2007.12.31

大晦日に

トレギエカフェ

何度もリニューアルしながら、今年夏以降、始めてきたブログ。
ホームページのコンテンツで紹介しきれない、紹介までに時間が掛かりそうなものを中心に、写真なんぞで紹介してきたわけですが、またまた、来年も、同じ感じでしばらく続けるつもりであります。
東京となっていながら、東京のことはほとんど乗っていないわけですが、パリ東京というより、フランス日本というところです。
もう少し、日本の何かも、上手い具合に何か見つかれば良いですが、まあ、それは、その時です。
写真は、ブルターニュ、トレギエのカフェ。
今年一年ありがとうございました。
良いお年を。

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Posted at 02:06 | その他 | COM(0) | TB(0) |
2007.12.30

忘年会

格子

昨日は、カフェ・レキューム・デ・ジュールにて、忘年会およびゲーム大会であった。
ゲームは、スゴットランドヤードという、泥棒と警察のボードゲームである。
泥棒1名と刑事数名で行うわけであるが、見事に泥棒に逃げ切られてしまった。
このゲーム舞台はロンドンであるが、どうやらニューヨークの物もあるようだ。

ルールはいたって簡単である上に、途中から、少々将棋かチェスに近い感覚となる。

パリ版はないが、テレビゲーム全盛の時代、このゲームのパリ版ができることなどないだろう。
あれば、土地勘があるだけに、また違った気持ちでやれそうだ。

2週間ほどロンドンに行ったことがあるのだが、何しろ、移動をほとんど地下鉄利用であったうえ、知り合いにバス飛び乗り飛び降りで連れてもらったため、ほとんど地理を把握していない。

歩かなければ、土地勘はつかない。頭に地図が入ってこないと、観光地をピンポイントで移動するだけで終わってしまう。最寄の地下鉄の駅から、目的観光地までだけが、ぶつ切りのように残ってしまう。そして、そのような記憶は、確実に消えていく。
バッキンガム宮殿ももシティも何とかガーデンもロンドン塔もタワーブリッジもヴィクトリア駅も大英博物館もピカデリーサーカスも全く持って線でつながらない。今となっては後の祭りだが・・・。

そんなことを、年の瀬の忘年会ゲーム大会の盤面を見ながら思ったのである。

写真は、京都である。
Posted at 10:51 | 日本 | COM(0) | TB(0) |
2007.12.28

サン・ピエール・ドゥ・モンルージュ教会

サン・ピエール・ドゥ・モンルージュ教会

モンパルナスから伸びるメーヌ大通り、ダンフェール・ロシュローから伸びるジェネラル・ルクレール大通りと東西に伸びるアレジア通りのぶつかる交通の要所にこの教会が立っている。
鐘楼部分は、遠くからでも眺められ、そこがアレジアのメトロの駅上であることを意識させてくれるランドマークである。

外の案内板によれば、19世紀の教会であるから、案外新しい教会である。
教会の名前のように、ここからパリの外へ出て行けば、モンルージュ市も存在する。

教会内部は、木でできた天井部分が印象的で、パイプオルガンのコンサートも時々行われているようである。

アレジア界隈は、アウトレットで有名な通りで、当然日本の人もパラパラと訪れるエリアでもアリ、日本語メニューのあるカフェすらある。
日本の広大なアウトレットモールを考えてしまうと、あれれというものであるが、この教会のある場所から西側へアウトレットのショップが並んでいる。
2007.12.27

モンマルトル1

モンマルトル1

散策するための場所であるかのようなところがモンマルトルだ。
そもそも、この場所は、階段が嫌いで、坂が嫌いで、長時間歩くのが嫌いな人はおすすめできるような場所ではない。
そういう人たちは、フニクラでモンマルトルの丘へ上り、サクレクール寺院に入って、パリの街を眺めて、テルトル広場でお茶をして、下って戻ればいいのである。

