2009.11.30

ここまでのまとめ

さて、形容詞が結構面倒であったので、時間を空けた。
あけたから、一応、今までの所をまとめておこう。

最初から見ていくと、

発音
名詞の性数
形容詞の性数e,s,es)
否定と疑問と否定疑問 (ne pas,Est-ce-que)
定冠詞不定冠詞部分冠詞 (un,le,du,une,la,de la)
etreとavoirとer動詞 (e,es,e,ons,ez,ent)
前置詞
月と曜日と数字と国名と親族

このあたりを文法としてやってきた。
カッコの中は、例であって、説明ではない。
もちろん、この中で一番重要なのは、発音である。
ここだけは、何度見直してもよい。もう大丈夫、本を読まされても間違わない!という人は先へ進もう。
本読んでも、間違えることの多い人は、この先何処かで確実に挫折する。

習うより慣れろという言葉があるが、人間、スポーツであれ、語学であれ極意は一緒。
物まねすることだ。
フランス人っぽく話すのがいい。
なんか、鼻につくと思われるのが嫌で・・・、恥ずかしい・・・という人は上手くならぬ。
外国人の話す日本語発音どおりに日本語を話す練習をする外国人をほめる人は日本人にはいまい。まるで日本人のように話す人を、日本語上手だね!言うわけだ。
当たり前のことだ。

どんどん口に出して、フランス人らしく話すことだ。
よりフランス人らしく話すには、フランス人の話すフランス語を何度も聞くに限る。
ここが、物まねが大事な所以だ。
耳で聞き取れねば、音に出すことは不可能なのである。

歌、ラジオ、学校の先生、なんでもいい。
死に物狂いで聞き取る必要など全くない。
ダラダラ流して聞いて、気になったと単語を、”らしく”まねて口に出す。
だから、案外、はいいのである。
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2009.11.27

パリの夜005

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パリの夜の路地である。
月曜日ともなれば、夜の10時を過ぎてしまえば、パリ中心部の2区3区といえども、路地は人通りがない。大通りでも車は通るとはいえ、ひっきりなしではなく、信号が変わると、車が来るといった程度だ。
パリの夜は意外と静かである。

もっとも、裏通りというのは、そこが近道であるか、その通りに用事がない限り、昼間でも人は通らぬのであるが。

太陽の加減にも夜が、場合によっては、昼より、こうした路地は、受ける感じは他の通りと比べ、相対的に明るいということがあるやも知れぬ。
Posted at 11:54 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2009.11.26

アランソン12

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アランソンのレースと美術の博物館入り口である。
ポワン・ダランソン
ポワン・ダルジャンタン
バイユーの黒
カンのブロンド
などが、ノルマンディーレースの有名なものだ。

おそらく、ここから、フランドル地方へつながっていったのだろう。
だから、フランスのノール地方も含め、ベルギーレースとなっていく流れなのに違いない。

フランソワ1世の世界遺産フォンテーヌブローの城、ロワールの古城、そういった物も全て、最新技術をイタリアから輸入している。レースもそうだ。
ヴァロワ時代とアランソンは切っても切れない関係にあるのだろう。

とあるフランス人が言っていた。
フランスの文化はイタリアから輸入したのさ。何もなかったからね。
日本で言うところの中国との関係と一緒さ・・・と。

後に、マリーアントワネットも愛したというノルマンディーレースは、この地から羽ばたいたのだ。
2009.11.25

ベトナム航空でパリへ行く7

ベトナム航空でパリ往復、ホーチミン1泊2日の旅。
今回もホーチミン街歩きで最古の寺、ヤックラム寺を目指す。
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先週の続きで、Au Co通りからLac Long Quan通りに曲がる。
この通りを歩いていけば、途中で曲がらずとも、ここへ出てくる。
黄色が高貴な色なのだろう。
この色、マレーシアでも確か高貴な色だ。


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門をくぐれば、いきなり七重の塔である。32mの高さらしい。
中はおまいりできるが、入り口で靴は脱ごう。
皆、脱いでいる。


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この国は大乗仏教らしいが、これは観音様であるのか、女神像であるのか?


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中にも門がある。
このあたり公園になっていて、飲み物を売っていたり、涼んでいる人たちもいる。


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真っ白な大仏様?


