2010.01.29

川とフランス

日本に流れている川は、街道を分断するように流れている。
島の中央に山があって、その周りにある狭い平野を川が横切るためだ。

しかし、欧州の場合、広い平野を川がゆったりと流れる。
だから、昔から川はエリアを分ける境目でもあり、交通路でもあった。

当然、町も川沿いに並んで出来てくる。

その昔、ヴァイキングもエルベ川、ライン川、セーヌ川、ロワール川、ガロンヌ川、ローヌ川と遡った。
そして、パリケルンを攻撃したのである。
アーヘンハンブルグロンドンもみな川沿いである。

そういった意味では、中国も洛陽長安も川沿いである。





また、境目としては、セーヌ川がケルトとゲルマンの境い目となっていたし、ノルマンの侵攻によって、結ばれた和睦もサン・クレール・シュル・エプト条約というが、エプトはエプト川である。
エプト、ウール、ディーヴの3つの川で囲まれた地域をフランスがノルマン(ヴァイキング)に割譲するのだが、これが、まさに、現在のオート・ノルマンディ地方そのものである。

エプト川というと、ここから水を引いて、庭に池を作ったのが、あの画家のモネであるが、エプト川がノルマンディの境い目であるのだから、モネの家がノルマンディのハズレ、イルドフランス地方を出たすぐのところにあるのは、エプト川から水を引いたということで、イメージつくわけである。
モネの家の最寄り駅ヴェルノンは、イルドフランス地方のカルトオランジュやナヴィゴのゾーン外になるというのは、その条約で決まったといえるかも知れぬ。西暦911年のことである。




そんなことを頭に入れつつ、現在の鉄道を見てみると面白い。
多くの鉄道は、当然町から町へと結んでいるわけだが、町は川沿いに出来たのだから、鉄道を結ぼうとすると、当然川沿いに列車が素って走ることが多いわけだ。
たとえば、トゥールーズからピレネー山脈山中のアンドラという免税天国の小国の間にアリエージュ川というガロンヌ川の支流があるが、ここも、ローカル線が走っている。これに乗っていけば、アンドラという国へいけるわけだ。


バスクのバイヨンヌへニーヴ川というのが流れているが、この上流にサン・ジャン・ピエ・ド・ポールという町がある。ここへも鉄道があるが、このニーヴ川沿いなのだ。


もちろん、セーヌを遡れば、ルアーブル、ルーアン、パリとあるし、鉄道は幹線である。
ボルドーからトゥールーズも同じく幹線が走っているが、これはいわゆるガロンヌ川沿いなのである。




そんなことを考えると、やはり我々は歴史の上に生きているのだと思わざるを得ない。
そんなに遠くない歴史であるはずの鉄道も、1000年単位で作られたこの星の上の歴史地図になぞるように線を引っ張っただけのことでしかない。


ローマ軍がリヨンという街を造ったのも、川が交わるところであったからであろう。
ローヌ川を遡上したローマ軍がガリア征服にこんな絶好の場所を逃すわけもない。
後世のリヨンの富も食も川あってのことだ。
いまや、この川沿い、ローマの軍隊が通過したところを、世界に誇るTGVが疾駆している。


急流下り越すに越されぬ大井川、川を渡ってきた我々と、川を移動してきた彼らと、そういった意識、文化の違いがあるのかも知れぬ。日本の橋の技術が世界一などといわれるのも、そんな所以かも知れぬ。
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2010.01.28

カーニュ・シュル・メール07

100128
カーニュも鷲ノ巣村である。
高速道路にも、ニースからカーニュに向うと見えてくるこの鷲ノ巣村が、あそこだよ!と紹介する看板があった。

8世紀のフランク王国時代には、既にスペインの多くはイスラムの支配下であり、8世紀のフランス国内のトゥール・ポワティエの戦いは、イスラム帝国vsフランク王国である。
そのころから、既にこのあたりにこういった村が出現したのだろう。
その後も、10世紀にはノルマン人もやってきているはずだ。

このあたりは、そもそも、リグリア人やケルト人が住み、そこへギリシャ人が入植し、ローマが軍靴と共にやってきて、さらにゲルマン民族大移動、ゲルマンのフランクの支配、そしてサラセンの攻撃、そして、ゲルマンのノルマンの略奪という歴史であろうから、その一場面でしかないが、今日まで、こういった街が、コートダジュールだけではなく、南仏に多く残っているのは、文化の交差点、国と国との交差点として、地中海が存在していたからに他なるまい。

