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2018.08.12

メラーノのチロル城

チロルというは、スイスである。
そう思っていた。
ここへやってくる直前になって、このお城があることを知る。

ここが、いわばチロル”城”なのだから、チロルそのものである。
チロル城
もっとも、このあたり、ドイツ語圏である。
今の国境というのは、いつの時代もそうであろうが、政治的”線”であるから、何は、どこの国というくくりで考えるのは、島国的発想だったのかもしれない。

その、チロル城。
周りの、ブドウ畑の整然とした美しさとともに、印象的でした。
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2018.08.03

メラーノの山の上から

リフトを降りて、少し登る。
見張らせる丘の上へ来た。
メラーノの町が見え、左の奥は、ボルツァーノのつながる、なだらかな、川の谷である。
川を登ってくる敵勢は、眼下にはっきり見て取れる。
メラーノ
広い広場のような箇所が見える。
まあ、これが見えると思って、やってきたのだが。
メラーノ
はたして、競馬場の上空写真のようになった。
ここは、競馬の町。
競馬の町だから、お城がある。
お城があるから、競馬場がある。
保養地だから、競馬場がある。
欧州的な考え方であれば、軽井沢こそ、競馬ライフにふさわしい場所だと思われる。
メラーノ
白っぽい柵は見えず、白っぽい踏切版は見える。
ここは、障害レースをメインに行う競馬場。
何も飛び越えない、普通のかけっこの平地の競馬は、日本はじめワールドワイドだが、飛び越える障害レースこそ、欧州らしい。
2018.07.27

メラーノ リフトにて

リフトに乗って、山の上を目指す。
山の上からの写真は撮れるのだが、せっかくなので、リストから。
メラーノ
結構、一眼レフで振り返って撮るのは、怖い。
落ちそうだけじゃなく、落としそう。
恐怖でなくて不安。

なにしろ、とてつもなく、容量悪いのでね。
荷物、カメラ、体を落とさずという3つを達成することだけでも、困難なもので。
2018.07.19

メラーノ Castello Principescoプリンチペスコ城のベンチ

さてさて、山へ向かいましょうと、お城脇を歩き出すと、脇に、ベンチがある。
鉄パイプと、細い板でできた古いベンチが、古いお城のよく似合う。
お城とベンチは、至近距離に並んでいるが、主たる使用者の設定は、おそらくずいぶんと違う。
メラーノ
脇の、城窓を見ると、不可解とも思える鉄格子。
なんだか、
お城は、囚われの身。
ベンチは自由。
そんな表現にさえ見える。
2018.06.29

ミラノ サンタンブロージョ教会 アプローチ

教会の中へのアプローチが長い。
回廊の奥に、入口が見える。
その先は、通りや広場からいきなり中へ入るよりも、より厳かで、より神秘的に感じられる。
ミラノ
教会に入る時、いったん、前室にはいり、もう一つの扉を開けて入ることもあるが、同じような効果があるような気もする。
もちろん、どういう理由でそういうものがあるのか?
風とか、そういう物理的な理由だったりするのかもしれませんが。

ただ
そうやって考えると、オフィスにしろ、家にしろ、部屋にしろ、その入り口部分の構造って、訪れる者の気持ちに大きな影響を与えるのかもしれませんね。

思わず、また、風水の本でも読んでみようかと思ったりしますね。
2018.06.22

メラーノ Castello Principescoプリンチペスコ城と自転車

ふもとのお城前にやってきた。
自転車がある。
自転車と何かという、よくとるパターンで撮ってみようと、ファインダーをのぞく。
イメージができているわけじゃないから、のぞいてよかったらラッキーというレベルであるが、お気に入りではなかった。
メラーノ
しかも、自転車にピントを合わせて、背景お城は、少々ぼけている。
そういう写真をとるつもりだったのだが。
自転車は映るが、お城は真っ白けに飛んでいる。
メラーノ
再び、お城にピントを合わせると、自転車は真っ暗け。

知り合いのデザインの先生が、スマホで撮る授業をやったそうだ。
HDRというのでとるといいよという話も合ったのだが、ここで、それをやってみた。
メラーノ
自転車もお城も見えるけれど、少々偽物っぽい。
おそらく勉強不足なんでしょうね。

それにしても、スマホでも、そういう機能付いているのがあるんだねぇ。
自分のには見つけられなかったけど、デザインの先生に話を聞いただけで、普通のデジカメなみに、いろんな設定ができることを初めて知った。
いやいや、一眼レフで撮ってもこの体たらくだから、スマホで撮影機器は十分な腕前のようである。
2018.06.16

ミラノ サンタンブロージョ教会の入口にて

回廊に囲まれた中庭部分を進むと、奥に、回廊のある身廊が出てくる。
フランスの場合、回廊は、身廊脇にあることが多いと思うので、ちょっと新鮮な感じがします。
そういう意味では、法隆寺なんかも、回廊の奥に講堂がある。
ミラノ
こういう構造自体、きっと、陸海を通って、日本へ伝わったのだろうと思われる。
外にあれば、アプローチに意味があり、内にあれば、その内部にいる者たちに関係のある場になっているんでしょうね。