が、散策が好きな人は、地図を片手に、ブラブラと歩くのがいい。
モンマルトル博物館、または、郊外サンノワのユトリロ美術館で見た、もしくは、教科書で見た風景が、そのまま残っている。
ただ、ブラブラと歩くだけではもったいない。
お気に入りの人と、会話しながら歩く。
デジカメで、好きなカットを切り抜きながら歩く。
見つけたお店やカフェに、ぷらぷらと入り、どうでもよい事を考える、または、おしゃべりする、物色する、食べる・・・。

自分の目に飛び込むお気に入りの風景を記憶していく。
散策するには、もっともおすすめの場所であろう。
Posted at 09:29 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2007.12.26

サント・アンヌ・ドゥ・ラ・メゾン・ブランシュ教会

サント・アンヌ・ドゥ・ラ・メゾン・ブランシュ教会

13区、中華街、イタリア広場、モンスーリ公園を結ぶ三角形の中央あたり、ビュト・オ・カイユの南にこの教会が位置している。
中華街で買い物したあと、62番のバスで西へ向かうと現れる教会である。

この教会のポイントの一つは、正面に当たる、シャルル・フーリエ通りから見る、2つの尖塔と、比較的新しい教会ながら、アーティスティックなステンドグラスである。

入ると、中と入り口部分がガラスによって仕切られている。
なんとも興ざめするような構造のようにも聞こえるが、どうやら、このガラスのおかげで、教会内部の透明度が増しているように感じられるのである。
ガラスの存在理由は不明である。

赤色の印象的なステンドグラスを見に来るのもいい。
ビュット・オ・カイユをぶらぶらとしながら、散歩の帰りがけにふらり寄ってみるべき教会だ。
そのまま、教会の名前でもある、メゾンブランシュの駅の方向へ歩いていき、中華街へお買い物というのもいい。
2007.12.25

歴史建造物

マーク

パリやフランスじゅうに、写真の上部のマークが存在する。
これは、歴史的建造物である、歴史的建造物がある、場合につけられるマークである。

この写真は、パリ天文台前の壁を撮ったものであるが、この歴史的建造物マークは、地方で田舎町をドライブする場合の町名案内板(どこどこまであと何キロ)や(どこどこは右折)などの町名の頭についていたりするマークなので覚えておいて損はない。

ミシュランの★も有名であるが、そもそも、この国は何らかのカテゴリーやグループ、リストと言ったものが大好きであるお国柄であるから、そういう団体、本には事欠かない。

Posted at 08:48 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2007.12.21

サント・マルグリット教会

サント・マルグリット教会

マリーアントワネットの子、タンプルの塔で死んだルイ17世が埋葬されたという伝説を持つ教会である。
ここ、サンタントワーヌ界隈は、バスティーユエリアと深い係わり合いを持つ地域であるから、バスティーユ、ギロチン、フランス革命などとは切っても切れない関係であろう。

また、写真のように、この協会に関係した人や業績のステンドグラスがある。
赤い標識のようなステンドグラスは、ここでしか見たことがないが、大変印象的なものだ。

ここに教会の基となるチャペルを建てたのが、17世紀前半1624年ごろで、それを建てた人が、アンロワーヌ・ファイエ司祭で、サンポール教会の司祭であった人のようだ。

サンポールの教会が、あの、4区のサンポール寺院のことであれば、この教会、そして、サンポールを結ぶ線上にバスティーユがあることも、ルイ17世の伝説に、何となく影をおとす。

また、この界隈は、サンタントワーヌ修道院の影響下にあり、それらの修道院の土地が畑となっており、そういう観点から、サンタントワーヌ修道院とも密接に関係していそうである。
実際、ここへの最寄り駅は、サンタントワーヌ病院(元修道院)の目の前の駅であるから、当時は地下鉄はないものの、同じ駅周辺なのである。

さて、この17世紀ごろの建物であるこの教会だが、パリのいくつかの教会と同じく、隣に公園が併設されている。そして、ここへ飛び出した建物部分は、外装は新しく造り直されている感があるが、中に入って、その部分にあるステンドグラスは、なかなかすばらしく必見である。

