2010.12.31

今年もありがとうございました

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皆様、今年もありがとうございました。
良いお年をお迎えください。
ワイン飲みつつ新しい年を迎える予定です。
また来年もよろしくお願いいたします。
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Posted at 11:45 | その他 | COM(0) | TB(0) |
2010.12.30

Place de Mexico メキシコ広場

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カテゴリーモニュメントのエッフェル塔としては、夜景を載せたので、ここでは、昼間のメキシコ広場の顔を載せる。
東を向くので、午前中は、エッフェル塔が逆光で白くかすむ。
くっきり見たければ、夕方の方が良いかもしれない。
ここも、16区らしく、アメリカ大陸の国名が付くのである。
2010.12.29

カシ6

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欧州ほどではないが、日本も寒くなった。今後は、もっと寒くなりそうな天気予報だ。そうなると、暖かいところへ移住したくなるのだ。

海の横まで、人が積み上げた城壁がある。
人の歴史とは、初戦、城壁の一番下を積んだピラミッド時代の人と、上から2番目あたりを積んだ、坂本竜馬ら、明治時代の人と、最上段を積んでいるわれわれの違いでしかないのかもしれない。
面白いもので、世界遺産といい、風光明媚な場所にある人工物は、かえって自然の大きさを印象付ける事になりがちだ。
だからこそ、心打たれる情景が広がるのかもしれぬ。
2010.12.28

Place Jean Monnet ジャン・モネ広場

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旅へ行くとお世話になるのが、マクドナルド
なぜって、言葉がわからなくとも注文できるからである、もちろん。

言葉ができぬ貧乏旅行は、今はもう流行らぬのかも知れぬ。また、そういった、マック、マック、マックの旅は、せっかくの旅で、そんなところばかりで食べていたら・・・と否定されがちだ。
もっとも、否定する人は、言葉の少々おできになるお人が多いのだろう。
わしのように、肝も心も小さく、言葉が不自由だと、マクドナルド地球の歩き方は””的存在であった。

英語は全くダメなんですよ!といっていた知り合いが、荒井注の物まねをするつもりで”I am a pen."とおっしゃっていたので、その彼よりは幾分マシかもしれぬが、わしの高校英語は赤点つづきで、卒業させてもらった組である。
そんなわしが海外貧乏旅行へ出かければ、当然食事の聖地はマクドナルドとなるわけなのだ。

否定だけされるべきものでもない。
各国のマクドナルドにたてつづけに入ると、メニューや価格の比較ができるようになるのである。




さて、ここは、広場と呼べるような場所ではない。
まあ、ただの交差点だろう。
ここで写真を撮ったのは、ちょっとした思い出からだ。


その昔、英語もまともではないわしが、血迷って語学留学したときに、クラスメートの韓国人と時々来ていたマクドナルドなのだ。その彼女は地元では”こういうところ”ではお昼することはないのだそうだ。
韓国はインチョンの空港しか知らぬが、きっと、お金持ちだったのだろう。


この広場の名前は、ジャン・モネ。EUの基礎を作った人らしい。
観光地ゾーンとは、全く縁のない場所だが、国際交流において、偶然とはいえ、なるほどの名前が付く広場であったかもしれない。
2010.12.27

フランス語の日本

今年も終わりである。
勉強しようなど中々思えぬだろう。
フランス語をやっている人の中には、年明けそうそうフランス語の試験がある方もいよう。
が、ひとまず、学校が終わり冬休みを迎える今、さて勉強と思う人はそりゃ少ない。

ということで、雑学程度のはなし。

NIPPON
NIPPONNE


JAPONAIS
JAPONAISE


上も下も”日本の”という意味である。
NIPPONの女性形はnを重ねる。

日本はニッポンであるが、この言葉、フランスでもちゃんと使われたりするのだ。

たとえば
La championne nipponne 女性の日本チャンピオン

どうもスポーツ系でよく見かける気がするのだが、そっちの記事しか読まぬからかも知れぬ。
2010.12.24

Rue La Fontaine ラ・フォンテーヌ通り

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二日前にエッフェル塔の写真を載せた通りである。
南北に長い16区の中で、この通りは、南地区を南北に縦貫する大動脈の一つである。
Rの文字がはずれかかっているのか?わざとなのか?影との差が印象的だ。
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スノッブな感じではなく、パリらしいといえば、何の変哲もないこの通りは、どこにでもある最もパリらしい通りの一つかも知れぬ。
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その通りの60番地にあった。
以前、バルセロナのグエル邸で、ガウディの作った門を守るドラゴンのヒゲに攻撃されて頭から血を流した経験のある私としてみれば、この唐草模様風の鉄細工のとがった部分をみると、少々腰が引ける。
ドラゴンの鉄のヒゲを思い出すのだ。
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1911年と扉の左上の壁に他の物件と同じく彫られている。
この9の文字の丸部分の位置が、いつも気になるのだ。下にずれるだけで可愛さが増す。
2010.12.22

