2011.09.30

フランス人と走る

ようやく、公園デビュー。


先日、パソコンを持って、モンスーリ公園へ行くと、日本人のおっちゃんに、こんにちわ!と声をかれられた。
ジョガーというより、ランナーっぽい雰囲気であったから、だいぶ走ってらっしゃる、つわものなのであろうと察する。


走りたい気持ちはあるのだが、パリマラソンに出ようと決めてから、早2年。
いまだに、まともに走れるのは2キロがいいところ。
今回も、そんなことから、走る準備などしてこなかった。


しかしである。パリ、リジューで歩き回ったおかげで、だいぶ脚もしっかりしつつある。
こりゃ、走れるんじゃないの?ってなことで、本日走りましたとさ。
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寝巻きに持っていった数百円のトレパンに、伸びきったTシャツを着、サングラスをかけ、ウォーキングシューズという異常ないでたちで、モンスーリ公園へ向かった。


格好を、気にしているフランス人は多くないが、さすがに、わしのようなやつはいない。
パリのど真ん中にあるような公園では、観光客も走っているだろうから、もっとおキレイなのかも知れぬ。
もっとも、あちらさんも、気にも留めまい。
綺麗とはいえぬTシャツでも、さすがに伸びきったのを着てるのは、フランスでもまず見ない。
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走ってみると、公園の大きさが分かる。
時々さいたまの中浦和の近くの別所沼公園で走るが、池もあるし、そんな大きさだ。たいした事はない。
違うのは、周回コースが公園の外外沿いを回ってくることだ。
だから、一周1キロちょっとあるだろう。


いくつか、面白い発見がある。
彼らは、公園を1周するのに、最も外周を走る。
ショートカットできそうなところを、決してしない。
彼らはやることに意味を持ってやっているのであって、やることが意味なのではないのだ。
このあたり、日本人と少々違う。


日本でも、遠回りを選択して走る人ももちろんいるが、どうだろう、半分以上はショートカットコース選択に違いない。
こちらは、おもしろいように、まるでそれがルールであるかのように、遠回りをする。
ショートカットする人が一人もいないと、さすがにショートカットしづらい。
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もう一つは、脚やひざを気にして、なるべく土の上を走ろうとすることである。
もちろん、全員ではないが、多くの人が、土を選んで走る。


これは、なんどもヒザや腰で挫折しているわしには、考えれば当たり前のことを、この人たちは当たり前にできるということに、感心したのである。



サービス残業をさせられている先輩の目線が怖くて、無意味にサービス残業するという日本人のありようは、実は、トラブルにあっても、協力し合うという精神と同根にあるような気がする。
まあ、一長一短で、何がいいとは言えぬのですよ。


今日はねずみ山(モンスーリ)公園2周。明日もヒザも腰も痛くならず、走れますように!
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2011.09.29

リジューの旅の最後に・・・

ノルマンディーのこの地方の生産物といえば、3つだ。
一つは、昨日仕入れたシードルやカルヴァドスに代表されるリンゴである。
しかし、それだけではない。
ここには、あと二つある。
一つが馬で、もう一つがチーズだ。
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昨日行った、オルベックにも、シードル街道のポイント、カンブルメールにも、ここリジューにも、馬の生産地、すなわち厩舎ツアーというのをやっている。
オルベックでも、観光局の外のテーブルに、そのガイドが並べられていた。
フランスの一大馬産地がこのエリアなのである。


競馬場も当然あるわけだし、ドーヴィルだって、カブールだって、カンだって有名な競馬場である。
さて、リジューの競馬場。いつものように、偶然自転車写真シャッターチャンスに遭遇。
という一枚。
ここ、リジューは自転車の街でもあるようで、競技チームの子供達がレース服姿で多数競馬場にやってきていた。
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その競馬場で、ラッキーにも見つけて手に入れたのが、このチーズ、リヴァロ。
この日は、リジューで最も大きなレースをやっていることもあり、特産物出店もチラホラ。
チーズ屋もシードル屋もあった。
プロの料理人たちが、その場で調理してタダで食べられるコーナーもあり、バス停前のマックで、ダブルチーズを食ってこなければ良かったと後悔。
カマンベール・ド・ノルマンディや、リヴァロの味見(旨!)をして、こいつを購入。
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実は昨日、サンジェルマン・ドゥ・リベのお城を断念したときに、最終的に候補に挙がったのが、オルベックとリヴァロのどちらかだったのだ。チーズは手に入れやすいが、古い町並みは手に入れずらいという理由で、オルベックとなったのだ。
本日、リジュー市内で、電車待ち時間の間に探す予定でいたのである。まさか、競馬場で買えちゃうとは。
オルベックのシードルに、リヴァロのチーズは、明日以降の晩飯のお楽しみ。
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リジュー駅で電車を待っていると、アル中のような男の人がふらふら歩いている。
もう一人、女の人がいるが、連れなのか?からまれているのか?知り合いっぽいけどねぇ。
駅の公安員らしき男性女性が数人ぞろぞろ出てきて、そのうろうろする彼らをに遠巻きに見張る。

公安の年長者らしき人がいったん事務所に消えた後、おそらく電話で通報したのだろう。ガッチリした警察官が3人登場。
あれや、これやお話をしているうちに、彼は後ろ手に手錠をかけられ、つれていかれた。

一般の人も、こっそり見に行く人や、彼らから遠く離れて様子をうかがう人や・・・。
まさかの、目前でのちょっとした捕り物劇となった。
聖女の町の旅の最後に、駅で手錠はめられた手を見るとは・・・。
手錠は銀色じゃなくて、グレー色でした。
2011.09.28

リジューからオルベックへ

昨日の事だ。リジューのパン屋さんで買った、まさに、これこそ、プリンという上にカラメルが乗って黒ずんでいるフランナチュールに舌鼓を打ちながら、観光局のお姉さんにもらったガイドブックを読んでいると、とんでもない文字が飛び込んできた。
サンジェルマン・ドゥ・リベ城 火曜日休み。

あわててそのガイド本を読み漁り、最終的に、Orbec(オルベック)という古い家の残る街というやつに変更したのである。
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7時28分に、リジューの中心、ミッテラン広場から出発だから、7時ぐらいの路線バスの乗ればいいや程度で、とりあえずお休みなさい。


6時55分のバスにのらねばならぬと気がついたのは、その7分前であった。
あわてて準備して走って出かけると、そこにバスの影はない。
いやぁ、見間違えた!他のバス停に6時57分である。後2分しかない・・・ジ・エンドと思いながら走る。
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そのとき、昨日のウォーキングが役に立つ。
2つ先のバス停までのショートカットを昨日偶然知ったのだ。
そいつを思い出し、もしかすれば、間に合うかぁぁぁ!と道変更してダッシュすると、いやぁ、朝7時にゼイゼイしながら、奇跡のように間に合った。
俺様は何て偉いんだぁぁ!!!と思ったが、単なる準備不足と偶然でしかない。

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オルベック行きの美人のおばちゃん運転するバスに乗り込むと、真っ暗だった空が、徐々にピンク色に染まる。
次から次へと、子供達がバスに乗ってくるなか、外の牧歌的景色は、朝もやに霞み、幻想的。
しかし、まったくいい写真が撮れず・・・・。
まともに風景と判別できる、途中のバス停で窓から撮った風景写真を2枚載せておく。だいぶ納得いかぬが、まあ、感じだけでも。

