2011.10.31

Ruelle de la Planchette プランシェット小路

Rueリュー(通り)、Boulevardブールヴァール(大通り(城壁跡))、Avenueアヴニュー(大通り(建物へ向かう))、Passageパサージュ(抜け道、アーケード)、Impasseアンパス(行き止まり小路)この辺りまではよく見かける。
他に、Sentieサンティエr(小路、散歩道)なんかもあるが、このRuelleリュエルというのも、通りの種類である。小路としたが、路地的な意味合いで、森や川沿いの小路に名の付くSentierや、A通りからB通りへ抜ける小路Passageとは、なんとなくニュアンスが違うのだろう。建物の間にできちゃった路なのかもしれぬ。
111031-1
そんな路ruelleリュエルが、12区にある。あるというより、”残っている”のだろう。
路の片面だけは、家々の壁が並び、往時は双方共に、家々の壁に囲まれた細い路地であったのだろう。
111031-2
寒い冬、外套の襟をたてながら、そそくさと、路を抜けてゆく紳士。
路地に住む小さな兄弟が、母の作る夕食を食べに、路地の扉から、オレンジ色の光の漏れる家の中へ入ってゆく。
そんなシーンが、あったかもしれない。
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2011.10.30

L'Artisan du Painのフイテ・オ・フロマージュとフイテ・ア・ラ・ヴィアンド

Feuilleté au fromageはチーズパイ。フイテ・オ・フロマージュ。
Feuilleté a la viandeはミートパイ。フイテ・ア・ラ・ヴィアンド。
である。
左がフイテ・オ・フロマージュ。
111030-1
手のひらサイズのパイである。二つも食べれば、女性なら、お昼に充分だろう。
男性の、特に若者は、それだけじゃ、足るまい。

特に、美味しい!という感想な訳ではないのだが、パン屋さんにおいてあるものに、次から次へとチャレンジしてゆき、名前と物を覚える。
覚えたら、パン屋へ行くのがまた楽しくなるのである。

Feuilletéと言う単語のFeuilleと言う部分は葉っぱ。パイ生地が層になるからこういうのであろうし、日本語で言うところのケーキミルフィーユ、即ちミルフイユのフイユ部分と同じ単語である。

ミートパイがフイテ・ア・ラ・ヴィアンドですよ。
なんだか同じものとは思えませんが、フランス語だと、何だかとても高級にかんじますなぁ。
2011.10.29

パリのパワースポット3

写真は、このところ、頻出しているモンスーリ公園である。
と言っても、公園ネタじゃない。

この一番上のあなに、指を突っ込んで、グルグルまわしてみたいような石の塔は、パリの子午線なのである。
この真北には、パリ天文台があるのだ。

子午線の話は、この写真と共に多く語られているに違いない。
しかし、今日は、そのさらに北のお話だ。

そう、この子午線は、ルーヴル美術館のピラミッドの真上を通るのである。
そんなことは、とうの昔に知っている人がいたはずだ。そう、ミッテラン大統領に違いない。
111029-1
まるで、ナポレオンのエトワール凱旋門を見下ろすかのような位置に立つグランドアルシュから、カルーゼル凱旋門を通って、ピラミッドまでの一直線と、この子午線の交差部分がピラミッドなのである。


パワースポットで言えば、サンドニ大聖堂と、サンドニが殉教した殉教者の丘と言う意味のモンマルトル、そしてルーヴル宮が一直線に並ぶ話しは既にしたとおりだ。
これは、フィリップ2世が、パリ防衛のため、ノートルダム寺院より下流に要塞を建て、川を遡る異民族からパリを守るときに、そうした、縁起を担いだに違いない。先祖代々のご加護あれ!という理由でそうしたに違いないと。
勝手に仮説をたて、勝手に信じているだけのことである。
そうした、風水的な発想は、東洋チックであるかもしれない。


さて、この子午線。
現在は、グリニッジに子午線が通っているわけだが、歴代のフランス王、皇帝ナポレオン、そして、子午線というパワーラインをそろえることで、パリが欧州の中心として、後々栄えることを祈願して、グラン・ルーヴル計画があったのだと、これまた想像するわけである。


ここまでなら、パリの周りの、ああってな話。
そして、ですよ。
この子午線。とある場所を通過します。
はるか南、ピレネー山脈の近く、レンヌ・ル・シャトーという村なんですね。


ダヴィンチコードを見た方なら、この村の名前にたどり着いた方もいるかもしれません。
偶然にしちゃ、ふふふ、出来すぎでしょう。
2011.10.28

Avenue d'Italie イタリー大通り

イタリア広場から、まっすぐ南方向へ伸びる大通り。

このイタリア広場から、南方向へ伸びるとおりは2本。
イタリー大通りと、ショワジー大通り。このうち、ショワジー大通りは、途中からイヴリー大通りと分かれる。
この3本の大通りの内側が、まあ、言ってみれば、中華街である。
111028-11
イタリー大通りの広い歩道から見える自転車通行可の一列に並ぶ標識が、可愛らしく感じたので一枚。
この標識、もちろん、歩道通行可といういみではなかろう。
この大通りの左右に、自転車の通行帯がある。
そこのことを指しているに違いない。

日本でも、震災以降、特に昨今、自転車運転について話題が多い。
むろん、自転車関連のトラブルは、都会ほど多かろう。

その都会であるパリも、こうしてどんどん自転車関連の標識が増える。
自転車の人相手の標識とだけは言えまい。
車に向かって、ここはチャリ通りますよ!といっているように見える。

