2011.06.30

大韓航空でパリへ行く2

朝9時過ぎに今回の宿であるアパートを出発すると、パリの空港に着いたのは出発の3時間半近く前、10時過ぎであった。。
パリの空港は3時間前にはチェックインが始まる。
2時間前などに行くと、長蛇の列で、1時間以上並ぶということが過去に何度もあったからだ。
今回はスカイチームの大韓航空であるから、そこまで並ぶこともあるまいとはおもったが、少し早めに出かけたのである。
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2Eのターミナルなへ行ってみると、同じ飛行機になるであろう韓国人の姿も結構見られる。
3時間以上前であるが、チェックインできるのならしてしまえと、係員のおっさんにEチケットを見せる。
Eチケットの紙に書かれたコードをさして、そこに並んでいる機械にこのコードを入力しろと言う。



どうやら、自動チェックインという奴をやるらしい。
日本語を選択して、言われたとおりにパスポートの写真ページをつっこみ、行き先を選ぶ。
すると、クーポンとかかれた、ボーディングパスのようなものが出てくる。
NOT VALID FOR BOARDING(搭乗できません)とある。
先ほどのコードを打つ入力画面など出てこない。



画面が終わってしまったので、このまま列にならぼうとすると、別の係員のお兄さんに呼び止められる。
これじゃダメだダメだ!これをさっきのおっさんにボーディングパスにしてもらえとのこと。
なんだよ、あのおっさん、最初から、そう説明しろよ!と思ったが、とりあえず、そのおっさんのところへゆく。



おっさんにボーディングパスを依頼すると、再びわしのEチケットをじっくりと見る。
ボーディングパスを出そうともせず、そのまま列へ並べという。
大丈夫か?と聞くと、大丈夫だという。
で言われたとおり、さっきのダメだダメだお兄さんのいなくなったゲートをくぐり、列に並んだ。
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結構並んでいるが、カウンターの担当は二人しかいない。
カウンターには、
『ボーディングパスが必要です、ここは荷物を預かるだけです』
のようなことが書かれている。
周りを見渡すと、なんと、皆ボーディングパスらしきものを持っている。



こりゃ、散々並んだ挙句、ボーディングパスをもってから並べ!とカウンターで言われ、列の最後尾に並び直す”とても残念な旅人コース”の危険がある。
今、列を抜け、ボーディングパスを再度もらいにいってから並び直した方が傷が少ない。
そう判断したわしは、もうなぜかいなくなってしまったおっさんは探さず、”ボーディングパス必要”といっていた、お兄ちゃんの元へ行ってみた。
するとどうだろう、そのお兄ちゃん、忙しそうにわしの”搭乗出来ませんクーポン”を遠目から一瞥すると、今度は、そのまま並べと言うのである。
さっきと言ってることが違うじゃないか!とおもったが、行けといわれれば行くしかない。
で、列の最後尾に再度並びなおしたのである。
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しかしである、わしの後ろか並ぶ人は、皆ボーディングパスを持っている。前に並んだ人も皆ボーディングパス持参である。



意を決し、並びなおしは嫌よ!とばかり、荷物を列に置きっぱなしにし、本当に大丈夫なのか?の念押しにお兄ちゃんのところへ行くと、今度は、あっさりボーディングパスを出してくれた。
なんだかよくわからぬ。
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空港に到着してからまもなく1時間が過ぎる。
列が動いている様子はない。
なんと、カウンターの担当者が一人だけになっているではないか!
おもわず、ため息がでると、わしの後ろのデルタのEチケットをもった、おそらくアメリカ人のおばちゃんも、肩をすくめて、参ったわの仕草だ。



ここで少し余裕のできたわしは、ボーディングパスの座席をみる。
どうも、パリからソウルは列が窓側でも通路側でもない席と思われるFの表示。



ようやくにして回ってきた順番だが、お元気のいいカウンターのお姉さんに掛け合う。
すると、通路側も窓側ももう満席よ!真ん中しかあいてないわとのこと。
なんということだ!こんなに早く来たのに・・・。



それにしても、客の数に対して、係員もカウンターも人数が少なすぎる。
なんともお粗末な自動チェックインシステムを考案した、現場無視のシステムデザインした奴がいるものだ!と心の中だけで憤ってみたが、実はストライキ地獄に既に嵌っていることを、この時点では、まったく認識していなかったのである。
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2011.06.29

パリに出窓はあまりない

出窓に花の飾られた欧風の家。
いえいえ、パリのアパルトマンは基本、窓がへこんでます。
窓は内開き。バル(雨戸)は外開きであるので、少なくとも、バルを折りたたんだり、閉じたりする分の厚みは、”へこみ”が必要なわけです。
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だから、バルコニーに飾られた花々は、外に向かって飾られている。
当然、ヨーロッパの建物の写真に花が多く映るわけです。

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日本のマンション、アパートとの大きな違いって一体難なのか?
日本は壁面からバルコニー部分ごとへこんでいたり、バルコニーが横一列、飛び出ていたりで、階ごとに線が出来る。
5階建てなら4本の線があるように見える。
その点、ベランダの少ないパリは、そういった風景にならぬ。
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もう一つは、日本のマンションは殆ど、玄関を出ると、建物の廊下に出ることになる。
外に廊下があるのだ。
その点、パリのアパルトマンの場合、建物の中に階段があるから、壁面にやはり五線譜のような線のある建物がないのである。

こうしたへこみを減らして、低層建物なのに、一面ガラス張りなんてのも、パリの建物の特徴であろう。
装飾が飛び出していることは良くあるけど、出窓ってのはあまり見ないなぁ。
Posted at 11:04 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2011.06.28

暑い暑いパリの一日

昨日から異常に暑いパリである。
一昨日までは長袖必要でしょうと言う感じだったのに、ついに夏に突入という気温上昇である。
天気が良いことはいいように思えるが、これがまたそうでもない。

写真は、明暗がはっきりして、白く飛んだり黒くつぶれたりしやすいし、体力的にも厳しい。
土砂降りもピーカンも、どちらも旅しづらい。

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昨日の蚤の市開催場所の場ビュット・オ・カイユ界隈を散策しようと考えたが、暑く、まぶしく、写真撮りづらそう。
天気関係ない、パリの鉄橋の聖地へ向い、北駅付近で、鉄、鉄、鉄のオンパレードとした。


今回、鉄と道が一つの旅写真のキーワードであるが、ここは、鉄も道も鉄道も入る。
ラ・シャペル駅界隈であるから、10区、19区、18区の境目付近だ。


このあたりインド人街であるが、サリーや宝飾、インド料理の店が並ぶ。
時折、懐かしいような、カレーの匂いが漂ってくる。


夕方まで休憩して、午後5時ごろから、ビュット・オ・カイユ散歩へ出たが、それでも暑い。
この国はクーラーがないのがあたりまえであるから、急激に体が冷える事はないが、あまり暑いと大変だ。


