2011.07.30

Boulangerie Maître Painのバゲット

シャラントン通りの225番地にあるパン屋さんである。Bagatelleというのは小麦であろう。
今回の宿から最も近かったパン屋さんである。
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通常のバゲット。普通に美味しいバゲットであるが、翌日もそう硬くならないのは、そういう処理をしているのであろう。硬くならないのは、経済的であるが、まあ、なんとなくフランスっぽくないようなきもする。
それでも、味は、美味しいバゲットである。
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バゲット・トラディション。
こちらも同様に、翌日硬くならぬ。こちらの方が、お値段が高いが、とても美味しい。
おすすめは、こちらだ。
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フレンチトーストである、パンペルデュという単語は、失われたパンという意味にもとれるが、硬くならないパンは、庶民にとって、経済的にも大事な意味を持つにちがいない。毎日の大事な食事であるからだ。
これは、貧乏旅人にとっても、大変由々しき問題である。

全てのフランスのパン屋さんが美味しいわけではない。
こうした美味しいパン屋さんのバゲットが翌日硬くならぬのも、日常の現実を見るようである。

普通のバゲットとトラディションが25サンチーム違うとして、一月で1000円近く違う。
5キロ2280円のお米か?それとも、1380円のか?なんてね。
庶民のゾーン12区で感じる、フランスの日常である。
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2011.07.29

パリの野球ショップ

パリ環状線廃線跡をウロウロしていたら、こんなお店を見つけた。
もう、ここはパリの端。
Boulevard Soultの75番地である。
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メジャーリーグのキャップとアメフトのボールと・・・いやぁ、あったんだ!と宝物を見つけた気分。
買うわけじゃないんだけどね、この国と野球があまりに遠いので、長期滞在していると、懐かしい気さえする。
日本から観光へ行く人にとっては、何の関係もなかろうが、パリにアニメのお店があるように、アメリカ関連のお店も存在しているのである。
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このあたり、トラムの延伸工事が激しく行われている。
いずれ、トラムに乗っていたら、車窓にこのお店が見えることになるのだろう。
Posted at 11:54 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2011.07.28

ラヴァルへ3

競馬場から戻ってきたバスは、陸の頂上でおりる。
教会と、古い石門が見えるから、すぐわかる。一緒のバスに乗っていたおばあちゃんと一緒に下車。
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街の裏手に回ると、城壁が現われる。
その脇は公園のようになっている。
ムンクの叫びも似合いそうな小道だが、この細道を、お父さんに連れられた小学校に上がるかどうかの女の子が手を惹かれて歩いてゆく。
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公園脇にはひなげしが咲いているが、モネの絵にもたびたび登場するように、この国のあちらこちらに頻繁に見かける花だ。
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さらにまっすぐ駐車場をぬけると、高台の公園が現われる。
フランスらしい、これでもか!といったほど、色とりどりの塊が並ぶ公園だ。
もう少し控えめでもいいのではといつも思うのだが、花てんこ盛りは、欧州全体の花の公園の特徴かもしれない。
石の文化だから、そのほうが映えるのかも知れぬ。
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遠くに向こうの丘が見える。
向こうの丘から見た景色はどんなだろう?
手前のアーチの橋は、鉄道橋。TGVも通るし、ラヴァル絶好の鉄道写真撮影ポイントかもしれない。
お城も川も、市外が一望できる。
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公園脇から階段を一気に下って、川沿いへ出る。
城壁脇をぬけて、川沿いのカフェへ向かって休憩する。
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ラヴァルの駅から、街方向へ。
多くのフランスの町と同じように、場末感ただよう駅へ伸びるとおり。
途中のパン屋さんで勝ったパンを食らいつつ、撮影。
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ラヴァルから新幹線TGVに乗れるのは、ルマンまで。
ここはルマン駅。車のリアウイングが並んでいるかのような、ホーム屋根。車のレースの町らしいのかも知れぬ。
ここからは、TERの急行列車でシャルトル経由でパリを目指す。
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先日のアンジェの旅もそうだったが、全てがTGVでないところに、この旅の味つけが濃くなったような気がしている。効率だけを求めると、脳が感動しないそうだが、いやぁ、旅はトラブルと共にある。
2011.07.27