ルールは必要なんでしょうが、マナーへの対処、自動車への啓蒙。自転車乗り始め世代への教育。
やることは、たくさんありますなぁ。
2011.10.27

ピエルフォン城を守りしもの達4

中庭に入ってすぐのところにある、このレリーフ。
戦いから戻ったところを、女性他たちが迎えるシーンに見える。
この城は、形は美しいが、どちらかと言えば、男性的で、華麗なる女性が住む館とはいえぬ。
111027-1
色を感じるのは、この一間といっていい。
それ以外は全て、モノクロの世界で、写真も、モノクロの方が、イメージにぴったり来る。
111027-2
もちろん、この日は、どんよりした曇り空で、空の色が変われば、またその印象も変わるに違いない。
石造りの郵便局と、向こうにお城。
なんだか、郵便局の方が、古めかしいイメージすらある。
111027-3
城下に池が広がる。
そこに、わずかながらの色が存在する。
グリーン、イエロー、オレンジ。
美しい風景ではある。
111027-4
でも、欠けたるものがある。赤だ。
日本の美しい紅の葉をしっていると、その色の無い紅葉はどうも物足りなく感じるのである。
もちろん、物足りぬと感じるためには、それを感じる場所にいなければならぬ。
2011.10.26

坂を下るトラム3号線

パリにも多くの高層ビルが建っている。
ルーヴルだとか、オルセーだとか、中心部分では見かけない。
モンパルナスタワーと、15区のエッフェル塔近くの高層ビル街だけが高層ビルなわけじゃない。
111026-1
13区の中華街の高層ビル群が見える。
そこへ下ってゆく、トラムを、パリのラグビーチーム、スタッド・フランセのホームグラウンド、スタッド・シャルレティ駅前から。
この全くパリっぽくない画が、なんともいい。
2011.10.25

Lisieuxリジューへ聖テレーズに会いに行くの旅4

サンピエール大聖堂。
いつもの、自転車風景のカットである。
111025-11
聖テレーズが通ってましたよ!ってな教会である。
街の中心部で、ここの広場が、いわゆるこの街のバスターミナルでもあるのだ。
この教会の脇に、市内を走るバスと郊外へ出てゆくバスの案内所がある。観光案内所にもなっているようだ。
111025-12
12世紀に作られ始め、13世紀に完成。分かりづらいですね。
1192つくろう鎌倉幕府。そう、そんな時代に出来たわけです。
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この教会、聖テレーズだけでなく、聖ジャンヌダルクにも関係がある。
そう、簡単に言ってしまえば、ジャンヌダルクを処刑した人と関係がある。
ピエール・コーション。
いやいや、まさか、この人の名前から、サン・ピエール大聖堂ってなことはないですよねぇ。知りませんが。
これらの人、日本人で言うなら、一休さんと同じ時代ですな。金閣寺で将軍義満と、とんち合戦していた時代です。
フランスを救ったジャンヌダルクを処刑できるほどの人ですから、相当な位置にいた人物であるに違いないし、その人が、ジャンヌの処刑後にここの司教になったのだから、リジューという街の重要性も分からぬ事もない。
111025-14
なんと、そのピエール・コーションの墓が、この教会にあるらしい。ガイドには、祭壇の左の壁に埋め込まれているみたいに書かれているが、どれが祭壇だったか、あまり考えずに入っていったから、ノーチェック。
ただ、市内観光ツアーの団体さんが、ガイドさんの説明を聞きながら、壁のあたりに集まっていたような気も・・・。その空気を感じて、写真は撮ってみたものの、それかどうか確認できず、ここでは割愛。
111025-15
そして、はるか後、この教会に通う一人の女性が、ジャンヌダルクに続く、フランスの守護聖人になろうとは、その縁は不思議なものであるなぁと、思ってみるのである。
歴史は続くというより、人は続くのだと。そして、歴史は勝者の言い分でしかないとも。
2011.10.24

Passage du Chantier パサージュ・デュ・シャンティエ

11区と12区の境、フォーブール・サン・タントワーヌ通りは家具屋街である。
その、大通りから建物の下を潜るように、細い道が伸びている。
入口には、PASSAGE DU CHANTIERの文字。12区だ。
111024-1
NHKの世界ふれあい街歩きでもこの通りが出てきたし、おそらく、世界各国のガイドブックにも、この通りは紹介されているのだろう。人の数はかなり多い。カメラをもった人たちだ。
人気のない写真を撮るためには、”待つ”という根気が必要だ。
111024-2
日本では、まだまだ、歩いて街を感じるという文化は浸透していないかもしれない。
目指す物を目的としない、ただ雰囲気を味わうという、一見、無駄とも思える時間の流れ。
なんと贅沢な旅であることか。
物は写真紹介しやすい。目で見るものであるからだ。
雰囲気は肌で感じるもので、こうしたブログなどで、感じてもらうことは、なかなか出来ない。
111024-3
非日常を求める旅もいい。
ただ、街歩きは、どちらかと言えば、日常を感じる旅だ。
そのなかにある、小さな非日常を感じ、同時に、人間という同種の安心感を得る旅なのかもしれぬ。
逃避行や傷心旅行は、大海原やジャングル密林より、”知らない人”ばかりいる街こそ似つかわしい。
111024-4
この通りは、可愛らしく、美しいパサージュである。
でも、感じる街歩きは、けっして、可愛らしい道にだけあるわけではない。