そんな、血の歴史の一部が、今、我々に、悠久の時を感じさせる癒しの空間として存在しているというのも、また不思議なときの流れを感じる。
2010.01.27

JALについて

初めての海外旅行はJALだった。
そんな人は多いだろう。
今は全日空の国際線も大変多いから、今後ははじめての海外旅行はANAだったという人も増えるのであろう。

わしの初めてのフライトは、高校生の一人旅、大阪-シンガポール線であった。
ファミリーサービスというのを使え!と親父に言われ、胸にシールを恥ずかしながら貼ったような記憶がある。
あれやこれや言うのは、高校生の男の子は嫌がるわよねといった雰囲気で機内で接してもらったことがありがたく、遠い昔でありながら、最近のことのように思い浮かぶ。
いまは、関空-シンガポールであろうが、なくなる予定らしい。


さて、税金を投入してでも存続するようだ。
税金を投入するから、早く黒字体質になどという発想ではなく、まず人員削減ありきではなく、サービス低減で経費カットではなく、根本的なところから画を描いてもらいたいものだ。
人員を削減しても、サービスは維持、安全も両立などとは、安易に話が出来るものではない。

安全運行のために行う作業一つ一つにきちっとしたフロー図が描かれて、その上のリストラでなければならないはずである。おそらく、これだけの巨大企業、洗い出すのは大変に違いない。大変だから、とても一からやってられぬほどであろう。既存のフロー図を活用したくもなるだろう。が、それでは、見えぬところは見えぬままだ。

努力したけど、税金をもっといただくことになりました・・・、努力したけど、人員足りず、きちっと仕事できませんでした・・・とはなってもらいたくないものだ。
もちろん、関係団体天下り先確保のため、なんとしてでも存続を!などというのは、お話にならぬ。



さて、このJAL、ワンワールドのままであるのか?スカイチームとなるのか?国際線はどれだけ存続するのか?
こんな所は、マイレージにとっては大きな話である。
大きい影響なのは、実はJALのマイレージ利用者ではなく、おそらく、JAL以外のワンワールドのマイレージカードの持ち主であったり、スカイチームのマイレージの持ち主である。または、JALのカードを持ちつつ、他のワンワールド航空会社を良く利用するといった人もそうだろう。
むろん、国際線減便、消滅となれば、JALマイレージユーザーも直撃である。

デルタとアメリカンと聞くと、どちらもアメリカの航空会社であるのだが、欧州の主要フラッグキャリアを見ると、

独ルフトハンザ・・・スターアライアンス
仏エールフランス・・・スカイチーム
英ブリティッシュエアウェイズ・・・ワンワールド


となっているため、欧州行きの人にとっては、結構大きな興味の的となる。

もちろん、これに関しては静観するしかない。
デルタとアメリカンという黒船に、フランス、イギリス・・・などと聞くと、なんだか、幕末の幕府を見るような気がしないでもない。

天、勾践を空しゅうすること莫れ、時に范蠡無きにしも非ず・・・正成や竜馬が現れでて、JALの再建はなるか?
再建なら外に竜馬、内に勝でなくてはなるまい。一見貧乏くじに見える仕事をこなす人物が必要なのだ。
巨大な貧乏くじを引いたものが、歴史に名を残すのかも知れぬ。
Posted at 13:22 | その他 | COM(0) | TB(0) |
2010.01.26

カーニュ・シュル・メール06

100126
さて、このルノワールの庭にも、ミモザはある。
このミモザの季節、このカーニュにはもう一つの楽しみがある。

ニースのカーニバルが行われる季節であるから、当然、人も多くなるこの地方である。
だから、競馬も開催されるのだ。
ルノワールの庭から見れば、おそらく左斜め前方方向、海沿いに競馬場がある。
大きなレースも2月に開催される。人の集まる季節に、競馬が開催され、競馬が開催されていれば、なんらかのオンシーズンなのである、フランスの場合。

クロ・ド・カーニュに宿泊する都合のよさは、競馬場に近いことにもある。

アヴニュー・ド・ニースをニースと反対方向にまっすぐ進んでいけば競馬場である。
ただ、少々遠い。
だから、駅から、電車で行くわけだが、競馬開催日には、この競馬場の目の前に(カーニュ駅のつぎ、クロ・ド・カーニュから2つ目)電車が止まる。
おそらく無人駅だ。