フランス人は太陽が好きなので、こんなときでも、皆ひなたで、日光浴かというと、そうでもない。
当たり前だが、フランス人だって暑いのである。
圧倒的に日陰に避難する。
日光浴している人もいますがね・・・。そういう人は、ある意味日焼けサロン代わりなんでしょう。
Posted at 11:03 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2011.06.27

ビュット・オ・カイユの蚤の市

毎年、この時期になると、市中蚤の市の数が増えるようである。
ヴァカンス前であるからでもあろう。
先日マレを歩いていたら、ヴィラージュ・サンポールでもやるよという横断幕があった。

ビュット・オ・カイユ散策へ出かけたつもりが、人人人の波。
で、写真撮ったりはお休みして、急きょ、蚤の市物色へ変更。
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どうやら、玉石混合というか、ヴィドグルニエ(いわゆるフリマ)とブロカント(古道具屋)混合といったところだ。
アンティーク(骨董)ではない。

こういったところは、いわゆるヴァンヴやクリニャンクールに比べると価格が安い。
掘り出し物を見つけるのは大変だ。
見つけても、ブロカントの業者であれば、そんなに安くはない。
それにしても、世田谷のぼろ市を思い出す人出だった。
戦利品はグラス。
2011.06.26

Rue Berbier du Mets ベルビエ・デュ・メ通り

2号線と3号線が交差する乗換駅、ペール・ラシェーズ駅のアナウンスに日本語がある。
正確に覚えていないが、
公の場所で、携帯やデジタルオーディオを使用しているときは充分注意してください。
とかいうものだ。

電車の中での携帯使用や、音楽の音もれのことかと思ってしまう。
そんなことまで、日本語で言われなきゃならぬの?と。

しかし、どうも、そんなマナーの問題ではない。
周囲の音を遮断してしまうと、スラれますよ!と言う事であろう。
国が違えば、同じものでも注意されることが、だいぶ違う。
たしか、フランス語と日本語のみだ。中国語もなければ、英語もない。
ってことは、狙われるのは日本人ってことなのね。



踏み切り話でも書いたが、メトロ2号線が新しい車両になった。
メトロの3号線もそうだが、ブルーのライトがついた車両が多いし、駅や高架下トンネルなどにブルーのライトがついていることも多い。
いわゆる、暴漢防止のライトなのね・・・と納得がいく。

以前にもまして、落書きも増えたし、昼間から、そこへどうやって入ったの?ってなところで、堂々と落書きをやっている。RERも確かに、ガラが悪くて、眉をひそめる人がいる車両もある。

英国へ向かうユーロスターが出発する北駅付近には、JOBと書かれた落書きもある。
失業問題はフランスの足元の爆弾なのであろう



ペール・ラシェーズは、まあ、20区では唯一ガイドブックに載っていそうな観光地である。
メトロ2号線はもともと、柄の悪い混雑している路線であるが、モンマルトルを通るから、観光客も多い路線だ。
そんなところから、日本語放送があったり、車両が新しくなったりしているのだなと、思うわけである。
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さてさて、13区のゴブラン地区を本日ブラリ。
13区=中華街だと思っている人も多いが、そうではない。
ガール地区の新型オフィス街に、ミッテラン国立図書館。ゴブラン地区やビュット・オ・カイユ地区は雰囲気のいい通りも多い。ショワジー地区は中華街。ナシオナル地区は中華街とも連なる高層アパート街。

ゴブラン織りのタペストリーを美術館やお城などで見ることもが多いが、そのゴブランの工場裏がこの通りである。
動くの?と思いたくなるようなクラシックで、おんぼろの車が可愛らしく、そいつも一緒に。
このあたりの下には、ビエーブル川が今も暗渠で流れているようだ。
この川あったればこそのゴブラン織りなのである。
2011.06.25

セーヌ川散歩 コンフラン・サントノリーヌ

ノートルダム寺院脇のセーヌ川の散策もいいのだが、そんなことはガイドブックにお任せし、別のところへ出かけたい。
Conflans-Sainte-Honorine。
コンフラン・サントノリーヌ。
セーヌ川とオワーズ川の分岐点だ。
なにも、モネの家など行かずとも、風光明媚な印象派の世界は、パリのすぐ近くに無数に転がっている。
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むしろ、こちらの方が、印象派の世界に近かろう。

お勧めルートはこうだ。
SNCFでサンラザールからコンフラン・サントノリーヌへ。
そこから歩いてオワーズ川の合流地点へ。
帰りはRER-A線のコンフラン・ファン・ドワーズというその名の通り、オワーズ川の終わり合流地点駅から、一本で帰ってこられる。

詳しいガイドは、また別の機会として、本日は別の話だ。
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歩いていると、グーグルマップでは載っていなかった観光局が川沿いにあった。
丁度後ろを通りかかった夫婦が、私が覗き込んでいるお店が観光局である事に気が付き、
「こんなところに観光局があるわよ、あなた。ちょっと寄りましょう。」
と中に入っていったのだ。
私も続いて入った。



「観光地図はある?」
「はい、こちらがそうです。」


「ああ、いいわね。ほかに、このイルドフランス地方の観光地図はないの?」
「これならありますが・・・」


「ああ、ヴェクサン地方のね、いいわねぇ。オーベル・シュル・オワーズとかのガイドはないの?」
「マダム、ここにはないです。街中の観光局には置いていますが・・ここには置いてないです。」
「ああそうなの、行こうかと思ってね。」


「そうですか。ただ、マダム、ここからはオーベルは遠いですよ。」
「知っているわ。また別の日によ。すばらしいでしょ、ヴェクサン地方は」
「そのとおりです、マダム。」


最後の部分の会話は、なくてもいいはずの会話である。チクリvs防御だ。
ああ、日本と同じで、皆、ストレス感じつつ生きているのね・・・と思う一幕であった。




で、私の番。
「すいません、街の地図下さい」
「観光地図?」
「そうです。」
「わかったわ、”コンフラン”の地図ね。」

まだ観光局内いた、さっきのマダムにも、”コンフラン”と言う部分が聞こえたはずだ。
「ここはイルドフランス全体観光局ではなく、”コンフラン”の小さな出先観光局ですから!」
という声なき声だけは、マダムに向かって吐かれた毒のチクリに違いない。




歩いていると、自転車写真にうってつけのシーンが。
教会である。
セーヌに浮かんでいるのである。
中にはステンドグラスもみえる。
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言っておくが、毒気をぬかれる心地よい散歩道である。
しかし、フランスマダム対マダムの対戦、いや、おばちゃん対おばちゃんがメインの今日、風光明媚な写真はこの程度として次回、コンフランのカメラ親父の話の時にとする。
2011.06.24

疲れるのは石畳のせい?