むかし、10年ほど前だったろうか、11区や20区なんて、観光するところが無いから、行く必要がない。などとのたまっている観光客の人と出くわしたことがある。
そんな場所であるから、当然、観光客はいない。丁度、バスティーユからシャロンヌ通りまでの繁華街を越えたあたりでもあり、11区きっての繁華街、オーベルカンフよりだいぶ南である。

バスティーユから、シャロンヌ村(20区)へ向かう道すがら、こういうスポットへ寄っていくのもいい散歩であるし、フランス革命好きであれば、重要スポットとなるべき場所だろう。
2007.12.20

Voie

道

道という単語は様々ある。
RueとかCheminがもっとも思い出される単語だろう。
AvenueやBoulevardも見かける。
他、impassやpassageなどもある。ruelleというのもパリに一つあるらしいが、見たことはない。
その中で、写真のvoieという単語。
quaiという河岸という単語があるが、これは番線という意味であるから、駅でも見かける単語であると以前に書いた覚えがある。
voieはホームという単語でもあるので、これもよく駅でも目にする単語である。
ホームと番線の違いは何なのか?
ホームによるが、ホームには、番線が二つあるというのがよくあるパターンであるといえば、想像しやすいだろう。

このvoieという単語、道という意味でも良く使われるのだ。
学校ではよく習う単語ではないのだが、結構街中に現れる。覚えておくと良い単語かもしれない。もっとも、留学などして、パリで暮らしていても、下の絵さえ見れば意味が分かるし、pietonneの方が良く見かけるので、この看板の場合、voieの単語をどんな意味だろう?と気に留めることは少ないだろう。

写真は、シテ島シテ駅付近。
Posted at 18:07 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2007.12.19

サン・ヴァンサン・ドゥ・ポール教会

サンヴァンサンドゥポール

パリの北駅と東駅の間を突き抜けるように通る、ラファイエット通り。
北駅正面から出て、まっすぐ行くと、最初にぶち当たる大通りである。
大通りであるが、アヴニューでもなく、ブールヴァールでもない。
そもそも、アヴニューやブールヴァールを大通りと訳すことに問題があるようにも思うが、それはさておき。

この通りをオペラ方向に向かってずるずる歩いてゆくと、フランツリスト広場に出る。
この広場の北方にそびえるようにたっているのが、この教会。
グランブールヴァールから、オートヴィル通りを除くと、まっすぐ北に、この教会が見える。

中は結構暗い。左右に聖人たち一人一人ののステンドグラスが並ぶ。
奥のほうの天井部には、黄金色をバックに絵が描かれている。奥とは、歩いてゆく通路上部にもrがあるので、それらも鑑賞するといい。

案内板に寄れば、19世紀の教会である。2つの尖塔部分がサンシュルピス教会を思い起こさせる形である。
北駅から、バスに乗ってオペラ方向へ向かえば、右手に見ている人も多い教会だろう。
北駅からも歩いてすぐだ。
列車の待ち時間があれば、ふらりと行ってみるのもいい。
お昼から14時までは開いていない。
2007.12.18

チューリップの壁画

フィガロ

2区というのは、縦割りに色別されていて、2区である事を意識することは少ない。
何となく、知らずに足を踏み入れていても、2区と意識しているわけでないから、2区に観光で訪れるとはあまり考えない。実際、観光地と呼べるものも多くはない。
が、なんだかんだで、足を踏み入れるところなのである。

縦割りの色分けは、東から、サンドニ歓楽街、モード街、新聞屋街、証券取引所とギャルリーゾーン、日本食街となって、オペラ座界隈に出る。

その中の、新聞屋さんゾーンにある壁画である。フィガロのチューリップの壁画である。

丁度、このあたりは2区のど真ん中にあるわけだが、ここから東へ行くと、パリの最も古い時代の通りが残っている。よって、通りも細いものが多い。
ここから南へ行けば、ルーヴル美術館、西へ向かえば、日本食街。
2区はゾーンゾーンによって、歩く人の雰囲気までがらりと変わる。
さすがに、この界隈は、サラリーマン風の人が多く、そして、足早である。
Posted at 10:45 | パリ雑記 | COM(0) | TB(0) |
2007.12.17