駅自体は、駐車場とスタンドの背面が見えるだけで、殺風景だが、競馬場に乗り込めば、コートダジュールの海が見られる競馬場なのである。
海が見られる競馬場など、フランスには数多くの競馬場があるとはいえ、数限られる。

あくせく、美術館と鷲ノ巣村めぐりばかりではなく、ぶらりと、競馬場へ訪れるのもいい。
海は見えぬが、ナイター競馬もやっている。
障害レースもトロットレースも平地のいわゆる普通の競馬も行われる。
2010.01.25

NO.63 allerとvenir

チョッと目先を変えて、行くと来るという二つの単語を覚えておこう。

重要単語というのは、不規則活用が多い。
これは、フランス語に限らない。何語であっても、こういった基本単語は不規則な活用をするものだ。

残念ながら、覚えるしかない。

ただ、重要動詞というのが、何百もあるわけではない。かといって、3つ覚えれば充分よ!というほど、人間の普段の行動を表す基本動詞は少なくはない。
仮に原始生活をして、最低限のことだけを仲間に伝えるとしよう。
êtreavoirallervenirも必要に違いない。
いる、ある、行く、くる、する、とる、持つ、生まれる、死ぬ、言う、知る・・・・。
最低限の意思疎通に必要な単語は、やはり不規則が多い。ジェスチャーだけでは説明しづらい。

こういった単語は、逆な言い方をすれば、旅をするのに、必要な最低限の単語なのだ。
これらの単語とジェスチャーで、なんとか、相手に意思を伝えることが出来る。

さて、しからば、覚えるしかあるまい。

aller(行く)

je vais
tu vas
il va
nous allons
vous allez
ils vont


venir(来る)

je viens
tu viens
il vient
nous venons
vous venez
ils viennent

venirはともかく、allerの活用にはvで始まるものが多く、全く原形をとどめていない。
êtreなんかも同じ状態だ。
vで始まるところは、スペイン語などとも似ていて、ラテンの風を感じることも出来る。
こういった基本単語になればなるほど、ラテン系とゲルマン系は単語が全く違う。

ちなみに、コンジュゲ(活用)のテストでils vontを書かせるテストは多い。
なんだったっけ?となることが多いのである。
そう、出題する先生方も、おそらく初心者の時代、allerの活用のvontを忘れたことがあったに違いない。
だから、問題にしやすいのだ。
忘れやすい活用最右翼であると覚えておけば、意外と忘れぬ。
2010.01.22

パリの夜012

100122
夜のメトロ駅の一般的な入り口だ。
鉄柵には、この駅まで乗ってこられた自転車がくくりつけられている。
鉄柵にくくりつけられている自転車は、路上駐車の車と共にパリの一般的光景である。
たいていどこの駅にも、この状態となっている。
しかも、日本と違って、太い重そうなチェーンかU字の鍵が取り付けられている。
そして、新品のきれいな自転車を見かけることもまずない。

最近はヴェリブ通勤の人も結構いるので、夜路上を走るのも見かける。
自転車の後部は、いわゆる反射板だけではなく、赤いライトとなって光る。テールランプである。
日本のママチャリにも赤いライトをつければ、視認性抜群で安心であるし、ヴェリブっぽくなるというものだ。
日本では、自転車屋でも、家電の量販店でも売っている。
Posted at 11:30 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2010.01.21

カーニュ・シュル・メール05

100121
ルノワールの庭からも、カーニュの鷲ノ巣村を見ることが出来る。
絶好の立地である。
この風景をルノワールも眺めていたろうし、眺められるから、ここなのであろう。

モジリアニが訪れたという話もあるが、彼には、風景を味わうだけの余裕があったかどうか?