おじいさんが、椅子に座っていた。
その横に立って、道の写真を撮るときに、小さく会釈すると、”どうぞ”とばかりに、頷いてくれた。
ふふふ、たしかに、カメラ持ちが多い。
2011.10.23

L'Artisan du Painのパン・オ・レザンとショッソン・オ・ポム

通い続けたL'Artisan du Painの続き。
まずは、パンオレザン。
111023-1
いわゆるごく一般に食べられるパンオレザンである。
お店によっては、ずっしりしっとりのパンオレザンであるが、これは、そこまでの重量感はない。
111023-2
ショッソン・オ・ポム。
すなわち、アップルパイである。
パリの多くのパン屋さん同様、中身たっぷりで、食べるときに、こぼすの注意である。
111023-3
定番もののこうした、ヴィエノワーズリーは、人気店では、そう大差なく、どこでも一緒なのだ。
2011.10.22

教会の中の案内板を探せ!

写真は、アンジェの教会のバラ窓や、その他のステンドグラスの案内図である。
ROSACEがバラ窓。
こうした単語は覚えておくのが難しい。
111022-1
だから、こうした案内版を見るのは、どうせ分からない!となりがちだ。

いやいや、一番最初に、こうした案内版を探すのが、教会めぐりでは大変重要だ。
こうして、ワザワザバラ窓の案内などが書かれている教会は分かりやすい。
しかし、それ以外の教会でも、入ってすぐのあたりの壁や、柱に、教会のどの部分に、平面図があることがある。
これ見ない手はない。
111022-2
すくなくとも、13esとか、14esなんて文字をみれば、古いかどうかだけはわかる。
13esなら13世紀なのね。
どこが重要なのか、古いのかわかると、どれを写真に収めようという指標になる。
こいつは、12世紀のステンドグラスさ!ってなことになる。

写真を撮ったら、後で、案内板も撮っておく。
そうしたら、帰国後の楽しみが増えるだけじゃなく、次の楽しみも増える。
漠然、漫然と写真を撮らなくなるだけで、興味は膨らむというものなのだ。
Posted at 11:52 | その他 | COM(0) | TB(0) |
2011.10.21

Rue Bourseul ブルソル通り

先週はベルシー地区のDartyの車の並びをやったので、今週は郵便局の車の並びを撮ったものを。
パリの15区にある。
郵便局脇の通りで、Rue Privéeとなっているので、郵便局の私道なのだろう。
111021-1
フランスでは、郵便ポストも、郵便局も黄色がスタンダード。
結構愛らしいですよね。
SNCFは最近、紫色の制服だが、こちらは、紺と黄色で、私個人的に、郵便局員さんのユニフォームは嫌いでない。
111021-2
可愛らしいのは自負しているのだろう。
郵便博物館の下には、この車のミニカーも売っている。
なんだか、このブログを書いていたら、そんなミニカーが数台欲しくなってきた。

ミニカー好きなのではない。おそらく、コレクトしている自分がすきなのだろう。
集まっている感が、なんとも言えず、いいのである。

だから、こんな、意味のない写真も、撮りたくなるのである。
2011.10.20

ピエルフォン城を守りしもの達3

さてさて、このお城の中は、意外とあっさり終了する。
そして、トイレも済ませ、ホッとしていると、遠くにもうお一つお城のようなものが見える。
そして、その前を坂路が通っている。

このお城の広告をメトロ駅などでよく見るが、遠くから城正面を狙ったような写真が多く、また、それが、このお城の売りなのだ。
111020-1
で、無論、行ってみようぜ!ってなことになり、広場のパン屋さんで、お昼のパンを買い、食べてガソリン注入しつつ、坂下へ向かった。
111020-2
旅は始まったばかり。
城の午前の部が終了したあと、コンピエーニュ行きのバスまで1時間ほどの時間がある。
こういうときは、後先考えず登るのみ。
111020-3
途中で、このあたりじゃなかろうか?城を振り返るのだが、どうも、木々にさえぎられて、お城の全景は見えぬ。
優雅な感じはするのだけどねぇ。
111020-4
さらに進んで、民家の間の道を進んでゆく。
さらに、けもの道のような草の道をズンズン下り始めると・・・・ほら、お城全景ござんなれ!
おおぉ、でかした!今日ナンバーワンのベストロケーション!
111020-5
小径を下って、下へ降りると、下からもまずまずの写真も撮れる。
きっと、広告用の写真は、向かいに見えていた、坂路奥の小型城の上部の部屋から取っていたに違いない。

が、その脇の小径から、まずまずの顔を見せてくれ、登ったかいがあった。
ほらほらほら!と自慢する未来の自分の顔が見えるようである。


このお城の風景が、このお城自体を守っているに違いない。
2011.10.19

オーステルリッツ高架橋 メトロ5号線

オーステルリッツ駅をでると、メトロはセーヌを渡る。
キレイなアーチを描くオーステルリッツ高架橋である。
アルセナルから歩いてくるか、通りから河岸に降りてくれば、橋を渡るメトロを下から眺める事ができる。
111019-1
橋の根元には、パリの市章である船のマークが入っている。
よく見ると中々芸の細かい芸術作品である。
あの魚は一体何なのか?ひれがでかい。飛べるほどはでかくない。
111019-2
丁度メトロがすれ違うところだったのだが、アングル的に、言われないともう一編成に気がつかない写真だ。
望遠で撮ると、同じ模様の連続が、本当に美しい。
111019-3
パリの橋は、コンクリートでデンと架けましたというような橋が少ないので、河岸散策していると、橋だけで、充分楽しませてもらう事ができる。
川が、この町にとっていかに大事で、川が玄関であったことを、いまさらながらに知るのである。
2011.10.18