ルイイ公園

旧バスティーユ駅から伸びる東部鉄道会社の鉄道跡は、高架の上が公園になっている。
テレビの待ち歩きでも取り上げられたが、散歩する人の数は多い。
そして、滑降のランニングコースにもなっているのである。
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そのドメニル通り沿いを歩いてゆくと、広場と公園にぶち当たる。
その日は丁度コンサートが始まるところであった。
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パリで写真をとる場合、写真の前後に、その場所を表す通り名などの看板を撮っておく。
そうしたら、後で、これどこの写真だったっけ?ということが減るためである。
説明写真でなければないほど、場所は判りづらくなる。
エッフェル塔が見える通りです!という場合、そういった説明がなくとも、どこだったか思い出しやすい。
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その看板を撮って、家に帰って、その看板の文字を読んでみたら、メロヴィング王朝時代のお城が近くに建っていたなんて書かれている。いまや、こんなに現代チックな再開発さてた地域なのにである。
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日本なら大化の改新とかそういった時代。ダ・ヴィンチコードにも出てきた王の名前はダゴベルト。
このお城も、その時代の要であるから、この公園の場所にも、ダゴベルト王はやってきたに違いない。
サンドニ大聖堂を、王家の墓所とした王である。サンドニ大聖堂のなかでもひときわ大きい棺?である。
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いまでも、この場所はいろんな通りが交わる部分で、12区の区役所のすぐそばだ。
全ての通りが昔からあったわけではないであろうが、こうやって公園になるほどの場所であるのは、そういったお城がこの界隈あったことと無縁でないような気がしてならないのである。

お城も鉄道も今はないが、まさに、ここがルイイ地区の中心地でありつづけたに違いない。
2011.07.26

Rue Crèmieux クレミュー通り

リヨン駅とバスティーユ駅の間にある可愛らしい通りである。
とにかく、色が可愛らしい。
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そこの一軒のお宅にあった自転車。
お兄ちゃんと弟の自転車であろうか?
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壁のブドウの木は絵であるが、したの緑は本物だ。
自転車の置くの穴はこれまた絵で穴はあいていない。


こうして彩られ、絵の描かれた建物が一杯あるこの通り。さてさて、住んだ人が先なのか?こうした絵の描かれた家を求めてやってきた人たちが住んでいるのか?

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ただ、こんなお家にすんでいたのなら、毎日が楽しくなりそうだよねぇ。
家も飾ってみようと思うだろうし、人も呼びたくなろうってものだ。
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モネの家もそういえば、部屋ごとにテーマカラーがあったが、やっぱり無難よりカラフルの方が、楽しいかもしれない。
2011.07.25

Simply Market サンプリーマーケット

ここ最近パリでお目にかかるスーパーである。
どうやら、元ATACというスーパーだ。
今回はじめて入ったのだが、売っているものも、オーシャン系列のプライベートブランドが並ぶ。
郊外型大型スーパーのAuchanのグループなのだろう。
言われてみれば、カラーが赤と緑のロゴだ。
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郊外型ではなく、オーシャンの都市型スーパーなのであろう。
といっても、このスーパーはそこそこの大きさでコンビニっぽくはなく、日本にもよくある、なんとかストア的な存在だ。カルフール系、カジノ系、オーシャン系がしのぎを削るフランスのスーパー界。
パリでは見かけないが、地方へ行くとマルシェUを筆頭にUグループも頻繁に見る。


イオン、イトーヨーカドー、西友、ダイエー・・・。電鉄系のスーパーに、地元型スーパー。
スーパーによって違う商品や、ダノンやネスレなど、関係なく共通しているブランド・・・。
フランスの顔が見えてくる。

2011.07.22

オーステルリッツ駅を発車するメトロ5号線

パリのメトロが絵になる場所は多いが、特に橋だ。

最も有名なところは、16区から15区へ渡るメトロ6号線。
セーヌを渡るパリのメトロという題を付けたら10中8,9というエッフェル塔が見える写真となる。
そこはRERの橋もあるから、美味しい鉄道写真が撮れる。まあ名所である。

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さてさて、ここオーステルリッツ駅。
これはメトロ5号線であるが、国鉄駅の端に駅がくっついてあるため、まるで、駅舎を縦貫しているように見えるところだ。
ここも橋を渡って、徐々に地下にもぐっていく様は、前出15区のRERと全く同じ構図だ。


