2012.06.30

Square Theodore-Monod テオドール・モノ公園

5区をブラブラ歩いていたら、雨が降ってきた。
目に入った公園の木の下へとりあえず避難。
遊具の下にでももぐりこんで、傘を出そうとしたら、パズルゲームのような板と球がはめこまれている。
こうした単純そうなゲームは、奥が深いことが多く、好きだが弱い。
子供とやっても負けそうだなと思いながら、リュックをあさる。
テオドール・モノ公園
見上げると、丁度、向かいのお屋敷が目に入る。
どうやら、シピオン・サルディニという人のお屋敷らしい。
カトリーヌ・ド・メディシスと関係のある銀行家、すなわち、イタリアのお金持ちの人の家ということだ。
トスカーナの人らしい。
テオドール・モノ公園
公園には、フランスでよく見かける、全天候型コンクリート卓球台。
その向こうに、両脇が滝になっている不思議な絵のようなオブジェ。
テオドール・モノ公園
公園の名前になっている、テオドール・モノさんというのは、探検家でナチュラリストでヒューマニストなのだそうだ。2000年に亡くなっているから、シピオン・サルディニと比べたら、あまりに最近のことだ。
そう、入り口のプレートに書いてある。
ついさいきん、この公園の名前が変わったのですかね?
人道とは作為だとすると、ナチュラリストとヒューマニストってのは、似ていない感じもする。
いや、どちらも作為なのさ・・・。
などと、とりとめもなくなるような事を考えつつ、傘をさして、公園を後にする。

この界隈、ムフタール通り、モンジュ通り、ゴブラン界隈の喧騒から遠い。
でも、それらのすぐ裏に隠れるようにヒッソリと存在している。
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2012.06.29

フランスからスペインへ サンセバスチャン

バスク地方というのは、スペインバスクとフランスバスクに分かれる。
折角バスクに訪れたら、スペインへも入って行こうというわけだ。
まずは、国鉄に乗ってHendaye(オンダイエ)の駅へ。
フランスは標準軌(線路幅が日本の新幹線や京王線と一緒)であるが、スペインは広軌(広い線路幅)。写真のものが、広軌かどうか分からぬが、向こうのより気持ち広く見えるが、目の錯覚か?
サンセバスチャン
到着したら、ここからは、国鉄で行かず、市電のような電車で、サンセバスチャンの街中央まで目指す。
Eusko Tren(エウスコ・トレン)(バスク鉄道)の表示がでてますね。
サンセバスチャン
外に出ると、右に、小さな事務所のようなものが見える。
なんと、こいつが駅だった。
サンセバスチャン
フランス国内であるから、フランス語通じるが、スペイン語?で答えが返ってきた。
この単線に乗って、ものの1分ほどで、スペインへ入ってしまうのだ。
サンセバスチャン
東海道線にのって、東京から京都を目指しても、たとえば、関が原越えた辺りで一気に関西弁になるが、ここでは、この列車に乗ったとたん、フランスからスペインに様変わり。
まさに、突然国が変わる感じなのだ。
まあ、バスクの人にとっては、どっちもバスクじゃい!ということなのであろうが。
サンセバスチャン
境目をあまり感じられぬ日本の人間にとって、これは結構衝撃体験かもしれぬ。
あまりにも簡単に呆気なく変わるのだ。
駅前からバスに乗ったら、言葉分からなくなった!みたいなノリなのである、ここは。
2012.06.28

Rue Gergovie ジェルゴヴィ通りの門構え

パリの15区を散策していたら、不思議な門に出会う。
建築途中な訳ではない。
この下には、この建物の間へ入ってゆく鉄柵の門がある。
パリの道
1パーセントプログラム(建築費の1パーセントを芸術的なものに)によってできちゃった何かなのか?
パブリックアートには見えぬが、中途半端さが、なんとも。
それでも、ここからは違う空間なのですよと、こちらに充分伝わってくるのである。