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狛犬?も黄色である。


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ここが本堂の入り口。
奥は入ることが出来るが、途中靴を脱がねばならぬ。
靴を脱いでくださいという表示がある。
むろん、読めぬが、それと確実にわかる。

無数に小さな鳥の入った鳥かごを持つ人をぱらぱら見かける。
そして、鶏の声。のどかである。

さて、次へ向おう。
2009.11.24

ストラスブール21

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前回に引き続き、ストラスブールのトラム。
木組みの家の間を縫うように抜けて行く。
蛇が路地を抜けていくかのごとく・・・。バランスがいい。
2009.11.20

パリの夜004

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広告があちこちに貼られているのは、パリの街の特徴でもある。
広告塔やメトロ駅も広告だらけだ。
ちょっとした、小さな広告は、おそらく、違法と思われるようなところにもベタベタと貼られている。

ここは、人がいるのかいないのか?一面に同じ降雨国が立てに何枚も並んでいる。
何枚も並んでいるから、人の目に留まるともいえる。
一枚一枚別の広告なら、その単語に興味がなければ、目に留まることはなく、流れてしまう。

昼間は、行きかう車、人、音で、紙媒体であるこの広告も流されるが、人の少ない夜は、自己主張度が上がるようにも思われる。

落書き、広告その他、いたるところに、建物そのもの以外の目に刺激を与える何かが、この街にはあふれている。
Posted at 11:47 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2009.11.19

アランソン11

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アランソン家と直接は関係ないのだろうが、フランソワ1世の子、アンリ2世の妻、カトリーヌ・ドメディシスがイタリアからやってくる。
おそらく、このときに、フィレンツェのレース編みも、その他イタリア文化もやってきたのだろう。
または、フランソワ1世の時代であったのかも知れぬ。

断絶したとはいえ、このアランソンの街は別の脚光をいずれ浴びることになる。
それが、アランソン・レースであったのだ。

土地と歴史は、時に偶然で片付けられぬ。

いまや世界遺産、パリ郊外でも有数の観光地であるフォンテーヌブローと同じ、ヴァロワ時代のお城がこの街にもあるのである。しかも、観光名所ではなく、裁判所として。

ちなみに、フランス人に言わせると、フランスには幽霊がいない。
だから、当然、この歴史的建造物の裁判所に幽霊が出ることもあるまい。
2009.11.18

ベトナム航空でパリへ行く6

ベトナム航空パリ往復珍道中のつづきである。
さて、台風でキャンセルになったため一泊した翌日、本日も夜中まで時間がある。
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夜の9時半ホテルフロント集合である。
時間たっぷりだから、せっかくなので、ちょっと、街歩きをしよう。
で、コンシェルジュでバスの情報を聞くも、タクシーの話しか教えてくれず。
4つ星ホテルらしいから、ケチケチしなさんなということだろう。
地図だけをもらい、自身の地図とあわせつつ、歩き始め。
まずは、ホテルの目の前、LE VAN SY通りを街中へ向う。
この通りをまっすぐ行けば、統一会堂付近へは、30分ほどで着きそうだ。
が、時間はたっぷりだから、競馬場経由、ヤックラム寺を目指す。


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3Thang2通りをまっすぐ進む。背の高い並木道。


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前方には、圧力を感じる分厚い入道雲。


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細長い建物のひしめき合いと広告で可愛らしい。


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これは夜電飾なのか?


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競馬場と思いきや、高層ビルになってしまったのか?ここから北上する。


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と、しっかりと競馬場は高層ビル工事現場の裏側に存在し、


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Le Dai Hanh通りからこの交差点で、Au Co通りへ入る。
それにしても、通勤時間帯は過ぎているはずなのに、まあ、バイクだらけ。
頻繁に、バイクタクシー?のおっちゃんに声かけられる。
1ドルだよーんって。しかし、当然、お断り。

お寺は近い。
2009.11.17

ストラスブール20

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最近世界的にも街中交通として脚光をあびる、排ガスのないトラム。
チンチン電車の面影はなく、スマートだ。
しかも、近代的でない街にも溶け込む。
2009.11.16

パリでコインランドリーを使う2

パリのコインランドリーの使い方シリーズは今回乾燥機編へ
さらに簡単です。説明するほどじゃありませんが、説明します。
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洗濯物が終わると、こんな、カゴがどこのコインランドリーにもおいてますから、洗濯物をこれに移して乾燥機へ移動します。


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乾燥機のフタを開け、洗濯物を入れます。フタを閉じます。


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支払機のところへ行き、


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料金表で確認し(ここは8分1ユーロ)