いやいや、昨日の日帰りも、思った以上にバテバテに。
何しろ、4キロ5キロの荷物を持ち歩きつつの移動であるからでもあるのだが、それにしても足腰に・・・。
石畳のせい?という気がしないでもない。

雰囲気はいいんだけどね。
本日も20区のパサージュをぬけると、ぶつかった通りも石畳であった。
新旧だが、補修もあるから、必ずしも、崩れている方が古いとは限らぬ。
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で、午後からは、気分転換に、ベビーグッズの店をぶらり。
先日買ったものは、Cape de bain(カペ・ドゥ・バン)とかいう、風呂あがりよう赤ん坊用タオルらしいが、今回は、定番らしい靴下さがしへ。Chaussons de naissance(ショッソン・ドゥ・ネッソンス)である。
マレ地区へ。

その後、中華街へ向かうが、バテバテの体はいうことを聞かず、メトロ駅まで歩くのさえしんどい為、ラッシュ時渋滞覚悟でバス。
Posted at 11:21 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2011.06.23

ランスReims日帰り旅行1

観光地紹介みたいなものは、後日として、アンジェでもパリでもここでも自転車。
雨が降っていたので、荷物置いて、ゆっくり構図決めて・・・なんてやっていられない。
でも、雨なので、雨らしい写真が欲しい。

で、結局、ネタがこれ。
そういえば、下、濡れてるね、だけになっちゃいました。
向こうに見えるのが、世界遺産のランスの大聖堂。
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どこの地方でもそうだが、パリと比べるとラフさはない。
フランスとパリは別物であるといつも実感するのである。

パリで許される事は、フランス中で許されるわけではない。
パリではなし崩しになっている公共性みたいなものが、地方ではまだまだ自立している。

観光スポットだけを回ると感じないものが、スーパーのレジやバスやトラムの席で感じるのである。
そんなことを思うランスであった。
2011.06.22

Fête de la musique 2011

夏至というのは、太陽大好きの国フランスにとって、大事な日に違いない。
おそらく、あちらこちらで、このネタでブログがアップされるに違いない、音楽の日である。
もう30回になるのだそうだ。
で、ご多分に漏れず、ここでも。


12区のアパートで飯食らってから、13区までブラブラと写真を撮りながら行く事に決めた。
といっても、スタスタ歩けば、メトロ二駅分など、ものの20分ほどで、日本の自宅から最寄り駅まで15近くかかることを考えれば、まあ、散歩にすらならぬ距離ではある。


何年か前に架かった、パリの新しいセーヌの橋を歩いて渡ろうと言うのが13区へ向かう理由でもある。
今、最も注力して再開発する、ガール地区とベルシー地区を結ぶ歩道橋なのだ。
多摩川にも一本増設してもらいたい。
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常より街を歩く人の数も多いようであるし、しかも、誰もが、少々テンション高い。
日本だって、祭りの日にゃ、誰だって、テンション上がりますわな。
歩きながら酒飲んでる人の数が多い、旨そう。


30分ほどかけて、写真を撮りながら歩くと、丁度始まるところ。
フランスのポピュラーな曲をやっている素人コーラスグループである。
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話すときから表情豊かなフランス人ではあるが、ここはミュージカルとまではいかぬが、結構、振りが入り、これがまたやってるほうも楽しそう。


すぐ近くのセーヌの上流では、ロックやらMTVやらの、えらい多くの人を集めたコンサート会場があって、そこからビンビンビート音がとんでくるが、まるで、それに張り合うかのように、気合の入った息の揃った歌声がうなりをあげる。写真のように、端で聞いてちゃダメだ。
正面だとなかなかの迫力なのである。
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会場はプール前であるとネットにあったが、プールは河に浮かんでいる船の中であった。
その前で歌う、フランス中年軍団のパワー、恐るべし。
ありきたりだけど、こりゃ、元気もらうよ。
Posted at 11:07 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2011.06.21

Rue de Lagny ラニ通り パリの踏切

まあ、朝からパソコンが壊れるだの、なんだので、国際電話(宿固定電話へ無料で助かる)をしながら、復旧した。
何とか診断やら、セーフモードやら・・・の間に、洗濯、ごみ捨て、掃除、集めた資料整理。
こりゃ、ブログ更新できないなぁ、何て思っていたら、何とか復旧。
ブログにもHPにもアップしていない写真が、アウトになるところだった。

午後復旧。
20区へ移動。
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ナシオンからヴァンセンヌの城へ延びる巨大通りから20区を北上すると、突然、可愛らしい踏切が現れる。
どうも、2号線のメトロの踏切らしい。

修理点検時にここを通るらしいのだが、そんなところに遭遇するチャンスは中々あるまい。
2号線は、車両が丸っこい新型車量になってしまったので、昔の形のメトロが通ることはないのだろう。
昔型のメトロが通った方が絵になりそうなんだがねぇ。
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奥のグリーン部分は、そう、パリ環状線廃線跡。プティット・サンチュール。Petite Ceintureですね。小さな環状線(ベルト)の意味。
コレを短く略すと、PCになります。
パソコンぢぁないですね、そう、バスの路線名PCになるわけです。
鉄道がバスPCに替り、これがPC1、2、3の三つに別れ、いま、そこを再び鉄道といっても、トラム路線に替ろうとしているわけですな。

こちらも今や、急ピッチでトラム3号線の工事が進む。中華街からラヴィレットあたりまで、とりあえず延伸するのかな?パリ環状線の一本外側の大通りを走るわけだけどね。

トラムは線路歩いて横切る事になるけど、遮断機はなかったはず。
とすると、遮断機はパリでは、ここだけかな?
2011.06.20

パリ、優先、悲哀

東駅でランス往復のTGVチケットを買うために並んだ。
ざっと20人以上の列だろう。
列一つに窓口は4つあるからそこそこ進むが、以前モンパルナス駅で背後の叔母ちゃんが発狂したように、SNCF版みどりの窓口は、なかなか回転しない窓口もある。


30分ほど経ったときだろう。私は3番目まで進んだ。
一番前にはフランス人のお姉さん。二番目は、マグレブっぽい感じのお兄さん。

そこへだ。
おばあさんがやって来た。
「わしゃ、11時45分の予約してるもんだで、先にやらしてくろ!」のような事をおねえさんに言ったが、無視される。
次のお兄さんは、
「俺は問題ないんだけど、後ろの人はわからない、いや、俺は問題ないんだけど・・・俺は問題ないんだけど・・・。」
とわしに助けを求めるような顔で、おばあさんに譲った。
私は、フランス語でそんなことに対応できる能力がないのが最大の理由であったが、お姉さんもお兄さんも顔を立てるため、単に目を丸くするだけで、無言で流して丸く収めることにした。