地震大国に住んでいる我々には、こ何時が落ちてきやしないか?心配になるつくりではあるが。
2012.06.27

アルセナル(サンマルタン運河)からセーヌ河岸へ

バスティーユ広場から、アルセナルを南下してゆく。
橋をくぐり、人が少なくなってくると、そろそろ、このアルセナルもドンつきに到着する。
ここに、水門がある。
この水門は、人が渡れる橋になっていて、対岸へ行くことも出来る。
サンマルタン運河
このトンネルに入ってゆくと、その先にセーヌの流れがみえるのである。
サンマルタン運河
橋である水門は、開いてしまえば、渡る事はできない。
その水門が開いて、アルセナルの向こうサンマルタン運河へ続いてゆく。
サンマルタン運河
サンマルタン運河は終点ではない。いわば、セーヌから別の川へ向かって行く始発点である。
そこへ向かって入ってゆく船と信号。
上は、メトロ5号線が走るが、その下も、船の道なのである。
サンマルタン運河
ポッカリ開いたセーヌの脇口の向こうに、あのノートルダムがどっしりと浮かんでいる。
2012.06.26

南仏の鷲の巣村ペイヨンへ1 ペイヨン駅から

ニースからタンド(Tende)線に乗って20分。
ニースを過ぎてしばらくすれば、もう山中。
その山中に入ってしばらくすると、もうペイヨン駅に到着。
Peillon Ste-Thecle(ペイヨン・サント・テクル)
ペイヨン村
駅のホームから、続く線路の左向こうに、岩に乗っかる帽子のようにペイヨン村が見えている。
初めてペイヨン村へ行くわけだが、明らかにそれと分かる南仏独特鷲ノ巣村の異様な光景である。
南仏らしいって言えば、駅舎が、もう、”南仏コートダジュール”らしいカラーの駅です。
ペイヨン村
駅舎の脇から撮ってみたら、岩の太陽が当たる側に張り付くように建物が立っているようだ。
なんだか、日本の日照権問題で、屋根が斜めに作られた話を思い出すような”斜めっぷり”である。
鷲ノ巣村は多いけれど、この見事な画が見られる村は、なかなかあるまい。
ペイヨン村
さて、うわさによれば、1時間程度で、あの山にたどり着くらしい。
もちろん、楽しみは、道中の風景だ。
ペイヨン村
さて、歩いて散歩がてら、行きますか!
もちろん、必需品は、水分。
トイレは駅にあったかどうか?列車の中では済ませておきましょう。
2012.06.25

Eglise de St-Christophe de Javel サン・クリストフ・ドゥ・ジャヴェル教会ステンドグラス

前回訪れたときは、結婚式で中に入れなかったので、今回は内部を訪問。
12区にもサンテスプリ教会という、大変現代的な、圧倒される教会があるのだが、この教会も、新しいが、なかなか威厳のある雰囲気。
サン・クリストフ・ドゥ・ジャヴェル教会
特徴的なのは、そのステンドグラス。
向日葵の花が咲くように、雄ライオンの雄叫びのような、結構激しいステンドグラスが、上から降ってくる。
サン・クリストフ・ドゥ・ジャヴェル教会
現代チックといっても、もう80年90年経とうかという教会である。
外も印象的な建物であるが、やっぱり中のステンドグラスの印象が脳裏から離れない。
2012.06.24

ベトナム航空でパリへ行く18 ホーチミンシティ経由

パリからのベトナム航空帰国便。
今回は、ホーチミンシティ経由。
シャルル・ド・ゴールのターミナルは2E。
ここは、スカイチームながら、RERからは結構あるかされる。
ベトナム航空
パリは昼出発で、昼食には牛肉。
ベトナム航空
ホーチミンシティは朝着で、朝食にはチキンと米麺を。
ベトナム航空
18時間の乗継が始まる。
もう、勝手しったる、タンソンニャットの空港をでると、152番のバスに乗り込む。
車掌さんが、運賃を徴収に来るシステムから、運賃箱システムに変わっていたのは前回。
今回は、バスの値段が3000ドンから4000ドンに変わっていた。
ベトナム航空
今回は、チョクアン教会を目指す。
目指したものの、扉開いておらず。
どうも、お昼休み(午前休み)であったようで入れず。
仕方なく、上の写真のバス停からドンコイ通り方面へ戻る。