Lisieuxリジューへ聖テレーズに会いに行くの旅3

リジューの訪問スポット2つ目は、カルメル会修道院である。


そもそも、私は、聖テレーズと言う人の存在は知らなかった。
1998年に既にここを訪れている。
駅から見える丘の上に、大聖堂がある街だなぁ、と言う印象だけが残っている。
まったく興味もないから、そのバジリクはおろか、このカルメル会修道院の前を通ったが、そういった聖地であることすら、全く知らず、スーパーを探したものである。
単なる宿泊地でしかなかった。


そのとき同様、今回も、競馬が縁でこの土地を訪れている。
キリスト教徒でもないし、この女性の生前没後の事跡を詳しく知っているわけではない。
ガイドに載るような、いくつかの話を見聞きしただけである。
命日が9月末で、自身が訪れるのは、その日の少し手前であると言うことだけは記憶しておいた。
111018-1
修道院の前には、聖テレーズの像が立っている。
中に入ると、もう、すぐに、聖テレーズに会える。
鉄格子の向こうだが、女性らしい飾られ方の向こうに、聖テレーズはいる。


教会と言う場所や、棺、聖遺物箱とかいったものは、ある意味おどろおどろしい感じのするものだ。
教会にはいると、ひんやりとした空気や、独特の匂いで、背筋に少し緊張が走る。
ここも、最初はそうであったが、ベンチに腰掛けて、いろんなことを考えていると、不思議と聖テレーズが近い存在に思えてきたのだ。
111018-2
虚勢を張らず、小さなことも、真心で接した人のようだ。
こうしたことは、どんな人でもできるようだが、やりとおすことは簡単ではない。
たいしたことない事を、より小さきことのように人に語るのが、大度であると勘違いしているのが我々だ。
さまざまな感情、状況、利、損得勘定・・・、流されやすい。


ただ、この人は遠くない。
そう感じたのである。
111018-3
3日間の滞在で、ここへ毎日通うことに決めた。
家族の健康なんかを祈るわけだが、日本式に手を合わせてお願いしてきた。
そうすることが、こちらも自然体になるような気がしたからだ。


もちろん、馬券的中のお願いはしてませんよ。


”会いに行く”そういう感覚が自分の気持ちに最も近い。
2011.10.17

シャルル・ド・ゴール橋の自転車道

オーステルリッツ駅とリヨン駅を結ぶ橋。
そんな位置関係にあるのが、この橋だ。
たいそう立派で、ある意味味気ない端ではある。
街灯の列の向こうに並ぶ塔が、リヨン駅だ。
111017-1
この道路、きれいに自動車、自転車、歩道が分けられている。
ここまできれいに分けられていると、さぞかし走り安かろうと思う。
が、これが、また、渡った後には、この自転車コースが歩道になったり車道になったり・・・。
走りやすいようで、今日本で流行っているような、スポーツタイプの自転車でビュンビュン飛ばすのは、少々難しい。

それでも、この国の歩車分離は、日本とはだいぶ意識が違う。
2011.10.16

L'Artisan du Painのドロップスとクロワッサン

Dropsドロップスと呼ばれるこの菓子パンは、チョコレートと黄色いクリームのようなものが挟まれた、ずっしり重い甘いパンである。Suisseシュイスとも言われる。
これは、お店によって違うが、まあ、同じものだ。
先日訪れたリジューでは、ペピートと呼ばれていた。

スイス=甘いチョコと言う図式がフランス人の中にはあるようだ。
もちろん、スイス、サヴォワ風の甘いパンなのであろう。
111016-1
顔をペンペンたたきたくなるような表面の平ら感と長さである。
まあ、どこで買って食べても、今のところ大きな違いを感じたことはない。
これも、日本人の女の子達には、少々重ーいデザートになるかも知れぬ。日本男児甘党向けである。
111016-2
さて、クロワッサン。先週載せたパン・オ・ショコラがあれなんだから、見た目の感じからも、きっと、巻き巻き感たっぷりのクロワッサンに違いないと思って、買ってみると、はたして、期待通りであった。
食べるときに、出来上がったものを壊す感がある。


それにしても、いつもパン屋さんで、私の発音のドロップスは通じない。ドホップス、ドゴップス・・・。
恥ずかしがってハッキリ言わぬと、全く通じぬのである・・・と思っている。
クロワッサンも、コワッソンかクホワッソンがカタカナにすると最も近いような気がする、発音は。
2011.10.15

Rue Barrée 街中のフランス語

街中をぶらぶらしていたら、写真の場面に遭遇。
たぶん、13区。
後で確認したら、グラシエール通りのようだ。

Rue Bareéeとバリケードに書かれている。
Bareéeってなんだ?
もしかして、バリアのこと・・・・?
はたして、そうであった。
barrierが英語らしい。バリアね。
Rue Bareée・・・通行止め。
111015-1
で、よく見ると、この通りの両側に一方通行の標識が。
一方通行なら、ハナからこの通行止め看板は要らないじゃないか!どういう意味?