ただ気になった事がある。
おばあさんは、今、11時45分の予約とかいっていたが、現在12時を過ぎている。
まあ、11時45分に買ったということかも知れぬし、怪しくとも、そのあたりを深く追求する勇気も語学力もない。
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そのまま、待つこと5分。
なんと、一番先頭のお姉さんのところへ、今度は、妊婦さんがやってきたのだ。
「私に順番先にさせてくれ」と。
もう40分は待っただろう。
よりによって、そのフランス人のお姉さんの順番で立て続けに「先に入れてくれ!」願いが発生したのである。
して、これも断ったようである。


すると、窓口の一人の女性が、その妊婦さんに向かって、
「あなたは、そこで待っていたらいいわ、次の順番で!」と遠目から声を掛けたのである。
するとすかさず、先頭のお姉さんが
「わたしだって、何か問題があるわけじゃない!・・・・」とか何とか、良く分からぬが、何やら叫んだのである。
爆発はストレスの裏返しなのであろう。どの国も大変だぁ。


ちなみに、この東駅の列は2列あったが、どちらの列も、こうした特殊事情の人優先が建前である。優先対象の人用窓口がある駅もある。


妊婦さんの順番になった。
が、ここは修羅場を見ず、お姉さんの順番も間髪入れず回ってきた。
すると、なんとなんと、妊婦さんのカウンターにはだんなさんらしき人が。
だんなが買いに来いよ!ってなことを一瞬考えたが、あっという間に、おばあさん、お兄さん、私と順番が回ってきたのである。


フランス人は並んでいても文句を言わない!と良く聞くが、私はこうした場に結構行き当たる。
それでも、日本人ほどせっかちではないだろうが。


写真は、サンタントワーヌ病院近くの花屋さんである。
墓地と病院の近くは花屋さんが多いような気がするが、そうなのかな?

Posted at 11:26 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2011.06.19

並んでTGV切符を予約する

モンパルナス駅にラヴァルまでにTGVチケットを予約しに行ったときのことだ。
並んでいるのは7人ほど。
といっても、3グループである。
わしの後ろには、一人のフランス人おばちゃんが並んだ。


いわゆるみどりの窓口というところに当たる。
ここでは、列車の予約から、レンタカーや宿なんかも手配することができる。
だから、TGVの予約だけをしようとしても、なかなか順番が回ってこないことになる。
通常の切符売り場で予約することもできるのだが、そちらは急ぎの人専用のため、並んでようやく自分の番がきても、この窓口じゃなくて、あっちの窓口へ行ってくれと言われることもある。


さて、20分程待ったろうか。
4つ空いていた窓口は、担当者が休憩で3つにへった。
自分の番が回ってきたので、気の強そうな美人の若いお姉さんである。
フランスレイルパスでラヴァルまでのTGV予約をしたい旨を告げた。
しかし、検索してもチケット用の予約席はもうないようだ。


前回、アンジェへ向かうときはこれであきらめた。
しかし、そのアンジェ行きは、祝日とは知らずに、大変な思いをしたので、奥の手を二つ用意してきた。
一つは、立席でTGVに乗せてもらえないかということだ。


パリからラヴァルまでTERという在来線で行くこともできる。
パリからヴェルサイユ、シャルトルと経由しルマンへ出てここで乗り換える。
ラヴァルへも在来線である。


このラヴァルへの在来線というのが、午前中ほとんど走っていないのだ。
TGVというのはすべて専用線を通る訳ではなく、このルマンーラヴァル間はTGV銀座と化しており、乗りたい人はTGVどうぞということになっているのである。
在来線が走ってないから新幹線にしなさいねといっても、地元の人は困らない。別に対して値段が変わらないからだ。
だからね、お姉さん、在来線電車があまりないから、予約なしでTGVの立ち席なんぞを売ってくれませんか?と聞いてみたのである。


しかし、ここでの答えも”ノン”であった。
”ただ、1等車ならとれるわよ、40ユーロ別料金必要ですが・・”
なんと融通の利かぬパスであることか!
すでに、このパスは、アンジェ往復時の自身の祝日チェック漏れ事件で、1日で往復するところ、2日でアンジェを往復したため、3日間券の元が取れるかどうかも怪しくなっているのである。
一等車に乗って40ユーロも払うのなら、2等車のノーマル運賃とそんなに変わらないでしょ!


そこで、奥の手第二段に出た。
じゃあね、ルマンからラヴァルまでだけTGVのレイルパス用席取ることはできないの?
laval


そのときだ、後ろから叫び声があがったのは。
むろん、フランス語がそんなにできるわけではないわしには、何を言っておるのかわからぬ。

これに、わしの担当をしてくれている、気の強い美人お姉さんが応じたのである。
旅行のてはいっていうのは、すべからくこういったものなのよ。だからある程度時間がかかるのは仕方がないわ!”と。


周りを見渡すと、わしの前と前の前のお客さんたちは、まだ、旅の手配中であった。
わしは、そのおばちゃんの形相を確認するのは怖いので、振り返らず、話を続けた。


奥の手第二段が効奏し往復とも、この手段で行って帰ってくることがなんとかできる。
東京から浜松まで新幹線に乗ることができるチケットを持っているが、そのチケット用の予約席分が満席。
静岡まで鈍行で行き、静岡から浜松だけ新幹線に乗るというものだ。
帰りも、静岡から東京は鈍行に乗りなさいという、まあ、奥の手とは言うもののお得感のない方法ではある。


わしは、後ろのおばちゃんには悪いなぁと思いながら、そんなことは基本お構いなしのフランス人同様、KYになりきって、さらに別の日のシャンティイ往復チケットを依頼する。
「これはね、このパス使わないで、自分で払ってゆきます、お願いいたします。」


目の前の気の強いお姉さんは、心なしか、おばちゃん叫び前より、優しい雰囲気である。
にっこりお別れすると、わしの前の客と、前の前の客は、まだまだ接客中であった。
ということは、あのおばちゃんは、あの気の強いお姉さんの窓口へ行くことにな・・・もうその窓口にいた。
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メトロの椅子だ。結構座り心地がいい。はまり具合が好きだ。
ただ、今回はその背後の広告である。
どうもタブレットPCの広告を良く見る。

TABLETTE(タブレット)ああ、TABLE(テーブル)
カタカナの字面が全然ちがうので、想像つかなかったが、そうだったのね。
Posted at 11:33 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2011.06.18

Rue de Tolbiac トルビアック通り

はるか昔のと仏独戦争の戦いの名前を持つ通り。
トルビアックの戦いに由来するのであろう。

昼頃に、13区中華街を移動中、おっ、MANGA屋と自転車が目に飛び込んだので、意味あるかどうかともかく、撮影する事にしたのだ。パリの自転車プラスワンは、とにかく写真を撮っておくことにしたのである。
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道端にしゃがみ込んで、どうも上手く収まらないなぁ・・・、チェッ、車きやがった・・・、とようやく撮り終わって、ふらふら立ち上がると、おじいさんに声を掛けられる。