モネの庭は日本庭園である。少なくとも、そういう風に本人は解している。
しかし、鷲ノ巣村という南仏的風景ながら、借景になっているこの庭も、考え方によっては和かもしれぬ。
けして、閉じていないこの庭を見つつ、モネ、ルノワール、モジリアニの性格分析をしてみるのも、一興かもしれぬ。
2010.01.20

五指ソックス

先週、靴の話を書いたので、その続き。

以前も、靴下の話はした。
穴の開いた靴下が重宝ですよん!との話だ。
が、今回はまた別の角度から。


五指ソックス、"ゴジソックス"。知らねば、五本指の靴下とでも言われないと、何のことかわからぬ人もいよう。
これが、いいよ!と靴屋さんで勧められたのだ。

これは、足の冷え防止の話とか、足の蒸れの話と直接関係ないところから出てきたのである。

わしの場合、たとえば、中指で人差し指の指の腹を踏んでしまうのである。
靴の大きさにも拠る場合もあるのだろうが、普段全くそんなことの起きたことのない靴を履いても、旅先で起きてしまう。
歩いている距離、時間が、普段と比べたら全く比較にならぬのであろう。

この問題を解決するために、ばんそうこうを旅先へ持って行き、踏んでしまったら、その踏まれた部分を踏みつけぬように、まるで、(女性のブラに寄せて入れる!がごとく、)指の下に寄せて、ばんそうこうでとめるという作業を行うのである。
もちろん、セロハンテープというわけには行かぬ。やっぱり、あのばんそうこうの傷口部分の柔らかい布部分がその痛くて膨らんだ部分にあたるように貼るためだ。

こんな話を靴屋でしたところ、五指ソックスを勧められた。
踏んでしまう一つの理由に、足の蒸れで上手く指同士が滑らず、踏んでしまうことがあるそうなのだ。


そうして、五指ソックスを手に入れたわしは、これを試してみた。

個人的感想としては、けして、さらさらというわけではなく、より蒸れている感がある。
が、踏むということはなさそうである。
蒸れ感は、素材の問題もあるかも知れぬし、蒸れている感が強くても、普通のソックスのときより、実は靴下の中は群れていないのかも知れぬ。このところはよくわからぬが、個人的目的としては、足の指の肉を隣の指で踏んづけるという惨事が起きねばいいのである。

冷え性にいい、足が冷える人にいいと聞いたが、これは、蒸れている感から、きっと良さそうだとは感じる。

これから旅するには寒い時期。五指ソックスは防寒、防指大惨事のダブルに効果があるかも知れぬ。
足の指踏み踏み惨事が起きるかどうかは、もう少し先の自身の人体実験を待たねばならぬ。

捨てる手前の、穴の開きそうな、五指ソックスというのが、もっとも重宝する靴下かも知れぬ。
2010.01.19

カーニュ・シュル・メール04

100119
カーニュといえば、鷲ノ巣村とルノワールの家といった紹介になっているだろう。
それが、観光のメインといえる。

クロ・ド・カーニュから、このルノワールの家まで、ブラブラ散策することも出来る。
少々距離もあるが、ブラブラ歩きも楽しい。
途中で、高速をまたがなければならぬが、そこから、鷲ノ巣村を眺めることが出来る。

もちろん、バスに少し乗ってから、歩くという手もある。

ここは、やはり、カーニュであって、ニースではないから、マチスシャガールといった美術館に比べたら、圧倒的に人は少ない。
サンポールやヴァンスへ向う人は、このあたりを、さっとバスで通過してしまうから、これがあると知っていても、優先順位は後回しとなってしまうからでもあろう。
ニースは訪れたが、隣町のカーニュのルノワールの家は、”ああ、あるとか言ってたねぇ”程度で済まされるのかも知れぬ。

その点、エクスのセザンヌの家と比べても、"ずれた"位置にある、この場所は、少々ピックアップ外になりやすいだろう。モネの家に比べたら、随分と行きやすい場所であるが、そこは、アクセスがパリからか?ニースからか?の違いもあろうし、ここに睡蓮の池に当たるものがない。
ルノワールが、ここで、ミモザの庭なる有名な大作でも描いていたのなら、それはだいぶ違ったかも知れぬが、画家達が、死後の自宅の美術館を訪れる我々外国人と入場料収入のことを考慮して、絵を描くことはあるまい。
2010.01.18

NO.62 カフェオレとプリンアラモード

カフェオレプリンアラモードというのは、ハイカラな飲み物であり、デザートであった。
いまや、カフェオレは定番の何の変哲もない飲み物の一つであり、プリンアラモードなるものは、いまや、斜陽となりつつある、ファミリーレストランでも、なかなか見かけなくなった名前である。


カフェオレというのは、牛乳入りコーヒーであり、フランスでも、カフェオレカフェオレである。カフェクレームといってもいい。

プリンアラモードはアラモードの部分はフランス語であるが、プリンはおそらくプディングの和製英語であろう。
プリンアラモードの後継者にパフェというのがいるが、このパフェも完璧、完全というフランス語である。
カフェ、デザートの文化がフランス発であるといえるのだろう。


