2017.05.24

オペラ座のネームプレート

ルソーと書かれている。
ルソーというとね、3人がごっちゃになります。
一人は、画家のテオドール・ルソー。
一人は、画家のアンリ・ルソー。
もうひとりは、思想家のジャン・ジャック・ルソー。
オペラ座
生没年が記されているから、ジャン・ジャック・ルソーのことですね。

こうした思想家の言葉は、ハイハイ!あるある。そうそう、へいへい。と楽しみながら読むのがいい。

私は3人の中では、アンリルソーのコケティッシュな絵が好きだ。

どうやら、ルソー3人衆の区別は、ついてきたようである。
スポンサーサイト
2017.05.17

オペラ座の脇から

道具を搬入する入り口だったのか?
中で持ち上げなくていいですものね。

いやいや、ここは、馬車でオペラ座に乗り付ける場所だったんですかね?
とても裏口には見えない装飾ですし。
オペラ座
ここは、おそらく、フォンテーヌブローの馬蹄型階段と同じように作られたアプローチなんでしょう。
一般人は、着飾って正面から。
こちらは、脇から入るVIP。
そんな感じかしら?

形的には、ナポレオンが演説したというフォンテーヌブローの方が好きです。
が、こうした”道”も特別感があっていいですね。
2017.05.10

オペラ座の脇にて

オペラ座の中へ入ったことはない。
ウィーンのオペラ座も、ミラノのスカラ座も入ったのだが、一番長い滞在期間のあるパリではないのである。
シャルルガルニエという人が考えた建物だ。
この人は、いわゆる、幕末のひとである。
江戸時代に生まれ、そして、明治時代を生きた。
オペラ座
辰野金吾や、コンドルといった、東京駅や鹿鳴館の建築家の親のような年である。
そう考えると、日本の国に、オペラ座と似たような近代建築ができたのは、そう時代に大きな差がない。
どれだけの勢いで、日本という国が吸収していたのかと思うと、恐れ入る。
なにしろ、12時間飛行機に乗れば、オペラ座を見られる現代とは違うわけですからね。

そんなふうに、この建物をとらえると、またね、違った感覚で見られますね。
東京駅にも、怪人が住んでいたのかもしれません。
2017.02.21

ルガール・ドゥ・ラ・ランテルヌ Regard de la Lanterne

都市の最大の課題の一つは、水をどう処理するかであろう。
パリの下水道が、観光施設になっているように、上下水道は、都市整備の基本なのだ。
水が十分用意されているから、広場の真ん中に、噴水ができる。
だからこそ、噴水は、芸術品になっているものが多いのだろう。
大事な大事なお披露目の場所なのだ。
パリの道
ここは、19区のプラス・ドゥ・フェット近く。広場脇。
この辺りは、パリでも、最も標高の高い場所の一つだとおもう。
水は高いところから流れるから、こうしたところに、こういう水を管理する監視する施設があるのであろう。
かわいらしい建物だけど、公園にある公衆トイレかな?って思っちゃいますけどね。
2017.01.27

アンヴァリッド ドーム教会の金色の屋根

輝く屋根は、遠くから見えても、あぁ!と思うもの。
アンヴァリッドが見える!
そう思うわけです。

そのドーム教会の真下から、望遠でズームして、めいっぱい金色に染めてみました。
アンヴァリッド
完全に金色に覆われているわけではないですが、光って膨張して見えているのかもしれません。
キンキラキンに遠くからは見えますしね。
青い空とのコントラストがいいですね。
2017.01.19

アンヴァリッド 扉

ちょうど、閉館時だったからか?
アンヴァリッドの扉が閉まった。
いつも閉まっている扉ではなく、この時閉められたと思うのだが、徐々に記憶はあいまいになってゆく。
アンヴァリッド
それにしても、荘厳な扉。

欧州の家々のかわいらしい扉が、自分の家にあったなら・・・。
建てもしないエア・マイ注文住宅に、赤や黄色の扉を嵌める。

この扉はどうだ?
これはすごいですねぇしかない。
自分家には想像でもつけられないかな。
ゴールドである以前に、そのデザイン自体が豪華なのだ。
2016.12.22

アンヴァリッドにあるヴォーヴァンの墓

アンヴァリッドといえば、ナポレオンの墓。
ナポレオンの兄弟もいる。
そちらへ目を引かれるのは、当然であるが、何度か目のアンヴァリッド訪問で、ふと気が付いたのが、覗き込んだ背後にあった、VAUBANの文字。
ヴォーヴァンじゃないか!
アンヴァリッド
この人物について、ガイドその他や、観光地でお名前に出会ってきたため、思わず、おおっ!と声になった。

その後何かで読んだのは、ナポレオン時代か、その後に、ヴォーヴァンを合祀したとのこと。
そうよんだ記憶がある。
それが間違いでなければ、ナポレオンかその関係者は、ヴォーヴァンに一目置いていたということになる。

ナポレオンからみて、ヴォーヴァンは、我々が、幕末の志士をかたるような世代差感覚であったかもしれない。