2012.02.29

エズで写真を撮りましょう

ニーチェの道をエズ・シュル・メール駅から登る。
今回で2度目の登頂であるが、前回に比べるとだいぶ早く着いた。
写真を撮りながらであったが、1時間強で到着。
エズ
ぶらぶらしていると、目の前でフランス人観光客がポーズを取って写真を撮っている。
写真を撮るにはイメージ的に邪魔な、置かれていたペンキの缶とゴミ袋を移動して、撮影。
終わると、ゴミ袋と、ペンキの缶は元の位置へきっちりと戻していた。なるほど。

そのゴミ袋こみで写真を一枚。

今回いくつも訪れている鷲ノ巣村のなかで、ここは、きっちり整備されている。
写真の道のように、真ん中にはレンガが敷き詰められ、一番上の海を眺める場所へ入るには、"サボテン園"に入るというための入場料が取られる。

古い中世の面影の村ではあろうが、充分現代を感じさせてくれる。
だから、かえって、ゴミ袋入りの写真の方が、人間臭くでいい。
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2012.02.28

ヴィルフランシュ・シュル・メールのトイレ探し

コクトーのチャペルがあることで有名な、鄙びた海辺の村。
ここの観光局の脇、海沿いまで歩いてゆくと、公衆トイレがある。
このトイレ、入場するのに、50サンチーム必要なのだ。
投入して、中に入ると、また扉がある。
そこの中にトイレがあるはずなのだが、赤ランプのまま、扉は開かない。

「イ・リ・ヤ・ケルキャン?」

扉をたたきつつ、誰かいますか?とフランス語で言ってみるも反応はない。
外から、フランス人おばちゃんたちも参戦して、トイレの中に声をかける。

「イ・リ・ヤ・ケルキャン?」
反応はない。

「50サンチーム入れたの?」
「はい」
「それは残念ね」

その会話を最後に、三々五々、トイレ前から散っていった。

ヴィルフランシュ・シュル・メール

仕方なく、街なかのサッカーカフェに入り、カウンターでカフェを注文し、トイレを借りる。

そして、駅の方へ向かってゆくと、鎖につながれた自転車が・・・。

タイヤもない自転車であるが、鎖につながれている。
きっと、そのタイヤが高価なのに違いない。
持ち主が持っていったのに違いない。

公衆トイレは壊れていたが、この自転車は壊れていないに違いない。
2012.02.27

Entrevaux アントルヴォーへ

プロヴァンス鉄道に乗ってその途中の有名城塞村、アントルヴォーへ出かける。
駅前のトイレは使えない。
門への橋の前、レストラン裏手に公衆トイレを発見。
そのトイレから出てきて、アントルヴォー一望写真を撮ろうと身構えたら、右側に動く物体を感知。
その物体をカメラに収めておく。
「なにしに来たんだい?」と。
Entrevaux アントルヴォー
ここは旧市街の裏手にある城砦がメイン物件であるのだが、ここへ行くと、日本の団体さんに遭遇。
息を切らしつつ、ぜいぜい、抜きつ抜かれつ、抜かれつ追いつけず、登ってゆくと、村を真上から眺められる。

帰りは楽ではあるが、ヒザにご用心。
いやいや、帰りの電車の席確保にご用心というべきか。
2012.02.26

アノット村の主

プロヴァンス鉄道に乗ると、徐々に岩場に入ってゆく。
ヴァール川沿いをズンズン登ってゆく。
周りの景色は、残雪景色となり、これは寒そうだと、薄着を後悔。
1時間50分ほどで、Annot(アノット)村到着。
しかし、着いてみると意外と暖かい。
Annot アノット
村へ入ってゆくと、左手に観光局。
地図をもらって散策スタート。
こんな場所にも観光局があるのだ。さすが観光大国。

古い村地区へ入ると、何匹かのネコに混じって、犬が一匹。
あっちへ消えたかと思えば、こっちから現る水先案内人。
ここは、この犬のように、可愛らしく、そして、古い。
2012.02.25

Peille ペイユ村

ニースのヴォーバンにあるバスターミナルからラ・テュルビーを経由して、ペイユ村へ向かう。
崖沿いの岩場をくりぬいたトンネルを越え、斜面に張り付く村に到着。

行きがけのバスの中で、隣に座ったおばちゃんが、スターウォーズの剣を二本持ち運んでいた。
孫へのプレゼントだろう。
Peille ペイユ村
村をぶらぶら散策しているとペイヨン村で見たように、こちらでもこびとの人形に出会う。
先日のペイヨンとペイユは、徒歩2時間で結ばれるらしい。
一晩かけて、こびとがウォーキングしてきて、痩せたのかもしれぬ。
かぶりものも似てる。
2012.02.24