「いやぁ、後ろ側に綺麗に写真が写るもんだねぇ。」
「どこのカメラかい?カノンかい。カノンはいいなぁ。」
「なにかの仕事のために撮っているのかい?いや、何撮っているのか気になってね、みてたら、後ろの画面に綺麗に写っているんだなぁってね。」
「・・・・・・・・」
「趣味で撮っているのかい?」
「そうかい、そうかい、じゃあ。」


おそらく、こんな感じであろう。
というのも、ほとんど聞き取れていないからである。



カメラ、カノン(キャノン)、趣味、この3つだけが聞き取れた単語なのだ。だから、あとは、想像である。
何言っているのか、雰囲気だけでしか伝わってこないので、適当に返事をするわけにもいかず、おじいさんの問いかけに対しては、日本人の秘密兵器”微笑”で答えておいた。
「・・・・・・・・」
は、おそらく、私の無返事に戸惑ったのであろう。


趣味で撮っているのかい?に対してのみ、「ウイ」と答えておいた。
立ち話であったが、私は”ウ”と”イ”しか答えることはなかったのである。


まあ、それにしても、中華街のMANGA屋であるのだが、フランス国旗に日の丸に日章旗。
もっとも、ここは中華街と言うか、ベトナム街でもある。
主義主張云々ではない。日本を感じれば何でもいいのである。
漫画の画の字が日本の漢字ではないので、中国かベトナムの人がやっているお店なのだろう。
日本人である私は、このお店のディスプレイに、商魂というか、人のたくましさを感じるのである。
2011.06.17

パリのメトロのトンネル

メトロに乗ろうと階段を下りると、子供を乗せた乳母車の女性が階段下にいた。
階段を昇りたいのだが、手が足りぬ。
そこへ丁度、私がやってきたというわけだ。
で、手伝って階段上まで。

そんな光景はパリでは当たり前のように良く見かける。
なぜ?
それは、パリの人が優しいから・・・。
それもあるだろう。
しかし、根本的にこの国の建造物っていうものは、バリアフリーから程遠い。

観光大国でありながら、物理的な部分においては、意外なほど観光客の方を向いていない。
宣伝と格付けとガイドは充実しているのだが・・・。
ただし、この国の魅力の一つは、度を越す一歩手前までokと言うアバウトさにある。
たしかに、今日も、乳母車のおかあさんは、問題なく移動できたと言う事ができるのだ。

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その後メトロに乗って目的地に着くと、天井付近からメトロのトンネルが見える。
そこへメトロが入ってきた。
あわてて撮ったが、じっくり次のメトロまで待っていたら、また違う雰囲気のものが撮れたろう。

この線路も先がカーブしている。
この先はパリ市外へ通じている。
2011.06.16

Rue Marie Benoist マリーブノワ通り

ナシオン広場付近をうろうろしていたら、通りの奥に輝く緑発見。
目的はここではなかったのだが、あまりにも緑が呼ぶので、一枚。

この広場はパリ有数の大きさで、交通の要所でもあるけれども、裏に入れば、すぐ閑静な住宅街が広がる。
東京の赤羽に住んでいる人が便利だ便利だというけれども、ナシオンも、2駅で3駅でパリ中心部。メトロ路線も多く、結構便利だ。似た存在である。
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本日の話はここではない。
帰りがけに、昨日も通った、鉄道跡の公園を抜けた。
今は、クーレ・ヴェルトとも、プロムナード・プランテとも言われる。

パリマラソンの話は昨日もしたけれど、じつは、その公園は、ランナーが多い。
もちろん、散歩する人もいるのだが、今日すれ違ったのは、いや、抜き去ったのは、お年寄りハイカーであった。


女性ばかりのハイカーであったが、彼女達も人生を謳歌するパリジェンヌである。
ガイドさんらしき人が二人ほど付き添いながら歩いている。あちらこちらの建物やら、近所の隠れた名跡なぞを見つつ、説明されながら歩くのだろう。一般の観光客ならもちろん見向きもしないエリアである。
ガイドツアーは、この国、本当に多い。きっと、皆、そうした、小さな発見が大好きなのだろう。
一種のオタクだ。


その一団が、左に折れた。
しかし、6名ほどのパリジェンヌが、曲がらず前へ進んでしまっている。
ガイドさんが
「子供達、左へ曲がるわよ!」
と声を掛けると、いっせいにパリジェンヌは振り返った。
皆、満面の笑みである。
お嬢さん!と呼ばれたのではない。
彼女達は、今とても楽しいのだ。それがとても羨ましい。
2011.06.15

Rue de Charenton シャラントン通り

昨夜は結構雨が降っていたような音がしていた。
今朝も晴れたと思って出かけてみたら、雨。
スーパーで買い物していたら雨上がり。

本日は壁画探索から始まって、午後には廃線歩きに。
この廃線歩きは、途中までで断念したが、途中のトンネルがなかなか楽しい。
今日は、鉄道系ながら、石石石である。
またいずれ紹介。

午後は街中の場外馬券売り場で、日本の馬を応援し、帰りは、再び午前中の壁画探索の続き。
そして、今日のネタは、昨日と同じく、自転車とパリジェンヌ偶然写真も取れたし、自転車と花とかいうテーマも出来たが、帰宅時に通りがかった、パリマラソンコースの通り、シャラントン通りの夕日による陰影がちょっと目に留まり、撮る。
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歩いていると何とも思わぬが、この通り、坂を上って走ってこなければならない。中盤であろうが、走っていると、こんな坂も結構こたえるわけですね。写真見ながらそう思う。
路上駐車とゴミ箱がないと、その日はちょっと違った雰囲気になるのかな?
今は、生活感でてるけど。

Rue de Charentonシャラントン通り。
多分、パリの中でも有数の長距離通りであろう。
ヴォージラール通りとか、ピレネー通りとかも相当長いけどね。
2011.06.14

モノプリ

祝日の今日、パリは夕立。
朝方はそうでもなかったが、午後から暑いくらい。

午前中、リヨン駅で鉄道ファンになりきって写真を撮りまくり。
といっても、鉄道の写真より、鉄の写真が多いのであるが。
そのうち、リヨン駅鉄写真をアップするとしよう。
とにかく、パリの鉄造形はパリらしくていい。
エッフェル塔好きってことでしょうが・・・・・
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昼過ぎには、競馬場へGO。
ロンシャンでは、偶然にもお知り合いに会ったのだが、明日は羨ましいロイヤルアスコットへ出かけるそうで、話を聞きつつ帰路途中まで。
その後は、朝のリヨン駅を始点に、撮影しつつ人もまばらな河岸ウォーキング。

