして、古いものも伝統という単語も好きである。
であるから、そんな空気を漂わせる店は結構あちらこちらにあるのだ。
パリの雑貨屋
20区のはずれ。20区南端を東西に結ぶ通りの一つにヴィニョル通りがある。
通りの入り口、角屋さんは雑貨屋さんである。
パリの雑貨屋
ガラクタも、時がたてばオブジェという思い出に変るのである。
一つ時代についてゆけなくなり、一つ時代が変遷すれば、一つ新しいオブジェがガラクタから思い出に、そして骨董へ変化してゆくのである。
2012.10.22

サン・ジャン・ド・リュズの砂浜

サン・ジャン・ド・リュズというのは湾になっている。
湾の東側がサン・ジャン・ド・リュズで、反対側はシブールという町である。
ここの国鉄駅が、サン・ジャン・ド・リュズ-シブールという駅名になっているのはそれ故なのだ。
サンジャンドリュズ
そういうわけで、サン・ジャン・ド・リュズの砂浜を一望するために、シブールへ向かって歩いてゆく。
そこから、浜辺の写真を撮ろうというわけだ。
サンジャンドリュズ
まだ、夏本番前だったからだろう。人の姿はまばらである。
2012.10.21

アヴランシュ 郡庁裏の公園からモン・サン・ミシェルを眺める

アヴランシュの駅から、最短距離の急坂を登ってくると分かるのだが、坂を上りきったところの眼前にうっそうとした緑の丘が壁になっている。
その壁の上がこの公園だ。
いきなり登らずとも、観光局を目指してゆるりと回れば、息切らせずとも自ずと到着するところ。
モン・サン・ミシェル
アヴランシュにある3つのモンサンミシェル確認ポイントである。
昨夕、塔に登ったので、こちらは朝方の風景。
どの風景も、アヴランシュの司教オベールが見た風景ではない。
彼は、今世界遺産となった、この、巨大建造物を見ていないのだから。

フランスは、地方の下に県、県の下に郡がある。
ここは、バスノルマンディ地方にある3つの県の内の一つマンシュ県。そのなかにさらに分かれる4つの郡の内の一つアヴランシュ郡の郡庁があるアヴランシュなのである。おそらく、アヴランシュの郡の中にモン・サン・ミシェルも入るのだろう。

アヴランシュの、その郡庁の裏の見晴らし公園からの景色である。


2012.10.20

Rue des Meuniersの歩道橋

パリ環状線廃線跡シリーズである。
パリ12区南端付近を縦に通る道である。
この道が、パリの外周へ向かって走ってゆくと、途中パリ環状線廃線跡の上を通る。
この部分が歩道橋になっているのだ。
パリの道
12区の端をめぐる鉄道線も、この付近に来ると、道のほうが高くなり、上から眺められる。
ひなげし揺れる線路脇は、もはや緑地帯の様相である。
2012.10.19

チャイナエアラインとタリスで行くパリ3

チャイナエアラインは、アムステルダム、フランクフルト、ウィーン、ローマなどには飛んでいるが、パリへは飛んでいない。今回の旅は、アムステルダムから入ってパリへ行き、フランクフルトから帰ってくるというものだ。
普通に、
チャイナエアライン
今回ビックリしたのは2つ。
一つは、台北発アムステルダム行きが、バンコク経由であったこと。
もう一つは、チャイナエアラインの機内食がかなり美味いこと。
チャイナエアライン
エコノミーの機内食であるから、機内食の範疇を越える事はない。
日本やシンガポール航空のようにお上品であるとは言わない。
しかし、世界三大料理の国だけの事はあるというお味である。
チャイナエアライン
台湾までに1度。
バンコクまでに1度。
アムステルダムまでに2度。
合計4回の機内食がやってくるのである。
チャイナエアライン
アムステルダム到着直前の朝食は、他社とそう違わないように見えるが、選び方次第。
台湾、タイ経由、オランダへの美食の旅は終わりを告げた。
2012.10.18