Peillon ペイヨン村へ

南仏には多くの鷲の巣村がある。
海沿いエズなども有名だが、少々奥地のペイヨン村も、ミシュランのガイドブックでは二つ星。
ペイヨン駅からテクテク歩いて1時間。写真撮りながら、ゆっくり登ると1時間半ほど。

その村の脇にあるチャペルには、15世紀のフレスコ画があるらしい。
村にもその看板が立っているが、教会は開かずの扉。
ガイドをよくよく見れば、買った十数年前から、ここは見学不可のようである。
で、その脇にいた、こびとの像を一枚。
ペイヨンこびと
村は観光地化からはだいぶ遠い鄙びた鷲の巣村である。
村の中をあちらこちら、トイレを探しつつ歩いたのであるが、見つからず。
散々探し回った挙句、村の入り口に、ございました。
心地よく、下山。
2012.02.23

ミラノの郵便ポスト

サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会からドゥオーモげ向かって、ミラノの街をあるいていて、気になったもの。
郵便ポスト。
同じ形で2つならんでいることが多い。
カラーは日本と一緒の赤である。
ミラノ郵便ポスト
国変われば、郵便ポストの色も変化してゆくのである。
フランスはちなみに黄色。
2012.02.22

ミラノ、スポンティーニのピザ

ミラノの地図を見ながら、ピザ屋さんを探す。
ミラノ中央駅から15分程度のところで1泊する。
単なる通過なのであるが、せっかく立ち寄ったのであるから、何かイタリアらしいものに出会いたい。
そして、見つかったのは、このスポンティーニであった。
スポンティーニ
分厚いピザといえば、パリでよく見かけるのだが、さて、本場の薄いピザではなく、分厚いピザというのはどんなもんか?と食べてみると・・・。
生地の底がしっかり焼けて香ばしい。写真はビッグサイズなのであるが、結構ペロリといけた。
おなかいっぱいになりますがね。
パリの分厚いピザとは、確かに別物でした。
ここは、結構な有名店らしいですね。
2012.02.21

雪上競馬、スイス・サンモリッツ

2月のサンモリッツの最大イベントが、この凍った湖の上で開催されるホワイトターフという雪上競馬である。
歴史は100年を超える。凱旋門賞より古い。
地元以外からも、独仏伊の着飾った人から、スキーウェアの方まで、大勢が観戦する。
ホワイトターフ
湖上のテーブルで雪に吹かれながら、ソーセージをほおばり、ビールを飲み、馬券を買い、レースを見る。
写真のような普通の競馬から、スキーで滑る競馬まで、珍しいものがたくさん見られるのだ。
スイス最大の競馬イベントにして、世界でも珍しい競馬が、ここサンモリッツで開催されるのである。
2012.02.20

サンモリッツのベンチ

サンモリッツのセガンティーニ美術館前のベンチ。
ここから眺めるサンモリッツの湖は、なかなか景色がよい。
もっとも、現在は冬。湖は凍って、競馬をやるために雪が敷き詰められている。
サンモリッツ
そのベンチ裏に、真っ白な雪。
ベンチにサンモリッツの太陽のマークにサンモリッツの文字。
リヒテンシュタインのファドゥーツのベンチにもVaduzの文字。
パリのベンチも、パリのマーク、船の紋章が入っている。

それにしても、この国に入ってから、この国のいろいろが抜かりないことにビックリする。
お国柄だろう。
除雪もそうだ。
そう、このベンチもちゃーんと除雪されている?のです。
2012.02.19

リヒテンシュタイン ファドゥーツ城へいらっしゃい!