ここの路線バスは1番であるが、これも、運賃箱で4000ドンになっていた。
その他のバスも値上がったのか分からぬが、3000から4000とは、かなりの物価上昇である。
ベトナム航空
戻った後は、ブラブラ歩きつつ、教会裏手にある、給水塔を目指す。
上の写真がそれであるが、グルリと周ったが、中へ入れず、いい角度から巨大給水塔の写真を撮る事はできず。
ベトナム航空
うなだれつつ、教会方向へ戻って一枚。

目的を達成できぬと、疲れは倍増する。
フォーを食べ、152番のバスに乗って、早めに空港へ退散。

この152番、前回はよく分かっていなかったが、ベンタイン市場が終点ではない。
ターミナルのうち、ロータリー側に止まるバスは、空港を目指すが、ロータリーと反対側に止まるバスは、空港と反対方向へ向かう。
しかも、適当なところに止まるから、とまったら、ガンガン行かぬと、バス行ってしまう!という羽目にあう。
ベトナム航空
行きのハノイ行きの時と同様、日本への帰国便では、日本食を選択。
ハノイ行きの時のほうが、豪華に感じたのだが、お腹の空き具合も関係あったかも知れぬ。

チョクアン教会は1500過ぎに行く。日曜は1330過ぎに行く。
この宿題は、次のホーチミン経由へ残しておく。
2012.06.23

ランスの大聖堂とは

ランスの大聖堂といえば、フランスの王が戴冠式を挙げるところ。
挙げねばフランスの王として認められぬ。
そんな場所になったのも、フランクの王クロヴィスがキリスト教徒になったからといっていいのだろう。
ランス大聖堂
ランスの大聖堂で王は戴冠し、サンドニの大聖堂に眠る。
ここで、聖レミギウスことサンレミはクロヴィスに洗礼を行った。

大聖堂の床石に書かれたこの言葉こそ、ここの歴史の始まりであったのだろう。
2012.06.22

ひなげし揺れるアイ駅

シャンパーニュ地方のエペルネの隣村、アイAYの駅である。
モネが描いた絵のように、ひなげしがフランス中の線路脇に咲いている。
もっとも、オルセーにあるような絵画の風景は、特別ではなく、今も、あちらこちらに普通に存在している景色なのだ。
アイ駅
夕方、電車待ちの時間に、一枚。
ひなげしは絵になるが、つぼみが強そうな茎と共に、グングン伸びている。
この緑の元気な茎たちまでモネが描いているかどうか?
今度、美術館で確かめてみよう。
2012.06.21

ロシア鉄道

眠りこけていたTGVを降りると、隣に見慣れない列車が・・・。
パリの東駅である。
ロシア鉄道
文字を見ると、ロシアの文字。
モスクワ、ベルリン、パリの文字。
とりあえず、戻って調べようと、証拠写真のみデジカメで。

どうやら、モスクワーパリ間を走り始めた列車のようである。
もうちょっと、ちゃんと写真撮ればよかったなと。

グレー一色に見えますが、赤とグレーの結構斬新な見慣れないデザインの車体でした。
オリエント急行なみに、ピカピカの磨かれた?車体なのである。
2012.06.20

ムランを歩く

今回の目的は、ヴォー・ル・ヴィコント城。
駅前で、バスの運ちゃんに聞いたカフェの前のバス停ってやつに行ったものの、待てど暮らせどバスやってこない。
仕方なく、ムランの市外へ向かって歩き始める。
セーヌ川を越えれば、古い遺構や教会が現れる。
ムラン
観光局で、バス無いの?ってきいて見たら、
「平日は無いわ。タクシーか歩きか・・・。」
で、あわてる事は無いと、ヴォー・ル・ヴィコント城はあきらめて、以前、チーズ祭りで歩ききらなかった場所へ散策しようと、サンバルテルミー通りへ向かう。
この坂道の上から、サンタスペ教会の写真を撮ろうと登ってきたのだ。
ムラン
サンバルテルミー通りというから、サンバルテルミーの大虐殺に関係のある場所かと思いきや、そうではなく、この坂上に今も残る塔、サンバルテルミー教会からついたようだ。
この教会の一部として残っている塔は、セザンヌも描いているらしい。