エッフェル塔8 ラ・フォンテーヌ通り

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中央奥にエッフェル塔の先が見える。
16区のラ・フォンテーヌ通りを北へ向かって歩く。

朝起きて、出かけるときにいつも見える建物に同化したエッフェル塔の先。
住んでいる人にしたら、無意識の意識の中にしかないエッフェル塔であろう。

16区もNAPといわれる地域からしたら、川沿いに降りてきたこのあたりの空気は、ほんの少し生活の香りが漂うようで、実は少々心地よい。
"おフランス"のパリの"ですますのよオホホ地区"は、少々息が詰まる。

エッフェル塔が出来る前に生まれた人たちにとって、必ずしも、憧れのタワーではなかったエッフェル塔も、出来てから生まれた人たちばかりの今の世では、生れ落ちたときにそこにある馴染みの風景なのである。

2010.12.21

マルセイユ10

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面白いものだ。
監獄という、人が人の生活を遮断するための建築物の隙間に、生を営む可愛らしいの野花。
うらみつらみも恥も外聞もないから、その分だけ自由を闊歩できる。風に乗ってやってきたのだろう。
人とはわずらわしい生き物だと思わざるを得ない。
対”人”においてはともかく、人為など小さなものだ。
恥、失敗、経験、知識は人を進歩させるが、進化させるかどうか?
進歩という歩みは、原点回帰するための歩みでしかないかも知れぬ。
もしかしたら、実は、この野花から見たら、校庭を一周するため程度のことで、自慢し、悲観し、人を傷つけ、自分を傷つけているだけなのかもしれない。
と、モンテ・クリストが考えたかどうか?
2010.12.20

NO.97 動詞の不規則活用mettre

mettre
置く、つける、着る。

たくさん意味があるようだが、あるものの上に、何かを置くイメージだ。

体の上に服を置けば、着るの意味。
かごの中に何かを置けば、入れるの意味。
机の上に何かを置けば、置くの意味。
唇の上に口紅を置けば、つけるの意味。
紙の上に、サインを置けば、書くの意味。


にもなるわけだ。

単に意味を並べると、なんだかいろんな意味があって覚えられぬが、イメージで覚えるとわかりやすい。

je mets
tu mets
il met
nous mettons
vous mettez
ils mettent



radicalは、met。複数形の場合mettとtがかぶる。
terminaisonは、単数ss無し、複数er動詞



porterという単語がある。
これは、持つという意味であるが、着ているという意味もある。

mettreporter

着る行為と着ている状態の違いである。

こういうとき、学校の先生が、着る動作をしながら、ジェスチャーで説明してくれたのだが、わかりやすい。
イメージから入ったほうが、印象に残りやすい。
ある種の、テレビで良く聞く”アハ”体験なのかも知れぬ。

porterは、とある状態を保っているときに使われるイメージなのだ。

ホテルにポーターさんがいるのだが、ポーターさんは荷物をもってくれる人というイメージではだめだ。
そこが、日本語のいい加減なところ。
ポーターさんは、荷物をもってくれるのではなく、もって”運んでくれる”人なのである。
持ってくれても、その場で荷物を降ろすわけじゃないのだ。持つことに意味はなく、運んでくれることに意味がある。

mettreは、大きなコートを羽織るとき、バッと風圧を感じつつ、着るイメージの画。
porterは、コートを着て、コツコツとヒールの音を響かせながら闊歩する画。

他の言葉は知らぬが、フランス語の場合、このイメージができると、時制にしろ、単語にしろ、区別も付きやすいし、理解の助けになるには違いない。
2010.12.17

Rue François Millet フランソワ・ミレー通り

16区の坂道を下って、川沿いの低地にある、短い通りだ。
フランソワ・ミレー通り。バルビゾン派の”落穂拾い””晩鐘”で有名な画家の名を冠する。
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奥の建物の方が、とても古い感じがする。
手前の白い建物がギマールである。もちろん、ギマール臭漂う建築だ。
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1910年だから、もう100年を越えた。
ギマールのサインの脇にある、小さな排気口がギマールらしいのがいい。ギマールのこのデザインはいつもパンダに見えるのだ。アール・ヌーヴォーとかいうなんちゃらしいフランス語でいうより、パンダとか、カタツムリと言った方が、愛らしくて親しみやすい。
2010.12.16

