2012.05.19
バイヨンヌ4 ニーヴ川右岸散策
駅から大きな橋、サンテスプリ橋を渡ると、一番最初にニーヴ川の右岸に入る。
さらに、すぐに小さめの橋を渡れば、教会のある左岸に出る。
この右岸の最初に見える通りが、このRue Bourgneufブールニャフ通りである。
この右岸界隈は住宅ゾーンといった趣で、静かな雰囲気のある通りも多い。

Rue de Coursic クルシック通り。
壁面が柔らかいふくらみに感じる建物が印象的な通り。
木組みの家はフランスには多いが、こうした正方形の並ぶやつは見ない。

同じく、クルシック通りから見た教会の2本の尖塔。
少し遠い位置から見ると、街に溶け込んだ雰囲気になり、圧迫感はない。
正面に見える建物は左岸。
その手前、緑の手すりの向こうはニーヴ川。

クルシック通りからすぐのところ、Rue du Trinquet トランケ通り。
車も通れないような細い路地。
こうした通りが縦横に走っている。

バスクの国旗カラーとも言うべきグリーンと赤系のバルの目立つRue Pannecau パヌコー通り。

ミュゼ・バスク(バスク博物館)があるこの界隈を、バイヨンヌの顔とも言える、皆がカメラを向けるニーヴ川河岸の写真を撮りつつ、裏の路地の散策もいいのである。
さらに、すぐに小さめの橋を渡れば、教会のある左岸に出る。
この右岸の最初に見える通りが、このRue Bourgneufブールニャフ通りである。
この右岸界隈は住宅ゾーンといった趣で、静かな雰囲気のある通りも多い。

Rue de Coursic クルシック通り。
壁面が柔らかいふくらみに感じる建物が印象的な通り。
木組みの家はフランスには多いが、こうした正方形の並ぶやつは見ない。

同じく、クルシック通りから見た教会の2本の尖塔。
少し遠い位置から見ると、街に溶け込んだ雰囲気になり、圧迫感はない。
正面に見える建物は左岸。
その手前、緑の手すりの向こうはニーヴ川。

クルシック通りからすぐのところ、Rue du Trinquet トランケ通り。
車も通れないような細い路地。
こうした通りが縦横に走っている。

バスクの国旗カラーとも言うべきグリーンと赤系のバルの目立つRue Pannecau パヌコー通り。

ミュゼ・バスク(バスク博物館)があるこの界隈を、バイヨンヌの顔とも言える、皆がカメラを向けるニーヴ川河岸の写真を撮りつつ、裏の路地の散策もいいのである。
2012.05.18
ベルシー駅
2012.05.17
Rue le Bua ル・ビュア通りのお花
2012.05.16
マドレーヌ寺院 夜パリ散歩
2012.05.15
ミラノ ドゥオーモ
2012.05.14
イタリア入国ティラーノ駅
個人的には、生まれて初めてのイタリア入国。
ということで、記念的な街となったティラノ。
到着すると、列車の撮影も忘れて、とりあえず、駅舎に。
サンモリッツの木の日本語看板は良く写真で見かけるので、こちらの写真を載せておきます。
すると、この看板を見つめる、観光客の姿が・・・。

「この上の文字が日本語で、下の文字は中国語かい?」
たしかに、カタカナと漢字が同じ国で使われている文字とは認識しづらかろう。
なにしろ、26文字前後の組み合わせで表記する欧州なのである。
上のカタカナと下の漢字では、アラビア文字とアルファベットの違い以上に見えるに違いない。
「どっちも日本語だよ。3つの文字タイプがあるから。」
一応、納得してくれたようだが、腑に落ちた感じではなかった。

上がイタリア語で書かれているのであろうが、ティラノとベルニナとサンモリッツは意味わかる。

せっかく降り立ったイタリアの地であるから、駅前でパスタを食らい、少々歩いて、教会のある場所を目指し、前を通過するベルニナ急行を撮影してあげようと思ったのであるが、スーツケースアリで断念し、その手前で曲がったところにあるフランス系のスーパーSimplyMarketでジュース購入。

国鉄駅は、フランス同様、青地に白字である。
この組み合わせは、見やすいんでしょうな。

山肌の見える、少々さびしげなティラノの駅であるが、列車が入線してくると、下のような雰囲気に。さてさて、初めてのイタリア国鉄に!