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番号と#を押し、料金を払います。
今回は18番を使ったので、18#と押し、1ユーロ入れます。
そうすると自動的に乾燥機が回り始めます。
以上。
フタの開け閉めは自由に出来ちゃいます。


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説明書きもありますが、たいしたことはありません。
下のほうに、入れてはいけないものが書いてますが、熱に弱いもの、靴など、常識の範囲内です。

もちろん、8分で乾かなければ、16分やってもいいわけです。
もう一度お金を入れたらいいわけです。
たしか、16分連続とか24分連続とか出来ます。

20分でいいから2.5ユーロにしろといっても、機械ですから、答えてくれません。


洗濯物で、洗濯機や乾燥機が埋まっている場合、終わっている洗濯物をlaver0008
へ移して使っちゃうことも出来ますし、自分のものが、終わっていて邪魔だと、こちらへ移されていることもあります。


まあ、洗濯物入れて、番号押して、1ユーロ入れるだけですね。
乾燥機だけの使用もいけます。

ただ、洗濯3.7ユーロ、洗剤0.5ユーロ、乾燥機2回2ユーロとなると、6.2ユーロですから、結構な値段です。
私の日本の感覚だと、洗濯機200円、洗剤30円、乾燥機10分100円ですから、ちょっと高いかもしれませんな。
もちろん、値段は、パリ中心部やお金持ちゾーンの西側ほど高いです。
ちなみに、このコインランドリーは4区にも1区にも2区にも近い3区ですから、結構中心部です。
2009.11.13

パリの夜003

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ギマールの花が開く。
夜になると、メトロ入り口の装飾されたライトが点る。

カフェのネオン、街の明かり、そして、ギマールの花がパリの哀愁の空気を造る。家、メトロ、信号、歩道の杭すべてが、ばらばらではなく、一つの材料として
、風景に溶け込んでいる。その統一感こそ、パリの雰囲気なのだ。
Posted at 11:58 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2009.11.12

アランソン10

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お城脇の緑地もきれいに整備されている。
野放しではない。

さて、先日、ここは、ジャン2世が建てたとお話しした。
アランソン公である。

このアランソン公というのは、2種類ある。
一つは、このジャン2世を含むヴァロワ朝のアランソン家であり、もう一つは、ブルボン朝のアランソン公である。
ブルボン朝であるから、時代はだいぶ違う。

ヴァロワ朝というのは、フランソワ1世で絶頂となる。が、あっさり、ヴァロワ朝は衰退し、ブルボンに取って代わられる。
取って代わるといっても、ヴァロワとブルボンは血がつながっている。

パリにサン・ルイ島というのがあるが、これは聖王ルイ9世から名がついている。
サンといのが聖である。
アメリカにもセントルイスという町があるが、サン・ルイの英語読みだ。

このルイ9世から分かれた家に、ヴァロワ家とブルボン家があるのである。
日本で言えば、武田も源氏、足利も源氏、諏訪も源氏みたいなものだ。


それだけではない。
アランソンの街のサイトを見ると、このお城には、お家断絶となったアランソン公シャルル4世とその母マルグリット・ドゥ・ロレーヌと、妻マルグリット・ドゥ・ナヴァルも住んでいたとなっている。
この妻マルグリット・ドゥ・ナヴァルの弟が、あのフランソワ1世であるのだが、この女性が、ナヴァル王と再婚して出来た娘ファナ3世が、ブルボン朝創始者アンリ4世の母なのである。
もちろん、別な言い方をすれば、ファナ3世はすなわち、ジャンヌ・ダルブレのことであり、カトリーヌ・ド・メディシスと丁々発止やった女性でもあるのだ。

そう考えると、このアランソン城から、ナヴァルへの橋渡しが、ヴァロワからブルボンへの橋渡しであったといえぬこともない。


ナヴァルとは、一体なにものなのか?
そう、これは、バスク地方にあった王国である。

ブルボンのフランス王家は、このナヴァル王も兼ねていた。フランスが統治しておらず、ナヴァル王であるというのが、ある意味欧州らしい。
現在のニュージーランドやオーストラリア、カナダ、ノルマンディ沖のジャージー島などの国家元首が一体誰であるのかを考えると、こういう統治形態というのは、日本になじみはないが、今もあるのだなぁと思わせる。