サン・ローラン教会

サン・ローラン教会

初めてパリに到着したのは、スイスのバーゼルから乗った夜行列車であった。
車掌さんが、アランプロストそっくりであったのを覚えている。

到着したのは東駅。
初めてのフランス、初めてのパリは、列車にて到着したのである。

この東駅からほんの少しストララスブール大通りを南下すると左手に現れる教会がこれだ。
マジャンタ大通りとの交差点に位置する。
大通りがぶつかるだけに、少々広くなっている場所に、印象的に建っている。
多くのバスも通過するので、バスから眺めている人も多いだろう。

この教会の前に立てば、東駅が手に届くような位置に見える。

教会正面のファサードの絵が印象的な教会であるが、入るには、どうやら、この教会の裏手、サンマルタン通り側から入るようだ。

残念ながら、そこまでまわってみたが、入ることは出来なかった。
そとの看板に寄れば、12世紀から19世紀にかけてのものが合わさった教会のようである。
2007.12.16

ドラクロワ美術館

ドラクロワ美術館

サン・シュルピス教会の絵を描くためにここにドラクロワが住んだという。

サンジェルマンデプレ教会の裏側、ちょっとした広場になったところの角の奥へ入っていくと、この美術館の入り口がある。
階段を昇ると、美術館の入り口だ。

この数部屋の美術館の奥から、中庭へ出ることができる。
美術館の奥へ向かわずに、出口の方の部屋へ向かってしまったら、監視員?管理人?案内人?のお兄さんに、中庭へ出られる場所を教えてもらった。ありがとう。

ここの美術館に訪れたときにもらった日本語のガイドに書かれた、サンシュルピスの絵の意味が分からなかったのだが、後に、サン・シュルピス教会を訪れて、その意味が判明。
それほど、気合が入っていた絵なのだろう。

絵は、教会へ入ってすぐ右にある。
2007.12.14

サン・マルタン・デ・シャン教会

サンマルタンデシャン教会

サンマルタン運河からも近く、レピュブリック広場からも近い。
大通りから少し入ったところにあり、まるで、ぱっと見、他のアパートに溶け込んでしまったかのように建っている。

ここを訪れたときも、残念ながら、中へは入ることはできなかった。
面している通りが広い通りではないため、見渡すことが難しいのだが、上部はとんがり屋根の教会なのである。こういう雰囲気の屋根を持つカトリックの教会はパリでは、少ないのではないかと思う。
第二帝政時代の教会のようだから、新しい教会といえる。
この時代、増加する人口にあわせ、パリの街の構造改革も行われているわけだが、この教会も、そんな一環で、この地域、シャトー・ドー界隈の人のために建てられたような事が、外のたて看板に書いてある。

大通りから、ヒョイっと入った裏通りに忽然と小さめの教会が建っている。
教会、区役所、館、広場、公園、道、モニュメント・・・。こういうもので、街と通りの雰囲気が形成されている。ここに、店や、人、車・・・とあるわけだ。
人は生活目線のため、とかく、店や人に目を奪われがちだが、たとえベルヴィルでも、13区の中華街でも、日本食屋の多い通りでも、ほんの少し目線を上げると、やはりパリの顔が見えてくる。
2007.12.13

ロマン派美術館

ロマン派美術館

入り口にある案内板に寄れば、ルナン・シェフェール館であり、エルネスト・ルナン、アリ・シェフェールの住んだ家である。ショパン、ジョルジュ・サンド、フランツ・リストなどが訪れていたようだ。

この、建物がある界隈は、モンマルトルに続く、9区の傾斜部分にある。
モンマルトルの丘へ向けて、パリは9区から坂になっている。
この坂の雰囲気は、ここ9区は特徴的なカーブの多い坂である。
細々としたモンマルトルの坂とは、また違う雰囲気で、都会的でありながら、場末的な情緒たっぷりである。

