エズのてっぺんから
08/15(Fri) 09:48|フランス地方旅行comment(0)trackback(0)edit
エズ
エズ村植物園からの写真である。
ダレもが撮影するという写真である。
この写真だけは絵葉書の方が確実にきれいである。

右上の半島、右下の海岸線、そして、エズの屋根。エズの3点セットである。
この写真もいいが、エズならではのくねくねとした路地にある、エズとは一目ではわからないようなところを自分自身の思い出として切り取るのがお勧めである。

ありきたりの写真は、誰もが撮っているから、たとえば、この写真の場合、人に見せたところで、その人が知っていれば、”ああ、エズね”で過ぎてしまう。
もちろん、こんな写真もあっていい。その場合、基本の3セットを忘れずに!
似たような、鷲ノ巣村はいたるところにあるから、村中写真の前後にこんなわかり易い写真があることで、その前後がどの村かわからなくなることがなくなるのだ。

通りの写真の場合、通り名の看板を必ずとるようにしている。この写真は、その看板と同じ意味合いも持ち合わせるのだ。
ニーチェの道を登り続ける
08/01(Fri) 10:20|フランス地方旅行comment(0)trackback(0)edit
エズ02
とにかく、急な坂道だ。
うねうねとうねっていく。
さっさと登って、後続を待つなどという代物ではない。
そんなことが出来るのは、中高生だけだろう。

その狭い道を、自分自身でもS字を書くようにゆっくり登っていく。
当然、まっすぐ登るより時間がかかるが、そんなゆっくりでも、途中で、先に行った連中に追いついてしまう。

が、あくまで、同行した仲間の話であって、途中ガンガン抜かれていった外国人カップル達の影も形も見ることはなかったが・・・。

ちなみに、帰り降りると言う選択もできる。
が、調子に乗ってすたすた降りれば、20代といえども、ひざにくるのでご用心。
下りのほうが、案外負担が大きいものだ。

どちらにせよ、絶景を手に入れられる。

エズのありきたりな、何億枚もの写真が撮られた、最上部の植物園から見る眼下の屋根とがけの下、遠くの半島も、バスでヒョイと行くのとは意味が違うものになる。
バスで行った人と見ている風景が一緒ではあるが、本当に同じところまで目が届いているか?は登った人でしかわかるまい。

旅の語源はトラブル。苦労と失敗が旅の意味を変えてくれるものだ。
そう、旅は、人間関係の面倒くささ、大変さ、大切さも教えてくれるのだ。

一人で登るより、数人で登ることを防犯上もお勧めする。
苦労を分かち合えると、エズのお昼ご飯がさらにおいしくなる。
エズへ
07/25(Fri) 03:19|フランス地方旅行comment(0)trackback(0)edit
ニーチェの道
エズは鷲ノ巣村である。
どうやって行けばいいのかを調べていけば、当然のごとく”ニーチェの道”の話が出てくるわけだ。
せっかくだから、話の種に、エズ駅から登ってみる。

ニーチェが「ツァラストラはかく語りき」の構想を練ったとかがネーミングの名前らしいが、その、ツァラストラはかく語りきを私は知らない。

サラセン人から村を守るためだったか・・・・、とにかく、村を守るためにこういった、高いがけの上に作ったのだそうだが、当然、下から、エズを望むことは出来ない。



土地勘を売るためには歩くしかない。自分の頭の中の左脳の地図知識と、右脳の距離感覚方向感覚がいろんな線で結ばれたときに、頭中地図は、その範囲において完成する。

どんな方向音痴でも、自分の家の近くのスーパーにたどり着けぬことはない。

実証してみようと、登ってみよう!となるわけだ。



途中から、完全に山道になる。写真のごとくだ。
こんなところを歩いて登っていくやつなどいないだろう!と思うが、結構いた。
冬だったからかもしれないが、夏ならその分観光人口が多いから、やはりいるだろう。

しかも、欧州人はこういうrandonnerというのか、いわゆる踏破型旅に習熟しているからか、ガンガン抜かされていく。男女の違いなどではない。体力の違いなのだと実感する。


いくつも大変な思いをした旅はいっぱいあるが、命の危険を感じたときや、ここのように大変だったことは結構覚えている。
このニーチェの道も、写真などとる余裕のなくなったときの風景や、到着した瞬間、そして、その後すぐ食べた、いや、食べ過ぎたクレープだけは鮮明に覚えている。
案外、写真いとったところの方が記憶が薄かったりする。
手で集める感覚
07/18(Fri) 05:59|フランス地方旅行comment(0)trackback(0)edit
ポスト
写真は、トゥーレット・シュル・ルーの寸景だ。