ちなみに、このナヴァルの中心に、モーレオンという町がある。
この街、最近少々流行った、エスパドリルのメッカである。
2009.11.11

ベトナム航空でパリへ行く5

またまた、ベトナム航空パリ往復編の続きである。
今回は、ホーチミン市内散策から、ホーチミンの空港へである。

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さすがに、フランス時間で言うところの夜中の12時ごろ到着したホーチミン。歩きつかれでまったり。
カフェをはしごしつつ、旅の道連れと、旅話、フランス話に花が咲く。
じっさいのところ、こうした、まったりとした、贅沢な時間の使い方こそ、旅の醍醐味である。


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喫茶店から、フォーのお店へ移動し、腹ごしらえを済ませたら、18:00期限であるはずの空港行きのバスへ乗るため、帰宅ラッシュのバイクの群れの中を、ベンタインのバスターミナルへ急ぐ。


バスターミナルのおばちゃんとのやり取り
「空港行きのバスは?」
「もうない。」
「え、ないの?」
「ない。」
「・・・・・、そう。」

去りかけると、呼び戻され、
「もう一本あるって、そこで待ちなさい。」
とのこと。

暫くすると152が来るが乗車できず、乗車使用とすると、
「もう、おしまい」
と運転手さん。

諦めて、タクシー乗り場へ向おうかとしていると、
一緒にいた女性が乗客乗せたパス152発見!
で、何とか、最終便に乗車!
3000ドン。

と、ここまで、何とか上手いこと行ったのだが・・・。

普通なら、この後、出国して、搭乗してであるのか?再度チェックインして、出国して、搭乗して、のどちらかであろうが、日本へは、台風が近づいている。
何も情報はなかったのだが、さてさて、そろそろ行こうかと思いきや
VN950canceledの文字。


通常の乗換情報はここまでだ。
皆が知りたい情報はここまでで充分なのだろう。

ここから後は、トラブル後の単なるたび情報となる。


さて、関西行は翌日朝。成田行は丸一日後の翌日夜中発と決まり、パリからのトランジット客は皆、ホテルをとってもらえることとなった。
で、よく見れば、ほとんど皆、朝のベンタイン行きのバスで出会った人ばかり(笑)ある意味、つわものばかりである。


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18時間トランジットが、ベトナムのRAMANAホテル一泊旅行へ早変り。


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美食と


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喧騒の街へ


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美食と


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喧騒の中へ逆戻り。


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トラベルの語源は、トラブルである。


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さて、明日は、どこへ行こう?
楽しい滞在時間が、もう少し先へ延びた。
トラブル万歳!
2009.11.10

ストラスブール19

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サンマルタン橋からみる夕景。
オレンジ色の光が当たる時間帯の有愁もまたいい。
こんなときの散歩も楽しい街だ。
2009.11.09

パリでコインランドリーを使う1

とくに変わった事はないが、パリのコインランドリーの使い方を載せておこう。
簡単に言ってしまえば、数行で終わることだが、そこは、写真を使って、ネチネチと。
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フタを開けて洗濯物をいれ、ふたを閉じる。


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温度をあわせておく。通常水洗いが基本の日本に比べ、こちらはどうも、ぬるま湯が基本らしい。


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次に、コインランドリーの中から、お金を入れる機械と洗剤販売機を探す。
洗剤のある人はもちろん必要ない。
洗濯機は6番の番号がついていましたね。
洗剤販売機は写真の左側の機械。30番ですね。


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まずは洗剤購入。
機械の番号とシャープを押します。
30#と押します。


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支払い機にも表示されますが、料金表も出ています。
洗剤は50サンチームです。
お金を入れたら、30番の機械のペットボトルを切った容器に洗剤が出てきます。
支払い機からおつりも出ます。


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ペットボトルの洗剤を、洗濯機の上部を開け、いれます。
ペットボトル容器は戻しておきましょう。


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洗剤のふたを閉じたら、再度、支払い機へ行き、洗濯機の番号を押します。
今回は6番なので、06#と押します。
料金は、先程の料金表にも出てますが、3.7ユーロです。
10キロや16キロの機械もありますが、大きさが違うのですぐわかります。


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お金を入れれば自動的に始まります。
分数が表示されますから、これがゼロになったら終了です。
おわったら、鍵のマーク(ここでは黄色のボタン)をおして開けます。


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こんなふうに、説明書きもあります。


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ここには英語バージョンもありました。

フタ開けて、洗濯物入れて、フタ閉じて、選択プログラム選んで、洗剤入れて、支払い機へGOってなわけです。
2009.11.06

パリの夜002

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サン・ニコラ・デ・シャン教会である。
パリ3区。
前の通りは南北に伸びるサンマルタン通り。

