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2019.02.22

マルセイユ旧港一望 デジタル一眼時代にもう一度

以前やってきたときも、カメラは持っていたのですが、当時は、まだデジタル一眼レフが出現する前だったと思います。
EOS5という一眼レフで写真を撮っていましたが、300㎜のレンズは持っていたはず。

今回も、300㎜までのズームレンズを持っていたのですが、この写真は、480㎜で撮れてます。
たいてい、僕らが買うような入門や中級クラスのカメラは、APS-Cといって、つけたレンズの焦点距離が、1・6倍になるからです。
昔から使っていたレンズは使えるのですが、より遠くまで撮れるということなんですね。
その結果、当時は撮れなかったような写真が撮れる。
マルセイユ旧港望遠一望
ところが、これが、広角になると、超広角レンズが1・6倍されてしまい、超ではない普通の広角になってしまうという、逆効果もあるんですね。

まあ、残念なことに、その当時のレンズを初めて買ったカメラにつけて使ってましたが、そのカメラとレンズたちも、次買ったカメラとレンズたちも、盗られちゃったんですけどね。
盗られたことで、新しく買ったレンズは、超広角が撮れるように改良されたものが出てました。
それすら一度盗られちゃったのですがね。

“せっかく”?盗られちゃったので、次は、もっと、望遠のズームレンズを手に入れてみましょうかね?
あっ、2度目の盗難は、広角レンズは失わずに済みましたので。
動画撮るアクションカメラは持ってかれましたが。

それにしても、マルセイユの港から、奥へ奥へ行くと、どんどんと丘になっていることが、写真でもわかりますね。
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2019.02.21

Rue Gustave Belloir サン・ジャン・ル・トマ ギュスターヴ・ベロワール通りの先

サン・ジャン・ル・トマの町を海に向かってぶらぶらと歩いてゆく。
住宅街をしばらく歩くと、遠くに海が見えてきた。
くさりか、ロープが見えますが、おそらく、あそこが、La Caleという船台でしょうね。
あのゲートを通り過ぎれば、海へ直行。
サン・ジャン・ル・トマ モン・サン・ミシェル近郊
楽しみは、右手に見えるシャンポーの崖と、左手に見えるモン・サン・ミシェル。
今日は、海沿いで、日本から持って行ったサバ缶ランチを食べます。
2019.02.20

Piaskowa ピアスコヴァ通りを行くトラム

通りをカーヴしてやってくるブルーのヴロツワフのトラム。
遠くに見える大きな屋根は、聖ヴォイチェフ教会の屋根。
ヴロツワフ
トラムの色と、教会のレンガ色が、共産主義時代っぽい、無機質で一様なコンクリート建築との対比で、ずいぶんとカラフルに見えますね。この色合いも、ある意味、町の歴史を表しているのかもしれません。
2019.02.19

メラーノ 火薬塔からワイン畑

ブドウの木ってのは、ずいぶんと低い。
でも、テレビじゃ、目線ぐらいで摘んでいる映像を見た気もするが、品種とか育て方とかの違いなんですかね。
欧州でのブドウ畑のイメージは、低い木が延々と続く。
立って写真をとれば、丘の向こうまで一望できる高さの植物だ。
メラーノ
なんだか、茶畑と重なるからか、落ち着く風景なんですね。
緑の畑っていうか、草色の人工ラインが丘にひかれているのは、どこへ行っても美しい。

2019.02.18

Masarykovo nábřeží 河岸通りマサリコヴォ・ナープジェジーをゆくトラム

ヴルタヴァ川脇の大通り。
そういえば、日本も川が多いけれど、川沿いの街中大通りって、あまり聞かない。
急流の多い日本だからだとすると、こういうところにも、土地ごとの文化形成と風景の違いが出ますね。
プラハ
うねうねと道が曲がる雰囲気と、わずかに登ってくるトラム。
新型トラムより、こちらの方が趣がありますね。
2019.02.15

Rue du Chevalier de la Barre シュヴァリエ・ドゥ・ラ・バール通り

この道は、モンマルトルの東側から、サクレクール寺院の背後まで続く、結構長い道だ。
途中で名前が変わってもよさそうなものだが、途中途中で雰囲気を変えながら、左右へうねりながら、丘の頂上へ続く。

道の名は、人の名前に由来する。
どうも、歴史がわからぬのだが、この人自体は、20歳そこそこで、冒涜の罪で死刑になった人らしいのだが、大寺院が建つ丘の頂上へ続く道の名になるのだから、それなりに現在評価された人ということになるのだろう。
ヴォルテールが名誉回復に一役買ったということらしいが、どうも、その時代背景と、事件の関係がつかめない。
宗教的なことだから、余計にわからぬのだが、そもそも、冒涜という言葉の背後には、権力とか、宗教とか、金銭とか、差別とか、権利とか、そういう人間の業の言葉の匂いがする。
パリの道
さて、そういうむつかしい話とは別。
この道は石畳で、雰囲気が良い。
この写真の部分は、坂下のあたりだが、ホテルがあるんですね。

観光地の裏通りというよりも、ここは、丘の裏通りって雰囲気です。
2019.02.14

スミュール・アン・ノクソワ ノートルダム教会のパイプオルガン

パイプオルガンというのは、それ自体が、ミシュランの旅行ガイドで3つ星が付くものもあるぐらいの美術品。
クープランって名前は聞いたことがある(ガイドブックで読んだ?)けれど、奏者だったような気も。
だが、こちらは、全く違う文化の楽器類について、いや、楽器そのものについて疎いため、はぁ、荘厳な代物であるなぁと思うだけである。
よく見かける教会の定位置にあるはずの楽器という認識です。
スミュール・アン・ノクソワ ノートルダム教会 パイプオルガン
どうやら、パイプオルガンというのは、一音につき、一本の管があるらしい。
ピアノで考えれば、鍵盤を半音ずつ数えてゆくと、白7黒5の12あるから、仮に8オクターブほどあると100本近く必要になる。
いやいや、エレクトーンと同じだとすると、脚の鍵盤もあるから、150は必要になる。
鍵盤も一列じゃなかったなぁ・・・?
そう思って改めて写真を拡大して数えてみると、表に見えているのは一部だけであるということがわかる。
すくなくとも、全部で100も見えないからだ。
スミュール・アン・ノクソワ ノートルダム教会 パイプオルガン 下から
さらに、どうも、このパイプオルガンというのは、ピアノ、エレクトーンのレベルではないほどの高低音が出せるらしい。
であるから、何百本の管というレベルではないようですね。
ここのパイプオルガンがどの程度あるのかは分かりませんが。

下から見上げた畳一畳ほどのスペース。
これ、あまり見たことないような気もするので撮ったのですが、ここに、演奏者のスペースがあるのか、はたまた、その表に見えていない管が猛烈に詰まっているのか?
教会ができた時に同時にパイプオルガンがあるとは限らないから、パリのアパルトマンのエレベーターのように、後でその場に合わせて、特注で作らねばならぬとしたら、いろんな増築方法があるのであろうと思ったりするのである。

ま、勝手な想像であって、そんなところで演奏しないよ!そんな場所に管置くわけないよ!ってこともあるかもしれませんが、想像する程度で、いまのところ思考は停止しております。