マンステールのGLIGのりんごのシュトロイゼル

マンステールの目抜き通り、グランド・リューにあるパティスリー。
1936年からというのだから、老舗菓子屋さん。
GLIG
アルザス風のかわいらしい建物に、ひときわきれいなディスプレイと共に、デンと存在する。
この町、街中にある鉄柱類が全て赤いので、これがかわいさを増幅させているのである。
GLIG
何気なく入ったのだが、頼んだのは先日食べたシュトロイゼル。
前回はプリンの入ったやつをスーパー脇のパン屋で購入したが、今度は、れっきとしたお菓子屋さん。
購入理由は、お菓子屋さん同様、つづりが、Streusselとなっていたので、おお、アルザス?フランス?じゃこう書くのだと、確信したからである。
どれを食べようなんて、特に理由は無いから、そうした縁でもなければ、色か?見た目か?値段ぐらいしか選びようが無い。
GLIG
Streussel aux pommesと書いてあったと思う。りんごのシュトロイゼルである。
中に二つほど、存在感アルりんごがデンと入っておりました。
先日食べたプリンのシュトロイゼルと違って、こちらは上品、ですねぇ。
GLIG
ショーケースの上に詰まれていた、フランス版月餅のようなものも購入。これは外が分厚く硬く、中しっとりのケーキである。
そうそう、GLIGのケースが、GLIGのお店の建物の柄と同じブルーと茶なんですね。
後で写真を見て勝手に納得。
2012.10.17

ラ・デファンス クールブヴォワのビル群

ラ・デファンスという新凱旋門を中心とするオフィス街は、パリの西側に位置する。
郊外きっての高層ビル街である。
このオフィス街は、南のピュトー市と北のクールブヴォワ市に分かれる。
北側クールブヴォワ市の風景である。
クールブヴォワ
ガラスジャングルのラ・デファンス地区。西新宿の谷間に来ているような感覚なのである。
ビルは、新宿高層ビル街より新しい。中野坂上付近の新しいビルが、雰囲気的に近いのかもしれない。
クールブヴォワ
川に映る景色のように、ガラスに映り込む雲とビル。
中でもひときわ高いビルが石油大手のTOTALのビル。
クールブヴォワ
エッフェル塔も凱旋門も見られる、パリ、ガラスジャングル散歩。
大型ショッピングセンター・レ・キャトル・タンへ買い物ついでに。
2012.10.16

ストラスブールのオルフェーヴル

オルフェーヴルという日本の馬が、日本を熱狂させた凱旋門賞2012は10月7日に終了。
競馬に興味がない人であっても、最近名前を聞いたという人もいるであろう。
オルフェーヴルは、金細工師という意味なのだそうだ。Orは金ですものね。
オルフェーヴル
立ち寄ったアルザスの首都にして、欧州の首都であるストラスブール。
その街の、グーテンベルク通りにある金細工屋さん。アクセサリー屋さんというべきなのか?

グーテンベルクという人が金属加工を得意とする人で、この町に住んだドイツ人。
その名を冠する通りにある金細工屋さんである。ほぉ。
オルフェーヴルという、日本人にとってホットな話題の綴りを見て写真を撮っただけなのだが、そんな縁も感じられる文字列となっていた。

パリでは、国立印刷局の横にグーテンベルグ通りがあり、活版印刷の発明人らしい存在感だが、ストラスブールでは、金細工屋さんのある通りについていた。
2012.10.15

Rue de Picpus ピクピュス通りのパリ環状線のトンネル

パリの12区を縦貫する通りが何本かあるが、この通りもナシオン広場付近から伸びる長い通り。
といっても、場所によっては裏通りみたいに細い。
この付近もそうだ。
パリの道
何ってわけじゃないんだけど、まるで、住宅と住宅をつなぐ高架連絡橋のように、道の上にかかるプティット・サンチュール(パリ環状線)の橋。
お金かけられた、レンガのアーチ橋とその周りの緑の植栽。そして、むこうに見える、パリの建物の壁に囲まれて、まるで一つの絵のように佇むパリの環状線の遺構なのである。
こんなパリの空の下もある。
2012.10.14

チャイナエアラインとタリスで行くパリ2

帰国ルートである。
詳細はいずれ。今日の一枚はフランクフルト中央駅。

パリからアルザスへ入った。
アルザス観光の後、ストラスブールからフランクフルトまでTGVでやってきた。
もちろん、チャイナエアラインで帰国するためだ。
パリからフランクフルトへもTGVで直行できる。
ストラスブールから今回乗ったTGVもきっとパリ発であろう。
タリス同様、TGVも早めに予約したら、安いチケットを予約できる。
フランクフルト中央駅
フランクフルト中央駅に着くと、フランス新幹線TGVの周りには、赤いドイツ国鉄がいっぱい。
ドイツにやってきたのだというのは、この赤とソーセージの赤で分かる。
2012.10.13