Boulebard Emile Augier エミール・オジエ大通り

16区の閑静な住宅街に突如開けたように存在する。
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ここは、下にプティット・サンチュール(パリ環状線鉄道跡)沿いの道なのである。
写真には捉えていないが、通りの中央分離帯部分は、へこんでいて、線路がある。
その線路部分は使用されていないのだが、その脇を、実はRERの-C線が通っている。プティットサンチュールを一部利用しているといえるのだろう。
アンリマルタン駅と、ブーランヴィリエ駅の中間部分に当たる。
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そうした、線路脇だったというのが、こうした長い壁を生み出したのか?オフィスなのか、学校なのか?可愛らしいタイルとその閉ざされた感じの空間に並ぶ木々が、なんともいえない雰囲気を作っている不思議な広い印象的空間が存在しているのである。
2010.12.15

ヴァロリス2

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ヴァロリスと言えば陶芸でピカソが滞在した村。
この気の太さから、きっと、ピカソも見た木に違いない・・・と考えてみる。
オーベルのゴッホの墓の裏の畑を飛ぶカラスが、ゴッホの見たカラスの子孫に違いないと思うのと同じであるが、”であること”のほうが、ナチュラルな気がする。
夕日に映る木の影も充分芸術的である。
2010.12.14

エッフェル塔7 ラ・ミュエット

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マルモッタン美術館あたりを訪れた人が、メトロ駅へ向うと、このような風景になる。
16区のヘソ部分にあたるこの界隈からもエッフェル塔が見える。

パリの街というのは、丘だらけである。
この丘を縫うようにセーヌ川が蛇行しているのだ。
ヨーロッパの平野といっても、うねっていたり、ぼこぼこしたり、意外と激しい。
だから、セーヌの軌跡も相当蛇行しているのだ。

そんなこともあって、エッフェル塔は、パリのいたるところから見ることができる。パリ自体がでこぼこしており、中心観光地だけを小回りにグルグル歩いている人でなければ、この町が坂道が多いことに気が付くだろう。
真反対の20区のベルヴィルの坂道からも見えるし、こうして、ほぼお膝元の16区からも見える。

建物の間を通る隙間に、ランドマークが見えるというのは、定番風景であるが、どこか、腰の据わった画になる。
2010.12.13

NO.96 ノエルはフランス語でクリスマス

さて、クリスマス時期なので、この単語をやっておこう。

キリスト教に関係のある、フランスの祝日で使われる単語である。
キリスト教ゾーンへ出かければ、必ずといってよいほど出会う単語である。
正直、キリスト教徒でもなければ、あまり興味のわかぬ話であるが、おさえておかぬといけない理由がある。

大きな休みになるので、フランス語授業でも、そういった意味で話題になる。
大きな休みであるので、旅をするには、必ずしも良い時期とはいえぬ。わざわざ、ゴールデンウィークに日本へ行くようなものになるものもあるのだ。


復活祭 Pâques (パック) 4月
キリスト昇天祭 Ascension  (アサンション) 5月
聖霊降臨の祝日 Pentecôte  (パントゥコット) 5-6月
聖母被昇天祭 Assomption  (アソンプション) 8月15日
諸聖人の祝日 Toussaint  (トゥーサン)  11月1日
クリスマス Noël (ノエル) 12月25日


祝日はこれだけではないが、覚えておくべき単語はこれである。

再度上から

キリストが復活
キリストが天に昇っていった日
キリストが天に昇っていった日の予言どおり聖霊が降りてきた日
聖母マリアが天に昇っていった日
いろんな聖人をお祭り
キリスト誕生

ということになる。

復活祭は、英語でイースターと言うし、諸聖人の日はハロウィーンとアメリカでは言うので、まあ聞いた事があろう。

特に、パック(復活祭)は大きな春休みになるので、こいつが日本のゴールデンウィークのような事になって、授業でも話題になるのである。
ノエルも話題になりやすいが、もう、ノエルと言う単語は、だいぶ日本への浸透しつつある単語である。ブッシュ・ド・ノエルなどといえば、ああ、クリスマスのロールケーキみたいなやつね!と言う人も多かろう。

この二つは案外覚えるのが早い。特に留学していれば、ノエルはともかく、パックという単語は相当耳にするから、覚えようとしなくても良いかも知れぬ。

問題はそれ以外だ。



ということで、下らぬ話をしておこう。

Toussaintについては、ベルギーの大レースの名にもなっているので、競馬のブログでは紹介したが、
この単語を分解すれば、
tous
saint
になる。
即ち
全てと言う意味のtoustous les jours毎日、などと言いますね)。
saint(聖なる)サンと発音しますが、サン・ポール、サン・ジャック、サン・ヴァンサン、サン・ルイ・・・・このサンですな。
サン・ジャックは聖ヤコブ、サン・ルイは聖王ルイ、モン・サン・ミッシェルのサンも聖ですな。