さてさて、下に見える落書き。
写真の邪魔になりやすい、路上駐車の列同様、この落書きも現在のパリの、まあ、一部と化している。
どちらも絵としては、チト残念ではあるが、今のパリらしいといえば、そうだ。

音楽のPVでも、街中で撮影されるものは、パリに限らず、こうした落書きが写りこんでいることも少なくない。
写りこんでしまうから、逆にリアリティが増すのだ。
2011.07.21

ラヴァルへ2

ラヴァル街歩きの始まりである。

まず、目指すは、旧市街の頂にあるお城。
観光局からでて、お城方向へまっすぐ登っていけば、トルモイユ広場にでる。ここも、古いいい雰囲気の建物がある。写真は、お城の中庭の壁である。
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お城の中は、ラヴァルに関係した人たちの美術館。アンリルソーを中心とした素朴派の絵画、近代の画家の絵、ラヴァルの町を描いたものと、絵画、彫刻が並ぶ。
個人的お気に入りは、Anselme Boix-VIves(アンセルム・ボワ・ヴィーヴ)。
街中の落書きにありそうだと言えぬこともないが、怪物的愛すべきキャラ、アフリカンな感じもする絵は、個性的でいい。絵葉書だけとりあえず購入。
美術館の窓から、街中をカメラで。
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散策は続く。
オルフェーブル通り。
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トリニテ通り。
もう少しいくと、通りをふさぐように教会の壁面が見える。
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グラン・リュー。
坂の中腹あたりから、古く可愛らしい建物が多くある。
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シュヴォー(馬)通り。
グランリューとの角は、大変狭い道。馬に乗って降りてきたのだろうか?
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グランリューを下って、古い石の橋を渡ると、また、ラヴァルのシンボルの古いお城が橋越えで見られる。
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昼過ぎから、路線バスにのって競馬場へ向かう。
競馬場への話は、こちらの記事へ
こちらの牧歌的景色も、なかなかよい。

ラヴァル競馬場へ行く1
ラヴァル競馬場へ行く2
ラヴァル競馬場へ行く3

夕方の散策へ続く。
2011.07.20

アルセナル

バスティーユ広場とセーヌ川の間にある繋留所だ。
サンマルタン運河の入り口である。
岸辺は散歩道になっていて、カフェなどもある。
観光客も結構訪れる。
ここの規則ともいえる、運河とメトロ1号線駅越しのバスティーユの7月革命記念柱バックの記念写真を撮る。
バスティーユ広場より、記念柱の収まりが良い写真が撮れるのだ。
そんな憩いの場である。
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バスティーユ広場から、離れれば離れるほど、人影は少なくなり、港本来が持つ倦怠感にも似た空気が佇む。
この辺りまで来ると、革命記念注バックでも、なんとも無味乾燥な殺伐とした写真になる。
無味乾燥、いや、乾こそ、パリらしいと言えぬ事もない。
2011.07.19

フランスのベビー用品

姪っ子が生まれたので、何かしらフランスらしいベビー用品をと思ったのだが、そういったことに疎すぎて、どこへ何を探しに行ってみたらいいのやら・・・。
どうやら、chaussons de naissance(ショッソン・ドゥ・ネッサンス)という、靴というのか、靴下というのがあるらしい。
靴を脱ぐ日本文化と違って、向こうは靴を履いて生活する。
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写真の向こう側においてあるのが、DU PAREIL AU MEME(デュ・パレイユ・オ・メーム)のフード付きの赤ちゃん用バスタオル。
チェーン店で世界中にあるが、日本にはまだないようだ。お隣の韓国にはあるらしい。
12区のフォーブール・サンタントワーヌ通りのお店のお姉さんの話だと”18ヶ月辺りまで使えるわよ”とのことだ。
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靴下は、マレで購入。
姪っ子にモデルになってもらって履いてもらったが、まだまだ靴下の方が大きい。
熊さんのなかに、鈴が入っている。これを鳴らして歩くことができるのは、もうしばらく先の話かな?
2011.07.18

LEADER PRICE リーダープライス

リーダープライスが次々フランプリに飲み込まれていくなか、ここは、その店名が残っている。
しかも、新しい雰囲気である。
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もっとも、カラーリングはフランプリそのものともいえるが、やっぱりこの店名だと、安いよ!といっているように見える。
実際のところ、フランプリで扱う商品でも、パスタなんかは、リーダープライスより安いウィニーなる物も出ているから、必ずしも最安値なわけではないが、まあ、安いシリーズの老舗だ。