ストラスブールの夜と日本対フランス戦

ストラスブールへやってきたので、大聖堂を拝みに街中へ。
夜景の撮影が終わったら、宿で試合テレビ観戦のためスーパー経由で帰宿。
日本対フランスだが、サンドニで行われるためフランスの北東の果てからは、向かうことは出来ないが、眠くない時間帯にテレビ観戦はできるのである。
ストラスブール大聖堂
正直、今のフランス代表相手になら、もう少しやれてもいいと思っていたのであるが、前半はだいぶ苦労した日本。後半途中からは、らしさが出て1-0での勝利。

こちらはもっと日本代表が出来るに違いないと思ってはいるものの、フランスでは、そうは思っていなかったろう。
フランス代表が叩かれれば、それは、日本に対する評価がそんなに高くなかった裏返しかもしれぬ。
そのうち、その評価も覆るときが来るのだろう!と、楽しみにしているのである。
まずは、明日の新聞がどんなであるか?楽しみ。

フランスのテレビでは、アーセナルのヴェンゲル監督が常のように解説していたが、この人、ストラスブールの人。
今いる、写真の場所とは、そんな縁なのである。
2012.10.12

マンステールチーズのタルトフランベ

別にマンステール村でなくとも、マンステールチーズののったタルトフランベは食べられるが、マンステール村で食う事に意義があると、コルマールから電車に乗って出かけた。
ここのお菓子やさん、GLIGも有名らしいが、一番の目的は、マンステール村を眺めること。
二番目の目的は、それら、食い物。
マンステール
さて、出てきたタルトフランベ。ただ、切身のマンステールチーズがのっているだけなのであるが、テーブルに近づいてきただけで分かるマンステールチーズの香り。
濃厚なチーズのタルトフランベを美味しくペロリと頂きました。
ゆっくり味わって食べていたら、このタルトフランベという食べ物は、飽きてしまう人もいるかもしれない。
切って切って、サクサクペロリがお勧めである。
2012.10.11

Streussel au flan プリンの入ったシュトロイゼル

アルザスへ来たので、アルザスらしい食い物を食いたい。
タルトフランベ、ブレッツェル、クグロフもいいのだが、思いっきり甘甘系を・・・。甘党としては。
アルザスお菓子
Streussel au flanとなっていた。
Streusselは、日本語だとシュトロイゼルなのだろう。
ただ、シュトロイゼルの綴りを見ると、Streuselとなっている事が多いようだ。
母音にはさまれたSはにごってザ行になるが、買ったStreussel au flanssとなっているため、シュトロイセルというのではないだろうか?


ここは、アルザスであって、ドイツではない。
もっとも、この食べ物の名前など、後でネットで見たのであって、買うときは、ストルーセル・オ・フロンと言ったら通じた。物分りの良い頭の良いおばちゃんが、音声変換を頭の中でしてくれたかもしれぬ。


粉砂糖の振られた、カリカリがいっぱい付いたパンの間に、こちとらが、大好物のフラン(プリン)が入っている。カスタードクリームではないから、意外と、重すぎずいいのである。
まあ、日本の女性陣には、好かれそうもない食べ物かもしれませんなぁ。
2012.10.10

コルマール サンジョゼフ教会

駅の北側に立派な教会がある。旧市街のある駅の東側からも眺められる尖塔の先。
駅の西口にあるコインランドリーへ出かけるため、巨魁の前を通って、広告塔越しの教会が気になって一枚。
ところが、早くも日が沈む頃のため、やむを得ず、近くの電柱を三脚代わりに使用し、広告塔越しではなく、広告塔と教会という絵柄に急遽変更。
コルマール
フランスでもこのあたりまで来ると、日が暮れるのが早く感じる。
そうはいっても、まだサマータイム実施しているから、サマータイムが終わると一気に暗い世界へ入ってゆくのだろう。
ベルリン標準時を使うフランスでは、サマータイムもあいまって、夏の夜はなかなかやってこない。
はるか東のベルリンに時間をあわせるから、それだけでも相当日が暮れるのが遅い時間になるに違いない。
ここはドイツに近い。その分、パリに比べれば、まっとうな時間に日が暮れてゆく・・・気がする。
2012.10.09