スイスは東端でオーストリアとつながるのだが、その間に広がる国が、リヒテンシュタイン。
その首都がファドゥーツである。
通常、スイスのSargansサルガンツから、黄色のリヒテンシュタインバスでファドゥーツまで向かう。
鉄道で行こうと思うのなら、サルガンツで乗り換えて、スイスのSevelenセヴェーレンが最寄り駅。
ファドゥーツ
ファドゥーツの市内をうろうろしても、崖の上にあるレストランみたいな建物がお城ですってな感じにしか見えぬのであるが、ライン川へ向かって、徐々に街中から外れてゆけば、お城が全貌を現す。
スイスのセヴェーレン駅のホームからも、このお城は眺められる。
ライン川の国境を渡って、てくてく歩いてゆくと、女の子が、ファドゥーツ城はこちらですと案内してくれる。
2012.02.18

スイス Chur クールの自転車

スイスのグラウビュンデン州の州都、クールの教会にジャコメッティのステンドグラスがある。
その教会の裏側に、自転車複数発見。
もっとも、自己主張強いやつがこれ。
ジャコメッティのカラフルさに決して負けていない。
サンマルタン教会
どうも、数日の滞在で感じる事は、この国、自転車が結構多い。
街中でもよくすれ違う。
フランスと比べると、多いなという印象だが、日本ほどじゃないってところである。
最新の自転車をひけらかすように乗るのと違って、蚤の市の骨董をみるかのような自転車が多い欧州。
2012.02.17

トルコ航空でパリへ行く1

トルコ航空で欧州へ向かおうと思っている人たちにとって、もっとも気になるところは、乗換についてだ。
夜、イスタンブールに着いて、朝西欧へ向かう。
となると、その間どうするの?ってことが気になるわけだ。


乗換時間が、10時間以上あると、エコノミーでも1泊無料で手配してくれる。
詳しい話はまたとして、今日は、トランジットホテルへ向かうバスの話だ。


マイクロバスへ乗り込むと、見事なまでの満席。
全く席がないじゃないか!と思いきや、最後列の中央の座席がかすかに空いている。
そこへ、無理やりお尻をねじ込んで座る。
左には、スペイン語を話す太っちょおじさん。
右には、イタリア語?を話す、イケメンの黒人のお兄さん。
前方には、フランス人の、6名ほどの団体さん。


荷物も置けぬから、足元の通路に置いて、まあ、ホテルまでの我慢よ!とスタート。
バスの運転席脇の電光掲示板は、20:50、13度、だったはず。
2月である。ついこないだまで、寒波寒波と言っていたて、イスタンブールの気温も低そうだったが、、そう寒くない。
もう、寒波は去ったようだ。
イスタンブールトランジットホテル
バスは暫く走るが、空港周りのホテルへ到着の様子はない。
時刻は21:03、温度16度。気温が上がっている。


バスはさらに、道を下って行くようだ。
明らかに、幹線道路に乗って、どこか遠くへモードである。
前方のフランス人団体が指差しでざわざわすると、バスのフロントガラスの向こうに、ブルーモスクだか、アヤソフィアだかのライトアップ夜景が見えている。
イスタンブールの街中のホテルを目指しているようだ。
時刻は21:20、温度19度。気温がさらに上がっている。


途中、左折すると、石畳の坂路を右往左往、ガンガン上昇してゆく。
時刻は21:25、温度21度。到着。



快適な4つ星ホテル。4時半から朝食付き。5時にお迎えバス。

21度もあるわけなかろう。
まさか、室内の熱気をはかっちゃいないだろうなぁ。

写真は、ホテル窓から、イスタンブールの坂道を・・である。
雨のイスタンブールの夜である。
2012.02.16

Rue Georges Pérec ジョルジュ・ペレック通り

先日載せている20区の一戸建街の通りの一つだ。
ポルト・ドゥ・バニョレ駅付近だ。
この通りは、この街区の2つの通りを結ぶ短い階段通りである。
パリの道
ジョルジュ・ペレック通り。
その可愛らしい雰囲気に惹かれて一枚写真を。

2012.02.15

パリのメトロの車庫

パリ20区の南の方、以前紹介した、パリの踏切の裏手が、メトロ2号線の車庫になっている。
殺風景なので、モノクロ写真の方が雰囲気出たかも知れぬ。
パリのメトロ
Passage de Lagny、ラニ小路。その踏切脇の小路から入ってきた奥にある。
ちなみに、この車庫が見えた辺りで道は左に直角に折れ曲がるのだが、そこから道名が変わる。
Rue Philidor、フィリドール通りとなる。一本道であるから不思議なのだが、車庫の話とは、あまり関係ない。
車庫に停車中の車輛も、新型車輛である。
パリのメトロ
ちなみに、写真の奥の壁の向こうは、パリ環状廃線のプティット・サンチュールである。
パリのメトロ2号線は、パリメトロ環状線の北環であるから、新旧環状線路がならんで存在している場所といえる。
もちろん、ここは線路といっても車庫であるから、通常運行のメトロを見ることはできぬが。
2012.02.14