そう考えて、よーく眺めてみると、一方通行の丸い標識は信号機にくくり付けられているんですね。
なるほど。
とてもフランスらしい、横着に見えるが、手間隙金かからずの処理の仕方である。
取り付けた人は、手をパンパンと払いながら、ほら一丁上がり、これでヨシッ!ってな顔していたかも知れぬ。
Posted at 11:03 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2011.10.14

Avenue des Terroirs de France テロワール・ドゥ・フランス通りの列

ベルシーヴィラージュから、線路を越えてドメニル地区へぬけようと南へ線路沿いをあるいて歩いてきたのだが、こちらには抜けてゆく道がなかった。
で、引き返そうと思ったときに、あらあら、どこかで見た、お店の車が一杯並んでいる。
111014-1
Dartyといえば、電気屋さんであると思っているのだが、旅の途中に電気屋へ立ち寄ることは少ないので、きちっと覚えていないが、たぶんそうだ。
テレビコマーシャルも散々登場するこのマークが着いた、社用車がずらずら並んでいる。
これと、倉庫の赤い扉に、白い人のアマタの並びがなんとも滑稽で、一枚パチリ。
こうした連続性のあるものを見せられると、撮らずにはいられないのである。
きっと、このあたりに、この会社があるに違いない。
111014-2
Musee des arts forainsと書かれた旗がある。
こんなところにも、博物館があったのね!今回は、入っている余裕はなかったけど、見世物小屋博物館というのか、縁日の博物館というのか、屋台博物館というのか・・・?

一番右の人の日当たり加減が、まるで、ハーイ!と呼んでいるようだ。
おいでよ!ってことね。
チャンスがあったら、いずれここへも。
Avenueを大通りと訳すと、違和感があるので、ここは普通の通りとしておきたい。
2011.10.13

ピエルフォン城を守りしもの達2

ピエルフォンへは、コンピエーニュからバスとなる。
駅前にバスターミナルがあるが、駅にトイレはない。
ふふふ、カフェはある。
これぞ、フランス式パルタジェ(ワークシェアリング)に違いないと思うわけである。
まあ、お陰で、こちらは、ピエルフォン城の中を駆けずり回る事になるわけだが、それは後のお話。
111013-1
駅を出ると、正面に電光掲示板がある。
どこどこ行きのバスは、何番のバス停に停まりますよ!ってな案内板だ。
Pierrefondsを探す。

ありました、ありました!
11:30発のバスは、1Iに停まると。
バス停をあちらこちら見て回るが、1Iはない。
ないはずだ!なんと、駅出て左側の駐車場のようなゾーンの地面に、ごらんのように文字が書かれていた。
ああ、ここで待てばいいのね!と。
111013-2
中途半端に停まっているバスの運ちゃんにきいてみるも、俺のは行かねえよ!と一蹴。
もっとも、バスの前にはPierrefondsの文字はない。
そういうバスは近所に見当たらず。

時間過ぎてるけど・・・と思ったそのとき、
「ピエルフォンへ行くの?」とお姉さんに声をかけられる。
「ええ」
「向こうのバスよ!」

なんと親切なのだぁぁ。観光客然とした、途方にくれた我々日本人を救ってくれたのである。
ていうかね、1Bに停まってますよ、バス。
こんな発想が、そもそも日本ズレしているのかも知れぬ。
111013-3
そして、時間が過ぎているにもかかわらず、出発せずに待ってくれていた、おばちゃん運転手から切符を購入すると、無事、ピエルフォンへの旅が始まったのである。

ピエルフォンのどこで下車するのか?
そんなことは考えずとも、城が見えたら降りたらいい。
降りたら、市役所前であった。

観光局があったのだが、気づいたのは、だいぶ後。
目の前に、この”まあるい”尖塔を幾つも備えた、ディズニーランドじゃない生の城を見せられたら、ついつい、そちらへつりこまれてしまうわけですよ。
111013-4
さてさて、歩いてゆくと、坂道が始まる。
まあ、道なりに城に近づいていけば、自然そうなる。

途中、入り口のようなものがあるが、Danger(危険)の文字に、スルー。
ここから入ったら楽だったのにねぇ。上まで登って、搦め手?から入城。
帰りは、城の中にいた子供達に続いて、そこから降りていきましたけどね。
111013-5
さあて、本番がやってまいりました。
売店でトイレの場所を聞くと、中にあるよ!とのこと。
望むところ!と切符を買って中へ。

ガイドツアーで1時間っていうんだから、午後1時に午前中の部終了っていうけど、周れぬこともあるまい。
現在12時チョッとすぎ。
そうして、中で、日本語ガイドも受け取り、トイレ探し本番へ。
111013-6
外に出ると、あいにくの曇天だが、城の中でスッキリしてきたので、落ち着いた心でみる風景が目にしみるねぇ。
猛暑猛暑だったフランスの秋だったから、雨で色っぽくなったように感じられるわけですね。


我々を待っていてくれた運転手のおばちゃんも、呼びに来てくれた、乗客でしかないお姉さんも、皆、ある意味、このお城を守りし者達であるのかも知れぬ。
2011.10.12