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オルベックと言えば、古い教会と古い町並みの村である。
と、にわか仕入れの知識である。
昨日の夜中に知った村だ。
ミシュランのガイドにも載っていたが、ちょろりだけで、まず引っかからない。
これが、現地観光局生情報の楽しさであるのだ。
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ただ、この街、小さい割りに、どの通りも、絵になりそうな、古い建物と石畳などで、写真を撮っても撮っても追いつかない。
結局、今回初のデジカメのカードフルで、入れ替えが発生。
4,5百枚とって、どれもこれも似たような道と木の模様の家ばかり。
整理して考えてから載せぬと、なんだか、とりとめのない写真の羅列になってしまいそうなので、ガイドブック調にドヤ写真だけ載せて、後は食べ物系とする。
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道を歩いていると、なんと、リンゴが落ちている。
もっとも、こうしたリンゴは、シードルやカルヴァドスになっても、食べられる代物ではないらしい。
しかし、さすがは、産地。
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とにかく、せっかく来たので、地元の特産品ショップでシードルを物色。
すると、オルベック産のシードルとTordouet(トルドゥーエ)というリジューとオルベックの間の町のシードルを手に入れた。
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雰囲気のある公園で、ランチと行きたいところだったが、パン屋へ行く前にこの公園に到達。
しかも、余裕で見て周れると思っていたら、とんでもない、時間ギリギリだった。
味見は、パリでという事にしておく。
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そこで、ここオルベックのパン屋でベニエのリンゴ入りを買う。
ベニエといえば、丸いのかと思いきや、ここのはコッペパンのような形であった。
そこへ、たっぷりのリンゴで、手はべとべとである。
バス到着5分ほど前に、市役所前のベンチで何とか食い終わる。
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そして、本日の夕食デザート用に、アプリコットのフラン、すなわち、アプリコットプリンパイをリジュー街中で購入して宿へ戻った。
いやぁ、アプリコットの酸味が抜群。これ、オレンジじゃなくて、みかんでも結構いけるかも。
2011.09.27

Lisieuxリジューへ聖テレーズに会いに行くの旅1

リジューに着くと、まず観光局を目指す。
ここで、市内の地図をもらうのだが、ついでに聞きたいことを聞いておく。
市内バスの乗り方と、サン・ジェルマン・ドゥ・リベのお城までの行き方だ。
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その質問を投げかけると、わしのフランス語は、全く通じず。担当おねえさんは困り果てた。
しかしながら、なぜか、その後ろに立っていたお姉さんには、わしのフランス語が通じており、サン・ジェルマン・ドゥ・リベのお城だとわかってくれていたので、お姉さん選手交代となった。

パリは、わしのような汚いフランス語も通じやすい。
そして、いわゆる、多くの日本人がイメージするフランス人とは、全く違う、移民系のフランス人、フランス在住外国人が多数いる。

これが、地方へ行くとそうではない。
白人の代々地元民のフランス人率が圧倒的に高くなる。それと同時に、わしのフランス語通用しない率も大変高まる。
聞き取ってくれたお姉さんは、パリの大学なんぞを出ているのかも知れぬ。
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さて、サン・ジェルマン・ドゥ・りべのお城までの行きかたは2つ。
観光局目の前の、自転車屋で借りるか?バスでいって、途中から歩くか?である。
ただ、このお姉さんは、優しいのだろう。
自転車は疲れるよ!と何度となく繰り返す。

して、最寄バス停の位置とお城の位置を一生懸命調べてくれる。
美味く見つけられぬのだが、すいません!といいながら、地図の印刷をしてくれる。
明日、チャレンジするとしよう。

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もう一つの課題が、市内バスの乗り方だ。
しないから少々離れた宿に停まるため、バスに乗りたい。

すると、こちらの説明の方は、簡単よ!とバス時刻表が全て乗ってる冊子と共に、チケットの種類も教えてもらう。

郊外へ行くバスも市内バスも、フランソワ・ミッテラン広場にある、観光局でチケット買えるとのこと。
この広場が、いわゆるバスターミナルなのだ。
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競馬場まで載っている広域市内地図とコピーの市内観光地図両方もらって、イザ出発。
レンタサイクル屋の資料も頂いた。お姉さんは、”疲れるわよ!”という理由で、あえて勧めないが。
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さて、バスに乗って、教えられたメルキュールホテル最寄で降りた。
降りるバス停がわかるかな?と思ったが、お姉さんにもらった資料に見やすく全バス停名かいてあるし、バス停にも表示さているから全く困らない。
猛烈に坂を上ってゆくが、坂の上は、結構いい住宅街なのだろうか?
それにしても、バス停名が、次から次へと、有名人。
バッハにヴィヴァルディにサンテグジュペリにラヴェルにジャンムーラン。
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現在、「Une Femme Nommée Marie」というお芝居の広告をよくパリで見かけるが、これはルールドの話らしい。そのルールドは、南仏の聖地。ここは、北仏の聖地といっていい。
いわゆる観光地というよりも、生の聖地であるから、体を悪くした方も良く見かけるし、修道服姿の方もチラチラ見かける。

さて、丘の上まで登ったから、景色を見ながら、今度は歩いて、バジリク・サンテレーズを目指す。
その道すがらの写真たちである。
普通は、登ってゆくバジリクへの道が、すべて下り坂なのである。

競馬ブログの方へ、バスの話を載せてある。
2011.09.26

Rue de l'Amiral Mouchez アミラル・ムーシェ通りでお洗濯

今朝は、早くから洗濯である。
音楽を聴きつつ、アミラルムーシェ通りにあるコインランドリーへ出かけた。
そのまま、洗濯中に、モンスーリ公園をフランス人に混じってウォーキングしたろうとの勢いで出たのだが、やはり、パソコンの写真のファイル整理が先だと思い、一旦戻る事にしたのである。


いつものウォークマンでレミオロメンを聞きつつ、調子に乗って歩いていると、目の前を歩いてくる、外人(フランス人らしい)に声を掛けられた。

「このあたりの最寄のメトロ駅を教えてくれ!」



その質問は一発でわかったのだが、わしの脳内は、レミオロメンJ-POP日本語のりのり状態であったので、もうとっさにフランス語がでない。
シテユニヴェルシテ(メトロじゃなくRERだが、全く問題なかろう)と、とりあえず、駅名を言って時間を稼いだものの、フランス語反応できず。手だけが、まっすぐ行って右というジェスチャーをしている。


相手は、突然言葉が英語になり、一つ目のコーナーをターンライトか?と聞いてきた。
二つ目だといいたいのだが、
「ノン」
以外の反応全くできず。
完全日本語モードからフランス語モードへ脳内変換で苦しんでいるのも知らず、英語を持ち込まれたので、パニックに陥ったのだ。



マイネーム イズ ケン オカ。マイネーム イズ ビル ブラウン。イズ ディス ア チャーチ?
昔習った、中一英語の最初のフレーズが頭をよぎっても、一向にパニックは回復傾向を示さない。



しかし、意外にも質問者によって解決された。
わしのすばらしきジェスチャーを完全に読み取り、英語で、まっすぐ言って二つ目を曲がればいいのだな!と確認してきたのだ。
わしは、その英語の質問にフランス語で「ウイ」とこたえると、その場を去った。