この界隈の一角にある、この、ルナン・シェフェール館は、現在は、ロマン派美術館となっている。

奥の建物と、手前の建物で構成されているが。chaptal通りから入る部分には、木の枝が飛び出すようにたっていてちょっと印象的な入り口である。

訪れたときは、エネール展をやっていたのだが、この美術館のある入り口部分にchaptal通りと交差する通り名がエネール通りなのである。
17区にあるエネール美術館は現在は閉まっている。

手前の建物が企画展、置くの正面の建物は、シェフェール家の調度品?を飾っているのだろう。19世紀の雰囲気がどんなであったのか?見ることができる。

モンマルトルから、坂をブラブラと下り、途中でヒョイっと入ってみるのも散歩の一興。
ぶらり訪れられる広さの美術館である。
2007.12.12

サントゥージェーヌ教会

サントゥージェーヌ教会
この教会は、入った瞬間に鳥肌が立った。
当日もいくつか教会を訪れていたのだが、工事中や入れない教会が多かったので、期待もせず歩いていったのだ。
教会の裏手から、近づいたので、教会の側面を最初に見たのであるが、どうやら、ステンドグラスがきれいかもしれないな?ぐらいの感覚を持ちつつ、教会前のちょっとした広くなったところでサッカーをしている子供達のボールに当たらないように教会内部に入った。

ここは9区であり、フランス語吹き替えしか放映しない映画館REXの近く。
まあ、観光客のいるようなゾーンではない。

入った瞬間に、ちょっとぞくぞくきた。すげぇー!!
そう思った教会はパリでもここだけかもしれない。

木の柱なのか?装飾されている部分、田舎の中学校の体育館のように、両端に横断幕でもかけられそうなスタンドのような2階?部分。
ステンドグラスも美しいが、とにかく全体の美のバランスがいい。

木の感じと中学校の体育館の感じも何か感じさせるのかもしれないが、こんなに美しいのに素朴な感じもする教会があったなんて・・・と思わせる教会である。

ここが、パリの教会一押である。
2007.12.11

ロダン美術館

ロダン美術館

美術をする人から聞いた話では、ロダンの彫刻、または、それ以外の人でも、人間離れした、10頭身や左右完全非対称の像があったりするそうだ。
写真は、カレーの市民であるが、そんな気がしないでもない。
そんな話を聞いて、ついつい、頭の大きさと胴体を比べて、何頭身か数えてしまう。

ここは、メトロ13号線のヴァレンヌ駅が近い。この駅で降りれば、ホームに考える人やバルザック像がたっている。
必ずと言って良いほど、駅で撮影をする人や、メトロの中から、ロダン美術館へ行きましたといわんばかりの証拠写真を撮る人を見かけることができる。

証拠写真が、肌の色、文化に関わらず、必要であるのだろうと、この駅では勝手に感じている次第である。ロダンいって来たのだよ!という、ある意味駅で取ったごまかし写真であるが、こんなにたくさんまわってきたと説明するのは、どの国の人でも必要なのだろう、と推測する次第である。

入り口が、昔と違って、管理の人がいるたいそうな雰囲気の建物になってしまったが、これだけ立派なものが必要かどうか不明のつくりであるところは、いかにもフランスらしい。
昔のチケットやぶるだけのチェックと何も変わってはいない。

ここの美術館には、この美術館自体が邸宅になっており、お庭があり、ロダンの彫刻がお庭にあり、白亜の建物の中には、当然、カミーユ・クローデルの彫刻もあり、アンバリッドのドーム教会の黄金屋根が借景として存在している。
そんな美術館だ。
庭も入れたトータルな雰囲気としては、パリ屈指の美術館だろう。

ウンチクなんぞはともかく、ブラブラと、散歩する公園に入るように訪れてみたい美術館だ。
2007.12.10

ノートルダム・ドゥ・ロレット教会

ノートルダムドゥロレット

メトロ12号線の駅名になっているので、パリでは名前の知られている教会である。
モンマルトルの丘から降りてきたところ、そして、グランブールヴァールから外に出たところに位置している。シャトーダン交差点のすぐ近くである。
この教会にはいくつも見所があるのではあるが、最も特筆すべきは、その位置にあるのである。
実は、ここの教会の賛同であるかのように、まっすぐ伸びているラフィット通りがあるのだが、この教会を正面に見ると、さらにその上方、奥にサクレクール寺院が見える。
この、ノートルダム・ドゥ・ロレットとサクレクールのダブル教会の風景は、パリの中でも特筆すべき風景の一つだろう。