ベルシー橋を渡るメトロ6号線

パリのメトロの写真では使われる事の多いこの橋。
13区と12区を結ぶ。ガール地区とベルシー地区を結ぶといった方がいいか。
メトロ駅名も、ガールからベルシー間である。
橋として、パリの道カテゴリーへ入れてもいいのだが、あくまで、メトロが写っている写真だけをピックアップして、鉄道カテゴリーへ入れておく。
111012-1
大小のアーチの連続が美しい橋であるし、鉄橋の鉄でメトロ車体が邪魔されずに撮影できる事も特徴だ。
しかしながら、観光地としては、あまり高得点ではない場所であるから、見てもどこか分からない人も多いに違いない。
もっとも、背景に、ミッテラン国立図書館を入れれば、あぁ、あそこね!という人もいるのであろう。
ベルシー体育館あたりから撮影してしまうと、背景に有名な建物がない。
どこ?こんなところがパリにあるの?それとも合成?なんて思われがちだ。
111012-2
13区になる、ガール河岸駅(ケ・ドゥ・ラ・ガール)駅を橋上から撮影。
ナシオナル地区の高層マンションが背景に見える。
橋が、フランスお得意の線対称が随所に盛り込まれたデザイン。
大きい橋なので、2階建ての橋ではあるのだが、1階部分が圧倒的に広い。
中央部分の2階はメトロで、下は自転車道になっている。
111012-3
このあたりの河岸なら、観光気分から離れて、黄昏ることができる。
2011.10.11

Lisieuxリジューへ聖テレーズに会いに行くの旅2

リジューの旅の最後や、途中のオルベックへの旅記事をかいて、いまさら、シリーズ2であるが、あくまで、聖テレーズに会いに行く旅記事としては、2にあたる。

このリジューの街の観光名所は、そのまま、聖テレーズのゆかりの地であるといっていい。
111011-10
その観光名所はたくさんあるわけではない。しかし、それら、一つ一つは重みを持つものだ。
聖テレーズのバジリカ、カルメル会修道院、サンピエール大聖堂、レ・ビュイソネと呼ばれるテレーズの家の4つと言っていい。
その中から、今回は聖テレーズのバジリカの案内である。
111011-11
正面の両方に伸びる回廊の柱の間から見えるテレーズの巨大な写真。
111011-12
テレーズの死後に建てられた巨大建築物であるが、荘厳といえる内装である。
一番奥には、金の装飾が施された箱が置かれていたが、テレーズの聖遺物なのかもしれない。
一心不乱に祈る人たちが周りにいた。
111011-13
朝方に中に入ったのだが、右、すなわち東から、太陽の光が差し込んでくる。
まるで、何かメッセージを持って出迎えてくれているかのようだ。
大きな大聖堂によくある、暗いイメージから、この建物は遠い。
煌煌と明るいわけではないが、光は中に届いている。
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20世紀の人だ。長い歴史をみれば、ある意味同時代人。
いろんな意味で遠い存在ではないというのが、この人の特徴に思われる。
それだけ、慕われているのだ。
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ステンドグラスも近寄ってよく見れば、文字が多い。
識字率の問題もあるのかもしれぬ。
いかにも現代であるのは、そのデザインだけではないのかもしれない。
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十数年前、ドーヴィルからリジューへ向かう列車のなかで、おじいさんと会った。
その人はパリの人であったが、リジューへ越してきたそうだ。
競馬を見るために列車に乗ってドーヴィルへ通っているそうだ。
あのおじいさんの優しい物腰は、この街の空気にも流れている。
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壁面に並ぶ聖人たちは、細かいタイルの並びで描かれている。
現代、近代に作られた教会であるが、大変細かい作業を経て出来たものだろう。
それが、この聖女に対するこの国の人の思いなのかも知れぬ。
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時代もそうだが、近い。それが、最初の感覚であった。
2011.10.10

Boulevard Exelmans エクセルマン大通りのギマール

エクセルマン大通りと言えば、並木の大通り。
細長い16区の下側を手で支えるように丸く延びる通りである。
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その大通りの脇に、溶け込むよう立っているが、いや、異彩を放っているのが、この建物だ。
極端に装飾の少ない、アールデコに見えないともいえぬ、この建物が、アールヌーヴォーの巨匠ギマールの建物なのである。
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建物の内部を見ているわけではないから、アールヌーヴォーっぽく感じられぬが、19世紀の建物であるから、強烈な華やかさを放つ前の建物なのであろう、きっと。
ただ、よく見ると、窓の上部など、芸が細かい。
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白い石を重ねてできた建物だと思うのだが、光の加減なのか?茶色とレンガの建物に見える。
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面が意識させられるのは、いかにもフランスの建物らしい。
一般的なギマールの建物からすると、いかにも特徴を感じられぬが、この建物の存在感は、並んでいる建物の中では、別格な感じだ。
やっぱり普通じゃないのだ。シックなのだが、クラシカルな感じがなく、モダンなのである。
2011.10.09

L'Artisan du Painのフランナチュールとパン・オ・ショコラ

さて、宣言どおり、通いまくったラーティザン・デュ・パン。
フランナチュールといえば、このブログじゃ何度も登場する、パン屋のプリンであるが、ここは四角い。
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ご覧の通り、フランスでは、キッチリ焼かれて固まっているから、形が崩れることはない。
クレーム・キャラメルのように、クリームではないのだ。
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スーパーのデザートコーナーでも、フランとかかれていたら、こうした、プルンプルンの固めのプリンである。
日本のプリンは、その点軟らかい。
形は変わっているが、味は、よくあるパン屋のフランナチュールそのものだ。
フランナチュールのナチュールは、自然のというか、プレーンといういみと捉えればいいのだろう。
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さて、パン・オ・ショコラ。
これは、あまり、パリでも見かけない。
ここ特有の、パイ生地巻き巻き感たっぷりの上品な一品である。
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こうしたものは、好き嫌いあるのだろうか?あるのかも知れぬ。
ただ、わしは、こうした、上品なパン・オ・ショコラを食べていると、少々小金もちになったようで、気分がよろしい。
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見つめているとね、餃子や春巻き思い出しちゃう、パン・オ・ショコラなのである。
是非おためしを!
2011.10.08

