2017.11.24

Římská リームスカー通りとの交差点にて

イタルスカー通りを歩いていると、かわいらしい通りの建物並ぶ通りが現れたので一枚。
こういう風景は、プラハのどこにでも転がっているのだが、まあ、光の具合や、その前に歩いていた風景などによって、おっ!と思う瞬間がある。
そういう時は、できる限り撮る。
プラハ
とある、プラハ、ヴィノフラディの交差点。
通りはリームスカー通りだった。
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2017.11.23

聖サンドニが歩いたのか?

モンスニ通りの通り名の上に、旧サンドニ通りの表示がある。
旧通り名の方がお金がかかっている作り。
このモンマルトルの丘は、その名の通り殉教者の丘。
パリの守護聖人のサンドニ他が殉教したところ。
そこから、サンドニ大聖堂まで、自分の首を持って歩いて行った。
パリの道
この通りは、そのモンマルトルの丘から、北のサンドニ方向へ向かって下ってゆく。
とすればね、ここを歩いて行った伝説があるから、こういう名になったのではないか?
そう思うわけですね。
調べてみたわけじゃないですけど。

実際に首を持って歩くことは不可能でしょうけどね、殉教後、この通りを運ばれて下って行ったのかもしれません。

現在のサンドニ通りは、パリの1区の東端付近ですから、こことはずいぶん違う場所。
2017.11.22

グレーニュ競馬場へGraignes-Mesnil-Angotの真ん中に

Graignes-Mesnil-Angot
グレーニュとメニルとアンゴ、それぞれの村が合わさって、一つの行政区分になったのですかね?
まあ、グレーニュということで。
グレーニュ
村の中心付近と思われる、幹線2本の十字路。
ここにも、高く掲げられた十字架と、連合国軍の旗がたなびく。
ロータリー型というか、ラウンドアバウト型交差点の中央円にである。
2017.11.21

アリーズ・サント・レーヌ村の風景 Rue du Rochon ロション通り

像の立つ丘の上から降りて、村の上部にある、公衆トイレに向かった。
その帰り、村の最上部付近からの風景。
アリーズ・サント・レーヌ村
ロション通りの坂道。
帰りは下り。
帰路+下り。
ぶらぶら散歩気分で、あっという間に、レ・ローム・アレジア駅付近へ到達。
2017.11.20

シャンティイ城 アンヌ・ド・モンモランシーのステンドグラス

アンヌ・ド・モンモランシーのステンドグラスがシャンティイのシャペルにある。
この人は軍人だが、彼の一族の血が、コンデ家に受け継がれている故のステンドグランスなのであろう。
シャンティイ城
上がアンヌ・ド・モンモランシーと子供たち。
下が、アンヌ・ド・モンモランシーの奥さんと子供たち。
シャンティイ城
モンモランシーという地名が、パリ北郊にある。
このコンデ家から、のちにアンガン公がいる。
アンガンという地名も、パリ北郊である。
アンガン公はヴァンセンヌ城にお墓がある。

このシャンティイ、アンガン、ヴァンセンヌというのは、一つの共通点がある。
競馬場なのだ。

そういえば、ナポレオンが好んだフォンテーヌブローと、コンピエーニュの宮殿も競馬場でつながる。

先日紹介した、パプスブルグの双頭の鷲の旗も、戦場から持ち帰ったものだそうだが、このお城に戦いの間があるように、軍、そして、馬というつながりは、いろんなところに現れますね。

日本の競馬も、貴族の華やかさとは違うかもしれませんが、馬匹改良という軍事目的はありましたしね。
2017.11.19

サンタ・マリア・デッラ・グラツィエ教会とトラム

教会内のダ・ヴィンチの最後の晩餐は、時間制限ありの交代制。
その時間までの待ち時間、写真を撮りに。
サンタ・マリア・デッラ・グラツィエ教会
サンタ・マリア・デッラ・グラツィエ教会とトラム。
そんなタイトルの写真を撮りたいのだが、なかなかいいタイミングがない。
時間内に撮れた写真がこれ。

車の位置にトラムだと、ちょうどいいんだけどね。
こちらの都合では、なかなか。
待つのも大事。
でも、集合時間になりました。

教会脇の白い建物から、中へ入ってゆきます。
2017.11.18

中国国際航空でパリへ行く第3弾7

パリからの帰国便。
なにしろ、相手は中国人だ。
相手とは?なんのこっちゃ?

なにしろ、彼らの行動は早い。
3時間前にチェックインが始まるのだが、3時間前に行ったら、ほぼ最後尾に並ぶことになるからである。

その行列の達人たちを出し抜き、列の前の方へ並ぶ。
並ばねば、時間が失われるのだ。

4時間近く前に空港に到着。
既に、この飛行機に乗るのであろう中国人乗客の姿はちらほら。
いやいや、かなりいらっしゃる。
さすが!
ただ、まだ並んではいない。
中国国際航空
個人的に不便だと思っている、CDGターミナル2ではなく、古いが一番出来の良いCDGターミナル1であるから、スーツケースをもって長距離移動はない。
カウンターゾーンもすぐにわかる。
あとは、負けずに並ぶだけだ。

中国国際航空の表示がないまま、どこへ並べばいいか?であるが、わかるわけもない。
でも、猛者である彼らは、それを聞き出して並び始める。

こちらは、その雰囲気を察して、並び始めた中国人にエアチャイナ?かどうか聞きて並ぶのである。
タッチの差で、20番目ほどに並ぶことができた。
わずか5分後。
推定200人近くが、私の後続に延々と列をなしていた。
中国国際航空
チェックインを済ませ、上機嫌で、カフェで最後のお茶を楽しむ。

さぁて、搭乗口へ行きますか!

ところが、ここで、トラブルが。

空港内に不審物でもあったのだろう。
搭乗口へのエスカレーターはすべて閉鎖され、警察による場内チェックが始まる。
円状の空港の両側から、乗客は一角へ押し込まれてゆく。

30分ほどして、ようやく解放。
中国国際航空
帰りは上海経由だった。
この今回の乗換では、検疫の通過が義務付けらているようで、係員と一緒に、検疫ゾーンをぐるりと一周して、再び荷物検査所へ。
なにか?鳥インフルとか、口蹄疫とか、あったんですかね?
いくつかの裏口みたいな扉を係員と進む。
そして、他の出国客と合流。

それにしても、中国人の外国出国数は半端ない。
荷物検査所の混み具合は、満員電車である。

搭乗口から、バスへ乗り込むときも私だけは、パスポートチェックが厳しかった。
替え玉スパイにでもなっていないか?確認しているかのようだった。
なんでか?わかりませんがね。

食事はとにかく中華ですから。
見た目はともかく、どこの航空会社とも同じレベルで、中華料理ってものですね。
まあ、中華好きなら、結構いいのではないかと思いますよ。
中華好きの私は、十分満足。