おいおい、お前がフランス人で、わしが外人だろう。
日本語モードだったので、外人に声掛けられたと勘違いしてしまったわい。
声掛けた相手も、失敗したと思ったに違いない。

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見ると、後光がさしている。
いやいや、黄金の建物が光り輝いている。
何の建物かはしらぬが、アンヴァリッドに対抗できるアミラル・ムーシェ通り名物の黄金の建物に違いない。



ちなみに、この通り、13区と14区の境である。
コインランドリーは14区にあったが、黄金君は、13区である。
2011.09.25

ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ

ミラボー橋といえば、アポリネールの詩で有名だ。
こんな美しい橋があろうか?というぐらい、この橋がいいのだが、ブツブツ鉄がさらに癒してくれる。
ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ・・・
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ミラボー橋へやってくるのは、いつも、近所のオートゥイユ競馬場の帰りなのである。
夕日の当たるこの橋は、やられた後、黄昏るのに、もってこいの場所だ。
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ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ
ハズレ馬券が流れる
わたしは思い出す
大敗の後に大勝が来ると
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紐放たれ 鐘も鳴れ
レースは流れ わたしは残る
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手に汗握り
顔と顔を向け合おう
そうしていると
二人の眼下を
あきれたまなざしの無情の馬が走り去る
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観光客の人は、エッフェル塔から下流へ向かうことは少ない。
やってきても、自由の女神までだろう。
この橋は、橋の上を撮ってはならない。
エッフェル塔を主人公にしてはならない。
ましてや、この橋の上から、自由の女神とエッフェル塔だけを写してはならない。
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アポリネールが競馬をしたかどうかは知らぬが、文豪に競馬好きは多い。
フランス語の授業で、競馬ファンはロマンチストという作文を作ったら、フランス人の先生にほめられた。
恋も馬券も似たようなものだ。
無論、そんなことは、競馬ファンしかわかるまい。
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色、ブツブツ、いやぁ、癒される橋だねぇ。

流れる水のように予想もまた死んでゆく
次のレースまでばかりが長く
希望ばかりが大きい・・・
2011.09.24

フランス人の親父と放射能話

スーパーのレジ待ちでのほんの五分間の話だ。

近所のフランプリでレジを並んで待っていると、前の親父が話しかけてきた。

「セイロンティーって書いてあるけど、お前の国のだろ。」
「さぁ」

「おまえ。中国人か?」
「いや、日本人」

「へっ、ジャップか、どっから来た?」
普通、こんな流れの会話で、日本のどこだ?と間髪いれずに聞かれることはあまりないので、ちょっとビックリしたが・・。

「おおざかか?」
おおざかは、OSAKAのことだ。
母音と母音にはさまれたSは通常濁る。おおさかとは言わぬ。
そもそも、大阪か?って質問も、珍しいといえる。
むろん、大都会ですよ大阪も。

「いや、東京のそばさ」
「東京は福島の放射能が飛んでいるだろ、放射能は大丈夫なのか?フランスには放射能はねぇ。」

「東京は300キロ離れてるよ」
「けっ、大丈夫ですってか?俺はニュース見たんだ。」

その後は、レジのお姉ちゃんに、なにやら同意を求めるような事を言いつつ、何か言い続けておる。
「私はわかんないわ」とはレジのお姉ちゃんだが、そのあたり、何の会話になっているの?わしの語学力ではもうアウトである。
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大阪か?の意味も、放射能がらみなのだろう。


勝手な推測だが、東京はヤバイが大阪は大丈夫ってな話がフランスであったのだろう。
福島って単語を、半分よっぱらった様な市井の親父が昔から知っていたとは思えぬ。


この親父は、まあ、アジア人全体をあまり好きじゃないのかも知れぬが、そんなことは、フランスでも日本でもいろんな人がいるからいいとして、日本の放射能汚染の知識は、多くのフランス人の場合、こんな感じなのだろう、と思われる。


「フランスには放射能はない」って、その後も何度か繰り返す。
「おまえんところも、こないだ事故あっただろ」とでも言い返してみたくもなったが、その後の会話を考えると、わしのフランス語の能力では、200パーセントの語学力でオーバーヒートする確率が高いののでやめておいた。

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しかしまあ、放射能関連のことが、きっとどこかで話題になるに違いないと思い、原発地震関連単語を数個のみ暗記しておいたが、まさか、スーパーのレジの列でねぇ。
それにしても、こうして、外国人とこの話になれば、結局、自分は、いや、多くの日本人も、何が正しいのか、何が事実なのか?疑心暗鬼で、知ってますと言えぬのだなあと思うわけである。

わかった事は、原発は、何かあれば手に負えぬ危険なものであるという事、放射能のことは良くわかっていない部分がたくさんあるという事だけだ。



日本の存在は、日本人が思っているよりはるかにデカイ。
脱原発は、確かに悪くないスローガンであろう。
しかし、日本列島だけ脱原発であって意味があるのか?日本人が考えるより、はるかに存在のでかい国が、もうやめたと言ってしまっていいのか?いやいや、だからこそ早く言った方がいいのか?
これは、それぞれの意味と人類と地球の先を、よくよく考えねばならぬことだ。

日本の存在は、日本人が思っているよりはるかにデカイ。ここがポイントなのだが、日本人はここをポイントと思っていないのである。


電力会社の問題、新しいエネルギーの問題、電力供給の問題とは、全く異次元として捉えなければならぬと思われるのである。


そうそう、今日の写真は、近所のスーパー帰りに撮った、赤い門扉である。
可愛らしい。
しかし、こんな門扉を可愛いとは思っても、日本人で自宅につける勇気のある人は少なかろう。
Posted at 11:14 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2011.09.23

蚤の市開催されます

重たい記事ばかりだったので、吹けばとぶような軽い記事で。


本日歩いていると、頭上に、蚤の市開催案内が。
フランスという国は、こういう形でイベントの告知をする事多いんですね。

いついつ、どこで、こんなイベント開催しますというようなものは。

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ルクールブ通りで今週末蚤の市がある。

ヴァカンス後の秋ですから、 ヴァカンス先などで仕入れられてきた新商品がきっと並ぶでしょう。
こういった情報は、市内あちらこちらにあるのですが、そうでなければ、雑誌で日程調べて、行くことになりますな。

ヴァンヴとクリニャンクールばかりが蚤の市じゃなく、こうしたところの方が、掘り出し物へたどり着きやすいかもしれませんよ。
2011.09.22

Rue Vercingétorix ヴェルサンジェトリクス通り パリのメンヒル

パリ14区の線路沿いに南北に走るとおりだ。
ヴェルサンジェトリクス通り。その通り名の由来は、通り名看板に書いてあるとおり。
Chef des peuples Gaulois(ガリアの首長)
フランスにまだケルト人があふれていた頃、ローマのシーザーがやってきた。
最後まで戦ったのが、彼なのだ。ウェルキンゲトリクスとも言われる。
そういった意味で、この国で彼は英雄である。


日本の感覚だと卑弥呼って行ったらイメージ沸くかもしれぬが、もっと前の時代の人だ。


中国人が三国志を読むように、この国の人は、アステリクスとオベリクスという話を知っている。
最近映画のシリーズになって、ドパルデューが出ている人気映画なのだが、日本では、あまり知られていない。
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歴史というだけで、はぁぁ・・・となってしまう人も多いだろう。
でも、パリという街の名前の由来もケルトのパリシイ族からきているように、この国とケルトは入れぬ。