生き残って、しかも、リニューアルされているのをみると、ちょっと、ほっとした気持ちになる貧乏庶民のわしである。この場所は20区シャロンヌである。11区のヴォルテールのリーダープライスなどはフランプリに変わっていたが、18区の大きなリーダープライスは健在だろうか?
そう思って、ウェブで確かめてみると、それらは、もうないようだ。
でも、パリ市内に15店舗ほど残っているようである。
2011.07.15

Rue de Charenton シャラントン通りの力持ち

シャラントン通りというのは、実に長い。バスティーユ広場から、12区役所を通って、パリ市のハズレまで。
6/15に載せたブログもこの通り。
この199番地と201番地にこの巨人たちはいる。
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全てで4人いるのだが、入り口左上を見ると、ラウル・ブランドンという建築家によって、いまから丁度100年前に建てられた物件らしい。以前、16区のギマールシリーズも載せたが、同時期だ。
こちらは、アールヌーボーではなく、クラシカルな感じである。
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パリで言う古い建物というのは、大抵この時期のものだ。何百年も経っている建物がぞろぞろ立ち並び、中世の面影そのままなんて通りは存在しない。とはいっても、東京のようなコンクリートジャングル化しているわけではない。
古いものをぶち壊して、全て新しくしてしまう発想は、アジアチックなのである。
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ちょっと重そうではあるが、苦痛そうではない。左手のベルト?が少々緩んでいるように見え、きちっと引っ張ったら楽になるよと言ってあげたくなる。この人たちに頑張ってもらわないと、下の電話屋さんと、八百屋さんは大変なことになる。したに置いてあるレッドブルでも飲ませてあげたら良いのに。


どうでも良いが、この建築家、RAOVL表記されている。この頃はともかく、はるか昔ははないのだ。
今ならRAOULである。
は英語ではダブリュー、フランス語ではドゥブルヴェ。
英語はが二つ、フランス語はが二つと言う。
このと置き換えて読めば読めるなんてことは、フランスを観光していると随分行き当たる。ふふふ、書き間違いではない。


こちらが、立ち止まって写真を撮っていると、八百屋の親父も出てきて、自分の店の上を見上げる。
人が何かしていれば気になるのは、古今東西一緒である。
パリ秘密の散策は続く。
2011.07.14

ラヴァルへ1

6月19日のブログ並んでTGV切符を予約するでお伝えした通り、ラヴァル行きのうち、途中ル・マンまではTER(急行)で行かなくてはならない。
早朝のモンパルナス駅へ向かう。
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6時48分発、シャルトル経由ルマン行きの発着番線の発表を待つ。
出発の20分前に表示されるよとの記述が右側にあるが、これ、駅によってまちまちである。
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ボンバルディア社製の2階建て車両。の2階部分から
フランスレイルパスは、結構前に予約しないとTGVの席が取れないから、本当に”使えない”パスであるが、”使えない”パスだからこそ、こういったルートの選択になっているわけで、新幹線TGVにのって”ハイつきました”旅行では感じられぬ味付けになっている。
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列車はルマンに到着。ここでTGVへ乗換。
先日、この駅はアンジェ行きで2度ほど乗換でお世話になった駅である。中心都市だ。
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TGVの社内の座席表示。
窓側か通路側かは、自分のチケットに表示されているのだが、座ってから改めて壁の座席番号を見ると、なんと芸の細かいことに、該当席はここだよ!と色塗った画が付いている。
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ラヴァル到着。
駅前の道をまっすぐ進み、途中で右に折れると、橋にぶつかる。
その橋から、ラヴァルの旧市街が”いらっしゃいませ”と言い雰囲気を覗かせてくれる。
手間隙かけて到着したラヴァルの河岸の街並を見て、”来た”感が増幅する。
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観光局を目指して橋を渡る。
すがすがしい、ラヴァルの朝。
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観光局は入り口が郵便局と一緒。
地図を頂き、スーパーで、つまみと水分を手に入れ、カフェでもらった地図を眺めてルートを決め、いざ街ぶらりへ

2011.07.13

黄色いTGV ドクターイエローならぬLa Poste

日本の新幹線にも、黄色いのがあるが、フランスにも存在する。
郵便TGVである。
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パリも市のハズレに来ると、列車溜まりになっていて、線路の数は膨大に増える。
どれが、使われている線路で、どれが、車庫状態になっているのか?パッと見分からぬが、そりゃ、仕事している人はわかっているだろう。
それにしても、無造作に置かれたTGVたち。ウナギの寝床か、蛇の巣か?