鉄鉄石石鉄の撮影である。
そして、最後の最後。
おっと、モノプリがいい感じに見える!なんて思ったので、カメラを向けようとしたら、停めてある自転車が目に。
で、急遽自転車シリーズ プラス モノプリという画を取ろうと思ったのである。
ところが、車は入るわ、周りが犬の糞尿の跡だらけだわで、グラグラしながらしゃがんでパチリ。
後でPCに取り込んでみると、そのときは気が付かなかったパリジェンヌまで一緒に映っていた。

鉄柱に鉄のガードレールにベンチの鉄の軸。
鉄と女性のおかげで、グラグラふらつき写真がパリらしくなったかも。
2011.06.13

ル・リオン・ダンジェへ その10 一路パリへ

アンジェ駅を通過する貨物列車である。
線路も道である。フランス語でChemin de Fer読んで字のごとく、鉄の道である。
繰り返しになるが、道も鉄の道もカーブはいいねぇ。
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その帰り道、アンジェからルマンへ向かうTERに乗った。
下の写真と同じような列車である。
当然、検札がある。
その、検札のお兄さんにレイルパスとパスポートを渡す
”ありがとうございます”
日本語で返事が返って来る。


暫くすると、そのお兄さん、別の車掌さんを呼んでくる。
なんだなんだ?レイルパスってのは、こうやってチェックするのだよ、覚えておきなさい!と講義が始まるのかと思いきや・・・。
彼は日本に住んでいたんだよ!と紹介されたのである。
しかも、これまた、わしの知っている名古屋人に顔も雰囲気も似ておる。
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その呼ばれた名古屋フランス人は、
”えぇ~、いいよ先輩、わざわざそんな紹介しなくても”
ってな雰囲気であったが、おせっかいな先輩に言われてしまったのであろう、フランス語で1年日本に住んでいました。と言った後、東京と大阪と長野にいましたと日本語でのたまったのである。
"良い旅行を!"と会話わ終わったのだ。


いやぁ、私の知る限りでは、彼の持っている独特の雰囲気というのは、名古屋周辺人特有のものと同質なのだ。
あの、わしの知り合いにも感じるし、イチロー選手にも感じるし、名古屋で喫茶店に入ったときなどは、周りの人みな、同じような空気を持っているように感じてビックリしたのである。
ただ、彼は、名古屋へは行かなかったようである。
もしかすると、カフェも含め、東海地方とフランスの気質共通点というのが、将来どこかの学会で発表されるかもしれん。
なんだか、フランスの地方の在来線で日本人と会話したような気分である。
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大垣-豊橋間の快速ではない。
ルマンで乗り換えたTERはシャルトルを経由してパリへ向かう。
シャルトル停車3分前ごろが勝負だ。


実は、昨年、ボース平野の向こうに見えるシャルトル大聖堂という写真を撮りに、シャルトルから一駅行ったところへ散策しに行ったのだ。
その時は、まさか列車から、この画が見られるとは思っていなかったので、カメラを用意していなかったが、今度はぬからぬ。
手前の駅を通過して、家々が切れたとたん、見えたと思ったら、連写しまくる事だ。
考えている暇はない。
まだ?と時計に目をやってはいけない。

これはTGVに乗らなかった旅人へのプレゼントなのである。
フランスローカル線の旅もまたオツだ。

気を抜いてはならない。
シャルトル手前で、カーブする線路の向こうにそびえるシャルトル大聖堂という画に出くわす。
それを過ぎれは、後は駅前から見えるシャルトル大聖堂という、平凡な図柄だけが待っている。
近くて、でかく見えればイイってもんじゃない!


ルマンから乗車するのなら、進行方向を向いて左側、ルマン行きなら、進行方向右側に座れば、その昔、巡礼者が目指した、丘の上に輝く大聖堂という画を拝めるのである。
左斜め前方を撮りやすい位置に座る事である。
2011.06.12

ル・リオン・ダンジェへ その9 アンジェの城

ようやくお城へたどり着きました。
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門である。
いや、右の塔の上についている”タンコブ”が気になって。
こういうところに入りたい、自分の部屋にしてみたい、と思うのは、子供も大人も一緒。

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お決まりの、ハイ、ご覧下さい!の眺望。
期待通りの風景っていうやつは、風景そのものよりも、登れるって事を知っている、登ったよって事実が重要になってきちゃう。

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最も気になったのはこれ。
最上部は平らじゃないんですなぁ。雨たまらぬようにかな?
小さな、男の子が頂上気になっていたようですが、男ならねぇ・・。

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こうした穴も、大筒が外へ向けられていたのか?銃眼にしては大きすぎる。
それとも、衛兵の暖炉。3食昼寝暖炉付寮完備ってやつですか。

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城壁上もれっきとした道。
脇には畑。籠城しようというときの根性の入り方がちがう。いやいや、見張りを遊ばせておくのはもったいないって。本業はどちら?

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綺麗に見える模様も、こうしてみると、これは作った人たち大変だ。

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兵どもが夢の跡
2011.06.11

ル・リオン・ダンジェへ その8 アンジェぶらり街歩き

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ノートルダム・デ・ヴィクトワール教会前の広場駐車場の木漏れ日。

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カテドラル正面の階段に並ぶ家々を、脇の通りから。
先の見えない道、曲がり道、交差点、階段・・・冒険心と怖いもの見たさ、答えの欲しさがつのるんだよね。

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乾いた空気は、乾いた風景から。
気分が乾くと、大人びた気持になる。
乾きすぎると人恋しくなる。

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酔うのは酒ばかりとは限らぬ。
カテドラルとお城の間は、中世とコアントローの香り。
2011.06.10

ル・リオン・ダンジェへ その7 アンジェの町ぶらり

アンジェの街をブラブラ歩く。
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ママと娘。
アンジェの観光主要の広場には、オブジェが立っているのである。
芸術を理解することは大変だが、ただ感じる事だけなら簡単だ。広場の表札にもなる。

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古い木組の家も、一階ではお店になる。こうしたお店だと、建物と通りの雰囲気を壊さぬ。

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アンジェの塔。サントーバン塔。教会よりも、こちらの方が圧倒的重厚感があるのだが、もと、修道院なのだそうだ。この塔をもっているとしたのなら、とんでもなく大きい修道院だったに違いなかろう。

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いらっしゃいませ!変なやつなら、取り付くよ!