ちなみに、スイスのドメインは.chであるが、ケルト民族ヘルウェティイ族の共同体という意味らしい。
ラテン語のスイスの正式国名の略だ。



さて、その通りに、メンヒルがあるらしい。
メンヒルっていうからには、ヴェルサンジェトリクスどころか、もっと昔の話に違いない。
ケルト民族以前だ。
パリにある指折り数える古いものであるに違いない。

ブルターニュのカルナックまで出かけなくとも、パリでメンヒルを見る事ができるのだ。
110922-2
カルナックに、かなり前に訪れたとき、金網に囲まれた石の列のなかで、牛が飼われていた。
パリでは、メンヒルで鳩が休憩している。

丁度、これを撮影しているときに、中学生ぐらいの男の子が通りかかったが、撮り終わるまで待っていてくれた。
「わかってるぜ、鳩だろ。」ってなかんじで、うなずいて通り過ぎていった。
110922-3
たいそうな場所にあるわけではなく、住宅の建ち並ぶ中に、置き忘れたように立っているのである。
あっけないほどだが、今も昔も、ここに人がいて、生活を営んでいるという事だ。
110922-4
なんでメンヒルとかいうでかい石を立てるのか?
その答えは、もう一つ向こうに見える、現代のメンヒルが教えてくれる。

単純に立てたいのさ。
「馬鹿なんじゃない!?」と紀元前の女性達に言われたに違いない。
立てたのは男達で、理由は、立てたいからだったに違いないと、遠くの現代のメンヒルを見て確信したのである。


あれが何か分からない人もいるだろう。
あれが、現代のパリのメンヒルの一つ、モンパルナスタワーなのである。


ヴェルサンジェトリクス通り。
うーん、なんかいい感じとすら感じない、面白みもなさそうな、この通り。
実は、小ネタにあふれている。
おいおい、紹介してゆくとしよう。
2011.09.21

ブローニュの森の競馬場

マリーアントワネットが競馬を始めたサブロンの野の南、ロンシャンの地に競馬場を作ったのがナポレオン3世。
110918-1
ブローニュの森に、今年も競馬の祭典がやってまいります。
凱旋門賞(プリ・ドゥ・ラルク・ドゥ・トリオンフ)
毎年10月最初の日曜日!世界最高峰の舞台が、ここで。
110918-2
映画の中の男の子と女の子とお爺さんが、どこかに座っているかもしれません。
1920年から開催されている凱旋門賞は今年で90回目。
110918-3
そんな由緒正しきレースに、わが日本から2頭が参戦。
1頭は昨年惜しくも2着のナカヤマフェスタ。もう一頭はこれまた歴史ある日本の天皇賞を勝ったヒルノダムール。
110918-4
先頭でやってくるのはどの馬か?
日本の馬は2着は2度。
歴史上、ヨーロッパの馬以外が、勝った事はありません。
110918-5
競馬の母国、女王陛下も馬主のイギリスか、馬の国、競走馬の故郷アイルランドか、ブランド誇る馬具の国地元フランスか、南半球の競馬の祝日が存在するオーストラリアか、それとも、ようやく一家離散のイメージ払拭しつつある日本の馬か?

もしかしたら、あなたの好きなフランスの”それ”は、実は競馬にとても関係あるかもしれません。
ブランド物も、映画も、アクセサリーも、印象派も、ヴェルサイユも・・・。
2011.09.20

Rue des Artistes アーティスト通り

名前はアーティスト通りであるが、特に何の変哲もない通りなのである。
ただ、この通りの開放感と、場末感が、なんともいえない空気をもたらしている。
その理由は、道の両端が開けている事なのだろう。
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方や、ルネ・コティ通りとぶつかるが、段差があるため、ルネ・コティへは、階段で降りなければならない。
一方、聖イヴ通り(サンティーヴ通り)は、レゼルヴォワール・ド・モンスーリという、巨大貯水池の土手になっており、そちらも開放感あふれる。
空の下の通りにいるのだ。

わしのお気に入りに一本である。
ガイド本や、散歩本に載る、石畳の”ざあます”調通りや、古い建物の並ぶ、”でございますでしょ”調通りもいいのだが、やりきっていない通りもまたいいものである。
110920-1
さて、もう、5年ほど前になろうか、ここを訪れたときに、白い建物に青と赤の扉があったような記憶がある。
日本の住宅は、部屋の中も外も、モノトーンばかりで面白くないが、パリは色にあふれている。
とはいえ、ここの、赤扉と青扉はなんとも可愛らしかったのだが、今回は見当たらず。
110920-2
ピンクと黄色の建物が当時あったのか?そこら辺もわからぬが、帰国して、写真を見たらわかるだろう。

そして、この黄色の建物。
上の階の窓が高い。
アトリエ建築なのだろう。

14区はアトリエ建築の建物の多い場所だとは思うが、アーティスト通りにふさわしい一軒である。
2011.09.19

Place de Rungis ランジスの虎

昨夕も今朝も公園へ出かけた。
部屋でブログでも、なんでも、パソコンに向かっていると、鬱屈する。
だから、外へ出かけるのである。
日本なら、喫茶店か図書館だが、こちらは公園という話は、もう書いた。


それにしても、土曜の夕方18時ごろでも、日曜の朝でも、公園は大混雑。
子供用チャリのガキンチョに、ジョガーに、ウォーカーに・・・。親子づれは異常に多い。


フランス人という単語を聞けば、日本人にとっておしゃれな公園をイメージしがちであろう。
ヴァカンスの日焼け跡を今のうちに見せぬわけにはゆかぬ、相当えぐれたタンクトップの”見て見て!”お姉さんや、抜群のスタイルにぷりぷりの短パンというお姉さんももちろんいる。
昨日の雨で、だいぶ冷えてきたパリなのにねぇ。


しかし、実際のところ、ドパルデューの代わりができそうな、おなか膨らんだおっさんが多数走っている。
いきなり走って、膝だいじょうぶかい?と思わせるようなパリジェンヌもパリジャンもいっぱいいる。特に土日は。
その心意気やヨシなのだ。


音楽聴きながら走っている人の数が、日本の公園より多いような気がするのと、反時計回りで周回する人が多いのは当然だが、時計回りで走る人の人数も、日本より多いようだ。



さて、今日の一枚。
モンスーリ公園からは東へ移動した、13区のランジス広場。
ここに、虎の絵がある。
110919-1

左下のほうを見ると、文字がある。
Les arts de la Bièvre
とサイン。
110919-2
先日もケレールマン公園の話で書いたが、この広場の下も、ビエーブル川の暗渠が流れている。
その川沿いだけにあるのかどうかわからぬが、その界隈にあるストリートアートなのであろう。サインを覚えておくと、ああ、アレかとなる。

ちなみに、虎の周りは、その上から既に落書きされているが、虎だけは、かからぬように落書きされている。
2011.09.18

パリの至福のナポリタン

本日朝から、洗濯へ。


洗濯中に、いつものごとくモンスーリ公園へでかけ、ネットをつなぎつつ、ブログネタなど整理。


公園から戻ると、洗濯終了しているタイミングで戻り、乾燥機へ移す。
1ユーロ8分だったので、奮発して2ユーロ突っ込み、今度はパン屋へ直行。


買い物を済ませて、一度戻って再度コインランドリーへ行くと、乾燥終了していた。
いやいや、乾燥しておらぬじゃないか!!生乾き。
カビっちゃっても困るので、もう1ユーロ突っ込む。