で、大事な、サンタスペ教会は、この坂道から、よく見えず、再び坂道を下ると、全景を収める事ができた。
2012.06.19

リヨン駅外観

リヨン駅へ向かって上を見上げたら、駅名表示の向こうの女神?が出迎えてくれた。
ここがどこか一発で分かる構図に一枚。
リヨン駅
文字とか、旗とか、いやぁ、被写体として、結構好きですなぁ。
2012.06.18

ディアヌ賞2012

今年は、晴れて陽気となったシャンティイ競馬場。
スポンサーの意向で1週間遅れて開催されたのが、功奏したのかもしれない。
ディアヌ賞2012
今年は日本の馬、ディープインパクトがお父さんという、ビューティパーラーという馬が一番人気ということで、日本でも話題のこのレース。
ディアヌ賞2012
残念ながら、ビューティパーラーは敗れてしまったけれど、ディアヌ賞のレース中を頂点に、帽子とおしゃれした女性の波。
ディアヌ賞2012
それでも、主役はどちらかといえば、女性たち。
お帽子の祭典は始まる。
インパクトでは鳥かごでしょう。
ディアヌ賞2012
少し早めに来た人達の楽しみはお昼のピクニックとコンサート。
ディアヌ賞2012
フランス語では賭けるという単語はJouer(ジュエ)。
遊ぶも、ピアノを弾くも、スポーツをプレイするも同じ単語。
賭けというより、遊ぶという要素が強いのかもしれない。
ディアヌ賞2012
遊び心満載の競馬観戦は、”競馬なんてはしたない!”という感覚からは生まれてこない。
ディアヌ賞2012
この競馬、女性達がウキウキできる、仮想空間と現実の狭間なのかもしれない。
2012.06.17

アラブ世界研究所

ノートルダム寺院の見える名所。
先日昇ったら、見る事ができなかったが、今回は、川岸の公園から仰ぎ見る事になったので、よく見るアラブの幾何学模様デザインの面ではなく、曲線面をパチリ。こちらも、印象的なのだ。
アラブ世界研究所
5区というのは学生街。
歩いて写真を撮っていると、大学生らしき若者から、小さな子供まで、写真の中に映りこんでしまうことが多い。
パリの人はレンズが嫌いなんて、どこかで聞いたが、若者達子供達は違う。
こちらの撮影無視でというより、好んでレンズの中へおさまりたがる。

それはそれで、楽しい絵も撮れるのだ。

で、このアラブ世界研究所を過ぎて歩いていくと、若者女子ふたり。
「中国人?日本人?」
「日本人」
「英語、フランス語どっちが分かる?」
「フランス語の方がまし」
「私達、家の鍵も無くて、ご飯も食べれないから1ユーロ頂戴!」

いろんな若者がいるが、こいつはそんなに微笑ましくない話。

2012.06.16

Le Boulanger de Saint Germainにて2

今回はパリのパン屋のプリンことフランFLANと、ショコラティン・オ・ザマンドを購入。
フランは美味しいとそうでないやつの境目は、ゴムっぽいか、そうでないかである。
写真を見ると、ここのフランもゴムっぽく見えるのだが、そんなことはなく、しっとりしているのである。
ゴムっぽいという表現が極端であるのなら、きっちり固まりすぎていて、黄色い寒天かゼリーでも食っているかのような気にさせると表現しても良いかも知れない。
簡単に言うと、ゴムなのである。
パリのパン屋
ここは、しっとりした生地に、写真のように、下に厚めのしっかりしたパイ生地がある。
パリのパン屋
ショコラティン・オ・ザマンドであるから、クロワッサンにアーモンドと粉砂糖ではなく、パンオショコラにアーモンド粉砂糖バージョンである。
ガッツリ超お高いカロリーでありましょうが、これ、パンオショコラ部がカリカリとしていていい。
たいてい、持つと、ダラリと垂れ下がってしまうのが、この手のパンであるが、ここは、きっちり焼かれている。
だから、サクサク感があるのである。
パリのパン屋
チャンスがあれば、また、この店まで訪れて、別のパンを食べるとする。
2012.06.15