オルベックの町はずれで

オルベックの町をはずれると、牧歌的な風景が目立つ。
リジューですら、牧歌的な緑があふれているのだから、当然であろう。
その雰囲気は、もちろん、リジューもここも似ている。
オルベック
町歩きをして、小川の流れるところまでやってくると、その少し先に公園が現れる。
この小川の先には、以前紹介した水車小屋があるのだ。
オルベック
日本では、田舎というのは、どちらかといえば、マイナスイメージが多い。
田舎ものといえば、マイナスでしかない表現となる。
フランスでは、必ずしもそうではない。
都会暮らしは方便でしかない人も多いのだ。
オルベック
便利=至上という考え方ではない国だけに、そういう発想が生まれるのかも知れぬ。
オルベック
国土が、六角形であるから、どこにいても、そんなに遠く離れた孤地になりえぬからかも知れぬ。
オルベック
大陸であるから、おおらかになってしまうのかも知れぬ。
住んでいるところに自然がないというのが、自慢話になったり、自慢話に聞こえてしまうとなると、ちと寂しい気もする。
2012.02.13

Rue de Vaugirard ヴォージラール通り

パリ一長いと言われるヴォージラール通りの終末点付近である。
初めと終わりをどちらとするかrであるが、雰囲気的にパリの端の方が終わり、中心が始まりと言う雰囲気にピッタリである。もっとも、番地も、パリ中心の方が番号が若い。
いつものごとく、地上ロックの自転車を入れて。
パリの道
さて、上に見える橋は、パリ環状廃線のプティット・サンチュールである。
この辺り、15区付近に来ると、14区と違って高架線になっている。
通りを横切るたびに、こうした橋が頭上を通っているのだが、これが、町のひとつの顔。
パリの道
その高架下に絵が掲げられている。いつからここに出現したのだろう。
パリの道
人々の絵なのであるが、上の地上ロックの自転車が停められているフェンスなども描きこまれていて、それがパリであることを感じさせる絵なのだ。
見過ごしているものの中に、多くのパリがある。

一番上に、市の清掃員のお兄さんが写っているが、だいぶ昔に、清掃員のウォールアートが20区あたりに出現していたなぁなどと思い出したりするのである。
それも、またパリの風景なのだと。
2012.02.12

Square Séverine セヴリーヌ公園

パリ20区の端、ポルト・ドゥ・バニョレにある公園。
整備された丘の向こうに、ビル群が見える。
一番の絵になる部分がここかも知れぬ。
パリの公園
あのビルの向こう側は、シャルル・ド・ゴール空港へのバス351番発着、大型ショッピングセンターで、スーパーオーシャンなどが入っているビル。そういったものがある。メトロ3号線の終点Gallieni‎ガリエニ駅だ。
パリの公園
スロープは、乳母車や階段の辛い人の道をかねる。
急ぎ足に通勤する人たちは、階段を降りてゆく。
通勤時に通過してゆくと近道になる公園というのが、東京近郊には少ないような気もするが、パリの公園は、駅との位置関係からなのか?通勤で通過してゆく人が本当に多い。
2012.02.11

Le Jardin Naturel 自然庭園

ペール・ラ・シェーズの南側一帯にある公園である。
他と違うのは、自然そのままの雰囲気であることだ。
すなわち、草むらと木々といった趣なのである。
パリの公園
フランスの緑というより、日本の緑に近い雰囲気がする。
道の作り方といい、和の要素が濃く感じられるが、おそらく、手が入っていない感じが、フランスらしく感じないせいだろう。いや、手が入っているのだが、フランスより、日本のどこかに似ているのだ。
パリの公園
墓地のへ壁が見える。
壁の向こうが墓地というよりは、壁の向こうは墓地のある丘である。
パリの公園
まるで、竹林に入ったかのような錯覚すらするこの場所は、パリにいると、なぜか懐かしい感じがするのだ。
そう感じるのは、温帯湿潤気候の日本に住む人間だからなのだと思うのである。
2012.02.10

Avenue de Maine メーヌ大通り

モンパルナス駅付近から、14区のアレジア方面へ向かう場合、メトロで行くより、バスで行く方が圧倒的に早いこともある。メトロなら4号線になるが、国鉄駅のモンパルナス駅から4号線のモンパルナス・ビアンヴニュまで、かなり歩く。シャトレに匹敵するほどの乗換困難駅であるモンパルナスは、結構大変だ。
それに引き換え、アレジア方面へ向かうバス停は駅出てすぐ右。28番と58番が使えるので、こちら方面の宿の方には圧倒的にこれが便利。
パリの道
そのメーヌ大通りの途中、疾駆するバスとはるか向こうにそびえるモンパルナスタワー。
個人的には、この通りからみえる、斜め位置で立体的なモンパルナスタワーは結構好きかもしれない
2012.02.09