しばらくして、洗濯物をお出迎えに行くと、さっきよりは乾いているが微妙。
ここの乾燥機はいまいちだ。金食い虫である。


パリのコインランドリーには、洗濯物を入れるプラスチックの手すりつきのバスケットがおいてある。
日本では見た事がないが、洗濯ものを乾燥機へ移動する場合や、乾燥機から取り出したりする一時洗濯物置き場なのである。


乾燥機を何台も使って、洗濯しまくりのお姉さんの邪魔にならぬように、プラスチックバスケットで隅に移動する。すると、フランスのガキンチョが、そのプラスチックバスケットを触りながら、遊んでくれぇ!!と目で訴えかけてくるが、それをかわしつつ、洗濯物たたむ。
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その帰りに、この道を通ると、鳩が水を飲んでいた・・・と言いたいところだが、この写真は1日前のものだ。
パリらしい風景だと思って、少々腰をかがめながら、頑張って撮ったものの、使い道が見つからず、本日使用。
本日腰痛。



出かけてから帰ってくると、早速飯。
2日前に仕入れておいた、クロミエを取り出す。
写真のチーズがそれだ。
クロミエといえば、ブリー・ド・クロミエであって、ブリーチーズである。
仕入れた、ダゲール通りのチーズ屋では、クロミエとだけ表記。わかるだろ!ってなことなのであろう。
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宿のコンロは二つあるが、事実上一つしか使い物にならぬ。
しかし、それで充分だ。


フランプリで買った、超格安スパゲティをゆでる。
茹で上がる前に、スーパーで買った、既にカットされた袋詰め格安生野菜を、ひとつかみ入れて、一緒にゆでる。
パスタをザルにあげると、空いたなべに、一本200円の、格安特級ワインのコルビエールをコップ1杯弱、流し込む。
リーダープライス印の格安ベーコンをそこへすぐに突っ込む。
ベーコンに火が通ったら、クロミエを人差し指ほどの大きさ分量を適当にちぎって入れる。
さらに、リーダープライス印の格安パスタソースナポリタンをスプーンでビンからすくって4杯入れかき混ぜる。

そして、パスタと野菜を突っ込んで混ぜたら出来上がりなのだ。



要するに、パスタをゆでて、あとはかき混ぜただけの物件である。
これが、爆発的に美味い。
フランスにきたら、このワインとチーズを使った、勝手に絶品スパを食うのが至福なのだ。
ラーメンを作るのと、さしてかわらぬ手間でこれが食えるのが、フランスならではなのだ。



ちなみに、日本で、ブリーチーズなる物をチーズ屋で買ってきても、こうはならぬので悪しからず。
既に試したが、悲しくなるほど、全く美味しくない。
美味い、不味い、普通の3つしか味覚を持たぬわしが言うのである。

何が違うって、ただのブリーチーズと、モー、ムラン、クロミエといった原産地呼称の特級ブリーチーズの違いであろう。誰でもわかるほどの味の違いだ。見た目はにてるけどね。



ただかき混ぜた鍋から、皿にあけるときに、間違いなく美味いと思わせるソースの香りがなんともいえぬ。
これで1人前材料費1ユーロ程度。
日本では、高級品になっちゃって、この値段では食えぬ。
Posted at 11:22 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2011.09.17

モンスーリ公園でインターネット接続

非日常を求めて、旅行へやってくる人もいるが、こちらは、日常をパリへ移動させたいのである。
そうした旅やヴァカンスをしたいので、日本の図書館やカフェでネットするように、こちらでもするというのが、まあ、目的だ。
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ウォークマンを持ってきているのは、日本でもそうしているからであるが、このウォークマンFMが入るので、こちらのラジオを聴くことも出来る。
でも、実際のところ、流しているのは、日本の歌である。その方が、より、日常であるからなのだ。
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晴れていれば、まぶしいほどの紅葉と緑。
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今朝のように、一瞬雨がパラつくようだと、かすんだ朝もやの色。

さてさて、接続にチャレンジである。
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ワイヤレスネットワークを立ち上げる。
一番上にorangeが見える。
二日前に載せたように、パリ市のWifiはorangeがやっているらしいのだ。

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こいつを選んで、右下の接続を押します。

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接続中・・・・・

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接続できました。
orangeの右上に”接続”の文字。

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ここで、ブラウザ(インターネット)を立ち上げます。
私は、ネットはクロームが多いのですが、eのマークでインターネットしている人も多いでしょう。
ようするに、インターネットを立ち上げます。
すると上記のような画面になるはず。
英語ですから、右上のversion francaisをクリックして、フランス語へ。

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フランス語にしたら、Selectionnez Votre Passを押す。
英語のまま人は、Slect yout voucherですな。

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すると、性別、苗字、名前、メールアドレス、同意チェックが出てくるので、全て入力。
me connecterを押します。

暫くすると画面が変わりますが、後はご自由に。




さてさて、これで一回つながったわけです。
メールにてパスワードとかIDとか送られてくるのですが、こいつを入力して次回からするのかと思いきや、入力しても、あんたの持ち時間は終わっているがね!と言われてしまう。

結局、毎回毎回、上記図に示した方法で、接続するわけですね。
送られてきたメールは全く無視しております。

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それにしてもねぇ、毎朝公園行ってますが、この1週間で、パソコン持っている人に出会ったのは、1回1人だけでした。朝から公園に来てパソコンつなぐような観光客など、このあたりにいるわけもなかろうけどねぇ。


場所によって、つながったり、つながらなかったりしましたが、画面の色のついたアンテナの数とは、関係ありませんでした。続きを読む
2011.09.16

パリ、秋、サンテ刑務所

安部公房を思い出す絶壁の壁。
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悲しみも喜びも伝えたかも知れぬ、物言わぬ公衆電話。
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”何か”を待つ、ベンチの列。
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高い壁の向こうにも、社会と生活がある。天が下には違いない。
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脱獄した人もいるらしい。
壁を越えたのか?穴を掘ったのか?
いやいや、この壁の上を走り回るルパン3世と銭形警部を思い浮かべた方が、おどろおどろしさから、まぬがれる事ができる。
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サンテ刑務所 秋。
世界の壁は色々あるが、越えるばかりが能じゃない。
穴を掘る、穴を開ける、避ける、くぐる、倒す、崩す、崩壊する。
新たなる壁ができる。
2011.09.15