この教会自体、ギリシャ神殿風の建物なのだが、中も結構重々しい。
天井も特徴的だが、その両側の絵も印象的であり、重々しさを感じさせるようになっている。
また、奥に、マリア像の美しいステンドグラスがあるが、その周りの柱、壁などの装飾は、極彩色で美しい。

パリの交通の要所の一つであるこのシャトーダン交差点のすぐ近くであるから、バスでも、徒歩でも、結構通過する場所なのだ。特に用事がなければ通過してしまう場所であるが、立ち寄ってみるのもいい。写真に収めるのなら、ラフィット通りの存在を忘れてはならない。
グランブールヴァール脇、ラフィット通りとオースマン大通りの交差点を偶然通過する観光客が、時折、この風景を写真に撮っているのを見かけることができる。
偶然通った人にしか、知らなければ出会わない風景の一つである。
2007.12.09

ポンピドゥーセンター

ポンピドゥーセンター

もう既に、新しい建造物ではなくなりつつある、名所のポンピドゥーセンター。
20区メニルモンタンの坂からだと、正面に見え、その存在がはっきり分けるほど大きく奇抜な建物である。
その意味で、建物自体は美術館というよりモニュメントというべきだろ。
この建物の上部に国立近代美術館が入っている。ルーヴル、オルセーろ来て、最後にこの美術館となると、一通りの古い時代から最近までの美術を見ることができるようになっている。

写実的なものからかけ離れた絵画も多いことから、意味が分からないということで、敬遠する人も多い。
もっとも、この最近の抽象的な絵画の好きな人たちからは、ルーヴルの辛気臭い宗教画を嫌う人もいる。

近代の絵になじめない人は、自分の家に飾るポスターを探すつもりで除いてみると良いだろう。絵の意味、技法、抽象の意味、ウンチクだけが、絵画ではない。ここは鑑賞者でなく、お客になりきった方が楽しめるというものだ。折角、ここへきたのなら、そんな見方もいい。
一人でも、二人でも、知っている画家、お気に入りの画家、絵葉書やポスターを買いたくなるような画家が見つかり、名前を覚えれば、また、この世界が広がるというものだ。
2007.12.08

ラ・レダンプション教会

ラ・レダンプション教会

この教会は、廃墟となってしまうのか?それとも・・・工事中?
隣に警察があるのだが、その警察関係?の簡易部屋?が教会前に積みあがっている。
日本でもそうだろうし、パリでもそうだが、古い教会全てが残っているわけではない。教会が昔あったというところもたくさんある。

この教会が、修復中なのかどうか分からないし、中がどのようになっているのかも分かるすべはないが、古いものが少しでも残ってくれることを、散歩好きとしては望むわけである。

教会自体は、19世紀のもののようだ。
2007.12.06

オランジュリー美術館

オランジュリー美術館

クロード・モネといえば、思い起こされるパリの美術館が3つある。
オルセー美術館とマルモッタン美術館、そして、ここオランジュリー美術館である。
ここは、モネの睡蓮の大作が飾られていることで有名なのである。
が、モネ以外にも、ピカソ、ルノワール、アンリ・ルソー、ドラン・・・とある。個人的に、とっても印象に残っているのは、スーティンの七面鳥である。
日本にも、この日本人にとってグロテスクな秋のお肉屋さんの風物詩である鳥のぶら下がりの絵が連作?というくらい描かれている。

モネの大作、代名詞といっても良い睡蓮の絵も、イメージを俯瞰することから絵を描けるのだそうだが、ちょっと大きすぎて、彼の頭の中がどんなになっていたのか?想像を絶する大作である。
2007.12.05

サン・トーマス・ダカン教会

サン・トーマス・ダカン教会

サンジェルマン大通りから少し入ったところ、メトロの駅なら、リュー・ドゥ・バックのすぐ近く。7区。
17世紀の教会のようだ。

ここは、外観から受けるように、四角い感じが中に入っても感じられる。
大きな絵が左右にかけられていて、これが、他の教会に比べて、美術館のような雰囲気である。ライティングのせいか、シャンデリアのような装飾のせいか?