そういえば、プリンアラモードのプリンも和製であるのなら、カフェオレの後発、メロンオレイチゴオレもある。


カフェオレはカフェ・オ・レであり、プリンアラモードはプリン・ア・ラ・モードである。
café au lait と プリンà la mode である。
このカフェオレのauとプリンアラモードのà laは男女の違いはあれど、同じなのである。

カフェオレはlaitという牛乳という単語が男性名詞のため、定冠詞をつけて言うとle lait
アラモードはmodeという流行という単語が女性名詞のため、定冠詞をつけるとla mode
これにàがくっついた状態なのである。
プリンà la modeはわかりやすいが、cafe au laità+leauに変化している。
ここが、本日の話題の中心。

カフェオレの牛乳が男性形であるため、à+leauに変化しているのだが、なぜ?と考えてはいけない。
女性形のアラ~はいい易いが、アル~は言いづらいということであったのだろう。
ここは、数学ではない。理屈ではなく、そうやって話されてきた言葉なのだ。
覚えるのみである。牛乳を”うしちち”と発音しない理由を日本人は考えぬだろう。考えなくても話せるのだ。



定冠詞の縮約

前置詞deàに定冠詞がくっついた場合、どうなるか?の話である。
この、前置詞とくっつくパターンは結構多い。
とくに、行くとか、来るとかの場合、どこどこへどこどこからと言う場合、そのどこどこが”とある場所”という一般名詞ではなく、”はっきりと決まった場所”へ行くとか来るとかが会話になることがほとんどだ。
明日の試合を見に行くとか、明日のコンサートでどこどこへ行くとか、”特定された場所”へ行くと言う場合が多い。
だから、どこどこへというàという前置詞と、どこどこからというdeという前置詞に定冠詞がくっつくことになるのである。

厄介なのは、これがくっつく場合、くっついて別の単語になるということである。
話を聞いていると、面倒くさいが、使っているうちになれる。
とりあえず、並べておこう。

de+le ・・・du
de+la ・・・de la
de+l' ・・・de l'
de+les ・・・des


à+le ・・・au
à+la ・・・à la
à+l' ・・・à l'
à+les ・・・aux


このうち、男性と複数だけが変化するのである。

de+le ・・・du
de+les ・・・des
à+le ・・・au
à+les ・・・aux


この4つさえ覚えればいい。
平たく言えば、ここまで、長々と書いてきたが、たったこれだけの話である。
カフェオレは変化して””であるが、プリンアラモードは変化せず”アラ”なのである。

さて、この話の続きは次回。
2010.01.15

パリの夜011

100115
街灯は赤く、車に対する表示板は昼白色の蛍光灯である。
オレンジ色の光の渦のなかでは、日本人には見慣れた、明るい蛍光灯色が目立ってアクセントに見える。
これも、パリの夜の色の一つだ。
こんな、ただの道標も、パリの夜を演出するひとつになっている。
パリに住んでいる人なら見慣れている光景で、だからどうしたといったものであるが、考えてみれば、やはり日本とは違う、パリの雰囲気を構成する一つなのである。

パリでも地方でも、一方通行の多いフランスでは、車のための表示板は気をつけぬと、遠回りすることにもなりかねない。歩行者は、あくまで参考程度にして、地図を頼ろう。
Posted at 11:16 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2010.01.14

カーニュ・シュル・メール03

100114
前回までに、ここの街が、ニースの空港から東へという話を書いた。
そう、飛行機で降り立ったのなら、ニース行きではなく、カーニュ行きに乗れば、ニースへ行くのとカーニュへ行くのは、同じような時間で到着する。
すなわち、この街には、ニースへ直結するバスが走っているのである。

この、クロ・ドーカーニュという場所は、狭いエリアに、鉄道駅とバス停が存在し、鉄道ならニース駅へ、バスなら、バスターミナルへ行くことが出来る。
鉄道も、バスもどちらも同じような場所から使える大変便利なしかも、格安の場所なのだ。
ニースでは、バスターミナルと駅はだいぶ離れている。その点、ここは、超便利という立地条件なのだ。