ティラノ発ミラノ中央駅直通列車。
社内は、ローカル線ながら、ブルーで統一されていて、こぎれいなのだ。

この列車に長い時間揺られてミラノに到着するのである。
通路はさんだお隣に、女性二人組が乗っていらっしゃった。
欧州じゃ、電車で寝ないものだと思っていた。
メトロはともかく、何時間も乗るようなことになれば、やっぱり眠くなるようである。
TGVだけでなく、このローカル線のお隣女性二人組も、美しい湖岸を延々と通る路線の風景と列車の揺れに眠くなったようで、途中からは前後不覚状態であったようである。こちらもであるが。
ということで、記念的な街となったティラノ。
到着すると、列車の撮影も忘れて、とりあえず、駅舎に。
サンモリッツの木の日本語看板は良く写真で見かけるので、こちらの写真を載せておきます。
すると、この看板を見つめる、観光客の姿が・・・。

「この上の文字が日本語で、下の文字は中国語かい?」
たしかに、カタカナと漢字が同じ国で使われている文字とは認識しづらかろう。
なにしろ、26文字前後の組み合わせで表記する欧州なのである。
上のカタカナと下の漢字では、アラビア文字とアルファベットの違い以上に見えるに違いない。
「どっちも日本語だよ。3つの文字タイプがあるから。」
一応、納得してくれたようだが、腑に落ちた感じではなかった。

上がイタリア語で書かれているのであろうが、ティラノとベルニナとサンモリッツは意味わかる。

せっかく降り立ったイタリアの地であるから、駅前でパスタを食らい、少々歩いて、教会のある場所を目指し、前を通過するベルニナ急行を撮影してあげようと思ったのであるが、スーツケースアリで断念し、その手前で曲がったところにあるフランス系のスーパーSimplyMarketでジュース購入。

国鉄駅は、フランス同様、青地に白字である。
この組み合わせは、見やすいんでしょうな。

山肌の見える、少々さびしげなティラノの駅であるが、列車が入線してくると、下のような雰囲気に。さてさて、初めてのイタリア国鉄に!

ティラノ発ミラノ中央駅直通列車。
社内は、ローカル線ながら、ブルーで統一されていて、こぎれいなのだ。

この列車に長い時間揺られてミラノに到着するのである。
通路はさんだお隣に、女性二人組が乗っていらっしゃった。
欧州じゃ、電車で寝ないものだと思っていた。
メトロはともかく、何時間も乗るようなことになれば、やっぱり眠くなるようである。
TGVだけでなく、このローカル線のお隣女性二人組も、美しい湖岸を延々と通る路線の風景と列車の揺れに眠くなったようで、途中からは前後不覚状態であったようである。こちらもであるが。
2012.05.13
オーベル・シュル・オワーズ ドービニーの庭
ゴッホが絵を描いたというドービニーの家の庭へ。
家にももちろんは入れるが、家の中一面が、コローやドービニーなどの絵が描かれているのだ。
娘さんのための部屋など見れば、親としての愛を感じることができる、まあ、なんだか大作を描く風景画家というより、画家が職業のフランスのおっさんを十分身近に感じることができる。

さて、ここで、ゴッホは何を考えたのだろう。
ゴッホが来たときも、家の中には、そうした家族愛や友情にあふれた絵があったはずだ。
そのあと、この庭に来て、感じたものが何であったのか?

その答えが、広島やバーゼルの絵なのであろうが、こちらは、天気がよければ、すがすがしいお庭散歩になる。
ただただ、自分の好き勝手にできるお庭ではなく、人の家であることが残念。
徐々に頭の中は、この後のオーベルの街の散策へ移行してゆく。

まだまだ、この先、いっぱい歩くのだ。
ゴッホに負けぬほどね。
家にももちろんは入れるが、家の中一面が、コローやドービニーなどの絵が描かれているのだ。
娘さんのための部屋など見れば、親としての愛を感じることができる、まあ、なんだか大作を描く風景画家というより、画家が職業のフランスのおっさんを十分身近に感じることができる。

さて、ここで、ゴッホは何を考えたのだろう。
ゴッホが来たときも、家の中には、そうした家族愛や友情にあふれた絵があったはずだ。
そのあと、この庭に来て、感じたものが何であったのか?

その答えが、広島やバーゼルの絵なのであろうが、こちらは、天気がよければ、すがすがしいお庭散歩になる。
ただただ、自分の好き勝手にできるお庭ではなく、人の家であることが残念。
徐々に頭の中は、この後のオーベルの街の散策へ移行してゆく。

まだまだ、この先、いっぱい歩くのだ。
ゴッホに負けぬほどね。