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いらっしゃいませ!ちょっと寄っていっておくんなまし。

2011.06.09

ル・リオン・ダンジェへ その6 アンジェ石畳散策

欧州のイメージは石畳である。
もちろん、石畳でない道のほうが圧倒的に多い。
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こうした歩道や旧市街でないと、石畳を見ることは出来ない。
現代社会において、当たり前と言えばそうだ。

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それでも、こうやって、レンガの道を造っている。
パリでもやっているが、このレンガを一つ一つ並べていくのである。結構気の遠くなる作業は現在も行われているが、その趣の違いは一目瞭然である。

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補修、改修されていても、趣はそのまま。
京都や奈良、鎌倉のお寺も大好きだが、階段の趣は、階段好き、坂路好きにはこたえられぬ。
マニアックであるが、おそらくフランスにも少なくとも過去に一人マニアックがいる。
そう、ユトリロである。

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現代の鉄の手すりがついていても、趣がなくなる事はなく、むしろ、中央に鉄の手するがあるのは、フランスや欧州らしい雰囲気になる。

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車がこすった跡だ。
もちろん、自動車対策ではなく、馬車対策であったのだろう。
家の壁をこすられたら、かなわないものね。
だからといって、一番最近の傷は、自動車のものに違いない。
今は、鉄の杭で、進入禁止になっている、新旧共存である。

2011.06.08

ル・リオン・ダンジェへ その5 アンジェの自転車

翌日、散策し始めると、気になったのが自転車だ。
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この自転車というアイテムは、町の風景に生活観をもたらしてくれる。

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フランス中、どの町でも、ある程度の規模になれば、盗難防止の地上ロックの杭が立っている。
日本の大げさな駐輪場に比べると、いたってシンプルで、おそらく自転車にも景観にもやさしい。
もっとも、人口密度の違いもあろう。

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教会の前にも整然と自転車留めが並んでいる。

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この町は坂が多い。
昇りは、自転車を転がし押し、くだりは楽チンで降りられる。

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スポーツタイプの自転車の方が絵になりやすい。
何の変哲もないが、植栽、教会、木組みの家、カフェパラソル、もちろん自転車。ヨーロッパの要素が詰まっている。
2011.06.07

ル・リオン・ダンジェへ その4

アンジューバスというバスに乗ること30分ほど。
ル・リオン・ダンジェに到着。
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バス停から競馬場がもう見えるのだが、この可愛らしい競馬場に関しては競馬のブログにて。
平日なら、バスでアンジェまで帰ってこられるのだが、日祝にそういった都合のいいバスはない。
せめて行きだけでもバスで助かったと言うべきだ。
帰りはタクシー。60ユーロ掛かってしまう。

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アンジェの町へつくと、旧市街にある宿までブラブラと歩いて帰る。
夕日に染まるアンジェの城だが、どうも象をイメージしてしまうのだ。
象の脚に見える。

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川沿いの公園道を散歩。
メーヌ川からは、とてもではないが攻め込めぬ。断崖絶壁が立ちはだかる。
下から見えている、あの塔の最上部が、最もお勧めの見晴らしポイントである。

あそこへ登るのは、また明日。
電車珍道中も、可愛らしい目的地に到着できて、結果満足の一日でした。
2011.06.06

ル・リオン・ダンジェへ その3

アンジェにたどり着いたら、どの街でも同じように、まずは観光局を目指す。
目的は二つ。
一つは、この街の観光地図をもらう事。
もう一つは、ル・リオンへのバス便の情報をもらうためである。



ロワールの古城といっても、この町はいわゆる華麗とは程遠い要塞の城が建つ。
別荘地ではない。れっきとしたアンジュー王国の首府なのである。
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観光局へついた。
観光局も日曜お休みなんて事があるかも知れぬ!という考えは杞憂におわり、早速中へ入る。

「ル・リオン・ダンジェへのリエゾンありますか?」
「今日?今日はないわ。だって、今日は祝日じゃない。祝日はバスはないわ。」

本日何度目かの
”そして旅は終わりを告げる”
の鐘が鳴る。


鄙びた石畳の路地を抜けて、何のために泊まるのか?の宿を目指す。
こういった路地が大好きであるのだが、写真を撮ろうなどという気持ちが起きぬ。


しかし、打たれ強いノミの心臓のわしなのである。
チェックイン後、ネットで探してみると、いやぁ、あるぢゃないかぁ!一本だけバスが、観光局のお姉さん。


180度気分が変わって、街の散策、シンボルの一つ教会へ向かう。
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遠回りTGVを選択しなくても、バスに乗ることは出来たようだが、せっかくのTGVで空いた時間を、散策に使わぬ手はない。
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教会の中は、新しいものと古いステンドグラスが見られる。
バラ窓は15世紀のものらしいが、上半分は12星座で、下はギターを弾いているらしいのだが、それよりも、この白っぽい色の少ないバラ窓も珍しい。
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教会周辺をぶらぶらしながら、バス停へ早めに向かう。


バス停は、駅前にからまである。
そのうちのに乗るべき20番のバスが停まるようである。
そこへ注意書きが・・・
土日はバス停に停まります

見渡す範囲、バス停はからである。
探せども、はなし。
どこまで、なぶられるのか!
自分のミスから始まった旅でありながら、被害妄想は膨らんでゆく。

ふふっ、通りの対岸にありました。ほっ!

2011.06.05

ル・リオン・ダンジェへ その2

「ないです」
無情なその言葉と同時に、トゥールの観光をしようか?レイルパスもったいないなぁ!
などが頭を駆け巡る。


すると、おねえさんが、
「ここから10時40分の列車でルマンへ行って、そこで乗り換えてアンジェにいきなさい。ルマンからアンジェはTGVね。直接いく列車は14時過ぎまでないわ。」
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一応手段はあるのね、ほっ。
しかし、どうしてもTGVなのか。
昨日もレイルパス用の席は満席と聞いたばかりだ。
それでも、ルマンからアンジェだけは空いているかもしれぬ。



切符売り場へ移動する。
「さっき聞いたんだけど、ルマン経由でTGVのるとアンジェにいけるらしいんだけど、レイルパス持っているから、TGVの予約だけしたい。」
と若い優しいお姉さんにまくしたてる。



しかし、彼女の答えは”ノン”であった。
空席がないのである。



奥の手を使うしかあるまい。
ルマンからアンジェまでのノーマル運賃の切符を購入する事になった。18ユーロ。これなら、目的地へ到達できる。
この先も、祝日で何が待ち受けているのかわからぬのだ。




北上する列車に乗り込んだ。ボンバルディア社製?の新型である。もう新型とは言わぬかもしれぬ。110603-4
隣駅で進行方向がひっくり返るので、わしのように三半規管の弱い人は要注意だ。



シャトー・ドゥ・ラ・ロワール、エコモワと牧歌的ななだらかな畑丘陵が続くのである。

ルマンでTGVに乗り込んだわしは、何とかアンジェにたどり着いたのである。
2011.06.04

ル・リオン・ダンジェへ その1

朝早起きして、オーステルリッツ駅へ30分歩く。
5時56分というオルレアン行きの始発に乗るためだ。

昨日、レイルパスにてTGVの予約をしようとしたら、”席はありません”といわれたのだ。
レイルパス用の席には数に限りがあるらしい。
TGVに乗れぬのなら、在来線で行くしかあるまい。
乗換もばっちり調べた。