タイ国際航空でパリへゆく2

パリの到着出発ターミナルは1である。
丸いホールなので、新しいターミナル2に比べ、チェックインまでに歩く距離は短い。
ターミナル1はチェックイン後のゲートまでの歩く距離が長いのが、難点であったのだが、そこを直したのがターミナル2。残念ながら、ターミナル2はそこを改良したため、空港駅からチェックインカウンターまで歩く距離は長くなった。
ただ、バスで空港に向かう場合は、その限りではない。ターミナル2は、バス向きだが、鉄道利用者には、たいへんな場合が多い。
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ターミナル1は以前はバスに乗って移動だったのだが、いまは、無人トラムCDGVALで移動でき、楽になった。

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機内食はタイ風カレー。
機内食の範疇を越えるものではないが、これは結構あっさりしていてイケる。

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到着直前はスパニッシュオムレツがハーブオムレツであったのだが、行き同様、CAさんの英語をスパニッシュオムレツ以外聞き取れず、しかしながら、あきらめてスパニッシュオムレツにせず、もらったメニュー指さし攻撃で対応。ハーブオムレツゲット。息のオムレツの味の記憶がないので、どんな違いがあるのかわからぬが、スパニッシュもハーブも、大して。違いはあるまい。

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バンコクのスワンナブーム空港の乗り換えは、歩く歩道をだいぶ移動するが、基本直線的でわかり易い。
行きに比べて、荷物検査がだいぶ厳しくなっていたように感じられる。
最新式の全身スキャンを入れたようで、靴も脱いでのチェックであった。
日本往復もパリ往復も777。
パリ行きは、満席だったと思うが、パリからは結構空き席が多かった。

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日本帰国便の機内食。
おかゆ。
2011.10.07

アルセナル2 再び自転車の

バスティーユからずっと歩いて、もう、セーヌへのトンネル部分の手前まで歩いてきたところである。
ガラスに映る、アルセナルに浮かぶ船のレストランであろう。
ちょうど、その手前に自転車が。
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この国は、手作り感にあふれている。

日本の恥の文化も、奥ゆかしくていいのだが、総じてネガティヴである。
ネガティヴの中に美があるといったらいいか?

こちらは、なんといっても引き算すら不得意なフランス人であるから、総じてポジティヴだ。
飾りが、仮にしょぼかろうが、そんなことは気にしない。
できる限りの、飽きるまでの、プラスによって飾る。
だから、出来上がったものは、皆に見てもらいたいのだ。

フランス的耽美と日本的耽美はまったく別物だ。
違った感性から、それぞれすばらしいものが出来上がる。

そんなことを、このレストランの写真に”写っていない”飾り部分を見て、思ってしまった次第である。
2011.10.06

カシ13 カランク4

通常の道路を歩いていくとヨットハーバーがある。
このあたりの脇を歩いているときは、まだまだピクニック気分である。
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船が減ってくると、ピクニックはハイキングに変わり、少々足場の悪い場所もあるが、子供の頃の裏山探検、松林を抜けて・・・的な楽しさがある。
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風景は徐々に変わり、見づらいたて看板と、方向感覚だけが頼りになる。
もっとも、周りに歩いている人もいるし、すれ違う人がいる事もある。
帰りかえってこれるのか?不安に成る程、目印なしに歩いたが、帰りは不思議と大丈夫であった。
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絶壁の下に綺麗な切り立ったカランク発見。
とはいえ、ここを降りてゆくのかい?
幸い、回り道があったので、そちらを経由したが、足場は悪く、くだると言うより、ズルズル降りるに近い。
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ホームページの載せているような、綺麗なカランクに到達した。
水着の人もいる。
船が近づいてくるが、入り江あまり近くにはやってこられない。

絶景だが、帰るには、今来た遠回りの道を行くのか?それとも、この崖を登るのか?
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すると、その崖を、脚の悪い少女を背負って、降りてくる若者を発見。
であれば、登れるだろうと、チャレンジ。
途中からあまりの美しさにパチリと撮ったが、猛烈に怖くて、画面がどうとか、露出がどうとか、そんな余裕は全くない。


途中で、体が後傾して、落ちそう(おちたら、きっとあの世である。)になりながら、もう、何の余裕もなく崖に取り付く。
後傾した瞬間、無重力空間にいるような気が。
生きた心地はしない。
後悔したところで、後戻りはもう、不可能だ。
絶対に見られぬ絶景だが、目に焼き付ける事だけしか出来ぬ。
いやぁ、綺麗ですよ、綺麗ですよ!!怖いですよ!
もちろん、写真はありません。


”アン・プー・プチ・プー!””後もうちょっと!!”
そういってくれる、見知らぬフランス人のおっちゃんの声が上から聞こえる。


何分格闘したのか?最上部にたどり着いた。
生還。
その言葉がぴったりであった。
もう声も出ない。
たどり着いた場所は、2つ上の写真、黄色の花の脇である。大げさなのかどうか?自分の体験談では”命綱なしのロッククライミング”である。