由比蒲原の東名高速と東海道線ではないが、鉄道とニースから東へ行く主要バス路線は、すべて、このクロ・ドーカーニュを経由する。だから、サンポールであろうが、ビオットであろうが、グラースであろうが、ヴァンスであろうが、ニースもマントンも、カンヌもアンティーヴも、ここを拠点にすれば最高の効率が得られるのである。

写真は、山カーニュの鷲ノ巣村。
2010.01.13

フラットソールの靴

運動靴は旅人全員にとって、歩きやすくていいですよ!というのは、どうも通用しないらしい。
足の形は人それぞれである。

とはいえ、自分にあった靴というのは、しかも、長距離歩いても、旅で使ってもいい靴というのは、中々見つからぬ。

今回はフラットソールの運動靴を履いてみた実感である。
フラットソールとは、要するに靴の裏が平らになっているものだ。

靴屋さんでどんな靴が長距離歩行で疲れないか聞いてみると、以外にも、ウォーキングシューズではなく、ランニングシューズを推奨された。これは、ランニングシューズの方が、ウォーキングシューズよりいいという意味ではなく、靴の底が平らなフラットソールを勧められた結果である。
フラットなソールのウォーキングシューズもメーカーによってはあるかも知れぬ。


この靴、まだ、10キロ以上連続の長距離で履いた事はないのだが、靴底の路面を捉える感には、履いてしばらくするとわかるほど安定している。
フランスは車社会であるから、必ずしも、いたるところまで公共機関でアクセスできるわけではない。
あったとしても、現地の人に便利なように、朝、大きな駅へ向うバスがでて、夕方、村へ戻るバスがでるという、観光とはおよそ逆方向のタイムスケジュールのバスしかないこともザラだ。


距離によっては、歩けぬこともない。
長距離を歩かぬとしても、フランスのアスファルト、石畳は日本のそれとは違う。
そんなとき、できるだけ、体を鍛えてく事も大事だが、歩きやすい靴に越したことはない。

疲労、靴擦れ、捻挫などなど、旅は普段と明らかに違う場所で違うライフスタイルになるため、トラブルは発生しやすい。
フラットソールも一度靴屋さんで試してみつつ、自分に合いそうな人は、一考の余地アリであろう。
もちろん、新品のまま、旅に出ぬことだ

ウォーキングランニングフラット・・・という言葉自体より、疲れない、痛くない、靴ずれしないことが本筋である。
知識が壁にならぬよう、言葉の意味に頼らぬことだ。

わしの足にとっては、このフラットソールのランニングシューズは悪くなさそうである。もちろん、もっと、使って、足になじんでから飛行機に乗ることになろう。
2010.01.12

カーニュ・シュル・メール02

100112
この、クロ・ドゥ・カーニュには、海岸がある。といっても、ジャリであるが、ニースのプロムナード・デ・ザングレと比べれば、大変鄙びている。
が、一応、海沿いのレストランには、そこそこのレストランもあるし、格安レストランもある。ファストフードもある。

ニースの海岸を東へ向うと、岬に到達し、そこがニースの空港であるが、そこからさらに東へ延びている、空港の岬を挟んでニースの反対側がこのカーニュなのである。

有名な観光地はね、ちょっと、ミーハーでゴメンだね、という、変り種の旅人にも、ニース行きたーい!!でも、高級ホテルになんか泊まれない!というお方にも、この街はお勧めである。

お勧めの一つは、このクロ・ドゥ・カーニュは、ブラブラと朝でも夕でも、昼間の観光とは別に、ブラブラ散歩するには何とも心地よい海辺が近いのである。
2010.01.08

パリの夜010

100108
石畳といっても、足をくじきそな小さめのいしが埋め込まれた道もあれば、こういった新しい歩道に使われている石畳もある。
これなら、ガタガタと音はうるさいが、スーツケースも大変ということはない。

平らであるから、街灯の光も床のように反射する。
夜の街も明るくなるというものだ。
これも、エコで防犯にもいいのかも知れぬ。
道路のアスファルト部分と比べれば、明るさに大きな違いはある。
Posted at 11:11 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2010.01.07

アランソン17

100107
ヨーロッパの街並みと、日本の街並みの何が違うのか?