教会などは、夜遅くまでライトアップされている。
ライトアップされた教会は、美しくもあり、おどろおどろしくもあるが、真っ暗だったら、もっと怖い雰囲気かもしれぬ。

ライトアップとともに、防犯にもなるのだろう。
Posted at 11:02 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2009.11.05

アランソン09

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アランソンには、お城が建っている。
現在は裁判所である。
あるいみ、現在でも物々しい雰囲気はある。

アランソンには公爵が住んでいたのだ。
このお城を建てたのは、ヴァロワ朝アランソン家のジャン2世。14世紀から15世紀に建てられたお城らしい。
この丸い円柱形がいかにも欧州らしいのは、日本の古い建築物が角ばってとがっている部分が多いからかも知れぬ。柱が丸くとも、日本の建物の構造は意外と方形である。

さてさて、アランソン家ヴァロワ朝といっても、まあ、通常、歴史を知らねば、右から左に流れる。
14世紀から15世紀といっても、右から左に流れる。
ああ、古いのね・・と。

古いといっても、18世紀も古いし、4世紀も古い。
もう150年経っているといわれても歴史を感じるのだが、それぞれ、だいぶ違うものだ。

このジャン2世という人、もちろんフランス王ではなく、王家に連なる貴族、アランソン公爵なのであるが、日本なら誰が同時代なのか?
そう、同時代に重なる人として、わかりやすいのなら、たとえば一休さんである。
そして、また応仁の乱の元凶の一人、足利義政なども同時代人。
このジャン2世、英仏100年戦争を戦った人であり、ああ、英仏100年戦争と応仁の乱は同時代なのだな、と、妙な戦争時期の一致に納得したりする。
すなわち、ジャンヌ・ダルク足利義政の妻日野富子も同じ女性として、完全に重なっているわけではないが、同時代人なのである。

聖女と悪女。
アランソン家と足利家。
アランソン公爵城と銀閣寺。
英仏100年戦争と応仁の乱。


そんな比較をしつつ、お城を眺めたら、単なる古い城なのね!とは、多少違って見える。
2009.11.04

ベトナム航空でパリへ行く4

さて、続きである。ベトナム航空パリ往復である。
今回は、トランジット18時間の模様である。
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同じ便で、同じバスに乗ってやってきた方たちと一緒に、まずは、バスが着いた目の前のベンタイン市場へ行く。
日本語の客ひきで、観光客ござんなれ状態であるが、ここの食堂でビールを買い、それを飲みつつ、朝飯のお店へ移動。


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南欧風な教会の脇を抜け、バイクの波を抜けつつ、地図を見つつ、お店を探す。


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たどり着いたお店で、勧められるがままに、いや、勧められたものの汁なしバージョンを頼んでみる。
うまい。


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腹ごしらえが出来たところで、市場なんぞを覗きつつ、


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熱気と緑と騒音と排気ガスのあふれる活気ある街を、まずは、観光客ゾーンである、ドンコイ通り周辺へ向う。


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ロッテリアとケンタッキーは頻繁に見かける。
バイクの比ではないが、自転車も意外と多い。


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ドンコイ通りに到着。
フランスの影響か?通り名は全ての通りにあるらしく、看板もフランスチック。
背後には、パリから来た、我々を、ホーチミンのルイ・ヴィトンが迎えてくれる。


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お土産屋さんといっていい、雑貨屋さんの並ぶ、こぎれいな通り。
外国人観光客専用、お買い物通り、ホーチミン銀座である。
高いといっても安い。安いといっても、この国にしては法外かもしれぬ。


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大聖堂があり、


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郵便局があり、とりあえず、休憩。
2009.11.02

NO.61 フランス語の色

形容詞をやっているので、折角だから、休憩しつつ、色の単語を並べておこう。

blanc  白
citron  レモン色
jaune  黄色
beige  ベージュ
orange  オレンジ
rouge  赤
rose  ピンク
grenat  ガーネット
bordeaux  ワインレッド
vert  緑
marron  栗色
brun  茶色
bleu  青
mauve  藤色
violet  紫
gris  灰色
noir  黒
or  金色
argent醇P  銀色の


暗い色には、色の前にgrosを付ける。
gros bleu 濃い青
gros vert 濃い緑

明るい色には、色の後ろのclairをつける。
bleu clair 明るい青 (水色)
vert clair 明るい緑


何色が好きか?と聞かれて、原色を答えることは少ない。
が好きと答えると、何の青?と聞かれることもしばしばだ。