2014.02.10

ジヴェルニーの睡蓮

6月付近に行けば、睡蓮の花が見られるのだろう。
そう思って出かけたが、キッチリ咲いているものには出くわさなかった。
早かったのか?遅かったのか?

さて、このモネの家、どうやって行く?という話。
通常であれば、Vernonヴェルノン駅までパリ・サンラザール駅から国鉄で行き、駅前というか、駅脇のバス停から、バスでモネの家に向かうということになる。

ヴェルノンの駅から、モネの家は5.3キロ。
徒歩で1時間という事になる。

そこでだ、ヴェルノンの手前の駅、ボニエールから歩いたらどうだろう?
ジヴェルニー
ボニエールから、モネの家までは、6.4キロ。
1時間15分もあれば行けますね。
このボニエール駅は、イルドフランス地方で、ゾーン6。
ゾーン6までのナヴィゴでも持っていれば、それで行ってこられるエリアなのだ。

ちなみに、以前、このボニエール駅から、ラ・ロッシュ・ギュイヨン城まであるいたのだが、これが7.4キロ。
なんと、モネの家の方が近いではないか!
疲れるでしょうけどね。

もっとも、今でも

王子から北千住 6.9キロ、1時間10分
上野から北千住 5.2キロ、55分
有楽町からお台場 7.4キロ、1時間25分
お台場から田町 4.5キロ、50分
新宿から渋谷 4キロ、40分

などなどを、片道、往復で歩いているので、距離聞くと、歩けぬ距離ではないなぁと思うわけです。

セーヌ川を渡り、最後は、エプト川を渡って、左へ行けばいい。
エプト川を越えるとき、歩いて、フランス王領からノルマンディ公国へ入るわけです。
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2014.02.03

ジヴェルニーの睡蓮の池の花々

毎週、毎週、ジヴェルニーの池の写真を載せるが、まあ、どれもこれも同じようなものばかり。
まだまだ、この何倍もの池の写真がある。
ここには、相当な数の人が押し寄せるが、紅葉の北鎌倉に近いイメージがする。
紅葉の京都というほどの人出ではなかろう。
ジヴェルニー
この池の周りで写真を撮っていると、あちらこちらで、人が写る。
いい雰囲気の写真を撮りたいから、皆、いろんなアングルを考えて、撮って帰ろうというのだ。
北鎌倉の円覚寺の池に映る紅葉の写真を撮っているような気持ちになる。
場合によっては、順番待ちということになるのだ。
ジヴェルニー
ご覧の通り、似たアングルばかり。
花が違えば、また一枚。
それはそれでいい。膨大な写真の中から、きらりと光る一枚が撮れればいいのだから。
そうは考えるものの、頭の中はそんなに柔らかくないから、花や構図が変わるだけで、腕無しの偶然を期待するのは難しい。
ジヴェルニー
かくして、人に見せても、猛スピードでめくられるアルバムやフォルダが出来上がるのである。
2014.01.27

モネの庭の太鼓橋のある風景

モノクロの方は秋。
カラーの方は初夏。
モネの池を同じような場所から撮った写真を並べてみた。
モネの家
どちらも雨。
温かい時期の方の蓮の葉は大きい。
遠くの葉の量も違う。秋は、木々の先が透けて見えるが、夏はそうではない。
モネの家
一番気になったのは、船の位置。
秋には手前左の柳の木の下に置かれていたのだが、何年か後は、橋のたもとへ移動している。
岸から曳航されたのか?
誰かが船に乗って観月会でもしたのか?
仮に、誰かが船に乗って、水面に映る月を描いていたとしたら、それはそれは風流なことだ。
2014.01.20

日本的なジヴェルニー・モネの庭の風景を探す

モネの家の風景は、どこをとっても綺麗な場所が多い。
そんななかでも、絵になる場所は、特に欧風なのだ。
欧風の中の和だから、日本人の心も欧州の人の心も打つ。
モネの家
そんななかに、いかにも、雑然とした一角を発見。
いやいや、ちょっと、日本っぽいじゃないですか。
あの、雑草的な開けた向こうに、茅葺屋根の日本家屋があっても、なんら不思議のない雰囲気。

雑草が、湿度高い日本の風景に一役買っていたのかもしれません。
密な雑草がアジアティックなのかもしれませんね。
日本人の我々にとって、あまり絵にならぬ風景でしょうけど。
2014.01.13

モネの家の庭 雨男

モネの家に最初に訪れたときは雨だった。
写真を撮ろうにも、雨が降っていると難儀である。
カメラをぬらしたくないし、片手に傘という不自由さ。
地面にヒザをつくことも、ベンチに座ることも出来ない。
モネの家の庭
ただ、一つだけ、晴れの時にはできない雨の利点がある。
それは、雨の写真を撮るチャンスがあるということだ。
風に揺れる柳もいいが、雨に濡れる柳もまたいい。
不都合は棚に上げておき、雨も、雨の風景が見れたというラッキーの一つなのだ。
2014.01.06

モネの家の睡蓮の池

エプト川の支流から水を引いて、モネは池を作りました。
そうらしい。
このエプト川というのは、ノルマンディとイルドフランス地方を分ける川なのだ。
モネ睡蓮の池
911年にサン・クレール・シュール・エプト条約という条約が結ばれる。
このときに、ヴァイキング、ノルマンの首領ロロにエプト川以西を与えて、ノルマンディが誕生することになる。

ここへの最寄り駅ヴェルノンはノルマンディであるから、イルドフランスのゾーン内で使えるナヴィゴでは行けぬのだ。
ヴァイキング侵攻が、我々の財布に影響を及ぼしているのである。
そんなことを考えつつ、池を眺める。

2013.12.30

モネの家の花の終わり

モネの家は秋で終わるわけだが、花も終わりが近く、写真を撮ろうにも、寂しい状態である。
もちろん、こればかりじゃないから、ちゃんと花らしいところもある。
他で使わなかった残り写真に出番を分け与えておく。
モネの家
モネの家といえば、浮世絵博物館。
自分の出身地が、浜松市なのだが、モネの家に、浜松と書かれた浮世絵があるのを見ると、Hamamatsuと発音できたかどうかはともかく、その風景が目に留まったに違いないと思うと、多少の縁を感じるのである。
歌川広重の東海道五十三次だったのだとは思うけれど、そんなところまで確認してこなかったなぁ。
モネの家
消え行く花も、終わりであると同時に、来年へ向けての始まりでもあります。
そんな意味では、この、枯れつつある花の庭も、侘びなのかもしれません。
そういう意味では、枯れ行くほうが日本的なのかもしれません。
モネの家
モネの家の出番のない写真たちは、まだまだ続きます。