駅に着くと、ない・・・・。
何がないって、出発案内板に5時56分の列車が出発案内板に載っていないのだ。
どう見ても次のトゥール行きは7時26分である。
紙の時刻表をみても、そんなことは書いてない。


うろうろしていると、とんでもない文字が目に入る。
INTERRUPTION(運休)
オルレアンとパリ間は工事のため運休とある。

わぉ、やっちまったよ。


ありゃ、これ来週末の話じゃないか。
ってことは、わけもわからず運休って事?
いい加減にも程ってものがある。これだから、フランスって国は・・ねぇ。


案内所で時刻表片手におばちゃんに聞く。
すると、
「あなた今日は祝日よ、こっち見なきゃ!」


これだから、俺っていう人間は・・ねぇ。
さて、祝日に目的地にたどり着けるのかは、全くネットで調べていない。
この国の日曜祝日は、お店も電車もバスも休みが基本。
用意周到几帳面なA型のわしである。


急行アンテルシテ・アクアリス(7:26パリ・オーステルリッツ発、トゥール行き)
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オルレアンをすぎてブロワに向かう途中、MERという駅の手前の車窓に巨大なコンクリートの筒が2つ見える。
あれは原発だろうか?
最近写真で見た仏原発と似ているが、全く別の発電所かもしれぬ。
煙がでているのを見ると、放射線大丈夫かしらと思ってしまうのだが、トラウマという奴だろうか?



トゥールに到着する。
この先のアンジェまでの電車をモニターで探す。
アンジェの文字も、その先ナントの文字もみあたらぬ。

まさか、この先へいけないなんてことが・・・・と悪い予感がする。
あっさり”ないです”といわれる恐怖心にかられながら、おそるおそる案内所でアンジェまでの電車があるか聞いてみる。

「ないです。」

旅は続く・・・。
2011.06.03

Boulevard de Bercy ベルシー大通り

12区のお尻のほうから、再開発地域ベルシーへ抜ける大通りである。
真下には、メトロの6号線が走っている。
ブールヴァールであるから、これは城壁があったということであろう。
いわゆるグランブールヴァール時代より、パリが広がって、拡大パリを取り囲むように出来た城壁跡ということであろう。
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そこに、鉄道橋が架かっている。
線路の下をこの通りは抜ける。
この一つ南にも、同じような鉄道下を抜ける通りがあるが、こちらのような、鉄ビスデザイン主体ではなく、単なるコンクリートがメインであるから、あっさりしすぎていて好きではない。
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その鉄表面のビスぶつぶつ感が、私のなかでパリを感じさせるものの一つになっているのだ。
高架下には、住人もいらっしゃるが、わしが通る頃には、ほうきでお掃除中であった。
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これでパリを感じるのには二つのポイントがある。
一つはパリ特有の乾き感、そしてもう一つはエッフェル塔から始まる鉄の重厚感なのである。

2011.06.02

Rue du Faubourg Saint-Antoine フォーブール・サン・タントワーヌ通り

この通りは家具屋通りである。
バスティーユ広場から、サン・タントワーヌ修道院を通って、ナシオン広場へ抜ける大動脈。
サン・タントワーヌ修道院は今は病院である。
この近所のアリーグルの市も、この修道院発祥なのだそうだ。


フォーブールがつくので、城壁の外という事になる。
バスティーユがその城壁の角にあたるのだ。
このフォーブール、fbgと略される事が多い。

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今日の目的は、子供服だ。
姪っ子に買っていってあげるのだが、ウインドウショッピングまたは、良ければ購入しようというつもりで向かった。
こういうものは、後で後でと言っていると、時間がなくなる。
まず最初にあれやこれや悩んでおいた方がいい。



赤ん坊のことなど、全くわからぬのだが、とにかく店に入らねば、どんなものがあるのかもわからぬ。
タオル、哺乳瓶、服、・・・。なんだぁ、あの、だっこするときに首からかける布、なんて言うのさ?そういったやつ・・。

通りの向かい側にもあったから、全部で4店舗ほど並んでいる。



なにかご案内しましょうか?などと聞かれてしまったので、ものを知らぬ上に、そいつをフランス語で言わねばならぬ事態に・・。が、こういうときは怖がり意気地なしのくせに、往生際で開き直る。

「6ヶ月とか1年とかぐらいで使うやつ、さがしている」
べらぼうアバウトな質問である。
フランス語がベタ単語並べになっている事以上に、赤ん坊用品の基礎知識ゼロ丸出しの方が堪える。

「あっちの洋服は、一才以上になったらなの?」
「服によります。」


他にも、気になったものを質問してみたが、「おかあさんが・・・」、「赤ちゃんが・・・」、「お風呂上りにこんなふうに・・・」。
なんのこっちゃ!何もわからぬ。
こちらの知識不足、語学不足で会話にならぬので、18ヶ月までと使えるという、風呂上りのタオル?みたいなやつを勧められるがままにあっさり購入。

その急展開な決め方に、半ば、ビックリ呆れ顔であったお姉さんであるが、そこはやさしく笑顔で、お店から逃がしてくれた。



まったく、無関心だったものを購入するという行為は、なんだか気分を高揚させてくれるのか?
バスティーユへ向かう途中に、ああ、なんかいい感じ、いいカーブ、とシャッターを切る。
2011.06.01

大韓航空でパリへ行く1

有効期限無期限だったころにマイレージカードを持った大韓航空でのパリ行きである。
最も利用している航空会社の一つだ。
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成田から仁川はジャンボである。

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ソウルまでは機内も日本語で全く問題がない。

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ソウルの乗り換えも、TRASFERという単語より乗り継ぎという単語をみながら歩いていけばいい。
乗り継ぎの行き着く先は、荷物検査の部屋である。

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そこでチェックしてエスカレーターを登れば、後はゲートナンバーが変更されていないか、出発便案内板でチェックし、該当ゲートへ行くだけである。写真のところへエスカレーターで上がってくる。

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飛行機から降りたら、混み具合にもよるのだろうが、10分もあれば、パリ行きの搭乗口へ到達する。

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日本のターミナル駅で乗換のできる人に、インチョンで飛行機の乗り継ぎができぬことはない。



パリまでも747であった。
どうも中国の軍事演習があったようで、二時間近いディレイとなった。
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機内食はこの旅最大のお楽しみのビビンバである。
CAのお姉さんたちも日本語で接してくれるので、英語が不得意のこちらにすれば、緊張度は低く助かる。
後は少しでも遅れた時間を取り戻してくれることを望むだけである。

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最初は天気のせいで揺れたが、お隣の韓国の方からお菓子をもらい、こちらは着陸時に飴をあげたりしつつ、快適に空のたびは終わる。
きっちりスタート遅れた分だけ遅く到着。
シャルル・ド・ゴールはターミナル2Eに到着。