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2019.02.19

メラーノ 火薬塔からワイン畑

ブドウの木ってのは、ずいぶんと低い。
でも、テレビじゃ、目線ぐらいで摘んでいる映像を見た気もするが、品種とか育て方とかの違いなんですかね。
欧州でのブドウ畑のイメージは、低い木が延々と続く。
立って写真をとれば、丘の向こうまで一望できる高さの植物だ。
メラーノ
なんだか、茶畑と重なるからか、落ち着く風景なんですね。
緑の畑っていうか、草色の人工ラインが丘にひかれているのは、どこへ行っても美しい。

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2019.02.07

サン・シンプリチャーノ教会 フレスコ画

カラフルなフレスコ画の他に、もう一つ、モノトーン、ツートーンなフレスコ画があった。
よく見るとカラーなんですけど、黄土色とかアイボリーの統一感がある。
ミラノ 教会
天井部分は、黄土色で、壁面部分になると、アイボリーに変化する。
さらに、本来なら鏡が入っていそうな部分にも絵が入っており、そこもわずかにトーンが違う。

一見黄土色がかった絵があるなと、通り過ぎてしまいそう。
これすべてが、同時期に企画されてできたものなのかわからないけれど、よく見てみると、その微妙な階調が、調度品の金色も含めて、絶妙なバランスなんですね。
誰の画?なのかもわからず、通り過ぎてしまいましたが。
2019.01.29

チロルって 火薬塔から

チロルっていえば、なんだか民族衣装ディアンドルとか、山小屋にチーズにミルクに、羊に牛に・・・。
スイスもそんなイメージだが、チロルはオーストリア。
漠然とそんな風に思っていた。
少なくとも、太陽が燦燦と降り注ぐイタリアのイメージではなかった。
メラーノ
こうして写真を撮って、かわいらしい建物を見ると、ま、これがチロルらしいかどうかは置いておいて、イタリア、チロルってなんだ?となる。
どうやら、チロルは、北から3層に分かれ、一番北はオーストリアのチロル州で、真ん中の層は、ここ南チロルと、オーストリア東チロル。そして、さらに、この南のトレンティーノもチロルの最南層なのである。
エリア的には、イタリア部分が随分と広い。
イタリアとオーストリアの歴史的係争地なんですね。

たしかに、チロル全体の、ど真ん中にメラーノがある。
ここにチロル城があるのは、そう考えると、納得がいく。

アルザスとか、バスクとか、ズデーデンとか、シレジアとか、チロルとか、日本的感覚だと、国単位で線引きしたくなるけれど、地続きの欧州では、そう簡単なわけじゃないんですね。
2019.01.18

サン・シンプリチャーノ教会の天井画

壁に書かれた絵のことを、フレスコ画と言うのだと思っていた。
どうやら、あくまで、技法のひとつであって、壁画イコールではなかった。
最後の晩餐は、そのフレスコ画ではないということは、画を見るツアーのガイドさんから教わったことだ。
ミラノ
なんでも、フレスコ画というのは、一気に描き上げなければならないそうで、そういう、描き方自体を、ダ・ヴィンチが嫌って、ゆっくり書いたのだなどと勝手に想像してみると、画を描いた人たちの情感が乗ってきて、絵自体が、”人”の作品として、より身近に感じられる気もする。
ミラノ
さて、サン・シンプリチャーニ教会の聖母戴冠の壁画である。
女性の頭の上に、冠が授けられている絵である。
最後の晩餐とざっくり同じ時代のものだ。
こちらは、フレスコ画。
激しい、虹色のアーチに囲まれた絵は印象的だが、フレスコ画というのは、一気に描き上げなければならないのだから、念入りに準備をしたうえで行ったのだろう。
そんなことを、当時の作業状況なんかを勝手に想像しながら絵を見ると、なんだか、喧騒まで伝わってくるようだ。
空想のなかで、有名な絵を描く演劇を見ているような気さえする。
2019.01.08

メラーノ 火薬塔から

メラーノの火薬塔を登ってゆくと、背後のブドウ畑を見おろすようになる。
その脇に立つかわいらしい建物を一緒に。
なんとも、チロルって感じもする建物。
そういえば、最初に欧州にあこがれた時は、スイスだったか、オーストリアだったかの、山すその風景だった気もする。
ここは、イタリアですけどね。
メラーノ
ブドウ畑も、日本で言う茶畑みたいで、列をなしている緑が、心地よいんですね。
2018.12.26

ミラノ サン・シンプリチャーノ教会の中で

とりあえず、教会に入ったら、一番手前から奥に向かって一枚広角でとる。
同じ角度の写真を撮っておけば、まあ、比較しやすい。
こうして、撮ってみれば、フランスの大教会と比べて、天井は低く、装飾は少ない。
レンガの色が赤く印書的で、ああ、イタリアの方が歴史が古いのだなと、なんとなく感じてしまう。
ミラノ
ミラノの勅令が4世紀前半で、この教会が4世紀後半にできたとするのなら、建物はともかく、相当古い教会であることはわかる。
おそらく、建物自体は、後世修復されたのであろうが、フランスの有名な教会と、そんなに遜色ない時代の事だろう。
いろんな色が混じるのは、その修復の跡なんあなかろうかと思いつつ、奥へ向かう。
それにしても、ここには、もうほとんど観光客がいない。
2018.12.14

メラーノ 火薬塔

丘の中腹をめぐる通りを散策していると、塔が出現。
何の装飾もないデザインの塔であったが、これは、火薬塔なのだそうだ。
そういう名前であることは、後に知ったが、名前というより、実際、そういう役割だったのだろう。
弾薬庫兼見張り塔というべきか。
メラーノ
リフトで頂上へ登り、下りとはいえずいぶん歩いて、ここまでやってきましたし、避暑地とはいえ、まだ9月中旬のイタリアではありますし、そろそろ、ここで休憩ということで、この後脇にあった、カフェに入って一休み。