コルマール ドミニカン教会

コルマールのエタップホテルに宿泊しようとすると、夕方5時までレセプション開きませんの張り紙。
観光局できくと、あそこは安いから、いつも人がいるわけじゃないわ!と。
雨も降っているし、散々スーツケースと移動したため、カフェで夕方まで休憩し宿へ。
コルマール
雨降る中、近所のスーパーで買って食ったアルザスパンのカロリー消費に出かけた。
教会の夜景を近くのショップの軒下から。
カメラを柱にくっつけて、三脚代わりに。

2012.10.05

パリ市郊外、サンクルーの街

川の向こうに見える、斜面に張り付く街がサンクルー。
この急坂に張り付く家々から、パリが一望できるのだ。
坂を下って橋を渡れば、ロンシャン競馬場。
坂を上って頂上を行けば、サンクルー競馬場。
サンクルー
この街からトラムに乗って、一駅南下する。
右側にサンクルー公園の見える景勝ルート。
降りたところ、陶器の街セーヴル市とブローニュ市の間を流れるセーヌに架かるセーヴル橋から撮影。
エッフェル塔前を通過したセーヌ川は、ぐるりと回って、このあたりでブローニュの森を目指し北上してゆく。
2012.10.04

ポンピドゥーセンター前ジダン・マテラツィ像

2006ドイツワールドカップの決勝戦で起きた事件を扱っている、ジダン・マテラツィの像。
日本でも話題になっていたので、早速それを見に、小雨ふる中、シャトレ・レ・アル駅で下車して、寄り道。
ジネディーヌ・ジダン
暴力は許されない、言葉の暴力も許されない・・・さまざまな意見が飛び交ったこのシーンではありますが、そんなことを再び考えさせられる像といえますなぁ。
この2カ国もお隣同士。
程と度、ほどほどがどこなのか?
越えちゃいけない線はどこなのか?
大人と子供の境はどこなのか?
幼稚園児の喧嘩でも、ちゃんとロジックが存在しますしねぇ。
はたまた、大人気ない態度をとったことの無い大人ってね、どんな人なんだろう?ってね。
身分や収入じゃ線引けそうもない。
2012.10.03

Rue de Crimee クリメ通りの紅葉

パリもこの1週間でだいぶ紅葉が進んできた。
フランドル大通りを歩いていると、右側にきれいに見える紅葉並木が目に入った。
パリの道
パリのクリメ通り。19区を横切る主要通りの一つ。
19区は、パリの中でもっとも多民族を感じられるゾーンなのかもしれない。インド人街でなく、中華街でなく、ユダヤ人街でもなく、いろんな国籍が入り交じるちょっと新しくもレトロモダンな、昭和なパリとでも言おうか?
2012.10.02

新凱旋門から凱旋門を

パリの西、高層ビル街に新凱旋門が建っている。
とにかく、新しいパリの建物はガラスガラスガラスなのである。
そのガラスの森に枠とガラスの凱旋門は建っている。
ラ・デファンス
この新凱旋門の下の階段を一番上まで登る。
登ったら、その階段の一番上にデジカメを置いて、目一杯望遠にする。
階段そのものを三脚代わりに凱旋門を撮ってみる。
ラ・デファンス
撮っている最中、凱旋門の上からピカピカ光るフラッシュさえ見えたりもする。
手前の道を走る車が見えるのだから、シャンゼリゼ側もその裏側も坂道、凱旋門が丘になっている事が分かるのである。
2012.10.01

クールブヴォワのエッフェル塔

ノルマンディからパリへ帰還。
といっても、今度の宿は、パリの西、新凱旋門のふもと、クールブヴォワ市の中心の宿。
サンラザールから国鉄ですぐ、RER-A線でもすぐ、メトロ1号線も来ている。
クールヴヴォワ
その街もセーヌ川の蛇行を誘う高台となっている。
その目抜き通りから、エッフェル塔が見える。
パリだけの特権ではない高層建築の夜景である。
実は、パリの西は皆高台山の手なのである。各々の町の高台から、パリ市を一望できるのである。