トゥールーズ 寸景

トゥールーズの写真のあまりを使う。ポンヌフの上の雲がきれいだったのと、ショコラショー(だったと思うが)の泡が目立ったのをブログへ載せておこうと。
トゥールーズ
トゥールーズへ行くのは、パリの宿にいる間に決めた。
パリが寒かったので、南へ!というのが理由。
新幹線のチケットは取ったものの、パリのIBISホテルへ行って、トゥールーズのIBISを予約しようとしたのだが取れず。パソコンを持っていって、ネットで調べてということができなかった当時、トゥールーズの宿を簡単に取る方法は、チェーン店だのみだったのだ。

現地に着くと、マタビオ駅前にIBISがあるのだが、ないといわれたホテルへ直接交渉してみると、意外にもあっさり”ありますよ”とのこと。
街中の観光しやすいスポットまで荷物を引いてゆくのも面倒だし、帰りも面倒だと思うと、どうも、駅前のホテルに宿を取ってしまう。
カルカッソンヌでは、市外を通り過ぎた城壁近くの宿まで荷物引いて歩いたこともあったが、それも意外と平気だったから、まあ、気分しだいであろう。
トゥールーズ
日光だろうが、京都だろうが、鎌倉だろうが、トゥールーズだろうが、その街に着いたら、喫茶店に入って、その街の中でガイドを読む。地図を見る。
精力的に回りたい人にとっては、なんとも無駄に思えるらしいが、これも、こちらのスタイル。

観光局へいって、街の地図と、トゥールーズの通りを解説したプロムナードガイドを購入して、キャピトル広場の喫茶店へ・・いや、カフェへ。

プロムナードガイドは、こちらのフランス語実力では、辞書なしに読めはしないから、すぐに役立つわけではないが、写真だけは参考になる。そいつのにらめっことルーティングが、現地カフェの作業なのだ。
で、街歩きは、また次回以降に写真を。
2012.02.08

メトロ駅の謎のケース

何度か、何度かあけているところを見たことがあるのだが、制御版、配電盤のような電子機器がいっぱい詰まっていた。
その中身が、何であるかはともかくとして、これもまた、パリの一風景。
この前に立つと、ホームが狭いので、何人かがそこにたっていると、そのエリアに入って電車を待つのを避けてしまうのである。
パリのメトロ
それにしても、このaとeとsらしき模様は一体何を意味しているのか?
aeaesaではなかろうが、そんなことを暇つぶしに考えていると、次の電車がやってくるのである。
Posted at 11:54 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2012.02.07

オルベックの道散策2

オルベックの道散策の続き。
高台から降りてくると、オルベックの古い建物といえばこれというような感じで地図にも載っている建物へ。
全体像を撮っても、それらと同じになってしまうので、模様が見えるよう、アップにて。
結構、木々の間の細工が細かいのだ。
オルベック
その裏手に行くと、ちいさな公園のようになっているのだが、ここが絵的にきれい。周りの建物もいいのであるが、写真では伝えられぬ問題点が一つだけ。
犬の糞がいっぱいなので、大変くさいのである。
これだけは頂けない。
オルベックさらに川に近いほうへ下って町の中を散策する。
すると、見慣れぬ文字が。
VENELLE。
こいつは見たことない通り表記に違いないと、あとで、愛用の、古本屋で買った15年以上前のロワイヤル仏和中辞典を紐解いてみると、”路地”と。
いやぁ、いいですね。どう見てもパサージュではなく、ヴネル(路地)です。
ruelleの細い版と勝手に決めているわけですね。
オルベック
かわいらしい町並みをさらにくだってゆく。
オルベック
この界隈もかわいらしい古い木組みの家が並ぶ。
オルベック
このあたりは、もう、町の中心から役所はさんで反対側にあたる。
2012.02.06