ケレールマン公園 Parc Kellermann

パリ13区のはずれもはずれ。
大外の城壁跡ブールヴァールと、パリ周回高速ペリフェリックの間に位置している。
近所に住んでいるでもなければ、この公園にくるのは、わざわざ来るというものだろう。
通りすがりの観光客がいるはずのない位置だ。
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そんな公園だが、噴水もあり、パリ市内では、指折りの大公園なのである。
そこのベンチに、パリ市のWifiのプレートが・・・。
よく見るとorangeのマークがついている。
そうか、orangeがWifiやっているのか。携帯電話会社だから、そりゃ有料に違いないと勝手に思い込んでいたのである。そういえば、先日のモンスーリ公園で、orangeのアンテナがあったあった。
明日、チャレンジだわね。
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そうたくさん見かけるわけではないが、柳なの?この木を時々見かける。
どうも、アジアチックなんだよね、この枝振りが。
だから、エキゾチックなのかもしれない。
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ジョガーもチラホラ散見できるし、通勤通学でチャリで抜けていく人も。
通学通勤路にしちゃ、健康的な道だわね。
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日本も公園多いけど、近所の公園のイメージは、圧倒的に土と木だ。
芝じゃない。だから、パリの公園は、緑みどりしていて、気分がいいのかもしれない。
公園に限らず、ベンチが多いのも、この街、そして、この国の特徴。
なんて事はないところに、市がベンチを用意している。
南仏の小さな村でも、ひょいっとベンチがおいてあったりする。
芝もベンチも、外でコミュニケーションするにはうってつけなわけですよ。
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さて、実は、ここ、ビエーヴル川が流れているはずの公園なのだ。
この公園脇を通って、パリ市内を暗渠で巡ってセーヌに合流する。
パリを流れる、セーヌ以外の川なのだ。
でも、川は暗渠なのか?ここでも見当たらない。
この川を見にやってきたわけだが・・・。
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この川は、ビュット・オ・カイユの丘をグルリと巡って、ゴブランを通り、セーヌへ向う。
この川があったればこその、ゴブラン織りであり、歴史的タペストリーが誕生したわけである。
オーステルリッツ駅付近から、セーヌへ合流している模様なので、今度確かめに行ってみよう。
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さて、パリの公園は、鉄格子に囲まれている事が多いのだ。
公園に入るのには、門がある。
その脇に、オープンとクローズの時間が書いてある。
ここは8時から8時半まで。土日は9時オープン。
ラジオ体操の時間帯に公園は開いていないので悪しからず。
2011.09.14

L'Artisan du Painのバゲット

いやぁ、お店が開いたので、早速行ってまいりました。
シャッターが開くと、いやいや、そこには、控えめどころか、でかでかと、1999の最優秀バゲットのエンブレムが・・・。
前世紀でしたが、99年でしたね。
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で、久々十数年ぶりのバゲット。
もちろん、味なんか覚えているわけもないし、そもそも、当時と一緒かどうかだってねぇ。
まずい、旨い、まあ普通の3種類しか感じ取る事の出来ぬ、そもそもご飯好きの味覚素人の私である。

これが、いや、また旨い。
旨いんで、バターなんかなくても、そのままパクパク食べちゃう。
そういったバゲットは、パン激戦区のパリといえども、そうたくさんはないのですよ。
本に載るようなとこは、皆そうだ!ってなわけでもない。むろん、こちらの主観。

途中から、リーダープライスのジャムつけて食べてみたけど、気がついたら丸々一本お昼に食べきってしまいました。
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これで、ジャム代いれても1ユーロって訳だから、食いすぎお昼にしては、安い安い。
どこかのカフェで、さして美味しくもないステックフリッツを、十数ユーロ出して食べる事を考えれば、旨くて経済的で言う事なし。
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ただ、田舎もののわたしにとって、旨い旨いということは、きっと塩分は多めのせいもあるんではないかと思ったりする次第である。
90サンチームの至福。お勧めです。
ご飯好きが丸まる一本食べてしまうというバゲットですわ。

丸々一本食べちゃうと、カロリー過多で、あご疲れますけど・・・。

さて、明日以降は甘いやつもいきますよ。
2011.09.13

L'Artisan du Pain

今年のバゲットナンバーワンは、アベッスのAu Levain d'Antanなのだそうだ。
ここは、何度も訪れた事があるが、本当にバゲットが美味しい。

で、今回の写真は、そのバゲットナンバーワンに97年だったか98年だったか、記憶が確かなら、前世紀、そのあたりで受賞したことのあるパン屋さんだ。当時は、お店に入ると、レジの脇に、そのような事が書かれた小さなプレートが飾ってあった記憶がある。”何年受賞”とでかでかと表示されているパン屋さんもあるから、なんとも控えめな表示である。

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今回の宿が、たまたま13区のランジス広場界隈であることもあり、今日訪れてみたのだ。
ちゃんとお休みを確認してから出かけなかったため、なんとお休み。

しかし、シャッターの画が可愛らしい。
閉まっているパン屋さんへ出かけることは普通珍しいから、中々出会わぬ風景に違いない。
そう思って、常のように、自転車込みのスナップを一枚。

もう十数年前、偶然通りかかって、偶然入ったパン屋さん。
バゲットコンクールなるものが存在する事を知るきっかけになったパン屋であるから、ある意味思いで深い。

それ以来、ずっと気になっていたのだが、ついに訪れることなく、今日に至ったのである。
受賞歴が仮に勘違いであったとしても、今は本にも載る有名店の一つ。
今回は、ここへ通いまくろう。
2011.09.12

ラスパイユ大通り

日曜日であるので、開いている店も限られる。
観光客ゾーンであれば、それは回避できるが、安いお店やガイド本にのる有名店になると、今度は空いている店が限られる。

夕食をどうしようかと、男二人連れでモンパルナスあたりから、サンジェルマン、カルチェラタン方面へブラブラする。

ヴァヴァンから、ラスパイユ通り、レンヌ通り、サンシュルピス教会、オデオン、サンミシェルと抜ける。
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ラスパイユ大通りの、アリアンスフランセーズ前あたり来ると、壁画が。
こういうものは、書かれたり、消えたり、また、上から落書きされたりされるから、見つけたら撮っておかぬと、次はないなんてことにもなる。

パリで、安くて美味しいレストランを見つけるのは大変だ!基本塩分多すぎ!などとと話をしながら、結局、スペイン料理の店へ。夕暮れパリブラが、料理を一番美味しくしてくれる調味料かも知れぬ。
2011.09.11

モンスーリ公園の木陰のベンチにて

朝のラグビーの日仏決戦のテレビ放送が終わると、モンスーリ公園に出かけた。公園でネット接続してみようと、パソコンももってゆく。
パリ市内の多くの公園でWifi(ウィフィ)接続ができるはずだ。

公園に着くと、結構アンジュレーションのある公園なのだが、多くのジョガーであふれている。
ベンチの上も、本を読む人やら、ギターを弾く人、ノートに何かまとめる人、寝る人・・・思い思いの過ごし方をする人であふれている。

風は秋を感じるが、歩いていると汗ばむほどの陽気。
日なたは、だいぶん暑い。

あいているベンチを探す。
あったあった。
なぜあいているかと言えば、そりゃ、日陰の涼しいベンチだからだ。

日なたの暑いところはもう満席である。

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パソコンをしている人など、一人もいなかった。
デジタルなのは平日仕事中だけで十分というところなのだろう。

で、肝心なこちらのパソコン。
ベンチの上で無線を探してみたが、それらしきネットワークは存在せず。場所が悪いのか、つながったのは昔の話なのよねなのか?アンテナがいかれてて、ほったらかしなのか?
また、調べて、チャンスがあるときに挑戦してみましょう。


って、ここまで聞くと、まるでフランス人は、太陽好きのために、熱くても日なたにいる人ばかりに聞こえる。
そもそも、この公園に来ているフランス人が、全体のフランス人の何パーセントというのだ。
そもそも、暑いなぁという人が、公園へやって来ることは、こんな日は稀だろう。

別の場所へいけば、明らかに、”日陰に避難している”フランス人もいっぱい見る事が出来る。
仮に、この公園に数百人いようとも、6000万人のフランス人を一様に言う事はできぬ。