だから、
Toussaint(諸聖人の日)はそのままベタな単語なわけです。
これで、何となくひとつ覚えられそうでしょう。



Ascensionはキリストが天に昇った・・・・・。

ここでふと、この言葉に似た単語を思い出す。
ascenceur(エレベーター)
待てよ、これは、昇降機である。

ここで、先日不規則活用のコーナーでやった単語を思い出す。

monter (上る)
descendre (下る)
というのをやったわけです。


このdescendreという単語が曲者だ。単語のつくりが似ている。
ということは、もしかして、ascendreと言う単語が存在して、本来、反対の意味として存在しているのではないか?
と考えられるわけだ。

しかし、残念ながら、そんな単語は辞書に載っていないが、ネットで検索すると、おぉ、出てくる。
日本語の意味は出てこないが、おそらく”昇る”であろう。

などと、下らぬことを考えているうちに、ascenのつづりが頭の中に叩き込まれ、昇天をという単語を覚えてゆく。



丸暗記も良いのだが、キリスト教のストーリーと、くだらぬ調べ物で、意外と印象づいてくれる。その方が忘れづらかろう。
情報過多もいけないので、後は、パンナコッタに似たやつと、キリスト昇天に似たカタカナの、お母様の昇天があると覚えておけばいずれ覚えられよう。
2010.12.10

Place du Paraguay パラグアイ広場

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単純に、ここは、メトロ2号線の終点駅の出口である。
反対側は、既にブログで載せた、ギマールの代表作である。
こちらは、パリ大学のアジア言語文化を習う人たちなどが通う、メトロの通用口といった趣だが、紅葉の時期になると、少々趣がでる。
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このフォッシュ大通りの脇の三角形部分だけが、どうも、パラグアイ広場なのである。
日本とワールドカップで対戦した国の名が付くわけだが、これだけ小さな広場であるが、20区にある日本通りに比べると、こちらの方に、綺麗度では軍配があがる。
それでも、隣の大きな通りに飲み込まれていて、ここだけが別の名前の広場といわれても、広場としての存在感は薄い。
2010.12.09

パリのアパルトマン

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パリの街を歩いていると、まあ、似たような建物が並んでいる。
だが、ゾーンによって、微妙に雰囲気が違う。
歩いている人たちが違うという場所もあるが、建物の様子が違う。
パリ市西側は東側に比べて、建物のゴテゴテ度が違うのだ。
外観部分に、建物の中身に全く関係のない、豪勢な飾りがあることも確かであるが、比べてみると、結構違うのである。
草食以外でも、窓の大きさ、高さ、窓の形、テラスの鉄細工はもちろんだが、テラスの柵の装飾、飛び出し具合。
とにかく、高級住宅地になればなるほど、建物の凹凸は細部にわたって多くなる。
そんな、少しの違いが、大きな雰囲気の違いとなって街区を構成している。

ここはOECD近くのRue Eugène Labiche(ウジェーヌ・ラビッシュ通り)とRue Octave Feuillet(オクターヴ・フイエ通り)の交差点にある。

ゴテゴテが作る重量感と陰影が通りの重厚間を増しているのであろう。
Posted at 11:43 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2010.12.08

マルセイユ9 地中海地方

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マルセイユは、逃げてきたマグダラのマリアらが到着したところとも言う。
もちろん、そのときはこのお城はなかったろう。

そんなことを考えながらグーグルマップを開いてみる。
マルセイユの位置を確認しつつ、画面目一杯に地中海と右上の黒海が入るほどにしてみる。
地図は消して、航空写真だけ(地名表示せず)にしてみる。国境というのは、あくまで現在の行政区画でしかない。

北アフリカから、欧州の南部分が見える。もちろん、シリアやヨルダン、イラク辺りも見えるだろう。
場所がわからぬ人は、一瞬、地図表示しつつ、エルサレムとマルセイユの位置を確認してみる。
そして、地名表示は消す。

その距離感を知るために、縮尺を変えずに、マウスでアジア方向(東方面)へ地図を動かしてみる。
すると、日本が見えてくる。
どうだろう?
私としては、ギョッとするほど日本がでかい。

欧州と比較してみると、ビックリするほど日本は大きいのである。

さて、マグダラのマリアの逃避行、北海道から沖縄ほどである。

少なくとも、欧州から、地中海帝国ローマ帝国地方から見る限り、日本は、日本人が交通標語と共に叩き込まれるほど、狭い日本、小さな日本という米粒サイズではない事を実感する。
2010.12.07