CAEN カン駅にて

パリからやってきた特急は、ここに停車して、シェルブール方向へ向かう。
ここから、レンヌ方面行きの列車も出る。
それに乗れば、ノルマンディーを南下し、モンサンミシェルを通り、ブルターニュのレンヌへ向かってくれる。
カン
列車待ちに並ぶ赤信号と、去り行く機関車、背景の教会が絵になって一枚。
この、一番右側から、シェルブール発のパリ行きインターシティはやってくる。

写真の向こうに教会が見えるが、街の中心は、線路はさんで反対方向。
パリサンラザール行き最終は、ここを20時過ぎに出る。
この写真で20時前後。
パリにつく22時頃、周囲はようやく暗くなる。

2012.06.14

旗と共にパリへ向かうジャンヌダルク

ジャンヌ・ダルク像。
丁度、5区と13区の境目に立つ。
どちらかといえば13区寄り。
ここから、13区を南北に長く伸びるジャンヌ・ダルク・通りが始まるのである。
だからこそ、ここに旗を持つフランスの救世主がいるのである。
ジャンヌダルク
黄金のもいいのだが、引き締まったこの色こそ、強き一途な女らしい雰囲気が漂うのである。
西郷さんではないが、目指す場所、パリ中心方向を向いて立つ彼女の姿である。
2012.06.13

モスク前に縦列駐車

パリに巨大なモスクがある。
5区。
真っ白で、幾何学的なそのたたずまいを背景に、並ぶ自転車を一枚。
パリのモスク
このモスク、喫茶店などもあるのである。
さすがに、周りを歩いていると、カメラを構えた観光客も多い。
互いが、どんな風景を撮っているのか?誰かが撮っていれば、振り返って、いい構図がないか、つい探すのが人情である。
2012.06.12

プラス・モンジュのメトロの入り口

パリの5区に円形闘技場がある。
その裏手にPlace Mongeのメトロ駅の入口が。
円形闘技場のある公園の一角。
プラス・モンジュ
まるで、その闘技場地下へ潜り込む、特殊な入口のようなのだ。
中央のベタなMETROの文字が、工場で製品化された看板らしくなく良いのである。
2012.06.11

フランスのチーズ オッソーイラティ

たまたまスーパーへ行くと目に留まったので買うことに下チーズ。
オッソーイラティ。
バスク地方のAOCチーズで、ブルビチーズである。
オッソーイラティ
これを、そのまま食べてみたり、スパゲティーのソースへ入れてみたり。
ブルビだからヤギチーズのはずであるが、ハードタイプだからかどうか?クセは少なく、ヤギと入っても食べやすい。
パスタも美味しくなる。
オッソーイラティ
チーズ好きなわけではなかったが、食べていると、だんだん、楽しくなってくるのだから不思議だ。
こっちがあぁで、あっちがあぁと言っているのは、意外と楽しいものだ。
Posted at 11:17 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2012.06.10

メトロ1号線 オテルドゥヴィル駅

BHV、いわゆる、Bazar de l'Hôtel de Ville。
そこへ、文房具のケースを探しにいったのだ。
で、今まで気にした事も無かったのだが、駅の上の鉄ブツブツが赤と青に塗られている。
黄色一色とか、オレンジ一色とかは見た事があるが、ここは違う。
オテル・ドゥ・ヴィル駅
このカラーリング、パリの色なのである。
写真の奥に映る市の紋章も赤と青である。
パリのサッカーチームも赤と青であるし、そこからフランスの国旗が赤と青が含まれたともいわれているのだそうだ。
たしかに、この地方、イル・ド・フランスですが。
2012.06.09

