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2010.01.28

カーニュ・シュル・メール07

100128
カーニュも鷲ノ巣村である。
高速道路にも、ニースからカーニュに向うと見えてくるこの鷲ノ巣村が、あそこだよ!と紹介する看板があった。

8世紀のフランク王国時代には、既にスペインの多くはイスラムの支配下であり、8世紀のフランス国内のトゥール・ポワティエの戦いは、イスラム帝国vsフランク王国である。
そのころから、既にこのあたりにこういった村が出現したのだろう。
その後も、10世紀にはノルマン人もやってきているはずだ。

このあたりは、そもそも、リグリア人やケルト人が住み、そこへギリシャ人が入植し、ローマが軍靴と共にやってきて、さらにゲルマン民族大移動、ゲルマンのフランクの支配、そしてサラセンの攻撃、そして、ゲルマンのノルマンの略奪という歴史であろうから、その一場面でしかないが、今日まで、こういった街が、コートダジュールだけではなく、南仏に多く残っているのは、文化の交差点、国と国との交差点として、地中海が存在していたからに他なるまい。

そんな、血の歴史の一部が、今、我々に、悠久の時を感じさせる癒しの空間として存在しているというのも、また不思議なときの流れを感じる。
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