凱旋門3 夜景

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イエナ大通りから見るライトアップされた凱旋門。
その形ははっきりわからぬが、正面奥に巨大な建物が道をふさいでいるのがわかる。
デジカメでフラッシュなしでシャッターを切れば、それだけで、簡単に幻想写真が出来上がる。
2010.12.06

NO.95 動詞の不規則活用monter descendre

先日、電車に乗る、タクシーに乗る、メトロに乗るはprendreをつかうという話をした。
乗るといえば、monterじゃないの?という方もいるが、英語でもrideと電車では言わぬだろう。
もちろん、電車に乗っているお客さんをライダーとは言わぬ。

自転車とかバイクとか、そして、当然”馬”もmonterになる。
er動詞であるから、説明は要らぬだろう。


monter
je monte
tu montes
il monte
nous montons
vous montez
ils montent



因みに、今日は不規則活用の説明だ。
descendreが今日の主役。

descendreは、降りるという意味がある。
電車から降りるときにも使える。
じゃあ、monterと対にならぬ!ように見える。

が、階段を昇る、階段を下るときなどは、monterdescendreが対になるのである。
”のぼる”といっても、いろいろあるが、のぼる行為そのものではなく、頂上へ向けて上る、頂上に乗るという場合にmonterが使われるように思う。
だから、がけをよじ登っていく行為にはmonterは使わぬようだ。
あくまで、頂点を目指してそこへ向うということのようである。


descendre
je descends
tu descends
il descend
nous descendons
vous descendez
ils descendent


radical  descend
terminaison  単数ss無しシリーズ  複数er動詞
2010.12.03

Villa Flore ヴィラ・フロールのギマール

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Avenue Mozartモザール大通り、即ちモーツァルト大通りを南に下ってゆくと、右手に出てくる袋小路である。
きれいな壁に、メトロの駅名文字と同じような・・・ギマールの通り名標識である。
それにしても、背後の壁は、つい最近の施工でしょう。どう考えてもギマールの時代、100年前とは思えない。
101203-2
Villa Floreの奥を見てもどの建物かわからなかったのだが、なんと、この標識の向かい、Villaの入り口の反対側の建物がギマールであった。その古さゆえか、街に溶け込むと、気が付かぬのである。
101203-3
122というのは、モザール大通りの住所である。門が、大通り側にあるのだ。
デザインを見ると、メトロの入り口にある、あの、赤い、触覚のようなライトを思い出す。ああ、ギマールだと。
101203-4
ギマールの名前と、Architecteの文字が何とかわかる。
1913年の建物らしいが、数字は、ほとんど見えぬ。
ギマール好きでなくとも、アール・デコ好きであっても、こうして、幾つもギマールを見ていると、この曲線にほっとするのである。もちろん、美的な意味もあるのだろうが、住所たよりに、宝物探しをして、見つけたときに、これがギマールだと、確信する根拠となる曲線!という意味合いが濃いのかも知れぬ。
しかし、感化されてゆく。
2010.12.02

Rue Octave Feuillet オクターヴ・フイエ通り

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OECDの近くである。16区だ。
この界隈もいわゆる高級住宅地であるが、各国大使館、その他の施設も多く、あちらこちらの軒先に国旗が掲げられている。
この写真の向かいだったか、この通り沿いだったか、ベネルクスの建物に、三カ国の国旗が掲げられていた。

そんなことを忘れるほど、おやっット思わせた、この通り名の標識。
トルコブルーに金色のタイル張りが、きれいというより、可愛らしいと感じたのだ。

パリの通りの標識は、オーソドックスはTシャツのデザインや、小物類、雑貨類になるほど有名だが、こうした、通常とは違う通り名の標識も、街歩きをしていると、ちらほら見かけるのである。

タイルだからか?タイルが細かいからなのか?
ガウディの建築が子供心に溢れているように感じるように、どんなに大きくても、可愛らしさを感じるように、一瞬、街角に貼られた子供の絵のように感じるのである。
2010.12.01

カシ5

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日本もこう寒くなってくると、暖かいところが恋しくなる。
少し前まで熱中症の話であったかと思えば、もう寒さ対策である。
フランスも、冬時間になると、暗い時間が長くなり、そんなときに、南から北上してパリに戻ると、とても残念な気持ちになるのである。

何の標識か?
波は荒いのに、海の底は見える。
ぶらぶらカシ付近の海辺を散歩して、どこにでもありそうな風景を切り取った4月頃の写真であるが、いやはや、暖かい南の青い海が恋しい。