2013.11.17

ランスの世界遺産サン・レミ修道院博物館

サン・レミ聖堂の隣にあるサン・レミ修道院。
ここも世界遺産になっている。隣と合わせてということなのだろう。
教会脇から中庭へ入ってゆくと、隣の教会のファサードが少し顔を覗かせている。
ランス
博物館になっているのだが、展示している館内に入るには、回廊をぬけてゆく。
そういう道順にしてくれてあるといっていいのだろう。
ランス
重たい扉を開いて中に入ると、結構なボリュームの、彫像物の置かれた博物館になっている。
ランスといえば、藤田嗣治とジャンヌ・ダルク、そして、クロヴィスと聖レミギウスということになる。
その、クロヴィスからの歴史を知っていたなら、それなりには楽しめる博物館になっている。
メロヴィング朝、カロリング朝・・・って何?となってしまうと、古臭いものだけが並んでいる博物館にしかならぬであろう。でも、ちょっと、そんな知識を入れていったら、それなりに楽しめるような、時代案内板付き展示になっている。
ランス
それでも、下から、上から、回廊を眺めて散歩していると思えば、修道院というより、まるで宮殿にいるような気分を味わえる。
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2013.11.10

ランスの世界遺産サンレミ聖堂へ再び

何度か訪れたランスであるが、サンレミ大聖堂へは前回に続いて2度目。
今回は、隣のサンレミ修道院の博物館を訪れる事が目的。
もちろん、目の前まで来て、入らぬわけも無い。
ランス
同じような写真を撮る事になるわけだが、前回と違って、身廊の写真が明るくきれいに撮れた。
こんな美しい雰囲気だった?と思ったりするのだが、明るく美しい以外は、前回と同じ印象で、全く別の床に来たわけではない。
前回は、内部を工事?かコンサート用の準備?をしていたから、随分と印象が違ったのだろう。
ランス
外に出てからも写真を撮るのだが、向って右側から写真を撮っていたから、なるべく左に寄って、左の修道院の建物と一緒に一枚。
広角レンズは、一枚に収めてくれるけれど、高い高い建物の迫力は、こんな撮り方しちゃうと、感じなくなってしまいますね。
2013.11.03

ランス・フジタ礼拝堂

このランスのフジタの礼拝堂に初めて訪れたのは、随分と前の事だった。
春だったと思うのだが、一年中ここへ入れるわけではないと知らなかったので、門の入り口から眺めるしかなかった。
ランス
二度目に来たときは、夕方だった。
秋だからやっていたのだが、エペルネー経由で日帰り旅行でやってきたため、入場することがかなわなかった。
ランス
三度目は初夏だった。
このときも日帰りだったのだが、やってきたのが水曜日。
なんと、水曜休みだったのである。
ランス
その翌年。
水曜にやってきて、一泊。
四度目にしてようやくこちらへ入場することが出来た。
中はもちろん、360度藤田の世界である。

はじめてきたときから時は流れ、今では、藤田夫妻がここで眠っている。
2013.10.27

ランスの大聖堂

縁のある土地は何度も来る。
不思議な事に、4度目のランス。
フジタの礼拝堂へ行っていないことが最大の理由なのだが、縁が無ければ、行けなかったでおわる。
そうならないことに、縁を感じるのである。
ランス
3度目に訪れたときは、世界遺産というフラグがこの町にたっていた。
この大聖堂以外も、いくつかの場所を回ることになったのである。
ランス
一番初めに訪れたときと同じコースで向かう。
大聖堂を見ないように見ないように大聖堂へ近づいてゆき、正面の道に出ると、デンッ!と見えるという算段だ。
その大きさに、思わず、おおっ!と声をあげたときと同じルートで近づく。
さっさと見えてしまうルートじゃ、近づいたときの感動が少ない。
ランス
今回は、念には念を入れ、ランスに泊まって万全を期したため、折角だから、夜景を見に行くことに。
2013.10.20

ランスの大聖堂とジャンヌダルク

ランスの大聖堂といえば、フランスの国王の戴冠式が行われるところだ。
ここへ、敵軍の中、道を切り開き、シャルル7世を連れてくるという大仕事に挑んだのが、ジャンヌダルクである。
これが、王家と共に、フランスを救う大きな行為となったわけだ。
ランス大聖堂
そんな、ジャンヌダルク、ランスの大聖堂の前に救国の剣を掲げ、馬上大聖堂を見つめている。
おそらく、感激している暇もなく、パリ攻囲で頭がいっぱいだったに違いない。

日本で言ったら、一休さんと同じ時代人。
日本も、応仁の乱から戦国へ突入していく前夜だったんですね。
2013.10.16

アイ村のGOSSET

町から少し離れたところにGOSSETというシャンパンのメゾンがある。
ここは、写真で確認できるように、1584年創業の老舗である。
秀吉がこのシャンパンの味を知ったなら、毎日酒盛りで、これが飲まれたろう。
醍醐の花見にGOSSETのシャンパンなんてことが行われたに違いない。
そんな時代が日本なのだ。
相当古い。
アイ村
Ayのつづりを見てみると、yに点々、トレマという記号が付いている。
ドイツ語ならウムラウトというが、フランス語ではトレマ。

これは、Ayを普通に読むと、エとなってしまうが、yをイと読みなさいということだ。
あまり見かけない、トレマである。
ここが、アイであるのはまぎれもない。
2013.09.14

アイ村からエペルネーを望む

晴れ渡った青い空ではないが、雲浮かぶ空の下、ブドウ畑の丘の上の一本。
アイ村
目を眼下の町の向こうにやると、エペルネーの街が見えるのだ。
手前は、モエのブドウ畑である。
アイ村
ということは、モエ・エ・シャンドンのエペルネーのメゾン付近から、この丘も見えているのかもしれない。
もっとも、どこがどこだかわからぬだろうけれど・・。