2011.10.05

ピエルフォン城を守りしもの達

ピエルフォン城といえば、その華麗なる外観が有名だ。
この外からみたら、王女様でも住んでいそうな外観のお城たちに、多くの守護がいる。
悪さをたくらんで城の中にはいり、そのおどろおどろしい?愛嬌のある顔立ちをみれば、少しは、気がひるむに違いない。
いや、驚いて、声を上げれば、衛兵が気がつくという仕組みかも知れぬ。
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本当の理由など、わからぬのだが、この城のルネサンス様式の中庭でひときわ目立つのが、これらの守り神。
よく見ると愛嬌のあるやつばかり。

おならをする、ペリカンのカッタ君。
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あごの外れたヤモリ。
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馬上でドヤ顔の衛兵。
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華麗なる外観の割には、案外あっさりとした、内側であるが、やつらが、多少の盛り上げ役なのだ。

おっと、観光どころではなく、死に物狂いで上下左右、右往左往、探し回ったトイレは、チャペルの右奥にございました。
華麗なるお城の姿は、別ネタを持って、別の機会に。
2011.10.04

Rue de l'Amiral Mouchez アミラル・ムーシェ通りでお洗濯2

大きなイベントも終わり、大量の写真と、大量のゴミと、大量の洗濯物を片付けなくてはならなくなった。
そして、お土産の購入。といっても、キオスクやスーパーであるが・・・。
で、何にも写真の撮る事のない一日となったので、本日、十数回も通った、この黄金の建物のあるアミラル・ムーシェ通りの写真、依然撮った別バージョン載せておく。
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さて、試行錯誤しているのが、絶品パスタの”おそば”版である。
日本そばにチーズとベーコンを入れようというものだ。
聞くと、気持ち悪い人も出よう。
実際、試行錯誤の場合、食べられるけど、ペットのえさか?という代物もいっぱい出来た。

目指すは、そば粉のガレットの変形バージョンである。
そう聞けば、ああ、と思われる方もいよう。

もっとも、料理など、ろくに出来ぬので、そば粉のガレットが一体どういう風にしてできているか知りはしない。



そばをバリバリ折って、ゆでてみたり、パスタのソースも使ってみたり・・・。
フライパン使ってみても、電気コンロじゃ、しれている。
どれも、ベタベタの食い物だ。
食べられるけど・・・というものにしかならなかった。


とりあえず、現在たどり着いたのは、パスタバージョンの変形版である。


ワインの代わりにそば湯を使い、鍋に少し入れたそば湯にリーダープライスの格安ベーコンを放り込み、チーズを放り込み、チーズが溶けたあたりで、そばを放り込んでかき混ぜるだけである。
ワインをそば湯、パスタをそばにしただけである。しかも、パスタソースも使わぬ。
これで、調味料一切いれずで、充分塩味になるのである。

チーズをリヴァロにして、シードル飲みながら一緒に食ったら、旨かろうか?
実験ですな。
2011.10.03

凱旋門賞2011開催

今年も、おフランスとは、最も縁遠いと思われがちな、フランス競馬の祭典、凱旋門賞がやってまいりました。
日本の競馬場ではしっている馬たちも、ここへ挑戦いたします。
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レースは午後から。
しかし、お昼前にはオープンする競馬場は、お昼も、お酒も、おしゃべりも楽しみなわけです。
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スポンサーはカタール。中東の国ですが、中東といえば、馬の国でもあります。
もちろん、有名なのはアラブ種です。
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パリの季節の風物詩でもあり、セレブ集うエンターテイナーでもあり、時を楽しむ場所でもあります。
その華やかさは、ブランドショップ建ち並ぶ通りと違って、生ものです。
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レース前のパドックは静けさに包まれていますが、レース直前は熱気を帯びます。
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外国人といっても、イギリス、アイルランドが圧倒的に多いでしょう。
英語とフランス語が入り混じる中、ところどころで、日本語、ドイツ語、スペイン語他が聞かれます。
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レースは各国、各年齢からチャンピオンホースが終結します。
仏日独伊米愛・・・。
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優勝はドイツの馬。ドイツのジョッキー。
これを勝てば、それは、もう、うれしさでいっぱいでしょう。
夢にまで見た頂点。90頭目のチャンピオン。
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今年は、ロンシャン競馬場に、ドイツ国歌が流れました。
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また、1年後、91回目の頂点がここで競われます。

2011.10.02

無茶したがる若者と、脂肪よ減ってくれ!とモンスーリ公園走る日本人私

昨日は、鍵を忘れたままオートロックの扉を閉めてしまい、夜10時過ぎに途方にくれる・・・という事態に陥ったが、周りの方々、宿のスタッフの方々のおかげによりまして、私の間抜けな失敗を回復するに至りました。
ありがとうございます。
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いやぁ、そんなこともあって、郊外まで出かけていきましたが、どこの国でも、若者は力が余っている。
メトロの車両は、車両間行き来できぬのですが、素の車両と車両の間に乗っかって、次の駅まで移動する若者連中など出現。
だからって話ですが、どこの国でも変わらぬのだなぁと・・。
どこの国の子供は大人だ、子供だといいますが、99パーセントの基本の上に乗っかる、1パーセントの比較を100のように言っているだけなのかもしれません。
所詮、人間の考える範囲に、あまり大差はないと。
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ジョギングは続いていますが、いやいや腰痛に。
しかし、接骨院の先生に、
「あんた、ストレッチやっているっていうけど、足りないんじゃないの?」
という言葉を思い出し、ストレッチに励む毎日であります。

そして、フランス人と、いやいや、アジアの方とも、抜きつ抜かれつ、公園を走る朝なのであります。