確かに、木造と石造の違いもあるのだが、それだけではない。

何がこの雰囲気の違いなのか?
圧迫感が欧州の通りにはある。

歩道の有無でもない。道幅でもない。


大きな一つは隣の建物と全く隙間がないことだろう。
隙間はすなわち、交差点である。

日本は一軒一軒が間断なく建てられていることはあまりない。
木造だから、火事等のこともあるのだろう。


別な点としては、全ての家が通りに張り付くように並べられ、ある家は、庭があり、ある家は駐車場がありなどと、でこぼこになっていないのである。


さらに、建物の高さが3から6階建てなどで統一感があることが多いこともそうだ。
パリなどは、この点、法律もあるようである。

こうして、圧迫感のある、通りを壁で囲んだような、欧州らしい通りが出来上がるのであろう。
石造りだから、まさに城壁風となる。
こうしたつくりであるから、通りで囲まれた土地の内側部分に、デッドスペースが出来るのであるが、ここがパティオになり、中庭に面した家、アパルトマンなどが出来るわけなのである。
上から見たら、パリなど、ロの字になっているものが連なって見えるだろう。

この辺りが、欧州と日本の通りの雰囲気の違いとなっているようだ。
2010.01.06

ノートルダムの聖ヤコブ

100106
ノートルダム寺院の正面の聖人像である。
正直なところ、キリスト教に詳しいわけではない。
各聖人がどんなものを持っているのか?などを覚えておけば、どれが誰などということは、もっとはっきりするだろう。

バスクの旅がきっかけで、世界遺産の道、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路にたどり着き、そこから、聖ヤコブへつながっていったのである。

そのヤコブをノートルダムで探す。
いたいた。
カバンにある帆立貝のマークが、彼の印である。

この建物の前を、巡礼者が南へ旅立っていったことだろう。

ヤコブ=ジャック=ホタテ。この式を覚えておくと、巡礼路周辺の街への旅は、ひとつ小さな帆立貝マークの発見が目的になるかも知れぬ。
2010.01.05

カーニュ・シュル・メール01

100105
コート・ダジュールには、珠玉の街があふれている。
そのなかで、一番のお気に入りは何処か?と聞かれたら、もちろん、カーニュと答える。
あまり、公にしたいわけではないが、ここで言ったからといって、とてつもない人数が訪れるブログでもないから、何の影響もあるまい。

ここは、ニースの隣町である。カーニバルのシーズンでも、この街なら宿が確保できる場合もある。
といっても、カーニュ駅付近は無理だろう。

カーニュという街には、山と海がある。
その海側がお勧めなのだ。

海カーニュへ行くには、ニースからTERに乗って、カーニュ駅の一つ手前、Cros-de-Cagnesクロ・ドゥ・カーニュで降りる。
この駅のすぐそばに、ニース大通りが走る。アヴニュー・ド・ニースである。
名前の通り、ニースへ向う道である。
この通り沿いに宿がある。
星ありもあれば、星なしもある。

初めてコート・ダジュールを訪れたとき、カーニバルの時期で、カーニュの駅付近から、探しまくったのだが、結局、この界隈まで歩いてきてようやく宿が見つかったのである。
訪れる前は、ノーマークの場所だ。

が、ここが、何とも好立地であることに、後で気が付くのである。
2010.01.04

ポン・カーディネ駅

100104
パリにあるRERでない国鉄の駅で、唯一、始発駅ではない駅である。
サンラザールの次の駅であるが、ここまでは、パリ市内であるから、理由があれば利用することも出来よう。

この界隈にホテルをとっているというのでなければ、実際のところ、この駅自体は利用価値は少ない。
サンラザールから郊外へ行く列車は皆ここを通るのだが、必ずしも停車しない。する列車は限られている。
サンラザールまで、一駅だけ乗ってみるのもいいかも知れぬ。
ちょっとした郊外駅のような雰囲気を味わうことは出来る。

もっとも、観光地巡りに躍起にならず、散歩を主とする優雅な旅人は、バティニョールの散策の後、この列車でサンラザールへ向うのも酔狂にいいかも知れぬ。
酔狂こそは旅のプチ醍醐味といえる。
2010.01.01

あけましておめでとうございます!

100101
あけましておめでとうございます。
今年も、厚顔無恥で、フランスのことをなんだかんだとつづってゆく所存でございます。
宜しくお願いします。

写真はモンマルトルの映画館入口。
小、趣、こだわり、こうした、隠れ家的存在は、味があっていい。
ある意味、これが、求めている姿のひとつなのかも知れぬ。

では、今年も明るく行きましょう!
Posted at 01:01 | その他 | COM(0) | TB(0) |