Boulevard Kellermann ケレールマン大通り

パリの外回り、13区の端にある環状線。
この環状線は、次々名前が変わってゆく。
このケレールマン大通り、なぜか、この写真部分の石畳だけ、その環状上にないのに、名前が同じになっているのだ。
いわれは知らぬが、この道はダメム通りからつながっているので、そちらの名前がついた方が自然だと思うのだが、そうではない。
パリの道
まあ、そんな、理屈は抜きにして、結構、この石畳が好きだというのがひとつ。
そして、下の写真の様に、トラムが並木脇を抜ける絵が見られる場所でもある。
パリの道
並木のケレールマン大通りの脇の側道を下ってゆくと、13区の内側へと入ってゆくことができるのだ。
意外と、高低差のある地域なのである。
パリの道
もちろん、その高低差は、ビエーブル川がここを流れていたからなのであろう。
言ってみれば、ここは、並木橋なのだいえる。
2012.02.05

Square Gaston Baty ガストン・バティ公園

モンパルナスタワーのお膝元、エドガー・キネ駅付近に隠れるようにひっそりとある公園がある。
そこに一人の銅像がある。
シャイム・スーティン。
この人が実際のスーティンと似ているのかどうか?わからぬが、汚れた外套を着て、少し、難しそうな性格を感じさせる人物像が、スーティンの、曲線で曲がった絵と重なったりする。
パリの公園
この緑の隙間に、モンパルナスタワーが見えるはずなのだが、写真には写っていなかった。
パリの公園
池袋かどこかで、ずいぶん前にスーティン展覧会へ行った記憶があるのだが、よくお肉屋さんでつるされている、七面鳥の絵がやたらと多かった記憶がある。
ポケットから、ぶら下がっていても、いやいや、あまり違和感なし。
パリの公園
いまや、パリのひとつの顔になりつつある、建物壁のインベーダー。
アパルトマンの壁と合わさると、市井の気難しい親父は、本当は、なかなか愛嬌もあるのかも知れぬ。
2012.02.04

Les Frigos レ・フリゴ

巨大冷蔵庫がパリにある。
今は、もう廃墟である。
それは、ガール地区に荷揚げされたものを入れて保管しておく場所だったろう。
フリゴ
そんな場所が今も残っているが、底はいまやアーティストが働くクリエイティヴな場所に変ったらしい。
幽霊屋敷といっていい雰囲気の屋根も、怪物の絵も・・・
フリゴ
再開発の中、往時の姿をそのままとどめている建物のひとつ。
フリゴ
蜂のような、鳥のような、
フリゴ
雑然とした落書き前にとめられた自転車、バイクは活気を物語る。
フリゴ
新しく作られた映画のセットではない。
こうしたものが残っているのも、パリらしいのかも知れぬ。
2012.02.03

Impasse Druinot ドリュイノ小路

アンパス・ドリュイノであるから、袋小路であるはずだが、ここはそうではない。
道は両端つながっている。
つながっているのに、Impasseアンパス、すなわちパス(通過)できないとなっているのはいささか不思議だが、できないときがあったのだろう。
パリの道
そこに、花壇のような緑地帯があるのだ。
その脇を、雨が降りそうな中、ぶらぶらと散歩で通り抜ける。

花壇の柵に地上ロックしてとめてある藤色の自転車を入れて写真を一枚。

通り抜けられるアンパスはパリでも珍しかろう。パリ12区である。
2012.02.02

トゥールーズ Grand Rond

トゥールーズの街歩きをしたのだが、通りの写真は後回しとして、地図を見て一番気になった場所へ行ってみた。
巨大な丸が地図にある。
その名もGrand Rond(グランロン)大丸である。スーパーがあるわけではない。大円といってもいいのかもしれぬ。
トゥールーズ
到着すると、太鼓橋のごとく道路を横切る橋を渡る。
この先に何が待ち受けているのか?
トゥールーズ
中へ入ると、いわゆる、そこは、公園である。
Squareと名のつきそうな公園である。
トゥールーズ
意外とだだっ広く、緑あふれる場所ではあるのだが、殺風景にも思える場所であった。
しかし、ここは市民の憩いの場になっている。

2012.02.01

メトロのゴミ箱

メトロのゴミ箱である。
ちょうど、銀色の柱の間に収まっているのが、同系色でかわいらしく一枚撮影。
このゴミ箱。ちょうど、9.11がニューヨークで起きたころにパリにお目見えした。
そういうこともあって、一時、ゴミ箱の上に黒い鉄のふたがされ、出番を失った。
メトロのゴミ箱
そういう事情もあって、街中のゴミ箱も半透明ビニール袋直接ぶら下げになって今に至っているし、分別も始まったため、ぶら下がるゴミ袋の色も黄色が仲間入りした。

そんななか、生き延びてきた、スタイリッシュなパリのメトロのゴミ箱は、復活し役に立っているのである。
Posted at 11:34 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |