2018.04.17

スミュール・アン・ノクソワ遠望

スミュール・アン・ノクソワの北西方向の丘へ登った。
芝生エリアから、街の写真を撮る。
スミュール・アン・ノクソワ
なんだか、どこかで、こんな・・・。

そうだ、シャルトルが、こんな感じだった。
桜井公園ってのがあるのだけど、その近くにあった、開けた緑地からみたシャルトルの風景。
そことにた、位置関係に、大聖堂ではなくて、ブルゴーニュの町が広がっている。
スミュール・アン・ノクソワ
時間の違いもあるのかもしれないが、シャルトルは、グレーだった印象。
ここは、オレンジか、茶色か。
赤っぽい。
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2018.04.10

スミュール・アン・ノクソワRue des Quinconces カンコンス通り

街から谷へ降り、橋を渡って、再び上部へ昇って来た。
街を一望できるあたり。
スミュール・アン・ノクソワ
こうやって、街を望むと、延々と家々が続くようで、まさか、間に深い谷があるようには見えない。
ただ、家々で、谷が埋まっているようには見えますね。
2018.04.03

スミュール・アン・ノクソワ Rue de Pavé Saint-Lazare パヴェ・サン・ラザール通り

サンラザール石畳小路ということ何でしょう。
今は、石畳ではなく、アスファルト舗装されていますが、この、橋につながる坂道は、お城への、裏道だったのでしょうね。
スミュール・アン・ノクソワ
往時は石畳だったのか?
ともあれ、今でも、その雰囲気の残り香が今の通りに残っているようですね。
この道の、曲がり具合と、家々の雰囲気に。
2018.03.27

スミュール・アン・ノクソワの夕暮れ

時間的には、もうすぐ夜9時とか10時とかですね。
だから、日本的に夕暮れという時間とは、ちょっと違う。
勝手に、”もうご飯ですよ!”と声がかかりそうな、家の中を想像し、ノスタルジックな気分に浸ったりする。
だが、実際は、もうすぐ寝る時間ですよなのかもしれない。
スミュール・アン・ノクソワ
真っ暗にならないで、情緒あふれる時間が長いのだから、必然、外に出て、飲み、話し、笑い、歌いとなるのだろうか?
真っ暗で、花火を見つつビール、家の中でテレビという、日本的夜との違いは、この日照時間が影響しているのに違いない。
文化ってのは、人々が創っているものではなくて、太陽によって、必然的に生まれてくる生活習慣のことなのかもしれない。
2018.03.20

スミュール・アン・ノクソワの街並み

この町の街並み写真は、川沿いから撮られている。
それは、南側からが多いようだが、北側からとっても、なかなかいい。
スミュール・アン・ノクソワ
川に囲まれているから、普通の城でいえば、いったんは、お堀の中へ降りなければ、城壁へ取り付けない地形になっている。
こうやって眺めたらかわいい町ですがね。
攻め込もうと思ったら、建物の壁も、城壁そのものですね。
2018.03.13

スミュール・アン・ノクソワのメゾンデュー

城壁下を歩いていると、木組みの家が。
かわいらしいので写真を。

Maison Dieu
よく見かけるような気がしますが、神の家?
スミュール・アン・ノクソワ
どうやら、日本でいうと、悲田院、施薬院の類になるんですかね。
貧しい人たちを救う施設のようなものなのか?
スミュール・アン・ノクソワ
日本でも、おそらく悲田院あたりは、仏教がらみで始まっているだろうし、とすれば、その考え自体も、渡来品なのかもしれません。
まあ、ほんとに、これがそういう施設なのか?もわかりませんし、旧メゾンデューなのかもしれませんけど。

ともかく、その可愛らしい建物を橋越しにもう一枚。
2018.03.06

スミュールの遠き山に日は落ちて Rue Basse du Rempart バッス・デュ・ロンパール通り

壁下通りの名の通り、城壁の裏側を川へ下って行く道。
この細い小道は、なんですかね、子供心を相当くすぐられる道。
散歩道というよりは、遊ぶために崖上へ向かう道であり、家へ帰るために、夕方下って帰る道。
スミュール・アン・ノクソワ
いまは、駆け下りたり、駆け上ったり、とてもできません。
確実に体のどこかを壊しそう。
体重と筋肉のバランスが、子供の頃とは全く違うんですかね?

子供のころ、近所のマムシ山と呼ぶうっそうとした林がありました。
そこの崖上へ行く細いガタガタ道、思い出しますね。
くの字に曲がった、足をくじきそうな悪路。

ここも、昔は、きっと、その悪路だったんじゃないかなぁ?裏道らしいやつね。