Rue des Fosses Saint-Jacques フォッセ・サン・ジャック通り

パリの5区の頂上にはパンテオンが立つ。

このすぐ南側にある通りが
Rue des Fossés Saint-Jacques フォッセ・サン・ジャック通り
である。

このフォッセという単語は、城壁の外側を走る通りにだけつくらしい。
現在は、そんなにたくさん残っていないようだ。

この5区には、他に、
Rue des Fossés Saint-Bernard フォッセ・サン・ベルナール通り
Rue des Fossés Saint-Marcel フォッセ・サン・マルセル通り
が現存する。
パリの通り
Fossésという単語、塀とか堀とかの意味になるらしい。
そういわれて地図見れば、フォッセ・サン・ベルナール通りと、フォッセ・サン・ジャック通りは、フィリップオーギュストの城壁の外側を走るとおりである事が分かるのである。
2012.06.08

Le Boulangerie de Saint Germain

お目当てのパン屋さんが一つあったのだが、どうも、看板を残してそのパン屋さんは移転またはなくなってしまっていた。
という事で別のパン屋さんを物色。

モベール・ミュチュアリテ駅目の前、広場にあるパン屋さんへ向かう。
途中、カップラーメンをすすりながら歩くパリジェンヌ2人組遭遇。
ビッグサイズのカップめん。
パンをかじりながら歩くのは良く見かける光景だが、カップめんは始めてだ。
立って食べるんじゃなく、歩きながらってねぇ。所かわれば、感性も違う。物差しは一つではないのである。
パリのパン屋
駅のエスカレーター出口を出たら目の前。
ビオのお店のマークが貼ってある。
パリのパン屋
こちらで、今日は、クロワッサンとパンオショコラの定番を購入。
お昼に高カロリーを2つお腹に入れることに決定。
パリのパン屋
クロワッサンは細目で見た目軽く感じるが、食べてみると思ったよりもずっしり感。
パンオショコラもそれなりの重量感。
どちらも、パリのパン屋さんらしい一品なのである。

近くに日本でも有名なお店もあるけれど、今回は、ここへ通って色々食べてみる事にしたのだ。
2012.06.07

Rue Gutenberg グータンベルグ通り

パリの15区、ジャヴェル地区にある教会へ出かけたら、斜め前に少々物々しい鉄柵に囲まれた建物がある。
鉄柵には1640の数字。1640年に作られた国立の何かなのか?

近づいてみると、フランスの国立印刷局である。
いやいや、多分、印刷ってな意味の単語だったはずだ。造幣局って言うことはあるまい。
フランス国立印刷局
1640であるから、ルイ13世時代。王立ということになるのかな?などと考えて歩いていくと、角に信号が。
そこで立ち止まって、通り名を確認すると、
Rue Gutenberg(グータンベルグ通り)
要するにグーテンベルグである。
なるほど、訳は印刷で間違いあるまいと確信。

印刷局の壁の向こうへ伸びるグータンベルグ通り。そのずっと先にエッフェル塔の先っぽが見えた。
フランス国立印刷局の壁にグーテンベルクの名が刻まれている(貼り付けられている)ことになるのだなと。
2012.06.06

セーヌ河岸散歩

アラブ世界研究所の屋上から、久々にノートルダム寺院でも眺めようかと登ってみたら、日本企業の貸切で、屋上へ立ち入り禁止。ということで見られず。
アラブ世界研究所
ということで、ブキニスト脇から、ノートルダム寺院の写真を一枚。
ブキニスト
決して、暖かくなったわけではないが、この数日間涼しいというか、寒い。
Posted at 05:55 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2012.06.05

ベトナム航空でパリへ行く17 ハノイ経由

今回の旅のテーマの一つは、ベトナム経由、ハノイ経由で、ハノイの街へ出るである。
成田空港から、ハノイ行きのベトナム航空に乗り込む。
ハノイ経由
食べ物は、今回、和食を選択。
結構イカス美味しい機内食と思うのだが、まあ、基本、どこのエアラインも50歩100歩。
ハノイ経由
さて、ハノイに到着する。
空港について、トランジットカウンターのようなところでお兄さんにハノイの街に繰り出せるの?と聞いてみると、入国審査の方へ行けば大丈夫よ、出発2時間前に戻ってきてね(完全に言葉理解できていないが)と教えてくれる。

で、入国審査も、今日の便で、パリへ行くと告げ、すんなり入国。
トランジットのつもりが、間違えて入国審査に並んでいると思われないよう、ハノイに入国したら、今日の便で旅立つ事を伝えれば基本OKなのだろう。
ハノイ経由
バスで市内へ出られるとの事だが、うろうろしていると声をかけられる。
ミニバスに乗らないか?いきたいところどこでもつれてゆくよ!
40000ドンじゃ、乗る気にならない。

探しまくると、どうやら、空港のターミナルの外にあるようだ。
到着階から歩いてゆこうとするのだが、そこへ到達する道がない。
無理やり、道路を横断してバス停方面へ。

外に出て、左方向へ行くと、バスが見えてくるのだが、このバスへ乗るためには、到着階から、出発階へ上がり、左へ出て、下の道路から上がってくる半円形のスロープの歩道を歩いてゆけば、自ずとバス乗り場へ到着する事ができるようになっている。

地元の人でなければ、わからぬような仕組みといっていいかもしれない。
ハノイ経由
7番はキムマーバスターミナル、17番はロンビエンバスターミナルという知識だけで、バス乗り場へ向かうと、丁度バスが発車してしまった。
横を通り過ぎようとしていたので、無理やり手を揚げて止めると、停まってくれた。
7番に乗って、キムマーバスターミナルへ向かう。
ハノイ経由
川を渡り、市内へ入るが、キムマーバスターミナルがどんなところか分からない。
一応念のためと思い、後に座っている別の乗客にキムマーへ行くのかどうか聞いてみる。
キムマーしか通じないが、それだけで、充分。
おりて22番に乗りなさいと教えてくれる。

降りたバス停で、再度、お姉さんにキムマーへ行く方法を聞いてみると、32番へ乗れとのこと。
後で気がつくことなのだが、この国の人達の発音で、20と30がどうも聞き間違える。
32番にのって、なんとか、キムマーバスターミナルへ到達する。
ハノイ経由
キムマーバスターミナルで、ノイバイ空港への行き方を聞いてみる。7番に乗りたいんだけどと付け加えてみると、何とか通じ、13番にのって、途中で7番に乗り換えなさいとのこと。
ああ、7番1本で空港へ到達する事ができないことを悟る。

ちなみに、空港から市内までバス代4000ドン。市内のバスは3000ドン。
ハノイの旧市街をブラブラする。
9時間乗換といっても、往復に2時間、出発前2時間には到着という事を考えると、5時間程度の散策しかできぬ。
今回は4時間ほどで舞い戻った。
それでも、街を感じる事が充分できるのだ。少し散歩して、ご飯食べただけとなってしまったが。
ハノイ経由
帰りは、ホーチミンでは、結構安心と言われていたタクシーを拾ってで空港へ。
43万ドンほど。まあ、2000円弱ということになる。
パスポートを見せるだけ、荷物検査をして、すんなり出国。
ハノイ経由
歩いた疲労で、機内食を食べた後は、爆睡。
ハノイ経由
折角なので、普段は外して撮る機内食の蓋の写真も撮っておく。
ハノイ経由
パリ到着朝7時。フランスへ移動を完了。
そうそう、ノイバイ空港でコーラを買ったら、38000ドンと言われたが、28000ドンだった。
どうも3と2は聞き間違えるのである。
2012.06.04

シャンティイ城

有名サッカー選手、日韓ワールドカップのヒーロー、ロナウドがここで結婚式を挙げたとか。

そのシャンティイ城。
国宝級の絵画がたくさんある。

オルセー美術館の有名なアングルの絵、泉と瓜二つの絵もあれば、ルーブルのガブリエル・デストレとその妹の絵とそっくりな絵もある。ルイ14世、ルイ15世、マリーアントワネットの絵も飾られているのである。
有名なのは、ラファエルの3美神なのだそうだが、これだけが突出して良い絵なのかどうか?それは、こちらの知識では分からないが、この3美神、思った以上に小さい絵だ。
シャンティイ城
強風の吹き荒れるシャンティイ。
連日の疲れと、寒さで、少々ダウン気味。
入り口においてあった自転車と、鉄格子を入れつつ、シャンティイ城を一枚。
シャンティイ城
絵はたくさんあるのだが、このお城、壁や扉のユリの紋章も印象的であるし、その他
いろんな柄がたくさんあるのである。
シャンティイ城
モノトーンのステンドグラスは、なんともいえぬ高級さが漂うが、ウィーンとオットー・ヴァーグナーの教会を思い出すような色調。
もっとも、こちらの方が、よほど古いのであろう。
線対称でもなく、不思議な枠線が、なんともいえずいいのである。
修復の結果なのか、最初からなのかどうか?分かりませんがね。
2012.06.03