それでも、日焼け完全防御の人も見受けないし、ジョガーも皆、普段着か寝巻きか?見たいな格好の人多いし、日本人ほど、”見た目”と”格好”にこだわらぬ目的論者が多いことは事実だろう。
2011.09.10

タイ国際航空でパリへ行く1

このカテゴリの最初に、タイ国際航空関連の写真だけつかったが、タイ航空の追加話といこう。

まずは、成田空港でのネット環境だ。
フリーでつながると言う事なのだが、荷物検査前、カウンターの階と、入国審査後の搭乗口近くと2種類ある。

人数の問題なのかも知れぬが、圧倒的に出国審査、荷物検査前の方が接続環境がいい。
搭乗口付近では、途中で切れちゃうほど弱いし、弱いため、皆テーブル近くに集まるため、スペースもあまりない

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さて、何十分か遅れて出発となった。機内食は、日本からバンコクへの道のり途中のもの。
スパイシーで、すでにタイ気分満載である。
機材は777だったので、3列3列3列という配置であった。

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バンコクに到着すると雨だった。
暗い雨だし、飛行機の撮影どころではなかった。

降りたらとにかくトランスファーの文字を探すことだ。
ここは、EASTとWESTの2つ、東西それぞれの端っこにトランスファーの荷物検査がある。
タイ航空は、そのどちらで乗り換えても良いらしい。
難しいことはないが、降りた人についてゆき、ぼーっとしていると、入国の方へ曲がってしまうことになりかねぬ。
おそらく、黄色の文字はトランスファー。
青い文字は、入国関連だと思われる。

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延々まっすぐ歩いて、二階に上がるだけ。
とにかく、飛行機降りたら、まっすぐ、まっすぐ歩く。それが、この空港の乗換の印象だ。
歩かされるが、難しい印象はこの空港にない。

乗換乗換といったって、基本、どの空港でも、荷物検査したら、次の搭乗口へ移動するだけの話である。

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今回は、網の目ガラスだけ撮影。搭乗口付近だ。
バンコクでは、ネットで切る端末が4台ほど置いてあったが、順番待ちが出来るほど。
並ぶ気にもならぬので、自分のPC立ち上げてみたが、成田のようにはつながらず、早々にあきらめる。

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日本とバンコク間は、日本語吹き替え映画放送がいっぱいあるが、バンコクパリにはない。
であるから、日本映画を探して見る。
時差2時間ある、バンコクを夜中にでるのだから、日本からのお客さんは、結構ぐったり。
でも、機内食まで頑張って、食べてから、吸い込まれるように睡眠。

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目が覚めるとウクライナ付近。
映画一本みてから食事。
エコノミーであるから、どの航空会社に乗ったところで、食事に大したレベルの違いがあるわけではない。
どこそこが、いいとか、悪いとかの話も良く聞くが、私の舌はそんなに肥えていないので、それぞれの国によって、味の違いがあって楽しいことはあっても、美味い不味いは、わからない。

パリまでも機材は777であった。


特筆すべき事が何もないほど、淡々と快適に過ごす事が出来た。
お蔭様で、早朝到着後、用事を3つ4つ済ます体力を温存できたのである。
2011.09.09

コンフラン・サントノリーヌ オワーズ川の終焉

コンフラン・サントノリーヌ ファン・ドワーズ。
コンフランとは、合流地点を指す。
セーヌとオワーズの合流地点である。
ファン・ドワーズ(オワーズ川の終了地点)
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船の向こうに見える丘は、オワーズ側の向こう側になる。
その手前に綺麗に整列した船。

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船着場の向こうに見える鉄橋は、RER-A線のものだ。
橋の上から、電車が落ちてしまいそうな心細さも。

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ブルーのオブジェの並ぶオワーズ川の最終地点。
右からオワーズ、左からはセーヌだ。

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その、まさに、分岐点の突先に立つ。
このずっと先に、ノルマンディー、そして、大西洋が待っている。
2011.09.08

マルセイユ23 レスタックの花

バス通りは、並木道で綺麗になっている。
しかし、一歩裏へ入れば、乾いた感じの家々。
さらに背後には、もっと乾いた場末が広がる。
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築地の花。
積み上げ具合も、崩れ具合も、生命の強さのサイドディッシュ。
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裏の丘から望む、新しい雰囲気の家々。
とはいえ、もうこれは10年は前の姿。
いまや、このあたりも開発されてしまったのだろうか?
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花の向こうに、コンテナの花が咲く。
人の営みと止まった時間。
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世界中どこへ行っても、コンテナの花の色に大きな違いはない。
無造作に捨てられたようで、そういうわけではない。
それが、フランススタンダード。
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どこからやって来た車花なのか?
完全に風景の中に溶け込んでしまった。
もう、今や、この花も摘まれたかもしれぬ。
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良くなったり、悪くなったり、人生の回転木馬はぐるぐると。

2011.09.07

セーヌ河岸にたそがれるパリジェンヌ達

音楽の日のワンシーンだ。

パリジェンヌ達が腰掛けている河岸の対岸では、ロックコンサートが行われている。
そちらは、今を謳歌する若者が集まって、盛り上がる。

働いているOL達だろう。若者に混じって頭を振るほどのパワーはないが、皆が浮かれるこの日のこの時間帯、3人同僚、帰宅前に酒を飲みつつ、タバコをすいつつ・・・である。
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フランス人だ、仕事場を出たとたん、もう、仕事の事など頭にないだろう。
こんなシチュエーションで話すとしたら、男の話か、もうやってくるヴァカンスの話か。
なんとなく、微妙な”斜”を感じたのだが、それは、生活していく上でのストレスなのかもしれない。

等間隔にあいたスペースに、ビール瓶が置かれ、タバコの火を回す。

たゆたえども沈まず・・・それは、パリジェンヌのことかも知れぬ。
Posted at 11:38 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2011.09.06

Rue des Frigos フリゴ通りの自転車

この日は、中華街方向をめざして歩いていた。
日本にもありそうな、ままチャリ風発見。
その脇にある、巨大廃墟、冷蔵庫という名のLes Frigo(レ・フリゴ)。
この通りの名前が、フリゴ通り。
フリゴそのものの写真は、いずれまた。
スーポーティーなチャリじゃないが、後部のかばんや、前面の自転車かごは、日本のそれではない。
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通り脇のレ・フリゴの倉庫の壁面に書かれたアートが見える。
なんてことはない自転車だけど、ちょっと一家言ありそうな、フランス人のお兄ちゃんが乗っていそうなイメージできそうでしょう。

”最新式と流行ばかりが能じゃない。”
”常にフランスは、古いものとも向き合っている。”
・・チャリの向こう側の見えない持ち主に言われている気分である。

ああ、確かに、流行の最先端をゆくものは、流行を追いかけられぬ。つねに、タブーと歴史に囲まれているかも知れぬ。
レ・フリゴは、昔はともかく、今は、最先端のアートを行く人の溜まり場らしい。


ファッションにせよ、生活スタイルにせよ、今、”そういうのってゆるせない!”ってな中に、もしかしたら、未来が転がっているかも知れぬ。
2011.09.05

トラム3号線延伸

写真は、トラム3号線の延伸工事のものだ。
もともと、時々写真に載せる、廃線跡、Petite Ceinture(プティット・サンチュール)の代わりになるものだ。
バスのPC線はこのPetite Ceintureのイニシャルである。
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工事はともかく、紫色に塗られた脚場?の束にちょっと惹かれて写真を一枚。
フランスで気にっている、アバウトの中の律儀さと合理が透けて見えたのだ。
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トラムの延伸は13区の中華街から、パリ北の12号線終点、ポルト・ドゥ・ラ・シャペルあたりまでらしい。
これにあわせてなのだろうか、メトロの12号線も3つほど北へ延びる。
ふふ、サンドニさんが、自分の首を持って歩いた道だ。
そして、その伸びた先、サンドニ地区を走るトラム1号線もパリ北西の13号線方面、アニエール方向へ伸びるらしい。
東京なら、環7をトラムが走るようなものか。いずれラ・デファンス方向へ伸びるのだろうが、そうなると首都鉄道網においては、東京よりパリの方が、便利になるのかな?