こうした、パリ中央部から列車が抜けていくゾーンというのは、高級住宅街ではない。
場末感一杯のゾーンであるのだが、スノッブな感じの市内、生のパリの空気を感じる場所と言えるかもしれない。
この乾いた空気がなんとも好きである。

パリ外周に存在する区のうち、16区と20区だけが、この線路の束から外れている。
16区は高級住宅地だが、20区はなぜ?
それは、そこが丘だからである。

写真の場所では、リヨン駅とベルシー駅発の列車が抜けていく場所だ。初代TGV銀座である。
12区である。
2011.07.12

フランスのビール デスペラードス・レッド

日本は暑い。
暑くなればビールがのみたくなる。
大のビール好きであれば、こうしたビールは邪道というかも知れぬ。
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テキイラ入りのデスペラードスである。
これのガラナ味だ。
もう、なんだか、これはビールなのか?コーラなのか?判別の付かない世界である。
デスペラードスのライムもあったはずだ。

テキイラインのデスペラードスはさわやかだ。
暑い夏、キンキンに冷やした、これも、凍るほど冷やした炭酸水ペリエも同じように旨い!

カフェで一杯もいいが、スーパーで勝った瓶を帰ってきて一本というのも、また、良いのだ。
2011.07.11

パリ市内のカルフール

フランスのスーパーと言えばモノプリを挙げる日本の人は多い。それは、おそらく、オペラ通りの観光局隣であったり、宿の近くの少し大きめのスーパーがモノプリであるせいだろう。
地方に言っても、街中にデンと構えるスーパーがモノプリなんてことも多い。

実際のところ、フランスでは、大きな超有名スーパーと言えばカルフールである。
オーシャンなどもそうであるが、郊外型の大きなスーパーがパリ市内にあることは珍しい。

そのカルフール。パリ市内にもある。
13区のメトロ6号線National駅前に存在している。Nationではないですよ。
ナシオンではなく、ナシオナルである。
結構昔からここにあったと思うのだが・・・。
ここを通る度に、丸っこい建物にカルフールが見えるなぁと思ったものであったが、いつからあるかは知らない。
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そこへ近づいてみて、写真を撮ってみた。


おフランスのスーパーであるが、スーパーまでおフランスであるはずがない。そんな高級感あふれるスーパーばかりが並んでいて庶民の生活が成り立つのなら、いったいどんな国だというのだ。

だから、日本上陸しても、フランスのエスプリを感じさせることはなく、そういう淡い期待を持って、カルフールへ出かけた人はがっかりしたということのようだ。


この、おフランスというか、パリという街に特別な感情を抱く人は日本人だけではない。ドイツ人でも、フランスの地方に住む人にとっても、当然あこがれの街なのである。


カルフール独自のプライベートブランドを開発し、店員の多くをフランス人にしたら、売っているものがにていても、案外いけたかもしれない。
多くの人は、フランスのものにあこがれているのではない。フランスという単語の響きにあこがれているのである。


フランスのブランドに憬れることは分かっても、フランスそのものがブランド化
(おフランス)していることに、どれだけのフランス人が気づいているのだろう。
そのあたり、マンガや柔道、すき焼き、小型化、和服なんかが海外でうけていることは日本にいて聞いていても、文房具やお札の評価が高いことは意外と知らない日本人が多いことと一緒かも知れぬ。
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モノプリがMonop'や、CasinoのPetit Casinoのような、コンビニ型店舗もだいぶ街中に増えている。
これはオーステルリッツからプラスディタリー間で見かけたが、読みは、Carrefour Cityカルフール・シティで良いのだろう。
どうでもいいことだが、Carrefourは日本語になおせば、スーパー角屋である。

2011.07.08

バスティーユ広場

バスティーユ広場の中央に、大きな塔が建っている。
バスティーユと言えば、フランス革命の代名詞だけに、なんとなく、きっと、これは、革命記念に建てられたんだと思ってしまうのである。
もちろん、正解。
”革命記念”である。
しかし、それは、あの1789年のフランス革命ではなくて、それから31年後に起きた革命の記念なのである。

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このあたりややこしい。

フランス革命が起きたが、恐怖政治で混乱。ナポレオン1世登場!