フランス人というのは、ヴァカンスか、自分の生活の場所を飾ることの二つしか考えていないかのごとく、自分の生活空間を飾るのが好きだ。
絵を飾るなどという程度ではない。

パリでも、多くのアパルトマンのカーテンは開け放たれている。
中が見えるのだ。
見せているのである。

日本人の中が見えないように、最低でもレースのカーテンなどという感覚とは違う。

あるものは、自慢のライトとソファーで、あるものは、自慢のタピストリーを飾り、部屋ごとに雰囲気を変えたり、あるものは、アジアティっクな家具がご自慢だったり・・・・・である。

パリだけではない、地方でも、ちょっとした生活空間を彩る、ちょっとした小物を皆使う。
フランス人は、そういう意味では達人だ。
この写真の、ポストとタイルの表札が好きかどうかは、見る人それぞれ、選ぶ人それぞれである。

楽しい気分にさせるのは、そういう、心意気なのである。

皆が同じ感性ではない。

旅先でも、旅先の達人たちに、ヒントをもらえること請け合いだ。きっと、とある一部分は、自分の部屋の参考になる。生活の参考になる。
そんな目線も、旅先の楽しみである。

蚤の市でもいい、ブロカントでもいい、雑貨屋でもいい、お土産やでもいい。
気に入った、生活で使う何かを手に入れる楽しみが、旅にはある。
手集め感が、生活と心を豊かにしてくれる。

ちょっとした手をかけてあげたり、ちょっとした配置やライトひとつでも、ガラクタが宝物に変身する。
小さな村の光と影
07/11(Fri) 20:12|フランス地方旅行comment(0)trackback(0)edit
トゥーレット04

今回もトゥーレット・シュル・ルーの写真だ。

天気がいいと冬でも日光はまぶしい。南仏だからではないのだろう。パリでもそうだからだ。
もっとも、パリでは、冬に日が差すことは少なく、差しても、寒々しい。

日本のような、柔らかな光にならないのは、湿気の性だろうか?

石造りの家が多い。北は、パン・ドゥ・ボワという木の柱のようなものが×印だったり格子だったりする木と石の建物が多いが、南は石造りが多い。

だから、その凹凸に、低い太陽光があたると、そのコントラストで、立体感が増しなんともいえない表情となる。

見たとおり、冬でもサングラスが必要なまぶしさだ。
芸術家の住む村
07/04(Fri) 16:01|フランス地方旅行comment(0)trackback(0)edit
ブティック
引き続き、トゥーレット・シュル・ルーである。
ここに限らず、南仏の鷲ノ巣村、その他海辺の村には、作ったもの売りながら暮らしている人たちが結構いる。
写真でも分かるように、Boutiqueなのだ。

ちなみにブティックは洋服屋さんではない。
ブティックは英語で言えばショップである。

写真の矢印は、言うまでも無く、入り口は向こうですの意味だろう。

夫婦かカップルか?マリーさんと、ミッシェルさんがやっている、ガラス細工のお店であろうと、これだけで察しがつくようになっている。

こういうところは、日本にもある。
いまだに、山形で見かけた、2000円の青のガラスの灰皿を手に入れなかったことを悔いている。
もう、20年以上も前の話なのだが・・・・。

こんなところで、別に、どこの町ですよ!!などとわざわざ自己主張していない、お気に入りをみつけられれば、またそれも旅の楽しみになる。どこで手に入れたかは、自身が知っていればいいのだ。
トゥーレット・シュル・ルーの迷路
06/27(Fri) 11:51|フランス地方旅行comment(0)trackback(0)edit
toulette02

迷路というほどの大きな街ではない。
バス停のあるカフェ前の駐車場を起点として、ぐるりと一本道を歩けば、もうおしまいというほどの村である。

その雰囲気は、”迷路”のごとくである。

あっちの壁に当たり、こっちの階段に当たり、ボールが点々とする・・・そんな子供たちの絵が思い浮かばずにはいられないような、路地の雰囲気ではある。

もっとも、ここは、芸術や物を作る人たちの住んだりする、フランスの田舎に良くある村のひとつではあるが・・・。

アジア、日本の村と比べれば、当然、フランスの田舎村など、どれも同じ文化圏みたいなもので、似ているが、やはりよく見ると、それぞれ地方で違う。違いを見つけ出せば、結構違うものである。