そうそう、パリじゃ武蔵野線級の環状線は必要ない。そのあたりは、もう、森と畑ばかりであろう。
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ある、フランス人が言っていたが、日本では、好みのいろの服がないらしい。
トラムの延伸と関係ない話だが、このポスターの水色と紫のカラーは、いかにも、向こうらしい色使い。
日本じゃ、口にした次点で、試すことなくノーと言われるような色使いが、この街にはあふれている。
2011.09.04

オペラ駅からRER-A線へ

先日は青いガンベッタの駅を載せたので、今回は赤いところを。
RER-A線のAUBER駅というのは、パリのメトロ駅がない。
が、オペラ駅や、アーヴル・コーマルタン駅から乗り換えることができる。
写真は、オペラ駅との乗換通路。


パリは乗換の難所だらけだ。
シャトレ、レピュブリック、モンパルナス、サンラザール、北駅、リヨン駅、ポルトマイヨー、バスティーユ・・・。
どれも、乗り換える路線によっては、えんえん歩く。
梅田か?それとも赤坂見附-永田町か、そんな駅が多くある。
そして、パリでは誕生100年以上の歴史を誇る長い長い動く歩道がある乗換駅も。


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ここも、長い動く歩道があるのだが、赤い天井がトレードマーク。
これもパリの一風景。


フランス人は車に乗ると人が変わるというほど、運転手はイライラしている人が多いが、動く歩道も、追い抜きたくて追い抜きたくて、せかせかしている人は結構多い。
東京の方が、パリよりはるかに時間の流れが速いが、動く歩道の上だけは、パリより東京の方がのんびりしている。


動く歩道というのは、パリではあくまで、速く移動する手段であるが、東京では、楽に移動する手段と言う認識の人が多いのだろう。
東京でも、パリほどの長い長い動く歩道になれば、さすがに立ち止まって乗る人の割合は減るに違いない。
いつまでたってもゴールにたどり着かぬのだから。


ちなみに、パリに限らず欧州では、明らかに動く歩道前提の超ロングラン通路で、運転休止していることも珍しくない。日本じゃ、非難轟々であろうが、欧州では、”動いていない”動く歩道、エスカレーター、エレベーターは日常茶飯事である。
だから、大荷物のときは、”動いていないかもしれない”前提のルーティングを頭の中でしてしまうわしである。
2011.09.03

アリーグルの蚤の市ぶらり

子供服のお店へ出かけた後、午前中ならやっていそうだと、ブラブラとアリーグル広場へ出かけた。
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基本ここは、食品のマルシェである。
遠目から眺めれば、なんともゴミゴミした市場であるが、近づくと、当たり前ではあるが、綺麗に並んでいる。
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キロ幾らと書かれていても、そういった計算に慣れていないので、とっさに値段はわからぬが、そもそものこの市場の成り立ちからして、高いものは売っていまいとタカをくくっている。
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広場の中央では、毎日、蚤の市であるが、雑多な品が並ぶし、商売っ気は全くない。
そもそも、この国は商売っ気から程遠い。
日本人は、実は無意識に、”金を払ったんだから”という意識になる。
だから、”最低限のサービス”が存在し、それは客が最低限求めていいものになりやすい。
この国では、そういった意識は捨てないと、ホント冷たい!と嫌な気持ちになる事もある。
その代わり、たいした事ないサービスと笑顔が、親切な人に見えるのだ。
お店はともかく、公共機関になると、こういう傾向が顕著だ。
日本では、相手が伝えるべき情報と思っていることも、こちらでは聞かねば入ってこない。
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帰りに、丁度通った市場近くのカフェ。なんだか、ソファーと店内雰囲気がよかったから、一枚パチリと。
いや、実は、もう一枚、同じ場所でおばあさんが歩いている、見事に風景に溶け込んだ写真があったのだが、そいつは、ブレブレ写真で諦め・・・。
2011.09.02

コンフラン・サントノリーヌの船たち

もちろん、この街の主役は船だ。
川沿いに並ぶ船たちは、パリのアーセナル同様、住居なのだ。
こういった生活をしたい人たちの自慢の自宅なのであろう。
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ナタリーは奥さんの名前か娘さんの名前か?
そのとなりのNECMERGITURというのは、きっとパリジャンだった人の船だろう。
パリの象徴、Fluctuat nec mergitur(たゆたえども沈まず)からとったに違いない。

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それにしても、綺麗に並んでいるものだ。
なびく旗好きとしては、風を見つつ一枚撮らねば。

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寂びた部分もみえるけれど、ホコリまみれなわけではない。
きちんと綺麗にされている。
おそらく、その気になれば、動くんじゃなかろうか。

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船は機械なんだけれども、巻かれたとも綱、ポリタンク、傷のついた船体、そして、綺麗にされた甲板に、人を感じるのだ。ゴミ一つ落ちてない。愛を感じますね。

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窓辺に飾られた、帆船の模型。
明らかに、外の人に向かっておかれた、インテリアとなっている模型なんだけど、私達、船が本当に好きなのよ!と窓の向こうから聞こえてきそうだ。

そういうわしは、新幹線でも酔ってしまうほど、乗り物に弱い。
飛行機は平気なんだけどねぇ。
舟は、もちろん岸から撮ってますよ。
2011.09.01

マルセイユ22 レスタックの海

ブラックに描かれた街並みもいいのだが、ここのもう一つの楽しみは、マルセイユ中心部を望む海の眺めだ。
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よく目を凝らしてみれば、よき母が、丘の上にたっているのがわかる。
もちろん、そこにそれが立っていることを知っている人でなければ、どれ?ってことなるが。
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赤茶と海と空と山の青コントラストがここの獲物である。
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この海の眺めといえば、セザンヌがたくさん描いている。
そのセザンヌの見た風景を探しに、徐々に山へも登って、海を眺めてみる。
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場末感漂う街であるのだが、快活な感じのするヨットハーバー。
これだけは南仏のどの街に行っても雰囲気は変わらない。
ヨットハーバーと漁港はもちろん全く違う雰囲気であるが。
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上の写真は、レスタックの西側の風景であるのだが、個人的には、こちらの風景の方が好きだ。
写真は、ルノワールの家だったか、その付近から撮ったものであるが、この先はニヨロンしか行っていないので、いずれ、マルティーグあたりまで、ローカル線の旅を楽しみたいものだ。
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左下に微妙に写っているコンテナ。
コンテナの色も街の色もブルーとブラウンである。
春の写真なのだが、パリ付近の重たい空とは違うねぇ。