ナポレオン失脚。ルイ18世即位。
ナポレオン復帰。
ナポレオン失脚。ルイ18世復位。
ルイ18世死去。シャルル10世即位。

革命後、皇帝ナポレオンとブルボンの王様が権力取り合いになったんですな。
で、再び革命勃発。
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これが、写真の7月革命で、ルーブル美術館の超有名画、”民衆を率いる自由の女神”になるわけですな。
当然、ドラクロワは同時代人。
ルーブルのオダリスクなどを書いたアングルと新聞紙上でやりあったなんてのがきっとこの時代。
印象派のさきがけとなった人といえるんでしょう。

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奇しくも、日本でも、長々と続いた江戸幕府に対する庶民の反乱が起きていたんですな。
大塩平八郎の乱。1837年。
坂本龍馬はこのとき生まれた直後らしい。幕末へ繋がるんですなぁ。
ちなみに、睡蓮のクロード・モネは龍馬の4つ下。モネは幕末の画家なんです。
今、中東で起きていることも、似た事情があるに違いないと思えば、現代社会も見えるかも。

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バスティーユ広場のこの塔を、なんとしても写真に収めようと、後ろへずるずる下がる。
下がっても入らぬから、空と先っぽの写真になる。
そうすると、この日付は写真に入ってくれぬのですなぁ。
広角だと、全く日付見えず。
シャルル10世はこの翌日7月30日に退位しました。



話は、モネや龍馬まで広がるねぇ。
でも、肝は、ナポレオン1世とルイ18世。

ルーブルのナポレオンの戴冠式の画と、ドラクロワの絵の意味は全く違う意味を持つ。
アンヴァリッドのナポレオンの棺、そしてバスティーユ。
ちょっと、単なる、有名な絵と場所に行ったというのと違ってくるでしょう。
2011.07.07

マルセイユ20 パニエ地区散策

フランスから日本へ帰ってくると決まってダウンする。
気合で歩き割りすぎるからかもしれないが、今回は疲れというより風邪。風邪ってこんな感じだったなぁと久々に感じる。いつもは、弱い咽を菌でやられるパターンであったが、今度は、体が水浸しになったような風邪である。
それも、ほぼ回復した。
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マルセイユのパニエ地区のパニエ通り。
ブラブラに最適だが、この、特別ではない”ただの通り”が特別なのである。
もうだいぶ経つが、壁のはげ具合はおそらく今も変わらぬのではないか?
2011.07.06

Rue des Pirogues de Bercy ピロギュ・ドゥ・ベルシー通り

ベルシー地区は、メトロを降りてエスカレーターを上がれば、目の前に、カフェとレストランの並ぶ可愛らしい通りがに出る。しかし、ここが風情あるところではなく、少々ぶらついたところに風情が残っている。
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赤い扉も可愛らしいが、鉄の杭もヴェリブも同じように一直線に並んでいる。
同じものが並ぶと、対目線は遠くへ行く。
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ベルシー地区の街灯の脇に、太陽光発電パネルが立っていた。街灯と並ぶ様にである。
この国は、もう、今やフランスといえばご存知のように、原子力発電の国であるが、ここは再生可能エネルギーを使っている。むろん、そこの街灯だけなのかも知れないが。


再生可能というキーワードは、確かにこの地区にふさわしい。


河を遡ると、シャンパーニュやブルゴーニュといったワインの地区へたどり着く。
そこから、河を下ってパリで消費されるべきワイン樽が、きっとここで保管されたのは、ここが、パリの入り口の一つであったからなのだろう。


フランスという国は、川沿いに町がある。
川が今の高速道路であったからだ。
その後、船は鉄道に取って代わられたが、町と町とをつなぐ鉄道は、必然的に川沿いを走ることになる。
川と鉄道地図をあわせて見ると、なるほどと思うほど、酷似している。


