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2020.07.08

ドヴォルザーク ドヴォジャーク

最近、競馬がらみでチェコ語を勉強して、ドヴォルザークが、チェコ人であることを記憶した。
カフカもそうだが、どこの国の人であったか、失礼ながら、中欧の何処かだったと言う程度の記憶だった。

その点、スメタナは、チェコのイメージガッツリあり、強烈にチェコと結びついている。
その由来は、モルダウと言う楽曲であるのだが、これまた、川名ながら、ヴルタヴァのドイツ語名だそうだ。

この辺り、中欧の歴史が、日本語表記にも影響あるのかもしれない。
ヴィシェフラッド ドヴォルザークの墓
ヴィシェフラッドのドヴォルザークの墓だと思いますが、綴りをみても、ドヴォラクとしか見えない。
ドヴォルザークとは読めないですね。
rの上に、レ点が付くと、ジャみたいな発音になるので、ドヴォジャーク。

語学の方は、全くついていけませんが、ドヴォルザークはドヴォジャークで、チェコ人であると、完全に記憶したということは、前に進んでいるのかな。
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2020.06.29

ヴィシェフラッド民族墓地のスメタナの墓

スメタナと読めます。
音符が書かれています。
スメタナのお墓でしょう。
プラハ ヴィシェフラッドのスメタナの墓
ベドジフ・スメタナという、フルネームであることは、初めて知りました。
意外と芸術家のフルネームは、知らないもんですね。

音符は、我が祖国の冒頭の部分のように思いますが・・・。
2020.06.18

ヴィシェフラッドの墓地にて

墓地には、観光客もいる。
有名人のお墓が多い。
死者の眠るところであるが、オブジェのある公園のよう。
ヴィシェフラッドの墓地の風景
印象的なオブジェ付き墓石も多い。
人間の1.5倍ほどもある、前のめりにスッと伸びる女性像はインパクト十分。
2020.06.09

ヴィシェフラット民族墓地へ

ヴィシェフラッドには、有名人の墓地があると言うのも、ここへきたひとつ。
中へ入ると、教会脇の墓地に、回廊がある。
ヴィシェフラット民族墓地の色彩豊かな天井の回廊
お花の飾られ方が、いかにも墓地っぽいが、回廊は美しく、墓地の中にいる様な気にならない。
2020.05.26

ヴィシェフラッド 石積み

城趾であると聞いてはいたが、丘からの風景眺めと、この後に、有名人お墓探しに没頭したため、お城跡を味わうことはなかった。
唯一、ここでの写真が、城趾らしさを思わせるものだ。
ヴィシェフラッドの丘の石積と紅葉
分厚い、重厚感ある石積みだが、この写真も、主役は、紅葉で、お城跡ではない。
次行ったら、もうちょっと、城城しながら散策してみようかな。
2020.05.13

ヴィシェフラッドの丘から見るプラハ

右奥に見える塔は、ジシュコフのテレビ塔だ。
プラハ城より、90度右方面。
欧州は、赤い瓦が多いような気もするが、パリの街を、モンマルトルから見下ろすと、赤い瓦、オレンジ色の屋根の印象がない。
赤は、煙突の煉瓦色という感じだ。
ヴィシェフラッドからみるジシュコフのテレビ塔方面プラハの街並み 
こうして統一感ある街並みは、いいですね。
町中が紅葉しているみたいで。
2020.04.28

ヴィシェフラッドの丘から見るプラハ城

チェコ語では、お城をHRAD(フラッド)とも、ZAMEK(ザーメック)とも言う。
丘の上から眺めるプラハ城は、お城よ言うより宮殿のように見える。

チェコ語では、HRADは戦うための城で、ZAMEKは戦のための城ではないそうだ。
それを、世界各国に当てはめるのは難しい。

要塞という単語も、宮殿という単語もある。
むろん、チェコ語にも、フランス語にも、日本語にもだ。

日本ではヴェルサイユ宮殿というが、フランス語では、パレ(宮殿)とも、シャトー(城)とも言うように思う。
1対1の訳自体がむつかしいのだろう。
ヴィシェフラッドの丘上から望むプラハの街とプラハ城
さて、登った丘がヴィシェフラッド。
フラッドであるから、この丘の上は、戦いの為の城だったわけだ。
向こうに見えるプラハ城も、フラッドである。
戦いのための城。

もちろん、成り立ちはそうであったに違いない。
なにしろ、難攻不落になるよう、ヴルタヴァ川を濠に見立てた城であるからだ。
川に丘に城。
犬山城思い出しますね。

人は城、人は石垣という武田信玄の躑躅ヶ崎館は、館だけに、zamekになるのかなぁ?

日本語での正解は何か?
ではなく、その土地の理屈、感覚、成り立ちなどをとらえたり、考えたりすると、旅も楽しくなりますね。