ステンドグラスも少し変わった雰囲気だったので撮影。
半円のステンドグラスが2枚あるのだが、一つは写真のようにカラフルで、もう一つはモノクロの雰囲気のステンドである。

中央のドーム部分にも絵が描かれている。
2007.12.03

サン・ニコラ・デュ・シャルドネ教会

サン・ニコラ・デュ・シャルドネ教会

パリ5区。モンジュ通りにある教会。モーベール・ミュチュアリテから、カルディナル・ルモワーヌへの坂の上りはじめに鎮座しているといったたたずまいである。

教会内部には、カミーユ・コローの絵などもある。

外の案内板によれば、17世紀ごろに建てなおされた教会のようだ。鐘楼も17世紀のものらしい。
あくまで個人的に、ここの教会に入るときに感じることなのだが、どうも、体育館に入っていくような感覚を受ける。中で、バレーボールの試合でもしていそうな雰囲気を入る瞬間に感じるのだ。
おそらく、ファサードの形、この教会の建ち位置。鐘楼の雰囲気が学校っぽいことなどが、そういう感じにさせるのかもしれない。実際、ここ界隈も学生街だから、余計にそんな気持ちにさせるのかもしれない。

2007.12.02

装飾芸術美術館

装飾芸術広告モードと織物博物館

すぐ横にはルーヴル美術館がある。
ルーヴルに行ってからここに行こうと思っても、くたくたに疲れて今日はやめておこうと断念した人も多いのではないか。
そう考えてみると、立地条件が良いのだか悪いのだか分からない美術館かもしれないが、入ってみると中々あなどれないものがある。

入口を背にして右側にある装飾芸術美術館では、中世の頃の家具や、アールデコ、アールヌーボーの調度品が展示されている。
あえて緩やかなカーブを持たせた家具は場所をとるだろうし、奇麗に装飾が施されているので手入れも大変だったと思う。
普段、四角い家具に囲まれて生活していると、アールデコの家具がとても贅沢に感じる。
人の体が丸いからなのか?直線よりも、丸みをおびている方に暖かみを感じるし、そのカーブを手で確かめたくなった。
これらの調度品の中で実際に生活をしていた人たちは、どれほど優雅な生活を送っていたのだろうか?

他、左側の棟には最先端のファッションが展示されているモードと織物美術館と、会社のロゴやポスターなどが展示されている広告博物館がある。広告博物館では日本の昔懐かしい”資生堂サンオイル”と、大島渚監督の”東京戦争”という映画のポスターがあった。

右側の棟と左側の棟は4階(フランスの3階)で通り抜けることができる。ただ、そのドアは開けて良いのか悪いのか?ちょっとわかりずらい。

いろんなものがごったに存在する、装飾芸術、広告、モードと織物の3美術館であるが、アールヌーボーが好きなのか?アールデコが好きなのか?クラシカルなものにあこがれるか?ノスタルジックが好きなのか?テクニックが好きなのか?物より人が好きなのか?
そんなことが分かったりするところなのかもしれない。
2007.12.01

サン・セヴラン教会

サン・セヴラン教会

サンミッシェルの繁華街裏手にある教会。
お店の多い地区に溶け込むように、この教会がある。
場所柄、パラパラと観光客の人も訪れている。

中は、ステンドグラスが残っている部分と、残っておらず、新しく派手に斬新風にしてある部分がある。
残っているステンドグラスの絵もすばらしい。

古い教会であるが、案内板に寄れば、15世紀前半の古い鐘、ルイ14世のドイツ人のいとこのグランドマドモワゼルによって17世紀後半から内陣を大理石でデコレーションしたものが残っている。