ベトナム航空でパリへ行く16 ハノイぶらぶら

前回ハノイ乗換の場合、9時間以上空港で待つという苦行にフォー一杯のサービスで耐えながら、パリ便を迎えたので、今回は、ホーチミン時同様、ハノイの街中までGO!にチャレンジ。
まあ、色々、大変な事にもなったが、何とか旧市外へ到着し、チェックしておいたレストランのうち、仏具屋通り近くの、どのガイドブックにも載っているという、ダックキムへ。
ハノイ
ブンチャーという、まあ、小皿に、色々ぶち込んで食べるのが有名な店なのだそうだ。
ダックであるから、ダックのお肉なのだろうか?
全体的にあったかい食い物ではないのだが、ダックのお肉と、揚げ春巻きは美味い。
甘い感じのスープとそれに浸ったお肉を取り出し、小皿に移した白い麺にかけては食い、かけては食う。
結構さらさら食べられて、あっという間にお腹一杯。

2012.06.02

ジェノヴァ・ピアッツァ・プリンチペ駅

母を訪ねて3000里のマルコ出身地である。ジェノヴァ。
三浦和良選手も所属したサッカーチームのある街でもある。
ミラノから、フレッチャビアンカにのって、ここへ到着する。
列車の中のフランチェスカ母娘ともここでお別れである。彼女達は、きっと、ローマへ向かうのだろう。
ジェノヴァ・ピアッツァ・プリンチペ駅
ここで乗り換えると、一路、フランス国境手前のヴィンテミリアを目指すことになる。
最後のイタリアの地といえるほどではないが、まあ、記念に、駅の写真でも撮っておくか!とラーメンどんぶり上部のような駅の屋根を撮って置く。
ジェノヴァ・ピアッツァ・プリンチペ駅
その、ラーメンどんぶりデザインの向こうの丘の上のアパート群と一緒に駅の雰囲気をもう一枚。
ジェノヴァ・ピアッツァ・プリンチペ駅
やがて、ヴィンテミリア行きの列車が入ってくる。
しかし、この列車、暖房効きすぎで、めちゃくちゃ暑いのである。
ジェノヴァ・ピアッツァ・プリンチペ駅
暑いなぁ、、、なんとなく我慢していると、となりのボックス席に座っていたおばあちゃん達が、盛んにデッキへの扉をあける。
あければ、少々外の空気で涼しくなるのだが、この扉が、すぐに閉じてしまうのだ。
海沿いの車窓はきれいであるが、列車の中は、2月の猛暑である。

最後は、こちらのスーツケースで、扉が閉まらないよう固定。
おばあちゃんのOKサインと共に、こちらも夢の中へ。
一路、国境を目指す。
2012.06.01

Rue du Commandant Rene Mouchotte コマンダン・ルネ・ムショット通り

モンパルナス駅の東側、パリ14区を延びる通りである。
近代的なといっても、もはや、レトロ感もただよう、大型ビルの建つ通りでもある。
パリの道
この裏側は、以前紹介した、モンパルナス駅の上の公園になる。アトランティック庭園である。
表の顔がこれだということだ。
パリの道
そうそう、フランスの建物は、フランスのいろんな部屋は、窓にカーテンやブラインドがないことが多い。
あっても、それが開いていることも多い。
太陽の光が中に差し込むためでもあろうし、開放感でもあろうし、いやいや、見せているという人もいよう。
パリの道
日本にありがちで、こうした窓の建物はない。真四角がずらりと並ぶ様は、何かの巣であるようなのだ。