そんなことを、ふと思う、今は静かで、ベルシー駅前とも違う喧騒から離れた古きよき倉庫街である。
2011.07.05

パリでコインランドリーを使う3

パリのコインランドリーの使い方は説明したが、そいつはどこにあるのさ?
グーグルマップで探すのもいいが、歩いていれば、遠目でもみつかる。
見ればわかることであるが、不安な人もいるだろうから、こんな風に街中に存在してますというイメージ写真を載せておく。
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LAVERという単語が洗うという意味だ。
LAVERIEやLAVAGEという単語を見かけたら、そいつがそうだ。
 
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機械の大きさによって値段が違うのは日本と一緒だが、洗濯機が家庭に普及している日本では、コインランドリーを使ったことの無い人も多かろう。
パリでは、建物が古かったり、部屋が小さかったりもあるが、洗濯機が無いアパートも多い。
日本では考えられぬほど、コインランドリーを見かける。
高級住宅地はともかく、それ以外では、パン屋に出くわすのとコインランドリーに出くわすのは、同じ確率かも知れぬ。
2011.07.04

パリのベランダと出窓

出窓や、階ごとの横縞のベランダがあまり無いよと言ってみたので、あえて、そういう建築物を探してみる。
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この茶系やオレンジ、ブルー系の透明ベランダ手すりが取り付けられた、古いとは言えぬアパルトマンを時々目にする。これも、ある意味パリっぽい建物なのかしれない。
半透明で日光を通すベランダ壁面に、緑を並べるという図式は結構こちらで見る。

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こちらは、出窓っぽい建築だ。
このタイプも意外と多いが、おそらく、レオミュール通り(2区)のモダン建築に影響されて、このタイプが増えたに違いないと思っている。観音開きや押し引きタイプの窓明け型が多く、引き戸の窓は少ない。このタイプの窓ガラスも、前後に押したり引いたりして開けるか、開かぬ窓であろう。



パリも、今と昔とそのどちらともいえぬ、中間時代が当然あるわけで、パリらしさ=古さとは限らぬのである。
意外と、この街の人も、新しい物好きである。
なかなか、ほいほい新しいものを購入したりしないのだが、購入しちゃったら、元を取るまで自慢するのも、この国らしいかも知れぬ。



メトロの車内でハンズフリーで話をする人と、ヴァカンス前に焼けた体を披露する人をみると、おかしいのを通り越して、微笑ましくなる。自慢は、とても大きなストレス発散になっているに違いない。こういった人は、もちろん日本にもいるのだろうけど、パリの方がそういった人との接触率が高い。
Posted at 11:13 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2011.07.01

大韓航空でパリへ行く3(エールフランスのストライキ)

大韓航空でパリへ行くであるが、パリからソウルはエールフランスになる。
ということで、ほとんどに話は、エールフランスの話だ。
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搭乗ゲートにつくと、既に人人人である。
なんということだ、この時点で出発2時間前ちょうど。
しかも、フランス人の人数がだいぶ多い雰囲気である。
いつから、こんなに準備の早いフランス人になったのか?



出発時間は近づくが、搭乗のご案内はない。
しかし、搭乗のための列を作っている人たちがいるようだ。
改めて、搭乗はじまっているのか、モニターを見ると、衝撃の文字が・・・・。


エールフランス ストライキ!


ここで、ようやく、いろんな本日の事態が飲み込めたが、どうやら、他の日本の方の話によれば、昨日も飛んでいないらしい。


足りない係員の数
昨晩近辺に止まったフランス人その他の国の人々。
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とりあえず、飛行機はディレイであって、キャンセルではないのっで、もらったチケットをサンドイッチと飲み物に。

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予定より遅れた搭乗時間になると、だいぶ遠いところまでバスで移動して、塗装のはげた777に乗り込む。
ここで、空調がこわれているとか、搭乗員の数が規定人員に足りぬとかで、飛行機内で数時間待たされる。
こうなると、多くの乗客は開き直っていたろう。まったりとした、飛んでいない機内。

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エールフランス韓国風機内食1

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エールフランス朝食機内食2

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少々のすったもんだがあったが、5時間以上待ちとなってしまったソウルでは、大韓航空のラウンジへ。

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ようやく日本へ向け出発し、

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最後の機内食を採り、昼過ぎ到着予定が、夜9時の到着となって日本へ帰着した。



それにしても、エールフランス直行便が、1日遅れのソウル経由になってしまった方々は、本当にお疲れ様でした、の帰国便であった。
しかしながら、不思議と、こうしたトラブルがあった方が、記憶に残る旅と酒の肴になりやすい旅となるのである。